63 旅立ちの日

63 旅立ちの日




大和は学生2人と比菜を『フリーワーク』号に乗せ、駅までの道を進んだ。

いつもなら冗談など言いながら、笑顔を見せている比菜が、

ここ何日か沈んでいるように思え、気にはなるもののどうしたのか聞けずにいる。


「長瀬さんが?」

「あぁ、邦宏から聞いてやってくれないか。あいつ、集中力ないし、
どこかうわの空に見えて、仕事に連れて行っても、危なっかしいんだ。
何か失敗しそうで……」


事務所に戻ると、大和は邦宏に向かってそう語った。

邦宏は新聞を広げながらじっと話を聞いていたが、

大和の言葉が途切れるのを待ったように、椅子を回転させる。


「お前が聞けばいいじゃないか。そこまで見てやっているのなら」

「ん?」

「集中力ないし、うわの空だし、危ないんだろ、どうしたんだって聞けばいいんだよ」


邦宏は大和が書き上げた書類を指差し、現場の責任者は大和なのだと何度も言い返す。


「……俺はいいよ。つい強く言ってしまうし、あいつも言いにくいだろうし、
お前の方が言いやすいって」


比菜のことを意識したような大和の言葉に、邦宏は笑いをこらえながら首を振る。


「お前がどうしたんだって言ってあげたら、長瀬さん嬉しいと思うけどな……」

「……いいから、聞けって邦宏。お前社長だろ!」

「そういう時だけ認めるな。それにな、社長は相談室長じゃないんだぞ」


邦宏はそういうと戸惑っている大和から視線をはずし、

何事もなかったかのように、新聞をまた広げ読み始めた。





結局、邦宏は別の日に比菜を呼び出し、何かあったのかと問いかけると、

比菜は何もないですとはぐらかす。


「じゃぁさ、大和の前でそう言ってやってよ」

「高杉さんの前で……ですか?」

「あいつ、長瀬さんがおかしいって気にしてるんだ。
自分から聞けって言ったんだけど、きっと嫌がって言わないだろうって」


大和と一緒に現場へ向かっても、比菜は何も聞かれたことがなかった。

昔、時計を無くしておろおろしていた時に、怒鳴られたことを思い出す。


「気にしてくれてたんだ……」


大和が気にしていながら、言いにくくて黙っているなど考えたこともなかったが、

こうして邦宏に言われると、思い当たる節があって、少し申し訳ない気持ちになる。


「ここの仕事は結構、チームワークが大事だからね。もし、言えることなら……」

「岡山の祖母が、もう長くないんだそうです。康哉とのことも知られてしまったので、
この際、岡山へ戻ってこいって、母が。それに……」


比菜は隣に置いた携帯をチラッと見た後、小さくため息をついた。

邦宏は他にも何かあるのなら、全て話してくれた方が、対応しやすいと話しかける。


「康哉が謝りたいって、ここのところ何度かメールを寄こすんです。
自分が岡山にいることで、私が帰ってこられないのなら、岡山を出て行くって。
そんなこともういいって言い返しながら、でも、それでいいのかって思う自分もいて」

「まだあいつのこと……」

「いえ、そうじゃないんです。特別な思いはもうありません。
忘れたいってそう宣言したくせに、康哉のメールを読むと、頭にきてしまって。
会いたいときにはいなくなって、今度は急に連絡を寄こすようになって、
もし、会うようなことになったら、思いっきり叩いて、文句を言って、そうなるのが……」


比菜はそう言い切ると、大きくため息をついた。邦宏はそれを見ると、軽く笑う。


「気になるのは当たり前だし、そうしたらいいんだよ、
康哉のことひっぱたいてやればいい。もしかしたらその方が本当の意味で、
あいつも再出発できるのかもしれない。
君に謝罪すれば、自然にこっちにもつながってくるし。まぁ、顔も見たくないのなら、
無理にとは言わないけれど、そうして悩んでいるところを見ると、そうじゃないんだろ。
だったら会ってくればいいんだよ。岡山へ戻るのか、東京で暮らすのか、
そこから判断したっておかしくないんだし」

「坂本さん……」

「俺たちは、長瀬さんが戻ってくるのなら、全く異論はない。
君はもう立派に『フリーワーク』のメンバーだ。
でも、岡山で暮らそうと思うことも止めることはしない。
ようは、長瀬さんが決めたらいい」


比菜は少しだけ頷くと、黙ったまま携帯を開いた。

康哉からのメールを、いまだに消せないままでいたことを思い出す。


「戻ってきたことを聞いた時は、会うものかと思っても、
時が経てば人の心なんて変わってくる。時間はあまりおかないほうがいいよ。
行っておいで、その方が後悔はないと思うから」


その言葉に比菜はありがとうございますと頭を下げ、大きく息を吐いた。

邦宏はコーヒーを一口飲むと、比菜の方を向く。


「大和もな、お母さんに会えばいいんだよ。それで心の中に溜めてしまったものを、
思い切り吐き出してしまえばいいのに……。そう思うんだけど……。
あいつは自分できっかけを作るようなやつじゃないからな」

「そう……ですね」


比菜も同じようにカップを手に持ちながら、どこか過去を引きずったまま、

歩めなくなっている大和のことを考えた。





結局、比菜はしばらく休みを取って、岡山に帰ることになった。

3階の部屋で荷造りをしていると、出てきたときにはかばんひとつだったことが、

不思議に思えてくる。康哉だけを信じて飛び出したのに、いつの間にか自分の力で、

しっかりと歩めるようになっていた。それを助けてくれたのは、邦宏であり、

靖史をはじめとした『とんかつ吉田』の人たちであり、そして大和だった。


小さな鏡の前に座り、たいした化粧もしていない自分の顔を見る。

何もついていない耳に触れながら、比菜は少しだけ微笑んだ。





部屋のカギを閉め外へ出ると、朝から降り出した雨が少しだけ強くなる。

階段を滑らないように下りると、事務所の扉を開けた。


「すみません、それじゃ行ってきます」

「あ、長瀬さん、ちょっと待って!」


中から聞こえてきたのは邦宏の声だったが、

それから、何秒後かに姿を見せたのは大和だった。

比菜はまた何か言われるのかと身構えるが、大和は何も言わずに横を通ると、

ついてこない比菜の方を振り返る。


「行くぞ、ほら」

「エ……」

「雨だろ」


大和はそれだけ言った後、そのまま外へ向かった。下へ置いたかばんを慌てて持つと、

エンジン音がし始める。大和が駅まで乗せて言ってくれるのだと気づいた比菜は、

また怒られないように小走りで向かう。


「西坂まで行けばいいだろ。あそこなら乗り換えなしで空港まで行ける」

「はい、ありがとうございます」


二人を乗せた『フリーワーク』号は、雨の中を順調に走り出した。

駅に近づくのを感じ、比菜は飛行機のチケットを確かめた後、それを元に戻す。


「気にしてくれて、ありがとうございました。私、康哉に思いっきり言ってきます。
すごく腹が立ったことも、悔しくて泣いたことも、誰も頼る人がいなくて、
苦しかったことも」


大和は、その言葉に何も言わず、黙って運転を続けた。

それでも言葉を止めたりせずにしっかり聞いていることは、比菜にも伝わってくる。


「でも……そのおかげで、みなさんに出会えたことも、助けてもらったことも、
それも同時に話して来ます。そうしたら本当の意味で、康哉を忘れられると思うので」

「うん……」


ウインカーの音がして、車は右折し、またスピードを上げた。

次の信号を曲がったら、目の前に駅が見えるはずだ。


「高杉さん、余計なことかもしれないですけど、もし、会えるチャンスがあるのなら、
お母さんにぶつかってみたらどうですか? 苦しかったことも、悲しかったことも、
口に出してしまえば、乗り越えられるような……」

「余計なお世話だ」


予想していた言葉が、大和の口から飛び出し、比菜は笑った顔を隠すように下を向く。


「……はい、すみません」


大和のそんないつもの強い口調が、比菜にはどこか嬉しかった。

それから二人とも何も語ることなく時間が過ぎていったが、

気まずいこともなく同じ空間を共有した。そして、駅に到着する。

比菜はありがとうと大和に声をかけ、扉に手をかけた。


「おい!」

「はい……」


比菜は、扉に手をかけたまま動きを止めた。大和はそのあとの言葉が続かずに、

そのまま視線をそらす。比菜は手に持った傘を広げ、振り返った。


「あ、そうだ、冷蔵庫の中に入っているヨーグルトは
期限があるので食べちゃってもいいですよ」

「ヨーグルト?」

「はい……。でも、冷凍庫に入っているアイスの大箱は、
食べきらないようにしてくださいね。私、必ず戻って来ますから!」


その言葉に大和が顔をあげると、笑顔を見せる比菜がいた。

電車がホームに入る音がして、その後、アナウンスが聞こえてくる。


「ちゃんと戻って来ますから『フリーワーク』の仲間として……」

「早く行けよ、快速が来るって言ってるぞ!」


大和はサイドブレーキを外し、すぐにでも走り出しそうな雰囲気を見せる。

比菜は開いた口を一度閉じ、肩にかけた荷物を軽く直す。


「……言われなくても、今すぐに行きますってば」


比菜は扉を閉めると、そのまま駅へ向かって歩き出した。

大和はバックミラーで、遠ざかる比菜の後姿を見ながら少しだけ口元をゆるめる。

同じような車が1台近づくのがわかり、軽くアクセルを踏んだ。





64 母と子


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コメント

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聞こえる聞こえる幸せの足音♪

ももんたさん、こんばんは^^

63話には来られました~♪
63話かすごいなあ~改めて

このお部屋でフリーワークの面々の会話をきいていると、
何だかほっとします。
しばらく大和たちに会えなくて寂しかったです。

さすが邦宏!
大和のことも比菜ちゃんのこともよく分かってらっしゃる♪
そして、
大和にも比菜ちゃんにもツボを押さえたように上手に言いますねえ。
感心します。
これからも二人のキューピットになってやってくださいな♪
って、決めてる私(笑)

比菜ちゃん、岡山でちゃんとけりが付けられるといいなあ~
帰ってきてね♪

買ってくるネ

大和と比菜、お互い気になっているのに、聞けない。
邦宏が居なかったらどうすんだよ!!!!

でも沈黙が苦にならない、ちょっと言いにくいこと言っても
雰囲気が壊れない。これって・・・( ‥) ン?良い感じじゃない

比菜は、思い切り言いたいこと言って、スッキリしたら帰ってくるね。

帰ってきたら次は大和だね。

元気で帰ってきてね!

大和ったら
様子のおかしい比菜ちゃんの事が気になって仕方が無いのに
『どうしたんだ』の一言がどうしても聞けないのね^^

邦宏君、本当にご苦労様です^^;

乱暴な言葉の中にも暖かいものが感じられて・・

何も話さなくても気まずい事も無く
同じ空間を共有できる二人♪
・・・うふふ、これはなかなか・・・楽しみだなぁ

岡山へ帰る比菜ちゃん
アイスの大箱が、からにならないうちに
元気で帰ってこれますように!

こんにちは!!

なぁんか、大和と比菜ちゃんいい感じじゃない^m^

邦宏がまたいい感じで取り持ってるような・・・。

2人ともまだ過去に囚われてるようだけど
比菜ちゃんのほうが一歩リードかな。

康哉とのことにすっきりとけりをつけて帰ってこれるといいね。

大和の「おい!」の呼びかけは、比菜ちゃんが帰ってくるか
気になったからだよね。
そういうことを気にするってことは・・・

この2人がわたしの思ってる通りになるのか、この先がたのしみだわ(^O^)


     では、また・・・e-463

聞こえましたか?

れいもんさん、こんばんは!

>このお部屋でフリーワークの面々の会話をきいていると、
 何だかほっとします。

ありがとう。
先日、『フリーワーク』の面々は、ご近所にいそうで
親近感がわくと言ってくれた方がいて、
そんなふうに感じてもらえることが、
とっても嬉しいです。

邦宏は社長ですからね。
人の気持ちも、痛いくらいに分かっちゃうんです。
だから大変なところもあるのですが。

岡山へ戻った比菜、残ったメンバー達、
向こうで待つ康哉。
それぞれのこれからに、またおつきあいください。

邦宏社長!

yonyonさん、こんばんは!

>邦宏が居なかったらどうすんだよ!!!!

おそらく邦宏自身が一番思っているはず。
『俺がいなかったら、どうするんだ』って(笑)

互いの存在が、当たり前になりつつある大和と比菜。
それが特別なのだと気付くのか、
それとも当たり前のまま終わるのか、
それはもう少し……

自分の気持ち

yokanさん、こんばんは

>どこか似ているのかな~二人は・・・

うーん、似ているのかな。それとも真逆なのかな。
少しずつ動き出しているようには見えますが、
本人達が、気付いているのかどうか(笑)

邦宏は本当に気のつく男です。
だからこその悩みも、出てきてしまうのですが。
それはまた……

聞けないのよ

パウワウちゃん、こんばんは!

>『どうしたんだ』の一言がどうしても聞けないのね^^

はい、聞けませんでした。
時計を無くした頃の感覚とは、もう違ってきているのでしょうね。
本人達が一番鈍感なのかも(笑)

比菜が岡山へ帰り、康哉とどんな再会になるのか、
はたして東京へ戻るのか……は、
これからです。

正直な心

mamanさん(って書いちゃうからね)、こんばんは!

>大和の「おい!」の呼びかけは、比菜ちゃんが帰ってくるか
 気になったからだよね。

心の中からポン! と出てしまったんでしょうね。
でも、ハッキリ聞けなくて黙ってしまった大和。
それを少し察して、何気なく言葉を残した比菜。

少しずつ動き出した空気を、崩さないまま比菜の帰りを待てるのか、
比菜はちゃんと戻るのか……は、
これからです。

mamanさんの予想へ向かうんだろうか……は、
楽しみにね。