81 ふたつの時計

81 ふたつの時計




牧場ではしゃいだ後、遥香は後部座席に横になったまま、ぐっすり眠っている。

邦宏達は同じように外出していた車の渋滞に巻き込まれ、

いつの間にか、日はすっかり暮れていた。


「兄が、仲岡の家に話しをしにいったようなの」

「話?」

「えぇ。私が戻らないと言ったこと、遥香を手放す気持ちもないこと、
昨日、向こうから電話があって」

「うん……」


たとえ、笹本の家が無くなっても、穂乃に対する気持ちが変わることがないのかと、

真剣な顔で問いかけてきた久之の顔は、年の離れた妹を心配する、兄の顔だった。

邦宏はその会話を思い出し、自分に託された想いが、大きいものなのだと再確認する。


「大丈夫?」

「何が?」

「こうなることを望んでいたくせに、いざ、話が動き始めると、私、
これでよかったのだろうかと、心配になってきて。
あなたに、とんでもないものを背負わせることになるんじゃないかと……」


穂乃は申し訳なさそうに下を向き、邦宏の反応を待った。

邦宏は動き出した車の後をついていくように、軽くアクセルを踏む。


「誰だって、色々とあるんじゃないかな。
僕たちの仕事は、家庭の中に入っていくことが多いだろ。
嫌でも中が見えてしまったりして。
とっても素敵に着飾って、外でバリバリ仕事をしている人の家が、
とんでもなく散らかっていたり、また、仲がよさそうに見えているご夫婦の奥さんが、
ご主人の浮気を疑って、簡単な調査を頼んできたり……」

「調査?」

「もちろん簡単なものだよ。探偵じゃないから……。
ようは、何もないように見える人でも、色々なものを抱えているのが現実で、
それでも必死に頑張っている……。そんなところでしょう。
幸せは、誰とでも分け合える。極端なことを言えば、知らない他人とでも。
でも、悲しみを一緒に背負いましょうと言う人は、なかなかいない。
でも、それが家族なんだと、そう思う。あなたは僕に対して気遣っているけれど、
僕だって、これから穂乃さんに、嫌な思いをさせるかもしれないんだ」

「……私に?」

「この先、うちの両親が、拍手してあなたを迎えてくれるかどうかだって、
わからない。特に、父は自分勝手なところがある人で、人のことを見ようとしない。
もしかしたら嫌味を言うことだって……」

「それは覚悟しているわ。母からもそう言われているし……」

「イネさんが?」


穂乃は、イネが邦宏に頼りすぎないように忠告したことを正直に語った。

邦宏はイネさんらしいなと言いながら、ブレーキを踏む。


「一緒に越えよう。僕らを頼りにしている、遥香ちゃんのためにも」


穂乃は小さく何度も頷きながら、

バックミラーで、眠っている遥香の満足そうな顔をじっと見た。

穂乃は、隣に座っている邦宏の横顔を感じながら、

年下であっても、この人ならと思える人に出会えたことを、心から感謝した。





それから何日かして、事務所へスーツ姿ではない淳平が姿を見せた。

結婚する予定の女性も連れて、引越しを頼みに来たのだ。

比菜は楽しそうに二人を迎え、大和は仕事の内容と金額を知らせる。


「最初の出会いは最悪だったんですよ。僕に向かってあれこれ命令してきて」

「へぇ……そうなんですか。淳平君に命令できるって、香苗さん、すごいですね」

「エ……やだ、そんなこと言われたら、ものすごく強い女みたいじゃないの」


淳平の婚約者、香苗は時折、年上らしい表情を見せるが、

淳平を立て、しっかりと付いていくのだと嬉しそうに語った。

比菜は、佐波の想いは叶うことがなかったが、どこか話しづらかった淳平との距離が、

自然に近くなった気がして、嬉しくなる。


引越しの日にち、時間などを決めた二人は、

これから式の打ち合わせがあると言って、事務所を出て行った。


「幸せに向かっている人の顔って、いいですね……」

「あぁ……」


比菜は書類の整理を終えると、携帯を開き、時間を確認する。

倉庫整理に出かけた学生からは、仕事が終了した連絡が入り、

大和はご苦労様と声をかけた。

比菜は一度背伸びをすると、今日は駅前のスーパーが夕方セールをするのだと、

帰り支度を始める。


「なぁ……」

「はい」

「明日、頼むな」


比菜はその言葉に、慌ててカレンダーを確かめた。

日々の生活に追われる中、いつの間にか月は変わっている。


「明日……だったんですか」

「あぁ……頼むな」

「はい……」


夕方セールへ向かおうと、バッグを手に取ったものの、比菜はすぐに動けなかった。

大阪に向かおうと、心を動かした大和に、何か声をかけようとするが、

口に出せるようなものが浮かばない。


「新幹線降りて、梅田まで出て、で、駅前で待ち合わせだから、
迷うこともなさそうだし、適当にブラブラしてくるわ」

「はい……」


大和は机の引き出しを開けると、比菜の前に箱を置く。

開けてみろと言われ、包装紙を丁寧に取ると、中に入っていたのは時計だった。


「動かない時計も大事だけれど、せっかく、時間を動かし始めたんだ。
動いている時計も、持ったほうがいいんじゃないのかな……と」


比菜が、震災で亡くなった祖父の形見を大事にしていることを知っている、

大和の言葉だった。

動かない時計とは過去のことで、動かし始めた時間とは……今のことだろう。


「お前には、ピアスもイヤリングもイメージがなくてさ。
でもまぁ、これやるんだから、明日、しっかり邦宏のフォローしてくれよ」

「……はい」


PCに触れていた大和の手が止まり、横に置いているカレンダーに目を向けた。

比菜は箱に入っていた時計を取り出すと、すでに時を刻んでいることを確認し、

自分の腕に付け文字盤をなぞっていく。

祖父の時計とは違って、しっかりと刻まれた時は、

前へ、前へと比菜の心を押し出すように思えた。


「何があるのか、どうなるのかわからないけど、
きっと、何かが終わる気がするから。だから行ってくる」

「はい……」

「お前みたいに、思いっきりひっぱたいて来るか」


康哉をひっぱたいたと言った、比菜の言葉を使って、大和は精一杯明るく振舞った。

比菜はもらった時計に触れながら、ありがとうと頭を下げる。

行こうとした夕方セールの時間を、時計の針はしっかりと刻んでいったが、

それよりも大事なものが、この場所にある気がしてしまい、

比菜は、結局何も言えないまま、しばらくその場に座り続けた。







82 大和の目


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コメント

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時計のもつ意味♪

比菜への時計だったんですね。この間のは。。

>「動かない時計も大事だけれど、せっかく、時間を動かし始めたんだ。
動いている時計も、持ったほうがいいんじゃないのかな……と」
大和~♪素敵な言葉だわ~

>「お前には、ピアスもイヤリングもイメージがなくてさ。
でもまぁ、これやるんだから、明日、しっかり邦宏のフォローしてくれよ」
ピアスやイヤリングと同じ意味をもつものって。。
ちょっとした告白と受け取ってもいいのかしらo(^-^)o
一歩前進~
明日は、大阪で頑張ってくるんだよ~

で、大和くん!
れいもんも時計をなくして困ってます(これ、ホント 笑)

なかなか、やるやん^^

大和が買ったのは時計だったのね

素敵な言葉を添えて比菜ちゃんに贈る大和に
「おーなかなか、やるやん♪」なんて思ったけど

>「お前には、ピアスもイヤリングもイメージがなくてさ。
でもまぁ、これやるんだから、明日、しっかり邦宏のフォローしてくれよ」
ってやっぱり大和らしいや^^

何も言えないままの比菜ちゃん・・・

まだまだこれからって感じだけど
これで又二人の距離は確実に近づいたね^^v

いよいよ明日は大阪

お母さんとしっかり向き合ってきてね!頑張れ、大和~~



動き出す時

時計だったのか、其処気づかなかったわ~~
まだまだ甘いな私・・・

きっぱり終わりにして、先に進む。それは比菜でなくて自分に言い聞かせたのかもね。

穂乃、邦宏の覚悟に寄り添って欲しい。
幸せは、してあげるでも、してもらうでも無い。
二人で一緒にならなくちゃ、ネ^^

そちらも時計?

れいもんさん、こんばんは!

>比菜への時計だったんですね。この間のは。。

はい。動かない時計を知っている、
大和からのプレゼントです。
彼は、ズバリを言わない人なので、
じれったいですが、じわりじわりとお待ちください。

そうか、れいもんさんも時計を無くしてしまったんですか。
大和に言いたいところだけれど、
大阪に行っちゃったからな(笑)

時計って、ない! となると、不便ですよね。

いざ、大阪へ!

パウワウちゃん、こんばんは!

そうそう、いいセリフを言った後で、説教じみてしまうあたり、
不器用な大和らしいでしょ?(笑)

>何も言えないままの比菜ちゃん・・・

文句だとか、言い返すことだとかは得意なんですけどね。
素直な大和に、どう接して良いのか、
まだ、慣れていない比菜です。

そう、大阪……

頑張れ! の応援をよろしくお願いします。

時計なんだよ

yonyonさん、こんばんは!

>時計だったのか、其処気づかなかったわ~~
 まだまだ甘いな私

いえいえ、全部読まれてしまっては、
つまらないですからね。
そういえば、時計……そう思ってもらえたら。

まさしく、自分に対しての『喝』を入れた
大和です。

邦宏の想いに穂乃はちゃんと寄り添うでしょう。
今度こそ、寄り添える人だと……
そう思ったはずです。

いざ出陣!?

邦宏も穂乃も一緒に歩いて行く気持ちが、今まで以上にしっかりと固まった感じですね。

まだまだ大変なことがたくさんあるだろうけど、幸せになれますよね・・この2人なら。

大和は、結構素直に時計の事、お母さんに会う事、比菜ちゃんと話してますよねo(^o^)o

みなさん同様大和、時計だったの…と思った(笑)
一緒に時を刻んでいこうってのもあるのかしら^m^

さて、お母さんとうまく決着つけられるかな。
いざ、大阪へ!

リーダー、邦宏

yokanさん、こんばんは!

>邦宏君は本当にしっかりしてるよね。

はい。邦宏のおかげで、この話が成り立っているといっても過言ではないです。
それぞれと向き合うことが出来て、アドバイスも出来て。

母親として、彼が娘をもらいにきたら、即OK! という、
コメントもいただいたくらいなので(笑)

さて、大和。
どうなるのか、無事に大阪へ行けるのか、
は、次回へ続きます。

ラストへ向かって

mamanさん、こんばんは!

>邦宏も穂乃も一緒に歩いて行く気持ちが、
 今まで以上にしっかりと固まった感じですね。

邦宏の覚悟を聞いて、
穂乃も気持ちが固まったと思います。
しかし、もうひとつ残っているんですよ、
まぁ、それは後々。

>大和は、結構素直に時計の事、お母さんに会う事、
 比菜ちゃんと話してますよねo(^o^)o

そうなんです。素直じゃない男は、
素直になっていることに気づいてないのかも(笑)
まぁ、大阪へ行って、何かしら感じることがあるでしょう。