70 好きだった人

70 好きだった人




比菜は岡山から戻って来た報告だけした後、

疲れてしまったと慌てて3階の部屋へ戻った。

まさか、佐々木淳平に会うことになるとは思っても見なかった。

スーツ姿だった淳平は、まだ着慣れない康哉に比べすでにしっかりと形になっていて、

どこか余裕さえ感じられた。


『比菜、どうしてここに? もしかして君も『フリーワーク』の人なの?』


その純粋な問いに、ただ頷くだけしか出来なかった。

神戸から岡山へ転校し、一番最初に声をかけてくれたのが淳平だった。

生徒会長も勤め、頭も優秀だった彼に憧れる友達も多く、部活が一緒だった淳平が、

比菜の家に出入りすることもあった。


妹の佐波が淳平を好きになったことを知っても、悔しい想いなど全くなく、

むしろまっすぐに思いを告げてくる淳平よりも、どこか危なっかしくはあるが、

一緒に笑ってくれる康哉の方が、一緒にいて気持ちが楽だった。



『僕の好きな人は、佐波ちゃんじゃない。比菜なんだよ』



結局、その気持ちに比菜が応えることはなく、淳平は大学を卒業した後、

岡山に戻らずに東京で就職した。

それからもう何年も会ったことがなかったのに。


比菜は再出発をしようとした自分の行く手に、何か起こるような気がして、

膝を抱えたまま大きくため息をついた。





「まさか、ここで比菜に会えるとは思いませんでした」


比菜のため息など知らない淳平は、自分と比菜の思い出話を、

目の前の大和にあれこれ語りだした。剣道部で一緒に頑張ったこと、

生徒会の役員をしたこと、大和の知らない比菜の姿がそこにある。


「さっさと部屋に行ってしまったところを見ると、
僕は、相当嫌われているのかもしれませんね」


淳平は、自分がずっと比菜を好きだったのだと、隠さずに告げると、

契約の書類にサインをし、渡して欲しいと自分の名刺を残し、事務所を出て行った。





「ほぉ……」


邦宏が事務所へ戻り、大和は契約のこと、淳平が比菜の知り合いだったことを話す。


「前に妹が来ただろ。彼女が憧れていた先輩だとか、聞いたことがあった気がする。
淳平って名前にどこか聞き覚えがあると思ったら」

「復活なのかもしれないな……」

「復活?」


邦宏は一度大和の表情を確認すると、カップを取り出しコーヒーを入れだした。

どうするかと合図をされ、大和はいらないと首を振る。


「好きだったんですってハッキリ言ったんだろ。
まぁ、過去のことと捕らえることも出来るし、偶然の出会いで、
想いが復活することも……ないとは言えない」


どこか含みがあるような言い方に、大和が邦宏の方へ視線を向けると、

何かを求めているような目にぶつかった。


「何が言いたいんだよ」

「わからないなら、いいんだけどね」


大和は携帯をポケットに押し込むと、PCの蓋を閉じ、事務所を出て行こうとする。


「どこに行くんだよ」

「『彩夢』だよ、亜紀さんからホームページの変更を頼まれたんだ」

「ほぉ……」

「ほぉ……じゃなくて、リストの学生に予定が取れるかどうか確認しておいてくれよな。
2週間の仕事、大変だけど金額も大きいんだから」

「はいはい」


どこか逃げ出すような大和の態度に、邦宏は軽く返事をし笑顔を見せる。


「あ、じゃぁ、これ長瀬さんに渡しておけばいいんだな。
あなたがまだ大好きだって言っていたけど……どうするって」


「……行ってきます」


邦宏は出て行く大和の後姿を見送ると、携帯電話を取り出し、

学生のリストを広げ、一番上の番号を押し始めた。





自転車に乗った大和が『彩夢』に向かっていくと、

店には亜紀が一人はたきを持ったままで、椅子に座っていた。

いつもてきぱきと動いている姿しか見たことがなかったため、

少し不思議な気がしたが、ガラスの扉を軽く叩くと、すぐに気づき頭を下げる。


「すみません、お忙しいのに呼び出してしまって」

「いえ、それは仕事ですので。で、反応がおかしいところと、変更の箇所は」

「あ……」


亜紀はPCを開き、取り扱えなくなった商品を指さした。

大和は差し替えようのデータを取り出し、作業を進める。


「あの……」

「はい」

「吉田さん、何か言ってませんか?」

「はい?」


亜紀は、近頃靖史が少し考え事をしているように見えるのだと大和に話し出した。

自分が聞き出そうとすると何もないとごまかされてしまうので、

気になっているのだと、はたきを持ったまま、大和の方を見る。


「あぁ……。店を手伝っていた女の子が、実家へ戻っていて人手が足りなかったから、
気になっていたんじゃないですか?」

「人手……」


亜紀はその言葉を聞き、そうなんですかと頷きながら、

どこか心配そうな表情を浮かべる。

大和にホームページの件で仕事を依頼したのだが、

心の中にあるのは靖史のことだけのように思えて、大和は何も語りかけないまま、

しばらく作業を続けた。





「ありがとうございました」

「長瀬さんの同級生とはね、世の中狭いというか、なんというか」

「はい……」


比菜は淳平の名刺を受け取り、『久しぶり』と書かれた筆跡を見た。

学生時代の癖そのままで、まちがいなく淳平だったのだと思う。


「生徒会の会長で、剣道部の部長で、頭も優秀で……
何も文句をつけるところがない人でした。だからといって、
態度が大きいわけじゃないし……ただ……」

「ただ?」

「あまりにも何もかもが出来てしまうから、出来ない人の気持ちは、
あまりわからないのかなって……。一緒に何かをやっていると、
だんだん疲れてくるというか、どこか息苦しくなると言うか」


比菜は大和の席に座ると、テーブルの上に置かれたままのメモ紙を、

横のボードにしっかりと止めた。そこには大和の筆跡で、

淳平との仕事で使う予定の、店の名前が残されている。


「ふーん……息苦しいか」


邦宏は比菜の止めたメモの横に、連絡の取れた学生の一覧を貼り付けた。

比菜は頷きながら、大和のデスクで、少し開いていた引き出しを閉めようとしたが、

PCから伸びていたコードが挟まってしまう。


「私なんかいなくても、何でも出来ちゃう人より、どこか頼りにされているほうが、
一緒にいて気楽なんです。条件で言ったら絶対に康哉より淳平君だったはずなのに……」


比菜はそう言いながら、引き出しに挟まったコードを動かし、

大和の引き出しをしっかりと閉めた。

邦宏は何気なく行動する比菜を見ながら、軽く首を振る。


「長瀬さんは、素直でいい人だなぁ」

「エ……」

「ひとつ、ひとつの行動がわかりやすい。どこかの誰かに分けてやりたいくらいだ」

「誰か?」

「あぁ、今頃PCの前で、くしゃみの連発だよ、きっと」


邦宏の言葉の意味がわからないまま、比菜は岡山土産の袋を指で開け、

まず一つ目のお菓子を大和の席に置いた。







71 想いを継ぐ者


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コメント

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余計なことを!

淳平の包み隠しもしない告白に
「余計なことを~~!」
とつぶやいてしまいましたが、
比菜ちゃんには、全くその気がないのなら
大和にとってはいいきっかけになるかも~♪
と思い直すことにしました(笑)
そうそう!
大和は、完璧じゃないからそばにいてあげてくださいね♪

邦宏ったら、大和の反応を楽しんじゃって~

今日の終わり方って上手いなあ~
絵が浮かぶもの♪

楽しい週末は今日で終わりT_T
明日から戦場です@@

告白日和?

こんにちは!!

 淳平の告白に大和は何を思いどうするんでしょうね。
邦宏じゃないけど大いに気になる!!^m^

そして靖史のことを気に掛ける亜紀さんの話を聞いた大和。
間に入る?それとも邦宏に何とかしてもらう?
本人たちの問題だから何もしないかな、大和なら。

邦宏の比菜ちゃんの行動がわかりやすいって。
引き出しに挟まったコードをとって、しめたことで何か判ったってこと?
(わたしには分からない・・・これだけじゃ。)
だったら、さすが気配りの人だ。
これだけじゃなく、今までのことを含めてってことでしょうかね。

大和の机に岡山土産のお菓子の1つ目を上げたってとこが、意味ありげですね^m^

    では、また・・・e-463

好青年・・・

素直というか、屈託が無いって言うのか・・・
あまりにはっきりとした淳平の告白ぶりに
私もちょっとタジタジ・・;;
な~~んにも出来ない男も困りものだけど
何処から見ても非の打ち所の無い好青年っていうのもちょっとしんどいかも
閉めたはずの引き出しがちゃんと閉まってないぐらいが丁度良いのよね^^v

亜紀さんから靖史の様子を聞いた大和
以前の大和なら、何もしなかっただろうけど
今回は何かするかな?
淳平の告白も少なからず刺激になっただろうし

これからの大和の動きがとっても気になる私です^^

風邪かな?

苦労を知らない真っ直ぐな人生を歩んだ人なんだ。
いまだに比菜のことを好きなの?
それを聞いてる大和の気持ちは?

比菜の気持ちを知ってるのは邦宏だけか・・

亜紀の様子がおかしい、それは気づくのに。
邦宏ならどうしたのか上手く聞き出すのだろうけど、大和にはそれが出来ない。
くしゃみ出ちゃったかな?
『あれ、風邪でもひいたかな?』何て感じ(プ)

動きますよ

れいもんさん、こんばんは!

>比菜ちゃんには、全くその気がないのなら
 大和にとってはいいきっかけになるかも~♪

なるのかなぁ……(笑)
今は言えませんが、何か動くことは確かです。

>今日の終わり方って上手いなあ~
 絵が浮かぶもの♪

ありがとうございます。
絵が浮かぶ……って、とっても嬉しいな。

戦場から、無傷で帰って来られたのかな?

意味がある?

mamanさん、こんばんは!

>淳平の告白に大和は何を思いどうするんでしょうね。

そうなんですよ、突然入ってきた淳平。
知らなくてもいいようなことを、知った大和。
さてさて……。

比菜の行動を、邦宏がわかりやすいと言ったことは、
このシーンだけのことじゃないんですよ。
以前は、大和の席に座ることもしなかった比菜ですが、
今じゃ当たり前のように座ってますし……

>大和の机に岡山土産のお菓子の1つ目を上げたってとこが、
 意味ありげですね^m^

意味、ありげですよね(笑)

そうだよね

パウワウちゃん、こんばんは!

>何処から見ても非の打ち所の無い
 好青年っていうのもちょっとしんどいかも

うん、うん。
私なんて、自分が不完全人間だから、絶対に無理。
そうそう、どこか抜けているくらいの方が……って、
このバランスは微妙だけどね。

>これからの大和の動きがとっても気になる私です^^

はい! お願いします!

くしゃみ

yonyonさん、こんばんは!

>苦労を知らない真っ直ぐな人生を歩んだ人なんだ。
 いまだに比菜のことを好きなの?

ここがポイントなんですよね。
淳平君の登場してくれた意味……は、
この後、わかってきます。

人のことは、ちょっと離れてみられるから敏感になれても、
自分のことになると、なかなか表に出せない大和です。

くしゃみ……してるんでしょうかねぇ(笑)

あ、そうだったか

yokanさん、こんばんは!

>邦宏君、大和君で遊んでる^m^

あはは……確かに遊んでいます。
だって、大和は素直じゃないもの。
気になっているくせに、自分で聞かないし、名刺は邦宏に預けちゃうし。

淳平君、確かに好青年です。
でも、完璧な男も疲れる……

あ! だから彼も結婚しないのか?(笑)