僕の目標(前編)

僕の目標(前編)




年賀状を片手に、自転車で郵便局から家へと向かう。

思ったよりも雑務に追われてしまい、このままじゃギリギリになりそうだ。





『いい? これは、冬休みの宿題だからね』





そんなふうに子供達へ言い切ったのだから、担任の私が出せなかったでは話にならない。

それでなくとも、小学校の高学年くらいになると、生意気盛りなのだ。

玄関を開け慌てて靴を脱ぎ、母の問いかけにも適当に返事をしたまま部屋へ入る。



いつもはボールペンなど軽めの筆記具を使って書くことが多いけれど、

新年最初の手紙くらいしっかりと万年筆を使おうと、私は机の引き出しを開けた。





エンジに金のペン先が、今もまだ輝きをしっかりと保っている。

これをもらってもう2年が経とうとしていた。

それまでの色々な出来事が頭をよぎり、彼の声が聞きたくなった。









今から7年前、地元の大学に通い、教員の免許を取った私は、

幼い頃の憧れのまま、小学校の先生になることを疑わない日々だった。






しかし、子供の数は減り、それにともない学校の採用も当然ながら少なくなり、

この不況では辞める先生もいないため、思っていたよりも夢は狭き門になる。






最初の1年はまた頑張るさ! で、気持ちを切り替えられたが、

さすがに2年連続で採用試験に落ちると、家族も言葉が少なくなり……





「ねぇ、まどか。そんなに無理に小学校の先生にならなくたっていいんじゃないの?」





「そうだよお姉ちゃん。お金貯めて、塾を開くとかさぁ」





母も妹も、私を想ってくれた一言なのだろうが、そんな優しい一言が、

逆に私の心に強く刺さった。






もう1年だけと言いながらも、この先、本当に自分の未来が見えるのだろうかと、

少しずつ自信だけが心からすり減っていく。







『本町小学校 勉強室 補助教員募集』







そんな先の見えない日々にもがいていた時、地元の小学校が独自に、

補助教員の募集をした。




せっかく取得した免許なのだから、ただ、くすぶっているよりはその方がいいと、

私はすぐに応募し、筆記試験と面接をこなし、なんとか合格する。






本町小学校は、家庭の事情でなかなか思ったように勉強時間の取れない子供や、

みんなのペースについていくことが難しい子供達を対象に、

放課後や土曜日を使い、補習授業を行う試みを、始めるところだった。





「みなさんの情熱を、私たちに貸してください。
そして、来年は同じ立場になり、またこうして挨拶が出来るように」





バイト教員達を指導してくれたのは、私より5つ年上の江藤理(おさむ)先生だった。

夢だけは大きいものの、教育現場に慣れていない私は、

子供達と実際にどう接していいのか戸惑うばかりだったが、

江藤先生の指導でなんとか形になる。



明るい江藤先生は、子供達からの信頼も厚く、

『勉強室』に呼ばれているわけではないのに、

土曜日も先生に会いたいからとやってくる女の子も、何人かいた。







「羽村先生」



苗字を呼ばれ振り返ると、そこに立っていたのは江藤先生だった。

先生と呼ばれたことに、抵抗があったため、なんだか照れくさくなる。



「私のことですか?」

「そうですよ、羽村まどか先生」



免許は持っているけれど、まだ先生ではないと否定すると、

彼はそんなことを気にする必要はないと笑う。



「子供たちを中心に考えましょう。
元々、先生と言う呼び方は、教師に対してだけするものじゃありませんから。
それにここは小学校ですからね、僕がまどかさんって呼ぶわけにはいかないでしょう」

「はい……」

「それともあだ名でもつけますか?」

「いえ、結構です」





少しのユーモアと、たくさんの優しさに、

私が江藤先生を一人の男性として意識するのには、時間がかからなかった。






そして、彼も……。

こんな私の、何かいいところを見つけてくれたようで……。






「まどか……、ごめんそれ取ってくれる?」

「はい」





『勉強室』へ通い始めて半年後、私達は学校では見せない別の顔を持つことになる。

毎週、『勉強室』が終わった後、彼の部屋へ向かい、その日の反省をしたり、

私の採用試験に向けて、彼も協力をしてくれるようになった。




何人かの先生方は、私たちの交際に気付いていたようだったが、

学校ではそんな素振りは一切見せずに、あくまでも指導者と補助という立場を、

彼は守り続けてくれた。






しかし、その年の採用試験にも、私の名前はなかった。









「残念だったな、まどか」

「あ~ぁ……ショックだな。今回は少し自信があったんだけど。
何がなんだか、どうしたらいいのか、わからなくなりそう」

「うん……」




彼と同じように一人前の教師になりたい、そう思っても、私の現実は追いついてこない。

教師としての仕事をこなすだけでも大変なのに、

私の勉強にも付き合ってくれていたことを考えると、申し訳なさでいっぱいになった。



「ごめんね、理さん」

「何言ってるんだよ、まどからしくないな。
諦めずにガンバレって子供達には言っているだろ。
お前がここでしょげていてどうするんだ」

「そうなんだけど」

「まだチャンスはある。夢は大きく、強く持つ! それが『勉強室』の約束だ」

「うん……」









そんな生活がまた1年続き、彼は私のうちにもよく来ては、

母や父とも話をよくあわせてくれた。

お酒が好きな父とかわす晩酌は、時々羽目を外し、二人で大騒ぎになったこともある。







少しずつ彼との距離が近づくのに、私の状況は変わることなく、

4度目の採用試験にも、結局落ちてしまった。







そして、年が明けた3月の終わり、私は理さんが異動になる話を聞いた。

彼の新しい勤務先は、『本町小学校』から車で2時間近く離れた『花村小学校』で、

全校生徒は50人の小さな田舎町にある、小さな小学校だ。



「エ! 理さん『花村小学校』へ行くの?」

「うん、そうなんだって、今日。まぁ、もう勤務が長かったし、
どこかに異動だろうとは思っていたけど」

「花村なんて遠いじゃないの。ふらりと寄れる場所じゃないよ。
どちらかというと、不便な場所だし」





家族の一員のように思っていた母も妹も、理さんの異動はショックだったようだ。

いや、一番ショックだったのは、この私。







「ねぇ、お姉ちゃん、入ってもいい?」

「うん」



5つ下のみのりは、短大を卒業後、地元の企業へ就職をした。

高校時代から付き合っている彼とも、順調に交際を続けている。

どこか中途半端な私と違って、親に迷惑をかけたことのない優秀な妹だ。



「お姉ちゃん、理さんについて行きなよ。いい加減に先生になること、諦めたら?」

「みのり……」

「ごめん、でもさ、こんなこと言えるの、私だけだってそう思うから、
あえて言いにくいこと言っちゃうけど、でも理さんだってそう思ってるよ、きっと。
彼、今年31だよ。もう、結婚だってしたいだろうし、
『花村小学校』の方は田舎で何もないし、コンビニでご飯ってわけにはいかないしさ。
意地張ってここに残って、彼を一人にしておいたら、
優しく面倒見てくれるような人が他に出てきて、終わりになっちゃうかも知れないよ」

「……そんな」



理さんとの間に、何かが起こるなど、今まで一度も考えたことはなかった。

言い返そうと見た妹の目の強い思いに、私の小さな自信は、もろくも崩れ去る。



「甘えちゃダメだよ、人の心なんて離れたらどうなるのかわからないんだからね」







みのりの言うことはもっともだと思った。

先生になりたくて、そればかり追いかけている私は、彼の何になるんだろう。

迷惑だけかけて、面倒だけ見させて、いざとなってもついていくことさえ出来ない。







カレンダーを広げ、彼の引っ越す日と、

次の採用試験の予定日をかわるがわるに見ながら、私は一人、ため息をついた。









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コメント

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    こんにちは!!

 ついて行くのか、行かないのか・・・
悩むところでしょうが、ついて言って試験にチャレンジ!
というのは、無理なんでしょうか。安易な考え?

先生になるのを諦めたら後悔が募ってくるだろうし
江藤先生とも別れるのは嫌だろうしね。

妹が言うようにどっちかを選ばないとだめなのかなぁ。

江藤先生はどうおもってるの?
試験受けろって言うんだろうね、多分。
3年もまどかの試験の手伝いをしてくれたんだもんね。

どんなプローポーズになるのかな?

    では、また・・・e-463

こんばんは^^

うちの職場にも、1年間ずつの期間採用を頑張りながら
毎年採用試験を受けている先生が大勢います・・・。

東京都の小学校の教員採用数は、多いみたいだけど
他県では、大変ですよね・・・。

異動も教員にはつきものだし・・・。

夢は、簡単には諦められないもの・・・だもん。
しばらくは遠距離で愛を育むしかないのかな・・・!

でも、最初の出だしで、
ちゃんと、まどかも担任の先生してるみたいだし・・・
きっと、素敵な幸せが待っているんだよね~^m^?

現実ってやっぱり難しいんですね

僕もそういうやつ書いているけど…

二人の選択

mamanさん、こんばんは!

>妹が言うようにどっちかを選ばないとだめなのかなぁ。

まぁ、家族の立場からすると、理さんがいい人だけに、
こだわり続けるなと言いたくなるところでしょうね。
かといって、彼としては、同じ目標を持っているだけに、……さて、それは後半で(笑)


>どんなプロポーズになるのかな?

うふふ……そんなふうに楽しみにしてもらえたら、とっても嬉しいです。

そうなんだよね

eikoちゃん、こんばんは!

>うちの職場にも、1年間ずつの期間採用を頑張りながら
 毎年採用試験を受けている先生が大勢います・・・。

はい、本当にこれが現実なんですよね。
免許だけでなれるわけではないんですよ。
地方になると、異動の距離も結構あるようで。

>でも、最初の出だしで、
 ちゃんと、まどかも担任の先生してるみたいだし・・・

あはは……
だから、『水戸黄門』っぽいでしょ。
ハラハラはしないの。素敵な幸せを待ってあげてね!

これから、これから

夜須鬼さん、こんばんは!

>現実ってやっぱり難しいんですね

うーん、でも、君はまだまだこれからですから。
あんまりそう思わずに(笑)