73 イネの決意 【2】

73 イネの決意 【2】




靖史は身支度を整えると、カバンを手に持ち事務所から出た。

自転車にまたがり向かった場所は陶芸教室で、今日は休みの日だが、

自主練習のためにテーブルを拭き始める。


店への想いを告げたあと、亜紀は自分もこの店に対しての想いがあるのだと

返事をよこした。一緒にここで過ごすようになり、

間違いなく距離を縮めてきたと思っていただけに、その一言は重いものになる。

陶芸への道は一つの区切りをつけられそうだが、亜紀への思いは区切れそうもない。


粘土を取り出し、少しずつほぐしていく。靖史はこの作品に想いを込め、

自分の気持ちに結論をつけようと、大きく息を吐いた。





「坂本さんを頼るなって、どういうこと?」

「穂乃……会うなとか付き合うなと言っているわけじゃない。
ただね、結婚できるなど軽く考えちゃいけないってことを言いたかったんだよ」


イネなりの理由がありそうで、穂乃はその言葉を聞くと、

突然の反対に少し乗り出した身を元に戻す。


「坂本君はいい人だ。文句などないし、穂乃を好きになってくれて
本当によかったと思っている。でもね、結婚は別だ。彼は一人息子だし、
ご両親にもそれなりの想いがあるだろう。お前は年上だし遥香もいる。
当たり前のように頼っていたら、辛い想いをすることもあるかもしれない」

「母さん……」

「お前はまっすぐにしか物を見なくなるから。だから……」


イネは、幸せになってほしいと送り出した場所から、

寂しげな顔で戻って来た娘のことを心配し、愛しそうに両手をなで始める。


「まずは遥香との生活を、しっかり作りなさい。
そうすれば少しずつ先も見えてくるだろうから」

「母さん……」

「穂乃、久之を呼びなさい。二人がいる前で母さん、話をするよ」

「はい……」


穂乃はイネの想いに触れ、浮かんだ涙を指で拭き、

久之に連絡をするために部屋を出て行った。





「笹本家を手放す?」

「あぁ、昨日穂乃さんから連絡があって、今日、家族で話し合いをするらしい。
イネさんの気持ちは固まっているように見えたし、おそらくそんなに遠い話じゃなく、
そうなるだろうなと」

「ふーん」


次の日、邦宏は大和と学生を乗せ、新規開店の手伝いに向かった。

大和は、助手席に座り携帯を取り出すと、あらかじめ用意してあったリストを開く。

淳平からもらった名刺を取り出し、番号を押そうとした指が止まる。


「あいつ、もう連絡したのかな」

「何?」

「いや……」


大和はそのまま番号を押し、淳平に連絡すると、

2週間分のメンバーリストをこの夕方にFAXで送ることを話し、最終確認をする。


「高杉さん、すみません、今日事務所の方に
うちのユニフォームを送らせていただいたんですけど、どなたかいらっしゃいますか?」

「ユニフォームですか?」

「はい、期間限定とはいえ、会社の中を歩くのに私服だと面倒なこともあるので、
ユニフォームさえ着ていただけたら、守衛さんにも色々聞かれずに済みます。
予備を含めて7枚送りましたので、みなさんで交代に着てください」

「あ……わかりました、じゃぁ……」

「比菜……いますか?」


親しげに呼ぶ淳平の言葉に、大和は淳平の話をした時のことを思い出し、

連絡を取ることにどこか抵抗があるように見えた比菜の態度が、

どうも気になってしまう。


「おそらく保育の仕事が入っているので、いると思うんですけど……」

「あ、じゃぁ、比菜は事務所にいるんですね。ならこの後かけてみます」


比菜と連絡が取れそうだとわかり、

少し淳平のテンションが上がったように聞こえてくる。


「それじゃ、よろしくお願いします」


淳平は明るい声で電話を切った。ツーツーという音が、大和の耳に届いた。

邦宏はハンドルを握りながら、大和の口から出ていたユニフォームの意味を問いかける。


「着てればいいんだと」

「は?」


大和は橋の上を走る車から見えた景色を追いながら、淳平の名刺を指で弾き続けた。





その頃、保育の仕事をしていた比菜は、外遊びで疲れた子供を寝かしつけたところだった。

書類を開き、今日の出来事を親に報告するために細かく書いていく。

事務所用の電話が鳴りだし、子供が起きては大変だと、慌てて受話器をあげる。


「はい、こちらフリーワークですが……」

「比菜? 俺だけど、わかる?」

「……淳平君……だよね」


少し動いた子供を気にしながら、比菜は小さな声でそう答えた。





笹本家ではリビングに久之とイネが座り、

穂乃は3人分のお茶を入れるためにキッチンにいる。


「家を手放すってどういうことなんだ、母さん」

「どうもこうもないよ。お前たちのピンチを母さんなりに助けようと思うだけで、
それ以外の何ものでもない」


お盆を持った穂乃がリビングへ入ると、久之が強い視線を向け、

お前が何か言ったのかと言い出した。穂乃は首を振り、そうじゃないと否定する。


「久之、いい加減にしなさい!」

「母さん……」

「お前が大変なこともよくわかる。でもね、穂乃の人生をお前が操ることなんて
出来ないんだよ。そんなこと、母さんが許さないからね」


イネは土地と家の権利書を、箱から取り出し久之の前に置く。

別のバッグに入れておいた実印も、その隣に置いた。


「この土地と家は、お前が好きにすればいい。仕事の補填に当ててもいいし、
息子たちの学費を工面してもらってもかまわない。でもその代わり、
穂乃がどんなふうに歩いていこうと、お前は一切口を出してはいけないよ。
敏規さんにもお前から伝えなさい。遥香は穂乃が責任を持って育てますから、
余計な口出しはしないでほしいとね」


久之は権利書を開き確認すると、頭を抱え込むようになりため息をついた。

幼い頃からこの家で育って来た思い出が、走馬灯のように浮かんでは消えていく。


「母さんの願いは、兄弟がいがみ合ったりせずに、助け合ってくれることなんだよ久之。
穂乃の心を傷つけることと、この家を手放すこと、どっちが重罪だと思うんだ。
よく考えて見なさい」


庭にいるハヤトは、顔を合わせた家族の雰囲気にどこか落ち着かないのか、

何度も同じ場所を行ったりきたりする。

そして、ざわざわと聞こえる木々の音に、一度だけ寂しそうに吠え返した。







74 カーボンの約束


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コメント

非公開コメント

やっと来られた~♪

今日は、コメントしようと待ちかまえていました(笑)

イネさんの決意。その意味が久之にも通じたみたいですね。
突きつけられた現実に久之も真剣に悩むといいです。

淳平を気にしまくりの大和♪
>「着てればいいんだと」
「は?」
大和は橋の上を走る車から見えた景色を追いながら、淳平の名刺を指で弾き続けた。
大和らしくて好き♪(笑)

最後の一行もいいですね。
余韻を残して終わる一行にいつもうなってます。

待ちかまえてた割りには
大したコメントでもないなあ~ああ~

No title

   こんにちは!!

 なんだかゴロゴロと石が転がるように動き出してますね。

イネさん、久之にきっぱり言いましてねぇ。
「~穂乃の人生をお前が操ることなんて出来ないんだよ~」
そう、血は繋がっていてもみんなそれぞれの人生があるの。自分の都合のいいようにしようなんてお門違いだよ。

穂乃さんもどうしようね・・・。
ゆっくり、じっくり・・って言っても結婚したら
邦宏の子供だってほしいだろうし、あんまりじっくりもやってられない?

バツイチ・子持ちの穂乃さんのこと、邦宏ンちはやっぱり反対するんだろうか?するよねぇ・・

靖史も亜紀さんのことで悩んでるね。作品と一緒に気持ちの整理はできるのか?

大和は淳平との電話で思いっきり不機嫌だね。名刺弾き続けるなんて・・気にしまくり^m^
自分の気持ちにはいつ気づくのかしら?

比菜ちゃんは淳平からの電話に困惑?
これから淳平の積極的なアプローチが始まる?

大和と比菜ちゃんが結ばれるために頑張ってくれたまえ・・淳平くん。


   では、また・・・e-463

ハヤトも居るよ~

邦宏の親が出てこないので、考えの外にいた。
坂本家の長男なのよね・・・
私が親だったら?と思うとちょっと複雑だわ。

イネの言うことは凄く良く分る。

比菜が淳平と仲良くするのは面白くない。
そして相手はお客様。対応にも気を使う。
何だか知らないモヤモヤが大和の心に広がっているんだろうな。(フフ)

最後のハヤト・・・こんななにげない表現が、
ももちゃんの作品に温かみを加えてるんだと思う。
凄く良いな~~と思う。

大和のピンチ

れいもんさん、こんばんは!

>今日は、コメントしようと待ちかまえていました(笑)

このコメントに、爆笑してしまった私。
待ち構えていただけて、幸せですよ。

>大和らしくて好き♪(笑)

あはは。これから大和が活躍(いや、イライラ?・笑)しますので、
よろしくお願いしますね。

>余韻を残して終わる一行にいつもうなってます。

キャー! こんなことを言われちゃうと、
最後の1行に、プレッシャーを感じます。
……でも、嬉しいの。

また、楽しい週末にお待ちしてます!

淳平、発進!

mamanさん、こんばんは!

>なんだかゴロゴロと石が転がるように動き出してますね。

1部で、それなりの状況を作ってきましたからね。
石も動いてくれないと。

邦宏、靖史、大和、それぞれの状況で、動いてますが、
一番わかってないのは大和でしょうね。
いつ気付くのか、それにも注目してください。

淳平君、さて、どんな活躍となるのか、
あぁ……言いたいけれど、言えないわ(笑)

ハヤトも家族だよね

yonyonさん、こんばんは!

>私が親だったら?と思うとちょっと複雑だわ。

そうだよね、yonyonさんには身近に感じるだろうな。
私はまだ、現実味がないけど。

>何だか知らないモヤモヤが大和の心に
 広がっているんだろうな。(フフ)

広がってるんでしょうね。
広がりすぎて、気付かなくなると困るのですが。

>最後のハヤト・・・こんななにげない表現が、
 ももちゃんの作品に温かみを加えてるんだと思う。

うわぁ、ありがとう。
犬を飼っているからかなぁ……(笑)
でもね、私も気に入っているところなんです。

イネさんの気持ち

yokanさん、こんばんは!

>やっぱり、自立が先だよね。私もイネさんの考えに賛成だわ。

はい。気持ちの面でね、頼り切っていてはいけないと、
母親らしく告げたイネです。
どちらもかわいい子供、幸せになってもらいたいわけで。

>大和君はどうでるか^m^

どうでるのか、いや……自分の気持ちに気付くのか……は、
次回へ続きます。