【S&B】 1 ブラックな男

     S&B 1 背景



人には見せたい顔と、見せたくない顔があると僕は思っている。

それを二重人格と言う人もいるかもしれないが、全てがそうだとは限らない。

見えていないから本音を語れることもあるし、見えているから逆に嘘をつくことだって、

あるのではないだろうか。



いつもの朝は、いつもの時間にスタートする。

同じ駅で乗り込むメンバー達は、電車内のほぼ定位置に、暗黙の了解でスタンバイした。

僕もいつもの席に座り、本を読み始めると、電車はいつのまにか地下に潜り、景色は全て黒くなる。

この線路がどこに続いているのか知っているから、落ち着いていられるけれど、

時々怖くなることがある。

見知らぬ世界に出てしまったら、僕はこんなふうに平然を装っていられるだろうか。


目的の駅に着きホームへ降りると、通勤客の波は一斉にエスカレーターを目指す。

左は立っていく人、右は階段のように上る人。これもいつのまにかのルールだ。

いつもこのエスカレーターに乗ると、自分がこれだけ潜り込まされていたのかと思い、

この地上へ出て行く何分かの間に、僕は気持ちを入れ替える。


地上にあがると、そこはシルバーに光るオフィスビル群がそびえ立ち、

数十歩前に進んだ場所にある、茶色の小さなコーヒーショップでいつもを買う。


「マリンサンド」

「はい、少々お待ちください」


コーヒーショップなのに、コーヒーは近頃ここで買ったことがない。それも僕の日常になっていた。

あらかじめ用意していた金額を、ポケットから取り出し店員に支払うと、小さな紙袋を受け取り、

僕は広告代理店『ビー・アシスト』第一営業部へと向かった。


社員達が並ぶエレベーター前を通り過ぎ、階段をしっかりと3階まで上り、給湯室の前を通る。

階段を使う理由は、エレベーターで営業部へ向かうと、この前を通ることが出来ないからだ。


「青山主任、おはようございます」

「おはよう……」


給湯室にいた当番の原田佐奈が、僕が来たことに気づき、すぐに動き出した。

営業部に入ると、すでに来ていた社員達が一斉に視線を向け、頭を下げる。


「守口、襟元しっかり直せ」

「あ……はい、すみません」


守口は優秀な営業マンだが、慌て者で忘れ物が多い。

先日もクライアントから頼まれた大事な書類を、タクシーに置き忘れ、

あわやというところまでになった。


「濱尾、寝癖くらい取ってこい!」

「……はい、ミーティングの後で……」


濱尾は宴会部長らしく人受けはいいが、朝の小学生くらい、なかなか行動をしない。

僕が立ち止まり濱尾の方を見ると、あいつは右手で寝癖を隠した。


「今すぐに行け!」

「はい」


商品を売っているわけではない広告代理店では、信じられない話だが、

イメージや思い込みでいくらでも仕事を取ることが出来た。

どこかの会長がいい男好きだと聞けば、それなりのメンバーを送り込み、

愛犬家で知られていると聞けば、犬を飼っている社員を送り込む。


嘘のようだが、こんな小さな努力が実を結び、僕はこの会社でトップクラスの成績を収め、

第一営業部の主任になった。もちろん、きちんとした仕事をしての話だが。


カバンを置き、上着を脱ぐ。買ってきた『マリンサンド』の袋をデスクに置き、椅子に座った瞬間、

目の前にコーヒーカップが届けられた。


「主任、どうぞ」

「ありがとう」


カップを置いたのは、少し前に給湯室ですれ違った原田で、僕は持ち手の部分に指を入れ、

ゆっくりとコーヒーを一口飲む。彼女の目が僕を見つめ、何かを期待する。


「うん……」


原田の表情がほっとしたものに変化し、僕に頭を下げると、自分の席へと戻った。

隣同士で座っている社員達と、なにやら嬉しそうに会話を交わす。


それとは反対に、僕は朝の一番ブルーな時間を迎えていた。


いつからだろう。朝、社員達に必ずコーヒーが配られるようになり、

僕のコーヒーは完全なブラックになっていた。

今はもういない、寿退社の女子社員がくれた『青山主任のイメージ』という

少し細長くスマートなカップのせいなのか、そのブラックコーヒーは苦そうな匂いをさらに増長させる。


そればかりではない、青山主任は甘いものが嫌いだからと、

差し入れでもなんでもビターなものが用意され、

机に置かれる備品も、黒や茶色やグレーばかりになった。


そして、極めつけは……。



『青山主任の彼女は、トリマーの勉強をするためにイタリアへ旅立った』



煙のないところにも立つから、噂なのだろうが、トリマーを目指していた彼女など、

僕にいたことはない。

今まで何人かの女性と付き合ったことはあったが、彼女と言える記憶がある人は、2人だけだ。


大学時代、同じ家庭教師の会社に登録していた筒井千鶴と、半年前に別れた太田希美。

希美は置き手紙を残して部屋からいなくなり、つい先日別の男と婚約したと、

あっけらかんとメールをよこした。

千鶴とは、一時期結婚を考えたこともあったが、結局そうはならなかった。


どちらも美人だったと僕は思っているが、イタリアに行ったかどうかはわからないし、

トリマーを目指しているという話は聞いたこともない。


それでも、それをいちいち否定するのも面倒くさく、いつのまにか僕のイメージは、

本当の自分と、どこかかけ離れたものになっていた。





「お疲れ……」

「あ、お疲れです。主任早いんですね、デートですか?」


そう言った守口の頭を本で軽く叩き、デートの話を否定することなく、僕は会社をあとにした。

デートどころではない。今日は2月の最終日、大事な日だ。


会社から電車に乗り、家からさらに2つ離れた駅で降りる。しっかり場所は確認済みで、

迷わずそこへ到着した。赤い小さな屋根と、レンガ模様の壁を持つ、小さな洋菓子店がそこにある。

店員のいらっしゃいませに迎えられ、僕はすぐにショーケースを見た。

白いトレーが並ぶ中、3つだけオレンジのトレーがあり、その中には3種類のケーキが

2つずつ残されていた。

ここまで来られて、とりあえずお目当てを確保できたことに、僕はまずほっとする。


『季節のケーキ』を作る店があるという情報は、つい先日ブログで知った。


「季節のケーキをください」

「はい、どちらの……」

「とりあえず全部」


どれかを選ぶなんて、もったいないことが出来るはずがない。そのために電車代をかけて、

ここへ来たのだ。わくわくする気持ちを抑え、店員が箱に入れる作業をじっと見る。

カラン……とドアにつけられていたベルが鳴り、慌ててかけてきたようなOLが一人入ってきた。

僕は何気なくそっちを見る。


「あ……曇っちゃった」


外気温との差なのだろう。彼女のめがねは曇ってしまい、その姿に一瞬笑いそうになった。

そのOLは眼鏡を外し、僕が見ていたショーケースを見て、ほっとした顔をする。

彼女もきっと、『季節のケーキ』目当てだったのだろう。別に知り合いでもないのに、

同じ目標を持った同士だと感じ、よかったですね……と心で声をかけた。


「お客様、1450円になります」

「はい」


僕は千円札を2枚財布から取り出すと、店員に手渡した。

店員は渡されたお札をレジにしまいながら、後から来た女性に、注文を取る。

僕の予想通り、彼女も季節のケーキをそれぞれ一つずつ、同じように購入し、満足そうな顔をした。


「少々お待ちください」


小さな洋菓子店に並ぶ僕と一人の女性。そう、これが三田村望との出会いだった。



2 すいーつらんち へ……





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コメント

非公開コメント

ももちゃん 待ってました!
(もしかして一番?)

甘いものが好きな男、割と好みです^^
(えっ?私の好みを聞いてるんじゃない? あはは・・・)

でもって、外見はそう見えず、勝手なイメージが一人歩き・・・
で、そこでであった女性の登場!

うふふ・・・
ももちゃん、面白いお話を始めてくれたわね。

文体が、今までとガラリと違うよね。
彼の風貌が目に浮かぶ・・・

で、次はいつ?

せっせと通ってきま~す!!


うふっ!

読んじゃった。
なでしこちゃん 早い!

面白そう~。
さらっ 明るく 甘く・・・
そんな感じかしら?

あ~ぁ ケーキ食べたくなってきた。
夜には毒なお話だわ。

次 待ってます。

なでしこちゃん、ありがとう!
昨日、返事を書いて、こっちに来たら
もう読んでくれていた(笑)

そう、この話は、自分がブログを
始めたり、創作を始めたりして
考えたことなんだよね。

以前、話した、彼の写真のことも
また、どこかで披露したいと思いますよ。


>文体が、今までとガラリと違うよね。
 彼の風貌が目に浮かぶ・・・

うん、ここは完全なる私のお城だからね。
いろいろとチャレンジしてみたいと
思っているのです。

サークルに比べたら、
文章も短いし、その分山を作るのが
大変だけど……
でも、おもしろいよ。

次? それはもう少し先、
うん、また来てね!

azureさん、早速のコメント
ありがとう!

>面白そう~。
 さらっ 明るく 甘く・・・
 そんな感じかしら?

タイトルの【S&B】は
Sweet & Bitter、甘いと苦いで
恋愛も人生も
甘かったり、苦かったり……
なんて、思いながらつけました。

面白そうと思っていただけたら
嬉しいです。

サークルの作品に比べたら、
1話が短いですから、
寄り道時間で読めますよ。


>あ~ぁ ケーキ食べたくなってきた。
 夜には毒なお話だわ。

あはは……
このタイトル部分を作るのが
今、結構楽しいんです。
ケーキだけじゃなくて、
いろいろと出てきます。

次? それはもう少し先ですけど、
ぜひ、来てくださいね。

ウフフももんたさん、来ちゃいました^^

仕事ができて甘いもの好き。うんうん何だか先が楽しみだなぁ♪

ますますPC前から動けなくなる(>.<)だけどうれしいヨン♡

きたよー!

ももちゃん来たよ~~~v-16

苦みばしったいい男が甘ーい物に目が無いv-274
ワクワクドキドキv-238
新しい出会いもあって、ハァ~~早くも次が待ち遠しい!

beayj15さん、いらっしゃいませ。

>仕事ができて甘いもの好き。うんうん何だか先が楽しみだなぁ♪
 ますますPC前から動けなくなる(>.<)だけどうれしいヨン♡

そう言っていただけると、こちらも楽しみです。
もう1話、年内にUP出来ると思うので、適当にのぞいてみてね!

yonyon50さん、どうもです!

さっそくありがとう。
すごっ! ちゃんと絵文字も使っている。私より手慣れてるね。
私、まだ、よく理解しきれてないんだけど(笑)

楽しみにしていただけて嬉しいな。
年内にもう1話UPする予定ですから、適当にのぞいてみて!

 始めまして、こんにちは。
 藍色イチゴと申します。

 自分のプログに来てくださってみたいで、どうもありがとうございます。
 甘いモノ……洋菓子や和菓子などが好きな者同士、話が弾んで、楽しいかもしれませんね。
 そう言った点では、青山さんと眼鏡の女性は、何だか気が合いそうな感じがします。

 また機会があればこちらに来ようと思います。
 それでは、また。

藍色イチゴさん

コメントありがとうございます。

人に見せている顔と、本当の顔がちょっとずれている祐作です。
マイペースに掲載してますので、よろしかったらまた、来て下さいね。

また、遊びに行かせて下さい。

ギャップを楽しんでね

拍手コメントさん、こんばんは

>実は、甘党なのに、イメージで、ブラックコーヒーに・・・。
 読んでいて、空想できました

祐作は仕事が出来る男! の設定なので、
周りから、勝手にイメージを作られています。
この作品を書いたとき、結構、『スイーツ男子』が話題でした。

イメージが全く違う男の恋模様、楽しんでいただけたら嬉しいです。