65 隠れた気持ち

65 隠れた気持ち




邦宏が穂乃と遥香への想いに悩んでいた頃、岡山に戻った比菜は、

祖母の見舞いなどを済ませ、康哉と会う場所へ歩いていた。


久しぶりに戻って来た街の風を感じながら、

待ち合わせに指定された、昔よく行った公園につくと、

携帯でメールを打っていた康哉がすぐに顔を上げ立ち上がり、

申し訳なさそうに頭を下げる。


ここで会っていた頃に比べると、少し痩せた気がしたが、

比菜は、声をかけることなく、とりあえず隣に座り大きく息を吐いた。

康哉は、視線を合わせない比菜の方へ体ごと向ける。


「悪かった、とにかくこれしか言うことがないから、比菜の気持ちが済むまで、
なんでも言ってくれ」


比菜は黙ったまま、隣に座る康哉を見た。

思い通りにならないことが多く、苦しかった時、

康哉の言葉に励まされたことも事実だった。

同じ悲しみを持ち、支え合っていけると思い、何も知らない東京へただ突っ走った。

比菜は浮かぶ涙を断ち切るように、一度だけ思い切り頬をひっぱたく。

康哉は何も言い返さずしっかり頷き、安心したその顔に少しだけ笑みが戻る。


「ありがとう比菜。なんだかスッキリしたよ。これで俺ももう一回頑張れそうだ」


比菜は、康哉を叩いてしまった手のひらを押さえたまま、

言葉を絞り出すように、小さな声で問いかける。


「仕事はあるの?」

「あぁ。高校の先輩が働いている工務店で営業をすることになった。
結構、営業トークうまいらしいんだよね」


康哉は照れくさそうに携帯を開き、自分のスーツ姿を比菜に見せた。

この不況時に、康哉が仕事を見つけたことは素直にほっと出来たが、

比菜は横目で確認した後、すぐに目をそらす。


「私のことはもういいよ。今思えば康哉だけの責任じゃないような気もするし。
でもね、嫌かもしれないけど、東京へは一度行かないとダメだと思う。
『フリーワーク』のみなさんには、ちゃんと謝罪しなきゃ。
坂本さんも高杉さんも、康哉がお金を持って逃げちゃって大変だったんだから。
それに……アリスさんだって……」


それまで笑顔を見せていた康哉の表情が、急に曇ってしまう。

比菜は、信用も出来ない自分を、あの事務所に住まわせてくれたこと、

仕事を与えてくれ、生活の基盤を作ってくれたことなど、東京での日々を語り続ける。


「あの人たちがいなかったら、私、東京で頑張ろうなんて思えなかった。
感謝しても仕切れないくらい世話になった。お金を戻したからいいだろうじゃなくて、
ちゃんと謝罪すべきだと思うよ」

「坂本さんには連絡を入れるよ」

「坂本さんだけじゃなくて、高杉……」

「高杉さんには……別にいいよ。もう、会うこともないだろうし」


康哉はそう言うと、目を閉じたまま黙ってしまう。

比菜は、聞き出した事実から少しずつわかってきた康哉のウソに、

どこか大和に対する想いがあるのだと気付いていたが、

その疑問をぶつけるために、あえて問い返す。


「どうして謝る必要がないの? 同じように迷惑かけてるんだよ」

「あの人は自分のことしか考えていない人だ。何でも起用に出来るから、
どこかうまく回らない人間の気持ちなんて、絶対に理解できない。
あの人に頭を下げるのは嫌だ」

「康哉……何、子供みたいなこと言ってるの? 
それに、高杉さんは何でも起用にこなしているわけじゃないよ。
あの人は、本当は不器用で、どうしたらいいのかわからなくて、だから強く言ってみたり、
知らない振りをしてみたりするだけで、本当はちゃんと心配してくれるし、
謝れば許してくれる大きさだって持っているのに……」


比菜のその言葉に、康哉は驚くような目を向けた。

その視線の意味がわからずにいると、目の前に鳩が飛んでくる。

比菜が康哉から視線を外し下を見ると、鳩は目の前で小さなパンくずを拾い、

また大空へ飛び立っていった。


「高杉さんのこと、ずいぶん知ったようなこと言うんだな。
そんな難しい性格を、比菜が理解しているってそう言いたいのか」

「……言いたいっていうか、私なりに……」

「惚れたんだ……高杉さんに……」


康哉のその言葉に、比菜は言い返せずに黙ってしまった。

比菜の態度を見た康哉は、すぐに表情を変え、一瞬悔しそうな顔をする。


「そうじゃ……なくて……」

「じゃぁどうしてかばうんだよ。そんな驚いた顔して、
一生懸命高杉さんのことを語るなんて、惚れているからに決まっているだろう」

「……違うって、そうじゃなくて」

「あの人は他人の痛みなんてわからないって。
俺のことだって、バカなヤツだとしか思ってないよ」


比菜は言い返そうと思いながら、言葉を出せずにいた。

康哉の言葉の先を知ってみたいと思い、黙ってしまう。


「前に話したことがあるだろ。兄貴のこと」


その人は震災で亡くなったと、康哉が話してくれたお兄さんのことだった。

東京で康哉のことを知る度に、重ねられていたウソに気付き、

もしかしたらウソではないかと思っていた話の一つになる。


「優秀な兄貴だった。勉強も出来たし、将来も有望だった。
それがあの震災で亡くなって、何にも取り柄のない俺が残って。
母さんが兄貴の遺影の前で言ったんだよね。どうしてあんたの方だったの……って」


康哉は携帯電話を握りしめたまま、そう悔しそうにつぶやいた。

比菜は初めて聞く事実に、言葉を挟めずただ下を向く。


「坂本さんとバイト先で出会って、実は『フリーワーク』っていう便利屋を
しているんだって聞いた時、この人となら一緒に何かをやりたいってそう思ったんだ。
世話になったし、相談にものってもらったし、何も取り柄がない俺に対しても、
温かい目を向けてくれた。でも……高杉さんには馴染めなかった」


比菜は康哉の言葉を聞きながら、自分が『フリーワーク』へ行った時のことを思い出した。

邦宏にはすぐあれこれ話が出来たが、確かに大和に対しては、

すぐ気持ちを開くことが出来ずにいたからだ。


「冷静に判断する言葉に、わかりきっているような目に、
幼い頃見ていた兄貴の姿が重なって。全てよまれているような、
わかっていて無視されているような、そんな気持ちがしてさ。
こっちが必死になって頑張ることを、隣に座って平気な顔でこなされると、
兄貴のことを思い出して……自分の無力さに気付かされて、
母さんのセリフが頭に浮かんで……」


少し離れた場所にある小学校から、鐘の音が響いた。

康哉は言葉を止め、少し熱くなっていた自分が恥ずかしいのか、軽く笑う。


「何を今さら、俺、語ってるんだろう……。比菜には関係ないのにな。
わかったよ、いつか必ず東京へは謝りに行くから。坂本さんにそう言っておいて」


比菜はそんな康哉のことを見た後、続きを聞き出すことはせずに、

どこか複雑な気持ちのまま空を見上げた。





「ただいま」

「お帰り」


靖史は事務所へ入ると、ソファーへ腰かけため息をついた。

邦宏は缶コーヒーを目の前で振りながら、飲むかとたずねてくる。

頷いた靖史に放り投げ、それを受け取った靖史はすぐにプルを空けた。


「今、店の前を通ったんだけどさ、お袋がバタバタ一人で動いてたよ。
長瀬さん、まだ戻ってこないのかな」

「まだって、向こうに行って何日なんだよ。ずっと帰れなかった家へ戻ったんだ。
こっちの都合であれこれ言うな。気になるのなら自分が店を手伝えばいいじゃないか」


靖史は、思わず出してしまったセリフに思い切り強く返され、何も言えなくなる。

そんな靖史の方を見た邦宏は、飲み終えた缶を軽くつぶす。


「このまま岡山で暮らしますって言われたって、俺たちには何も言えないだろう、
な! 大和!」


邦宏は大和にそう問いかけると、缶をゴミ箱に入れるため立ち上がった。

大和は何も言わないままPCから手を離し、隣のカレンダーを横目で確認した。







66 迷い人


いつも読んでくれてありがとう!
励ましの1ポチ、よろしくお願いします (^O^)/

コメント

非公開コメント

人間関係って・・・難しい

ももちゃん おはよー^^

比菜って、とっても柔軟な思考の持ち主なのね。
康哉のことだって、自分の中で答えを出して気持ちを切り換えてるし、フリーワークの面々への印象も、何かあるたびに「この人に、こんな一面があったんだ」 と塗り替える。
その柔らかい思考が、彼女の持ち味かなと思います。
(だから大和も心を開くんじゃないかと^^v)

それに引き換え康哉って、自分の人生が上手くいかないことを人のせいにばかりして・・・哀しいひとだね。
「○○ができないのは誰が悪いからだ」とか、「アイツが悪いんだ、俺は悪くない」とか、できない理由ばかり並べてる・・・

と、こんな人々を書き分ける作者さんの筆に、私はうなってます^^v

それにしても、私のお気に入りの邦宏君はどうするのかなぁ・・・
今の一番の関心事ですわ^^

追記・・・

パート2のバナーは 「靴」

どうして靴なのか・・・思案中・・・

気になってるんだけどね♪

    こんにちは!!

 比菜ちゃん、大和のことよく分かってらっしゃる・・

自分の味方?彼女?だと思ってた娘(こ)から聞いて面白い話じゃないけど、自分のした事を考えれば言えた義理じゃないと思うんだけど・・・。

康哉のできる兄と比べられたり、震災の時に母親が零した言葉で
傷ついて気の毒だとも思うけど、同情も共感もできない。

自分を分かってくればっかりじゃなく、相手のことも考えなくちゃね、康哉も。。。
まぁ、新しい仕事も見つかったようだし今回のことを無駄にしないで
いい方向に向かって、自分の居場所が見つけられるといいですね。

そして、比菜ちゃんは思ってもいなかった(?)ことを言われて、これから大和を意識しまくりかな?

その大和も邦宏の言葉にカレンダーをチラ見したりして・・
なにかは感じてるよね?でも、≪俺には関係ない≫みたいなふりするんでしょうか。

比菜ちゃんはもうフリーワークになくてはならない人になってるけど
靖司、邦宏の言うとおり人に頼ってないで
自分ちのことなんだから、自分で何とかしなさい!

みんな大変そうです。さて、次回はどうなるんでしょう・・・

     では、また・・・e-463

まだまだ甘いなぁ~

いろんな事があって
康哉も変わったかな?と思ったけど

やっぱり自分の事しか見えてないみたいで、まだまだ甘いなぁ~;;

優秀なお兄さんの事や
震災の後のお母さんの言葉・・・
康哉なりに辛い思いをしてきたのはわかるけど
だからってうまく行かない事があると
何でもそれを理由にするのは、もういい加減にしないと!

この不況の中、決まった就職先でも又
何かと理由を付けて直ぐ辞めちゃうなんてことにならなきゃ良いけどね

いつのまにか『フリーワーク』の皆にとって大切な存在になってる比菜ちゃん♪

邦宏の言葉に
口では何も言わないけど
比菜ちゃんがいつ帰ってくるのか・・一番気にしてるのは大和かも~^^

無くてはならない人

康哉の過去を思えば仕方が無いことかも知れない。
でも、それで大和をそんな風にしか見なかったとしたら
哀しいし、自分に都合のいい人しか受け入れないと言うのは
どうかな?

比菜はフリーワークで過ごすうちに、人に対する見方が
変わったのかもしれない。
だからビンタ一つで康哉を許せたのかも・・・

比菜はもうフリーワークで、靖史の店でなくてはならない
人になった。(本人は未だ気づかないかもしれないが)

大和も早く帰って来いと秘かに思ってるね。

そこらへんの人々

なでしこちゃん、こんばんは

>比菜って、とっても柔軟な思考の持ち主なのね。

そうだね、変わったんだろうね。
知らないところに飛び込んで、真っ白だったから、
逆に浸透しやすかったのかも。

>康哉って、自分の人生が上手くいかないことを
 人のせいにばかりして・・・

うん、私の創作では、結構このタイプが出てきてます。
世の中にも多いでしょ。
自分は悪くない……と逃げる人って。

>私のお気に入りの邦宏君はどうするのかなぁ・・・

ちゃんと動きますよ。邦宏は、しっかりしてますから(笑)

追記のお返事もこちらに!

靴の意味? それは最後まで読んでもらって、
感じ取ってくださいませ。
……と意味がありそうに書いておく(笑)

比菜の観察力

mamanさん、こんばんは

>比菜ちゃん、大和のことよく分かってらっしゃる・・

はい、比菜だけですからね。大和のつぶやきを聞いたのは。
最初の出会いが悪かっただけに、色々と思いもあるでしょう。

>相手のことも考えなくちゃね、康哉も。。。

そうだよね。康哉君もしっかり頑張ってくれる……のかなぁ

>大和も邦宏の言葉にカレンダーをチラ見したりして・・
 なにかは感じてるよね?

なにかは、感じてますよ、きっと。
まだ、しっかりと形付いてないけれど。

大和の視線

パウワウさん、こんばんは

>やっぱり自分の事しか見えてないみたいで、まだまだ甘いなぁ~;;

あはは……だよね。
そう、康哉はこれから色々と経験して、頑張ってもらいましょう。

>いつのまにか『フリーワーク』の皆にとって
 大切な存在になってる比菜ちゃん♪

比菜は逆に強くなりました。
どん底から這い上がったからね、大きく変わったことでしょう。

さて、カレンダーを気にした大和、康哉に問いかけられた比菜、
これからどう動くのか、まだまだお付き合いお願いします。

真っ白から

yonyonさん、こんばんは

>自分に都合のいい人しか受け入れないと言うのはどうかな?

うん、うん。
また大和も、中に入ろうとするタイプじゃないからね。
そっちがそうなら、こっちもこう……ということだったのでしょう。

>比菜はフリーワークで過ごすうちに、人に対する見方が
 変わったのかもしれない。

変わったのだと思います。真っ白だったところに入ってきた
『フリーワーク』の面々ですし、それぞれタイプも違うしね。
康哉のことより、今の生活! が、比菜の本音でしょう。

>大和も早く帰って来いと秘かに思ってるね。

だと思うよ。おそらく本人は認めないでしょうけど(笑)

共通点

yokanさん、こんばんは

>康哉君は人の表面しか見てないね~(ーー;)

嫌だという気持ちが前に出ているので、知ろうとする意欲もわかなかったのでしょう。
比菜と向かい合っている時には、いい面だけしか見せてなかったでしょうし、
比菜もどこか『共通点』があることに、甘えていたのかもしれません。

さて、カレンダーを気にする大和。
康哉から問いを出された比菜。

まだまだこれからです。

待っているから帰っておいで♪

>「このまま岡山で暮らしますって言われたって、俺たちには何も言えないだろう、な! 大和!」
この台詞は、今回最大のヒットです~o(^_^)o
邦宏ったら~(≧▽≦)

最後の4行ですっかり満足して
仕事へ出掛けた今朝でした♪

康哉は情けない男かもしれない。
でも、康哉にとって、お兄さんのこと、
そして、お兄さんとだぶってしまう大和が苦手なのは
わかる気がするなあ。。

邦宏はホントいい人だわ~

いろんな人がいておもしろいです。