75 子供心

75 子供心




靖史は窯から聞こえてくる音を聞きながら、黙って椅子に座った。

武雄は手作りのカップにコーヒーを入れ、隣のテーブルに置くと、

軽く靖史の肩を叩く。


「そうか、決めたのか」

「はい……。わがまま勝手ばかりで申し訳ありませんでした。
大きいことを言って、自分の道だとか今となっては恥ずかしいですけど、
でも、ここで経験させてもらって、もう一度自分にとって、
何が一番重要なことなのか、それが見えた気がします」

「誰だって、一度や二度は迷うものだ。
人生一度も迷いがないまま生きている人間なんていないんじゃないか。
別に恥ずかしがることもないし、私に謝罪などする必要もない。
君がここにいるから仕事を教えただけだ」


靖史は、心が広い武雄らしい言葉だと思いながら、しっかりと頭を下げた。

コーヒーカップを手に取り、口をつけると、深い香りがのどを通っていく。


「茶碗やカップを作るとき、どれくらいの大きさにすればバランスがいいのかを
もちろん考えながら作るんだが、どっしりとした方が好きな人もいれば、
手にうまくおさまる方が好きな人もいる。ようは作り手と使い手で、
どんな姿にも変わるし、変えられる」

「はい……」


靖史はろくろを回しながら、色々と試行錯誤した日々を思い出した。

自分ではいいと思ってみてみると、出来上がったバランスが悪かったり、

口に触れる部分の厚みも、人それぞれの心地よさがある。


「亜紀が中学に上がる前に、妻が亡くなって。あいつには知らず知らずのうちに、
女房の代わりまでさせていた気がするんだよ。家のことをやるのも、
店のことをやるのも、私の面倒を見るのも、全て背負わせてしまって……」


靖史は亜紀のことを話されたことに、

武雄には自分の心を全て読まれているのだと、そう思った。

店へ戻ろうと思いながら最終的な決心が付かず、日付だけが過ぎている。


「吉田君が家へ戻るだろうと、あいつもわかっているんだろう。
前以上に店に対して取り組んでいるように見えてね」


靖史は、身動きの取れない娘への思いを、武雄の一言、一言に感じ下を向く。

都会よりもさらに冷たい風が、二人の足元に重なる枯葉たちを舞い上げた。





邦宏は銀行からの帰り道、一人で歩く遥香を見つけた。

そっと後ろから近づき、ランドセルをグイッと押さえてみる。


「あ! 坂本さんだ!」

「あはは……バレたか」


遥香は学校の図書室で借りた本を手に持ち、

家に戻ってイネに読んであげるのだと笑顔を見せた。

今日は算数で先生にほめられたこと、給食を残さず食べたことなど、楽しそうに語る。


「あ……」

「ん?」


立ち止まった場所の電信柱には、3ヶ月前にオープンしたばかりの、

水族館のポスターが貼ってあった。

邦宏は少ししゃがむと、遥香に一緒に行こうかと聞いてみる。


「あ……ううん、ここには行ったの、パパとこの間」


遥香は、どこか申し訳なさそうに敏規と出かけたことを邦宏に告げた。

父親と出かけたことを嬉しそうに話せない遥香に、気を遣わせた気がして、

わざと明るい声を出す。


「そうか、いいなぁ……。大きなマグロとか見た? ずっと泳いでいただろ。
止まると息が出来なくなって死んじゃうから、ずっと泳ぐんだよ。
体がキラキラ光っているのはさぁ……」

「マグロってどんな魚?」

「ん?」

「あのね……。パパは一緒に見てくれるけど、そんなお話してくれないから、
よくわからなかった。うちに買ってきたぬいぐるみがそうなのかな」

「ぬいぐるみの魚の種類も、わからなかったの?」

「うん……。だって、お食事する時も、忙しそうに電話していたから……」


邦宏は、遥香が父親と出かけながらも、どこか遠慮をしていることがわかり、

胸が締め付けられる想いがした。場所へ連れて行き、物を与えているだけの愛情でも、

遥香は否定してはいけないと小さな胸で考え、敏規と会うのだろうか。

子供と言うものは、大人達が思っている以上に繊細で、鋭いのだと感じ取る。


「遥香ちゃん、もう1回行かないか? ここに」

「もう1回?」

「うん、坂本さんお魚大好きだから、マグロも教えてあげられるし……」

「エ……。本当?」

「この水族館、ちょっと歩くとボートにも乗れるんだよ」

「ボート? そうなの?」

「うん……」


どこか申し訳ないように曇っていた遥香の顔が、みるみるうちに明るく光りだす。


「じゃぁ、ママにお弁当作ってもらって、一緒に行こう!」

「よし、一緒に行こう!」


敏規と出かけることを喜んでいると思っていた遥香の本音に、

邦宏は、これから決して引くまいと心を決める。


「お弁当は遥香ちゃんの好きな、から揚げだ!」

「うん! 玉子焼きも!」


嬉しそうに笑う遥香を抱き上げ、邦宏は笹本家への道を歩き続けた。





大和はホームページを管理している企業を回り、事務所へ向かった。

『サイクル』のホームページを気にしてのぞいたこともあったが、

あれから特に動きはないようで、ここ何日かは見ることもしなくなった。


急ブレーキの音がして振り返ると、突然飛び出した自転車の子供を、

タクシーの運転手が怒っている。



『交通事故に遭ったんだって……』



大和は、奈津が『フリーワーク』をたずねてきたことを知りながら、

結局連絡を取らずにいた。自分から連絡などする必要がないと思っていたが、

事故の話を聞いたことで、後遺症などは残らなかったんだろうかと、

また処理できない気持ちが湧き上がる。


角を曲がった時、こちらに向かってくる女性に気が付いた。

いつもの姿ではなく、化粧をした比菜が歩いてくる。


「あ……高杉さん。村田さんって方から連絡がありましたよ。
メモ、机に残してありますから」

「あぁ……」

「じゃぁ、お先です!」


駅に向かっていく比菜は、携帯を開き時間を確認するように見えた。



『金曜日 19時 南口』



佐々木淳平と会うために出かけるのだと、大和は歩いていく比菜の後姿を、

自然に目で追った。







76 向こうの景色


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コメント

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こんばんは!!

靖史はとんかつ屋さんに戻るんだ。
後継ぎ同士(?)亜紀さんとはどうするんだろうね。

遥香ちゃん、お父さんとお出掛けしても楽しくなさそうだね。
遥香ちゃんの話を聞いて敏規じゃそんな感じだろうと
納得はしたけど、押しつけの愛情、自己満足ってさ。

子供って馬鹿に出来ない。鋭くて、結構空気読んで、大人の顔色を見てる。
学校の先生、親に対して……時間が過ぎてあの時はと
話をすると、うっ、おまえのが大人じゃん!って思うことが多々ある。

でも年取ってくると中々変われないんだよねぇ(・_・;

遥香ちゃん邦宏と行く水族館はたのしいだろうね。
ホントの親子のように見えるんじゃない?

さて、大和……関係ないと口では言っていても、実の母親だ
気にならないと言ったら嘘になるでしょう?
連絡取る?踏ん切りがつかない?

比菜ちゃんのことも気になるし・・・
化粧してることに妬いてる?
「俺の為にはしないのに、あいつに会うからなのか?」なんちゃってね……妄想(^^ゞ

偵察しないの・・・(-_-)グスン (拘るなぁ……(>_<)プクク)

続きが楽しみだわ♪

     では、また・・・e-463

違う人?

靖史は店に戻る。亜紀とは???
はっきり気持ち告げれば、違う次が見えてくるのでは?

遥香ちゃんは父親に遠慮してるのね。それって・・・家のために返して欲しい子供。
本当の幸せを考えていないよね。(コラッ!)
邦宏頑張れ!!!

お化粧して出かける比菜を見て大和は?

それぞれ

mamanさん、こんばんは!

>靖史はとんかつ屋さんに戻るんだ。

はい、気持ちを固めた靖史です。
しかし! ここへ来る前とはちょっと違うのよ。
それはのちのち……

邦宏も、大和も、色々とありますが、
それぞれの道に向かって、頑張っていきます。

>「俺の為にはしないのに、あいつに会うからなのか?」
 なんちゃってね……妄想(^^ゞ

あはは……いいわ、そのセリフ。
しかし、大和君はそう言えないのです。
言えないから、ここまで長く続いてるの(笑)

もうちょっと色々とお待ちを。

靖史の変化

yonyonさん、こんばんは!

>はっきり気持ち告げれば、違う次が見えてくるのでは?

そうです、靖史君。ここへ来る前とは
ちょっと違っております。
こっそりと店へ戻ろうとは、
思っていないわけで……

>遥香ちゃんは父親に遠慮してるのね。

遥香もね、幼かったとはいえ、自分に積極的じゃなかった
父のことを覚えているわけでしょうし、
急に手の平変えられても、ついていけないのでしょう。

比菜を目で追った大和も含めて、
もうちょっと見守ってやってくださいませ。

靖史の成長

yokanさん、こんばんは!

>靖史君、家業を継ぐことに決めたんだ。
 陶芸の先生の言葉が胸に沁みるな~・・・。

はい、決めましたよ。でも、オロオロしていた靖史とは違って、
武雄からのアドバイスなどで、大きく成長した……はずです。

それとは逆に、比菜を気にしながら、前に出られない大和、
彼の行く道は、どうなるんでしょうかね。