66 迷い人

66 迷い人




比菜は病院の廊下に備え付けられている椅子に座り、

手に持っていたタオルを、丁寧にたたんだ。

病室の中では、回診に来た医師が看護士と何やら話している。

祖母は手や胸に器械が取り付けられ、こちらに戻って来たものの、

まともに話が出来ない状態になっていた。



『母さんが兄貴の遺影の前で言ったんだよね。どうしてあんたの方だったの……って』



康哉から初めて聞いた話は、比菜の心に大きくのしかかった。

親が子供を贔屓するとは思いたくないが、冷静な状況になかったとはいえ、

心の底にそんな想いがあったのかと思うと、残された康哉の辛さは、

半端ではなかったはずだ。


もう少し話を聞いてみたい気もしたが、互いに別の方向を歩み出そうと決めた以上、

それは自分のすることではないのだと、比菜は想いを断ち切るように立ち上がる。



『惚れたんだ……高杉さんに……』



好きになる理由など、どこにもなかった。

特に優しくされたわけでもないし、別に想いを告白されたわけでもない。

しかし、『フリーワーク』号に乗り軽快に動く邦宏の姿が浮かび、

教室のろくろを回し、充実した顔で戻ってくる靖史の顔が浮かび、

のれんを出しながら笑っている『とんかつ吉田』の二人が浮かぶ。


大和の姿を思い浮かべると、その姿は貴恵と別れ、

部屋の隅に座っているあの姿しか出てこなくなる。



『求めるってことは……間違っていることなのかな』



佐波が岡山から出て来たことで、その問いを返すことなく終わってしまった言葉が、

どこか寂しげな大和の姿と重なり、比菜の脳裏をかすめていった。



「長瀬さん! 長瀬さんはいませんか!」

「あ……はい!」





「亡くなった?」

「あぁ、夕方前に長瀬さんから連絡が入って、
これからまだ色々とやらないとならないことがあるから、もうしばらくかかりそうだって」

「そうか……」


大和はPCを開き、予定されていた仕事の割り振りを考え直そうと、書類を横に置いた。

邦宏はその書類を取ると、見ながらため息をつく。


「いつの間にか、完全な戦力になってたな彼女。
早く戻って来てくれとは言えないけど、正直、売り上げに響くんだよなぁ」


邦宏は書類を元の位置に戻し、棚から別のファイルを取り出した。

その一番上に置いてあったのはイネのファイルで、邦宏は用紙を取り出すと、

サインをしてくれた穂乃の筆跡に触れる。


「なぁ、大和。お前、お母さんに会ってみようとは思わないのか?」


邦宏のその言葉に、大和の手が止まり、視線は自然に横へ向いた。


「許してやろうなんて気持ちは、まだ出て来ないのか?」

「どうしてそんなことを聞くんだよ」


普段なら聞かないようなことを言いだした邦宏に対して、

大和は少し体を斜めに向け、話題に背を向けようとする。


「ごめん……。色々と考えることがあってさ」

「考えること?」

「あぁ。彼女の別れた旦那が、ヨリを戻そうと言っているらしい。
お兄さんの仕事にもからんでくるんだ、取引先らしいから。
それでも彼女が嫌だと言ったら、娘だけ寄こせって」

「女の子のことか」

「親の都合でさ、あっちだこっちだって、物じゃないって言うんだよ」


邦宏の言葉に、大和は幼い頃の記憶を心の隅から呼び戻した。

何も知らされないまま、離した手のぬくもりは、二度と戻ってこなかったからだ。


「その話を聞いて、お前のことがすぐに頭に浮かんだ。
両親が離婚しただけで、遥香ちゃんの心には傷があるのに、
またここであれこれもめるなんて、感じることだってあるだろうし。
もし、彼女が手放すようなことをしたら、きっとお前のように……って」


大和は人の心の動きに敏感な邦宏らしいと思いながら、書類を印刷し始めた。

プリンターの動く音が聞こえ、紙が出てくることを確認する。


「邦宏、常に頭をフル回転させて、色々考えるのはお前の才能だけど、
たまには自分のことだけを考えろよ。
誰かを傷つけないとその想いが達成できないのなら、
恨まれてもいいやつを傷つけたらいい」

「大和……」

「どこも全て丸く収めるなんてこと、出来るはずがないんだから。
丸く収まっているように見えるのは、自分が我慢しているからだ。
兄貴の商売が失敗したって、それは兄貴の才能がなかっただけで
お前が気にする事じゃないし、自分の責任で離婚したくせに、
都合良く娘を寄こせなんていうことにも、まともに取り合う必要なんてない」


大和はゴミ箱を一度見た後、そのまま横に置いたカレンダーに目を向ける。

貴恵に別れを告げてからも、季節は確実に動いている。


「子供は色々と感じ取ることが出来るし、大人が思っている以上に、
無意識に理解する能力が備わっているもんだ。自分の状況も、母親が今、
笑顔でいるのかどうかも、ちゃんと見抜いている。
だからこそ、気持ちは伝えてやれよ。今、何をお前が必要としているのか……。
誰といることを望むのか。守ってやりたいもののことだけ、考えればいいんだって」


邦宏は大和の方を向き、思いがけないアドバイスが聞けたことに驚かされた。

人のことなどあまり興味を示さなかったはずなのに、その一言には説得力がある。


「……じゃ、お先に」

「あぁ……なぁ、靖史は?」

「また窯の手伝いがあるとかなんとか言ってたな」

「そうか……」


大和は携帯電話をポケットに押し込み、そのまま事務所を出た。

廊下を抜け表へ出ると、駅に向かって数歩進んだがそこで立ち止まる。

見上げた3階の比菜の部屋は、真っ暗なまま変わらない姿を見せた。

大和は道に落ちていた小石を蹴りながら、そのまま駅へと向かった。



『気持ちは伝えてやれよ……』



邦宏は、何も変わっていないように見える大和の心も、

少しずつ動いているのだとそう思った。

時計を確認すると、夜の9時を回ったところで、携帯を取りだし番号を呼び出す。

邦宏は表示画面を見た後、電話を耳に当てた。

何度目かの呼び出し音の後、穂乃の声がする。


「もしもし……坂本です」


邦宏は空いた右手で、『フリーワーク』号のキーをつかみ、それを強く握った。







67 心のままに


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コメント

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ついに動き出す!

>たまには自分のことだけを考えろよ。

大和の言葉は、邦宏にずんと響きましたね。
私にも響きました*^^*

邦宏と大和の間にある空気っていいですね。
お互い分かり合ってて信頼し合ってて
互いにお互いの存在価値を高め合ってる感じがします。

邦宏が動き出しますね♪がんばれ~

大和も自分の心と向き合うかな~
比菜ちゃんとも♪

続きがすんごい気になるよー

ヨッ大和!!

大和は傷つく子供のことが一番気になるんだと思う。

馬鹿長男も、ご都合主義の元旦那も関係ない。
誰が幸せになるべきなのか、そこを考えなくちゃ!

しかし大和・・・
>恨まれてもいいやつを傷つけたらいい。
これにはビックリだわ。でも何だかスッキリした。

邦宏は穂乃にはっきり言って!

そして大和は比菜に気持ち伝えなきゃね。

互いの価値

れいもんさん、こんにちは!

>邦宏と大和の間にある空気っていいですね。

ありがとうございます。
ここが、このお話の軸! と言ってもいいくらい、
私がこだわっている箇所でして。
恋愛物だといいつつ、この二人の関係が、
一番大事だと思っているので。

家族でもないし、恋人でもないけれど、
欠かせない人……
そんな感じでしょうか。

>大和も自分の心と向き合うかな~

少しずつ動いていく、大和の気持ちに
注目してやってね!

どうもです

夜須鬼さん、こんにちは!

続きが気になる……
それはとっても嬉しいです。
もういいや……とならないように、
頑張らないとね。

邦宏の心

yokanさん、こんにちは!

>今回だけは、大和君のいうように
 自分のことだけを考える時じゃないのかな

邦宏の性格を知っているだけに、大和は一生懸命前へ押してやりました。
穂乃を好きになったと告白されてから、
大和なりに、邦宏を解放しようと思っているんだけど、
なかなかすんなりとはいけてなくて。

さて、押された邦宏君、
どうでるのか! は次回へ。

白か黒か

yonyonさん、こんにちは!

>しかし大和・・・
 >恨まれてもいいやつを傷つけたらいい。
 これにはビックリだわ。でも何だかスッキリした。

そう、ちょっとキツイ言葉だけど、
白黒ハッキリ! が大和なもので。
世の中『丸』ばかりじゃないことを、一番感じているからね。

さて、大和に言われた邦宏、どうでるのかは、続きます。


     こんばんわ!!

 邦宏の悩みに大和がすっきり、すっぱり回答。

そうですよ、身勝手で自分の都合しか考えてない人たちのことまで
気にしてたら、大事な人、穂乃と遥香をかえって傷つけちゃうよね。

大和も、もうそろそろお母さんと向き合うとき?
そして比菜ちゃんのことは?
またカレンダー、チラ見してたよね^m^フフフ

みんなどうなるんだろう?楽しみだ!(^^)!

     
      では、また・・・e-463

悩める若者

mamanさん、こんばんは!

>邦宏の悩みに大和がすっきり、すっぱり回答。

たまにはいいでしょ。大和が答えてあげるのも(笑)
いつも、邦宏に頼っているからね。
まぁ、少しずつ変わっていっているのかもしれません。

邦宏君、さて、どうなるのか、
大和君、ちゃんと色々な人と向かい合えるのか、
それはまだまだ続くのです。

楽しみ? とっても嬉しい言葉だわぁ(笑)