67 心のままに

67 心のままに




邦宏はカーブを曲がってから少しスピードを落とし、

笹本家が斜めに見える場所で、車を止めた。

携帯で確認すると、時間は22時を回っている。

穂乃のメールアドレスを呼び出し、空メールを送ると、

2階のカーテンが少しだけ開き、すぐに閉じられた。


お昼に会って話をする時は、いつも穂乃の職場からほど近い公園だった。

二人で語り合うことに楽しさはあったが、そこには必ず人の目があり、音があった。

互いに休みを取り向かう遊園地や動物園では、穂乃の横には遥香がいて、

邦宏はその二人を見ながら、少し後ろを歩いた。



『苦しい……』



あの言葉は穂乃だけのものではなく、自分の想いでもあると、邦宏は大きく息を吐く。

笹本家の門がゆっくりと開き、穂乃が姿を見せた。

邦宏はフロントガラス越しに手を振り、自分がここにいることをアピールする。


「ごめん、こんな時間に呼び出して」

「ううん……」


助手席に座った穂乃は、少し乱れた髪をそっと耳にかけた。

邦宏はその穂乃の指に視線を合わせたが、すぐにエンジンをかける。


「ここだと近所の目があるから、ちょっとだけ走ってもいい?」

「はい……」


アクセルを踏み、笹本家から少しずつ離れ、

5分ほど行った場所にある浄水場の脇に、もう一度車を止めた。


「僕が言ったことを取り消したくて」

「取り消す?」

「僕さえ手を引けばいいかのようなことを言ってしまったから、気になって」


家族や敏規の間に挟まれた穂乃のことを想い、

以前のように『フリーワーク』としての付き合いだけをしようかと言ったことを、

邦宏は後悔していた。

穂乃はその言葉に首を振り、気持ちはわかっていますと小さく返事をする。


「僕の親友は、6歳の頃母親と別れました。いつものように保育園に送り出されて、
帰り支度をした状態で待っていたのに、迎えに来たのは初めて会った父親と、別の女性で」


邦宏は大和のことを穂乃に語った。何も言われないまま突然生活を変えられた大和は、

はたから見ると何も問題なく成長して来たように見えるのだが、

心の奥に沈んでいる親への辛い想いは、いまだに残ってくすぶっている。


「遥香ちゃんは、離婚の意味がわかっていないのかもしれません。
でも、何かが変わったことだけは感じているはずだ」


邦宏の言葉に、穂乃は黙ったまま仲岡の家を出たときのことを考えた。

その前から敏規は家に戻らなくなっていたが、荷物をまとめている時、

いつもおしゃべり好きだった遥香が、じっと黙っていたことを思い出す。


「あなたと遥香ちゃんが離れるようなことだけは、絶対にしてはいけないとそう思って。
色々なしがらみに押しつぶされそうなあなたを見ていたら、
自分が身を引くべきなのかとそう思ったんです。でも……それは違う……」


邦宏は握っていたサイドブレーキから左手を離し、両手をハンドルに添える。

静かな車内に、力を入れ握り締めるクッという音が一瞬響く。


「あなたを守ることで、誰かを傷つけるのなら、それでもいいと……」

「坂本さん……」

「恨まれるのなら、どこまでも一緒に……」


自分たちの想いを押し通すことがどんな意味を持つのか、邦宏はわかったうえで、

穂乃の気持ちを確認する。


「あなたが遥香ちゃんに恨まれるようなことにはしたくない。
それを守るためなら、僕は誰に恨まれても怖くない。
だから、心の片隅にも、遥香ちゃんを手放そうなどと、絶対に考えないで下さい」


穂乃は邦宏の決意に、小さく何度も頷いた。

敏規の言葉、久之の言葉から、自分の置かれた状況を恨み、常にそばにいる遥香に対して、

もってはいけない感情が、少し見栄隠れてしていたことも事実だった。


たとえ、この場所から逃げ出すことになったとしても、

この人が一緒にいてくれるのなら、頑張れるのではないか。

穂乃はハンドルを持った邦宏の手を上から握る。


「誰に何を言われても、絶対に引いたりしませんから」

「坂本さん……」


それ以上、互いに何も語ることはなかった。もう、どんな気持ちでいるのか、

聞かなくても言わなくても、触れた手の温かさから、十分伝わった。

人通りの少ない道は、余計な音がすることなく静かな時だけが刻まれていく。


「もう少し……時間をもらってもいいですか?」


邦宏はハンドルを握っていた手を離し、

自分の左手に触れた穂乃の手を、優しく握り返す。

指の動きが止まり、確かな互いのぬくもりが、少しずつ気持ちを揺らす。

穂乃は止まってしまった邦宏の指から視線を上げた。

うつむき加減の表情がそこにあり、しばらくその顔を見ていると、

外で少し強く吹いた風が、ざわざわと木々を揺らす音が耳に届く。


「君のことだけを考える時間が欲しい」


邦宏はそう告げると、握り合った手に口づけ、穂乃と視線を合わせた。

穂乃は無言のまましっかりと頷き、真剣な邦宏の気持ちを受け止める。

住宅街からひとつ外れた道は、この時間にはほとんど通る人がなく、

ポツンと道路に立つ街灯だけが、二人の姿を照らす。

邦宏がエンジンをかけた『フリーワーク』号は、気持ちを寄り添わせた二人を乗せ、

その先の道へと走り出した。





家に戻った大和は、部屋のベッドに横たわり、天井を見つめた。

自然に閉じる瞼に逆らわないままでいようと思ったが、

階段を上がる音がだんだんに近づき、扉をノックする音が響く。


「はい」

「ごめんね、大和君。お父さんが呼んでこいって言うんだけど、いいかしら」

「あ……うん」


大和はベッドから立ち上がり、珍しいこともあるものだと思いながら、

父の待つリビングへ向かった。







68 秘密


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コメント

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おおおぉっ!!

今日は、子供の試合がありました。土日毎回で、へろへろだったんですが(でも、行くのは好きなんです)PC開けたら、私のビタミンが掲載されていて、心はラッキーと呟いていました。

動いてますね。第一部はプロローグだったのでは!?と思えてきます。読んで満足したんで寝まーす。おやすみなさい(笑)

「君のことだけを考える時間が欲しい」
邦宏はそう告げると、握り合った手に口づけ、穂乃と視線を合わせた。

きゃあ~(〃▽〃)


一方の大和
お父さん、何をお話するというのでしょう?!
うう~、気になる~~

あっちも、こっちも…うふふ

邦宏君、動きましたね(o^-^o) ウフッ
いつ動くのか…と思っていましたぁ
そうよ、心のままにつきすすめ~!!

大和も、比奈も大きな一歩ではないけど
一歩づつ着実に前進してますね
邦宏&穂乃、大和&比奈の関係も一部で
想像(私の)していた通りに
進んでいそうなので、おばさんの頭の中は
すでに妄想の嵐です(笑)
さぁさ、これから展開が楽しみですヨン♪

ももんたさん、ご無沙汰です。
3月からこっち何かと忙しくゆっくり
感想を書き込むこともできず…
でも、しっかりと読ませていただいてますよ。
しかも仕事中こっそりと(爆)
今年は忙しさが続くので感想のカキコはなかなかできませんが
ももんたさんのお話は楽しみに待ってますヨン❤

素敵な言葉♪

大和の言葉で動き出した邦宏

>「恨まれるのなら、どこまでも一緒に……」
「誰に何を言われても、絶対に引いたりしませんから」

はぁ~邦宏って本当にいつも素敵な台詞言ってくれるんだけど
今回も又心に深く響いて・・ドキドキしちゃったよ~(〃▽〃)

強い決意のこもった邦宏の言葉に
穂乃さんも、もう絶対揺れないよね!

そして相変わらずクールな言い方だったけど
邦宏を思い、背中を押した大和

次は大和が動き出す番よね~~
なんて思ってたところへお父さんが話って・・・うう~ん、何だろう?

よく言った!

うんうん、邦宏よく言った。
沢山の人を傷つけることになるかも知れない。
けれど、それで自分の幸せを諦めて、自分に嘘をついて生きる人生なんて、あって良いわけない。

傷つけたら、その人達に申し訳ないと思いながら、それでも懸命に幸せになろうと努力すれば、何時かきっと分かってくれる。

大和の父は何を?

そっか・・ここで切ると次は?と期待が高まるのね。(メモメモ)

ビタミンバンザイ!

milkiy-tinnkさん、こんばんは!

お子さんの試合の応援、楽しいけれど疲れますよね。
私も気がつくと、声が枯れていたり(笑)
そんなmilkiy-tinnkさんのビタミンになれているのなら、
とっても嬉しいです。

>第一部はプロローグだったのでは!?と思えてきます。

あはは……
それは長いプロローグだ(笑)

ぐっすり眠れましたか?

きゃあ~!

れいもんさん、こんばんは!

>きゃあ~(〃▽〃)

照れちゃいます。
邦宏君、行動しましたよ。大和が押してくれたので。
こんなふうに言われたら、ついていこうと思うよね。

>お父さん、何をお話するというのでしょう?!

とっても、とっても気にしながら、
次回をお待ちください。

お久しぶりです

Arisa♪さん、こんばんは!

>邦宏君、動きましたね(o^-^o) ウフッ
 いつ動くのか…と思っていましたぁ

あはは……お待たせしました!
ここだ! と思った邦宏です。

邦宏、大和、互いに互いを認め合い、頼りにしている二人です。
Arisa♪さんの中にある、妄想、空想を聞いてみたい気がするな。


お久しぶりです!
お忙しいんですね。読んでくれていることがわかるだけで、
とっても嬉しいです。
コメントは無理なく、たまに書いてくれたら(笑)

楽しみにしてくれる方がいると思えるのが、
一番の励みです。
お仕事頑張ってね!

ドキドキ……嬉しい

パウワウちゃん、こんばんは!

>はぁ~邦宏って本当にいつも素敵な台詞言ってくれるんだけど
 今回も又心に深く響いて・・ドキドキしちゃったよ~(〃▽〃)

ドキドキ? 嬉しいです。
誠実な邦宏の気持ちが、しっかりと伝わって欲しいと想いながら
書いているんだけど、どうだったかなと。
みなさんのコメントや、一緒についている顔文字に、
ちょっとだけほっとしてます。

>そして相変わらずクールな言い方だったけど
 邦宏を思い、背中を押した大和

うん、大和にとっても邦宏にとっても、
お互いはとっても大事な存在なのです。

大和のことは、次へ!

一歩前へ

yokanさん、こんばんは!

>邦宏君、前に進みだしましたね。それでいいんだと思うわ^^

はい、進みました。
我慢することだけがいいことではないのです。
大和からそう言われて、決意を固めました。
誰を守り、誰と向かい合うべきか……

さて、相手の出方はいかに。

そして、大和の家では?
……は、次回へ。

そうだよね

yonyonさん、こんばんは!

>沢山の人を傷つけることになるかも知れない。
 けれど、それで自分の幸せを諦めて、
 自分に嘘をついて生きる人生なんて、あって良いわけない。

その通りです。なんだかyonyonさんのコメント読んでいて、
うん、うん、頷いていた私。
まとめてくれて、ありがとうです。

>そっか・・ここで切ると次は?と期待が高まるのね。(メモメモ)

あはは……。そうみたいだよ、頑張れ!

No title

    こんにちは!!

 邦宏が動いた!言った!男を見せた!

人を気遣ってばかりだったけど、今回は自分のために行動し発した言葉の数々。
そこはやっぱり穂乃さんと遥香のことも考えてて・・邦宏だ。

「あなたを守ることで、誰かを傷つけるのなら、それでもいいと……」とか
「恨まれるのなら、どこまでも一緒に……」とか
「君のことだけを考える時間が欲しい」とか
(とか、ばっかりだけど^_^;どれも外せない!)
ちょっと大和贔屓なわたしですが
もう!惚れてまうやろ~!!です。

ああ~・・なんかコーフンしすぎました。すみません^_^;

そんな中、大和のほうにも何か動きがあるようですね。
お父さんの話って何だろう?・・・

読者を引きつけて離さないこの展開♪
憎いねぇ、ももんたさん!!!

   では、また・・・e-463

男だよ!

mamanさん、こんばんは!

>邦宏が動いた!言った!男を見せた!

はい、邦宏が頑張りました。
今できること、今伝えたいことを、大切な人に伝えたわけです。
セリフも外せないくらい心に残していただいて、嬉しいな。

>そんな中、大和のほうにも何か動きがあるようですね。

はい、ちょっとここのところ、地味な大和ですが(笑)、
これから動き出しますよ。
また、贔屓に見てあげてね。