アクトレス(後編)

アクトレス(後編)




玲は結局、『過呼吸症候群』と診断された。

来年の夏に公開される映画に出演が決まり、ベテラン揃いの大作に、

ストレスを感じたのだろうと事務所内では噂される。




彼女がそんな出来事に苦しんでいる時、『一気組』としばらく地方を回っていたため、

マネージャーである自分も、1ヶ月近く東京にはいなかった。









久しぶりにTV局の廊下に座っていると、ドラマの収録を終えた玲と鮎沢が、

目の前を通りすぎた。



彼女から離れて3ヶ月、なんだか痩せたような気がして、辛くなる。



「芝野!」

「あ……両角さん、お久しぶりです」



ドラマプロデューサーの両角さんは、廊下の隅へ私を呼び、

近頃、玲に輝きが見えないのだとそう訴えた。

大きい仕事が入って、プレッシャーを感じているんでしょうとその場は誤魔化したが、

同じ事に自分が今気付いたのだから、それは冷静でいられない。









「鮎沢、玲の体調管理、しっかりやっているのか」

「やっています。それはちょっと撮影の影響で不規則にはなりますけど、
そんなことをあれこれ言っていたら、この仕事は出来ないんじゃないですか」

「それはそうだけれど、少しでも演技に集中出来るように……」

「芝野さん、もういい加減にしてください。
これじゃ、個人的な感情があるようにしか聞こえてきません」



別のテレビ局で鮎沢を見つけ、溜まっていた不満を吐き出した。

彼女の強い口調とこちらを見抜いたかのようなセリフに、つい言い返す。



「個人的な感情じゃない。玲に限らずタレントは、うちの商品なんだぞ。
少しでも輝かせて、高く見せるのは当たり前だろう!」

「わかってます。でも……。私だって葛藤があるんです」



なりたかった自分の夢を、目の前で叶えている玲に対し、

鮎沢は気持ちが定まらないまま、彼女なりに不安定な日々を過ごしていた。

頭では割り切ったつもりでも、気持ちはすぐに付き添ってはこない。





玲に対する想いを封じ込めようとしている自分が、

それを一番わかっていたはずなのに……。





「悪かった」



そう言って楽屋を出るのが精一杯だった。

扉を開け前を見ると、下を向いた玲が立っている。



「玲……」

「勝手に人の楽屋に入らないで」

「玲……あのさ」



思わずつかんだ手を、玲に思い切りふりほどかれた。

心配しているのにこの態度はなんなんだと、こっちもまた強く握り返す。



「商品なんだから、私は商品なんだからね。そんなに強く握ったりしたら、傷がつく!」







聞かれていた……。







玲のことを商品だと言ったセリフを、

一番聞かれたくない人に、まともに聞かれてしまった。



「お店に並ぶお菓子と一緒なんだってば。私なんて、賞味期限が来るまで、
そこに置かれているだけなんだって……だって……だって……。はぁ……はぁ……」

「玲!」



強いストレスを感じると、玲は『過呼吸』になった。

そのまま崩れ落ちるようにこちらにもたれかかり、

細くなった左手だけが袖をつかんでいる。



「すみません、救急車をお願いします!」







『保科玲 過労のため入院』







次の日のスポーツ新聞には、こんな記事が載せられた。

一緒にドラマに出た共演者達が、近頃の玲が何か悩んでいたようだと、語っている。





マンションの部屋の中で、一人この記事を読んだ。





なぜ自分はここにいるのだろう……。





どこか遠い国の人の話のように、乱れた感情のないまま、

『一気組』との仕事に気持ちを向けた。





時間を確認するのはマネージャーの仕事だが、日付が変わっていくことには、

わざと鈍感になり続ける。









鮎沢から電話が入ったのは、それから1週間後のことだった。

結局入院した玲は、ろくに食事も取らず、心配したご両親が病院にかけつけ、

本人は仕事を辞めたいと訴えた。



両親は、映画を降り休養させてほしいと言ったらしいが、

社長は首を縦には振らずに、日付だけが過ぎていく。



「私には何も語ろうとしません。芝野さんなら、気持ちを聞き出せるんじゃないかと、
社長も。申し訳ないんですが、来ていただけませんか?」



こんなことになるまで、どうして手を打たなかったんだと言い返したくなったが、

鮎沢に不満をぶつけても仕方がないと思い、その日は電話を切った。









次の日、ポケットに封筒を押し込み、私は玲の入院する病院へ向かう。

思っていたよりも入院が長引いていることに、

雑誌やテレビ局の記者が入り口へ張り込んでいたため、

急患が出入りする裏口から通してもらい、病室へ入った。



扉を開け前を見ると、ベッドの真ん中だけが大きく膨らみ、

玲は全てを隠したままうずくまっているように見える。



「玲……」



私の声に、一瞬ピクリと体を動かしたが、何も返事をしないまま、玲はまた丸くなる。

今までなら、寝坊している彼女の布団をはがすことだって出来たのに、

今はこの薄い掛け布団に触れることも出来ない。



「どうしたんだ、お前らしくないぞ。こんなふうになるなんて」



横に一つだけ置いてあった椅子に座り、少し離れた距離から語りかけた。

演じるのが好きだと言ったこと、寝不足は辛いけれど、

それよりも仕事が楽しいと笑ったこと、

二人で過ごしてきた時間を思い出し、玲に訴えかける。



「長峰監督の作品、出たかったんだろ。そう言ってたじゃないか……」

「だって……」



久しぶりに聞いた玲の声だった。

消えそうな小さい声で、薄い布団にくるまった固まりが小刻みに揺れる。



「だって……苦しくなるんだもの。
しっかりしないとと思うと、余計に苦しくなるんだもの」

「玲……」

「誠ちゃんが、どこ見てもいないんだもん」



玲は演じ終えたあと、必ずこちらに笑顔を見せた。

帰りの車の中では、自分の演技はどうだったのかと、必ず感想を求めてきた。

だから一瞬たりとも彼女の演技から目を離せなかった。



「一人で頑張らないとと思っても、いざとなると息が苦しくて……私……。
こんなことなら、もう、辞めてしまいたい……」



私はスーツの中に入れてきた封筒の存在を確認し、大きく息を吐いた。

窓から見える外の景色は秋が深まり、鮮やかな紅葉が風になびいている。



「待ってろよ、玲」



答えの返らない玲を残し、私は病室を出た。









タクシーで向かったのは事務所で、そのまま社長室へ向かう。



「芝野……」

「私に出来ることは……これだけです」



少ししわの寄った封筒を社長の前に置き、そのまま事務所を出た。

私も玲も、色々と器用にこなせる性格ではないようだ。









玲のいる病室へ戻ると、診察を終えた医師が部屋から出るところだった。

頭を下げ中へ入ると、一瞬だけこちらを見た玲が、

すぐにまた布団を頭から被ってしまう。



「どうだったんだ。先生の診断は」

「もう死んじゃうんだって……」

「バカなこと言うな」

「何度も来なくていいよ、誠ちゃん。仕事があるでしょ。
それにここは家族以外は面会させないでって、そう先生に話したんだから!」







「……だったら、家族になるか」







何秒かの静けさの後、驚いた玲が飛び起きた。

髪の毛はクシャクシャで、化粧もしていない、どこか抜けた顔をしている。



「何を言ったの?」

「家族になるかってそう言った」

「出来るはずないじゃない。誠ちゃんは……」

「会社は辞めてきた。もう、誰のマネージャーでもなければ、管理者でもない。
ただの無職の男だ」

「……誠ちゃん……何してるのよ、バカ! もしかしたら今、会社に行ってきたの? 
ねぇ、辞表とか出しちゃったの?」

「あぁ……」



玲の顔がすぐにゆがみだし、声にならないまま両手で人のことを何度も叩き始めた。

細くなった腕でも、力だけはあるらしい。

そのまま叩かれているわけにもいかず、両手でその腕をつかむ。



「お前のことを、商品だなんて思えないからさ」







初めてだった。





玲を腕の中に抱き締めたのは……。





そして、彼女の唇に触れたのは……。







玲は結局2週間入院し、仕事を休んだ。

それから体力を戻し、少し撮影に遅れて入ったものの、

しっかりと現場へ向かい、ブランクを感じさせない演技を見せた。





そして……。





「私には、かけがえのない人です。私が輝いていられるためには、必要な人なんです」





玲の会見は、多くの女性から指示を受け、アイドル的な扱いから、

これをきっかけに少しずつ本格的な女優への道を歩き始める。





あれだけ玲を悩ませていた『過呼吸』は、

渡した婚約指輪の威力で、消えてしまったようだ。







そして、私は……。







「今日はお前たちが1番だったな」

「ですか?」

「あぁ、客の反応が違った。ライブはウソをつかない」



また『一気組』の担当に戻り、忙しい日々を送り始める。

もっと上を目指す! と、ご機嫌に笑っている彼らの上に輝く太陽を見ながら、

同じ光を浴び演技をする、玲のことを思った。







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コメント

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   こんにちは!!

 離れて知る自分の気持ち・・からの心配で出た言葉を玲ちゃんに聞かれて最悪の展開!と思いきや
“災い転じて福となす”でした。

辞表を出してさり気にプロポーズの誠ちゃんに盛大に拍手です。
男やのぅ!と思ったけど、この就職難に結婚するのにプーかよぅ・・は杞憂でした(笑)

いつまでもお互いが光っていられるように!ファイティンだ!!
支えあって(誠ちゃんのが支えてばっかり?)いつまでもお幸せに!ってね。

こっちも久しぶりのお天気で外は光が溢れています☆
お天気も幸せもおすそわけありがとうございましたm(__)m


     では、また・・・e-463

幸せになってね^^!

ももちゃん、お疲れ様~^^
四つのお話、どれも良かったけど、私は、この最後のお話が一番好き~♪
プロポーズの言葉の温かさが、とっても印象的だったし
心に響くようなタイミングの良さでした(〃▽〃)

芝野さんのキャラも
ももちゃんのお話に良く出てくる「仕事ができる頼りになる男」
って感じで、とっても好きなタイプでした~(*^^*)

過呼吸って、そのときは本当に辛いのよね・・・;;
やっぱり精神的に落ち着くと、克服できる! 指輪は偉大だわ~^^

家族・・・

『家族になるか』はキュンときたな~~
うん、いいプロポーズだ(^^)v

玲ちゃんに食べさせてもらうのもあり?と思ったけど
其処は男、そうは行かないよね。

芸能人なんて、ももちゃんの作品中一番派手な職業でしたね。誠ちゃんは裏方だけど、多分その見た目はどの人より美しいと見た(爆)

楽しい4部作でした。
そして「フリーワーク」の続きも楽しみ♪


芝野、男です!

yokanさん、こんばんは!

>男っぽいね~、いい男だわ^m^

力は入っていないけれど、一番強い言葉かもしれないです。
しかも弱っていた玲ちゃんですから、余計に心に響いたはず。

>今回も読んだ後、幸せ気分です♪

うわぁい、ありがとう。
そう言ってもらえるのが、とっても嬉しい。
いつも、ありがとうございます。

これからも、あそびに来て下さい。

プーさんにはならないのです

mamanさん、こんばんは!

>この就職難に結婚するのにプーかよぅ・・は杞憂でした(笑)

あはは……そうですよね。
プーさんじゃ、玲の負担が大きすぎますし、
格好いい『プロポーズ』も価値が下がってしまうでしょ。

幸せのお裾分けだと思ってもらえて、こちらこそ嬉しいです。
いつも、どうもありがとう。

指輪力

eikoちゃん、こんばんは!

>私は、この最後のお話が一番好き~♪

ありがとう!
これがいい! と言ってもらえると、色々と参考になるんです。
確かに、ストレートは一番響くよね。

『過呼吸』って、そう、本当に辛いの。
私、お産の時、何分かだけ『過呼吸』になりました。
手足がしびれたりして、大変だったの。

誠ちゃんの指輪、そりゃ偉大だよね(笑)
いつもありがとう。

合格?

yonyonさん、こんばんは!

>『家族になるか』はキュンときたな~~

おぉ、よかった。
yonyonさんからお墨付きをもらえたら、怖いものなしだね(笑)

>芸能人なんて、ももちゃんの作品中一番派手な職業でしたね。

あはは……そういう視点で来るのね。
でも、お金の動きは【again】が一番リッチだった気がする。

そうよ、そうよ、どうせ、いつも貧乏な人が多いし(笑)

こちらこそいつもありがとう!
はい、彼らが戻ってきますので、また遊びに来てね。

素敵な言葉♪

女優とマネージャーの結婚って、結構よくあるように思ってたけどやっぱりNGなんだね

会社の命令となれば
いくら売れっ子女優でも我が儘は許されない・・とはいえ
入院するほどまでになっちゃって

誠ちゃんじゃないけど
こんな事になるまで、どうして・・ってわからず屋の社長に腹がたったわ!
でも、皮肉にも!?その事で誠ちゃんも心を決めることができたんだよね

『家族になるか』は本当に素敵な言葉でした^^v

アイドルから大人の女優への道を歩き始めた玲ちゃん
『ママになってもらいたい素敵なタレントランキング』なんてのに入る日もそう遠くないかも~♪

4つのお話、お疲れ様でした

それぞれの言葉に込められた大切な想いにふれて
温かで幸せな一時を過ごす事ができました。

素敵なプロポーズをありがとう!

『フリーワーク』続きもまた、楽しみにしています(^^)/

かわいい~

玲ちゃん、かわいい~

私、強引な男とかわいい女に弱い(笑)

玲ちゃんは、根っからのアクトレス
でも、それは、誠ちゃんの心からのサポートがあってこそなんだよね~

そして、誠ちゃんは、腕利きのマネージャーさん

これからは、仕事で一緒にいなくても
家族なったから大丈夫ですね(〃▽〃)
これも、いいプロポーズだったなあ~

4作お疲れさまでした。
何日もかけてアップしたものを一気に読んでしまってm(__)m
でも、その分、幸せ気分もヨン倍です♪

今日は、さわやかな五月晴れでした。
ももんたさんのプロポーズ4作も
今日の空のように爽やかでしたo(^-^)o

どうもありがとうございました。

あちらの第二部もお待ちしてます。です♪

ありがとう

れいもんさん、こんにちは
一気読み、ありがとうございました。

>これからは、仕事で一緒にいなくても
 家族なったから大丈夫ですね(〃▽〃)

はい、怜は毎日、撮影現場で『婚約指輪』を見つめ、
にやけていることでしょう。

楽しんでいただけたのなら、こちらも嬉しいです。
読むって結構、大変なんですよね。
でも、そんなみなさんの温かさに支えられ、
楽しませてもらっています。

あちらの2部も、スタートしますので、
また大和を応援してやって下さい。

4つのプロポーズ

いろんな男女が繰り広げる「プロポーズへ至るお話」 楽しませてもらいました^^

女優とマネージャーって、ありそうでないのかな?
いや、きっとあるはず・・・本人達の葛藤も相当だろうなぁ・・・
気持ちに気がついても、仕事と割り切った顔をする辛さは、一般人にはわからない部分かもね。

彼が辞表を叩きつけて(?)マネージャーをやめちゃったかと思った~!
(無職でどうやって彼女を養うのか・・・と期待してたんだけど 笑)

後編でハッピーエンドって、すごく安心感があるね^^;
今度は長編の方の彼らの人生を追いかけますよ!

ここにたどり着くのに、何度も邪魔が入り~@@
(宅急便のお兄さんや、訪問販売のお兄さんに邪魔されながら、やっと来れたのよ~)

今日から二部の開始だね。
頑張る~^^

短編なので

なでしこちゃん、おはよう。

>彼が辞表を叩きつけて(?)マネージャーをやめちゃったかと思った~!

うん、長編ならばそこからまた一波乱だろうけどね(笑)。
短編、後味スッキリ! のつもりで書いていたから、
そこらへんは複雑にしないのよん。

>今度は長編の方の彼らの人生を追いかけますよ!

はい、よろしくお願いします。