71 想いを継ぐ者

70 想いを継ぐ者




穂乃は片づけをしながらリビングの時計を確認した。

今朝、邦宏からのメールが入り、何もなければまた10時過ぎにメールが入るはずだ。

遥香を寝かしつけ身支度を整えていると、横に置いた携帯電話が揺れた。

すぐに小さなバッグを持ち、音をさせないように玄関を出て行く。


イネはそんな穂乃の足音を部屋の中でじっと聞き、ふすまを少しだけ開くと、

門を出て行く姿を確認した。


「こんばんは」

「ごめん、家の前じゃなくて」

「ううん、ここで待っていてくれた方がいい。うちの前だと逆に気になって」

「そう……」


穂乃がシートベルトをつけたことを確認すると、邦宏はゆっくりとアクセルを踏み、

『フリーワーク』号は走り出した。





「これが来月の予約状況」

「はい」


次の日、比菜は大和から預かり保育のリストを受け取り、予定表にチェックを入れた。

事情があったとはいえ急に休んだので、利用する人がいなくなるのではと心配したが、

それは問題なかったようで、ほっとする。


「来月の頭、2週間、俺も邦宏もほとんどここにいないから、頼むな」

「あ……はい」


大和はボードに貼った淳平の会社名を見た後、視線を比菜に向ける。


「あの人、同級生なのか。ずいぶん落ち着いて見えたけど」


比菜は、大和の言葉が淳平のことを示しているのだとわかったが、

特に返事することなく、記入した手帳を見続ける。


「……康哉より、よっぽどよさそうだったけどな……」


ぽつりとつぶやいた大和の視線と、比菜の視線が重なったがすぐにそれた。


「いいじゃないですか、人の趣味まであれこれ言わなくたって」


比菜は、大和は軽くつぶやいたことに、大きく不機嫌に反応した。

大和は淳平に対し、過敏になる比菜の態度が、どこかひっかかってしまう。


「あれこれなんて言ってないだろうが。お前がこっちへ入ってくるのかと思ったら、
さっさと上へ行くから。嫌われているんじゃないかって、
向こうがそうつぶやいたんだ。そうかもしれないですねとも言えなくて、
こっちの方が話しづらかったんだぞ」


比菜はわざと音をさせるように手帳を閉じ、それをバッグに押し込んだ。

ポーチやガムなどの場所が気になり、両手で動かし始める。


「連絡した方がいいんじゃないのか? 名刺受け取っただろ、邦宏から」


大和はPCを打ちながら、一瞬、比菜の表情を確かめる。

比菜は閉まった手帳の一番後ろに入れた、淳平の名刺を思い出したが、

そのままバッグを閉じる。


「行ってきます」

「どこへ」

「『とんかつ吉田』です!」


比菜はバッグを手に持つと、これ以上淳平の話を聞きたくなかったのか、

さっさと席を立ち玄関へ向かった。


「おい!」

「何ですか? まだ何かあります?」

「忘れ物!」


振り向いた比菜に向かって、大和はデスクに残された携帯を放り投げた。

放物線を描いた比菜の携帯は、慌てて出した両手になんとか納まる。


「危ないじゃないですか、落としたら壊れるんですよ」

「だったら置きっぱなしにするな!」


比菜は大和に向かって舌を出してやろうとするが、途中でそれを止める。

何も反応がないことに、大和は視線だけを比菜の方へ向けた。


「連絡……取らないとまずいのかな」


比菜はそうポツリと言い残すと、扉を開け、そのまま外へ出て行った。

ガチャンという音が響いた後、残された大和の視線だけが扉を見続けた。





靖史は棚の片づけをしながら、自分の作品を見た。

大きな皿は、店で使っている皿と同じような形になり、

形のいい茶碗は、店で出しているものとほぼ大きさが一緒だった。

和子の怪我で久しぶりに手伝った店の中のものを、意識しないうちに、

自ら製作していたことに気付かされる。

自分は、運命で店を継がなければならないと思い込んでいた頃と違い、

あの油の匂いと、キャベツを浸す冷たい水が、たまらなく懐かしく思えた。


「吉田さん、まだ残っていたんですか?」

「あ、はい」


靖史の手は作品から離れたが、視線はそのまま残ってしまう。


「亜紀さん、僕はどうしようもない人間のようです」


靖史がそうつぶやくのを聞いた亜紀は、すでに言いたいことがわかっているのか、

何秒か前まで、靖史が触れていた皿を手に取った。


「この形、大きすぎずに少しだけカーブが入っていていいですよね。
ここにキャベツを乗せたらきっと形よくまとまるって……」

「亜紀さん」

「お店のこと、気になっているんですよね。この間、高杉さんに仕事をお願いした時、
バイトの方が休んでいるんだって聞きました。だから、気になっているんでしょうと。
そんなこと話してくれたらよかったのに。大変な時は手伝いに行くのが当たり前です」

「それだけじゃないんです」


亜紀は明るく返した自分の意見に、靖史がさらに辛そうな顔をしたので、

そこから言葉が続かなくなる。


「この間、教室に来られなかったのは、寝坊したからでも、疲れたからでもありません。
店を手伝っていたからなんです。実は母が手を怪我して……」

「怪我されたんですか? どんな……」

「たいしたものじゃないんですよ。でも……」

「それなら余計に手伝って当たり前じゃないですか」


亜紀は皿を元の位置に戻し、それならばしばらく戻り、

店の手伝いをした方がいいと靖史に告げた。靖史はその言葉に小さく首を振る。


「今度戻ったら……きっと、ここへ来られなくなる気がして」


静かになった教室に、閉め損ねた水道の蛇口からたれる水の音がした。

亜紀は蛇口を強く閉め、靖史に背を向けたままになる。


「お店を継ぐ決心がついたってことですか?」


亜紀は小さな声だったが、しっかりとそう問いかけた。

靖史は背を向けている亜紀に届くように、話し始める。


「……結局、僕の頭の中から、あの店のことが消えることはないんじゃないかと。
近頃、武雄さんにも色々と指導してもらうことが増えて、陶芸の仕事を覚えるたびに、
こんな状態でいることが、逆に申し訳ない気がするんです」


亜紀は、隙間から見えた月が、自分の心を見透かしそうで、

少しだけ空いているカーテンをしっかりと閉めた。


「吉田さんがもしかしたら、一緒にこのお店を支えてくれるのかもしれないと、
正直、そう思ったときもありました。でも……私がこの店と父を思うように、
あなたがお店を思うことを、止めることは出来ません」

「亜紀さん……」


亜紀は、その言葉の意味に気づいた靖史の方を見ることなく、

そのまま教室を出て行った。







72 イネの決意 【1】


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コメント

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もどかしさ全開!

   こんにちは!!

 邦弘と穂乃さんの逢瀬?密会?(なんか妖しい響きだぁ・・^m^)

家を抜け出して行く娘の姿を確認したおばあちゃんは、2人のことに気づいてる?

そして大和と比菜ちゃん・・・
もう大和ったら素直じゃないんだから、っていうか比菜ちゃんもだけど。
でも、比菜ちゃんには大和が好きっていう
自覚があると思うけど、大和はまだ気づいてないもんなぁ・・・。
淳平の登場で自分の心に芽生えた気持ちに
戸惑う大和が(比菜ちゃんも?)可愛い(は、失礼か^_^;)

大和、比菜ちゃんに淳平と連絡取ることを勧めていいのか?

更にそして、靖史もとんかつ店と陶芸の狭間で揺れ動いてる
。もちろん亜紀さんへの気持ちもあるしね。
(この2人も始まってもいないけど)ある意味亜紀さんに
言われた言葉は別れの言葉?みたいな・・・。

どっちもお店があるし、難しいのかなぁ・・
想いあってるんだよね2人、多分?

なんとかなるよね、ももんたさん!

    では、また・・・e-463

迷う人達

邦宏と穂乃のデート。イネは内心ホッとしているのかも。
知られて無いと思っているのか??ウフ

大和は貴恵と居たころより、比菜と居るほうが素直になってる。よく話すようになったことに自分で気づいてるかな?
反発しているみたいな二人だけど、傍から見れば仲よさそうだよネ。

靖史も店と親、亜紀と武雄のはざ間でもがいてる。
何処に進めばいいのか?
迷ったら引かれた手のほうに・・・ん?ドラマで観た?

賛成? 反対?

mamanさん、こんばんは!

>おばあちゃんは、2人のことに気づいてる?

うふふ……。気付いているのか、だとしたらどうするのか。
反対する? それとも?

それは次回へ続きますね。

さて、素直じゃない二人、互いへの想いは着実に育っていますが、
それが飛び出てこないのです。
淳平の存在が、その壁を壊すのか、
もうちょっと待ってね。

>なんとかなるよね、ももんたさん!

なんとかなると思うんだけど……

素直な大和

yonyonさん、こんばんは

>大和は貴恵と居たころより、比菜と居るほうが素直になってる。

そうなのです。邦宏はそんな大和の変化に、ちゃんと気付いてますけど、
また、余計なことを言えば、何倍にもなって戻って来ますから。
この二人、何かを起こさないと、前に進みそうもないです。

>迷ったら引かれた手のほうに・・・ん?ドラマで観た?

見た見た! 見たよ!(笑)
いい男が言うとその通りだと思うけど、そうじゃないとねぇ……