82 大和の目

82 大和の目




その日は朝から快晴だった。

比菜はいつもよりも少し早めに目覚めると、鏡の前に置いた時計を確認する。

昨日、大和と語った話がウソじゃないことを整理整頓し、カーテンを開いた。

大阪は同じように晴れるのだろうか、どっちを向けばいいのかもわからず、

ベランダに出ると、比菜は大きく息を吸い込んだ。





「はい、来週の水曜ですね。じゃぁ、こちらから折り返し連絡いたします。
ありがとうございました」


いつもの時間に事務所へ入った邦宏は、頼まれた仕事のメモを取りペンを走らせた。

比菜はこの後、やってくる子供のために、おもちゃを用意し、腕につけた時計を見る。

時間は10時になろうとしていた。


「何? そわそわするの?」

「エ……あ、はい」


邦宏は学生の予定表から、仕事を頼めるメンバーをピックアップすると、

それぞれに向かって、メールを打ち始めた。

比菜は、いつもどおりに過ごす邦宏を見ながら、書類を取り出し書き込もうとするが、

その指が止まる。


「今頃……新幹線の中ですよね」

「ん? やめた! ってならなければね」


邦宏はそう言うと冗談だと軽く笑った。

比菜は大和の性格なら、それもあるかもしれないと、一緒に笑い出す。


「みんなが前に進んでいるのを見て、あいつが決めたことだ。
やめた! にはならないはずだよ」

「そうですよね」


持ち主がいないことで、閉じられたままのPCを見つめ、

比菜は時計を昨日もらったことを、邦宏に話し始めた。

邦宏はそれを聞き、早速返信をよこした学生のメールを読んでいく。


「昨日、明日行ってくるって言った高杉さんに、私、結局何も言ってあげなくて。
なんかこう……、勢いが付くようなことを、言ってあげたらよかったって……」

「勢いをつけたのは、長瀬さんなんだから、言葉なんかなくても伝わってるよ」


邦宏は、大和が前向きに生きている比菜を見ながら、気持ちを変えたのだとそう告げた。

それでも比菜はどこか不安そうな顔をする。


「変な気分なんです。保護者でもないのに、
こんなふうに行かせてしまってよかったのかな……なんて思ってみたり……」

「うん……」

「今日も、しっかり坂本さんのフォローをしてくれって言われたんですけど、
なんだか……」


邦宏はメモをボードに貼り付けると、比菜の腕時計に触れた。

比菜は、たいしたことをしているわけでもないのに、

こんなものをもらっていいのだろうかと、問いかける。


「いいんだよ、あいつがよこしたんだから。でもなぁ……迷惑かけますって言うのなら、
こっちにも何か置いていけ! って言うんだよ」

「あ……」

「まぁ……社長のことなんか、頭にないという事でしょう」


比菜は、そう言って大和のPCを上から叩くマネをする邦宏がおかしくて、

自然と笑顔になった。


「長瀬さんの目には、もう、あいつの目が冷たく見えてないってことだよね」


邦宏の言葉に、比菜は、強い口調で責められた頃のことを思い出したが、

大阪へ一人向かった大和のことを考え、自然に頷いていた。





大和は無事大阪へ到着した。

奈津との待ち合わせ時間より、少し早く着いてしまったが、

どこを歩いて時間をつぶせばいいのかもわからず、そのまま喫茶店に入った。

昼過ぎだと言うのに、すでに疲れたサラリーマンが何席かを埋め、

口を開けた状態で眠っている。

何気なく携帯を開いたものの、特にメールなどが届いたわけでもなく、

そのまま閉じるとテーブルへ置いた。

ほおづえをつき、大きなガラス窓から視線を下に向けると、

横断歩道近くに人が集まり始めていく。

そして、車が止まり、信号が変わると一斉に進み始めた。


注文したコーヒーが届く頃、その横断歩道を歩いてくる女性が目に入る。

隣には、スーツを来た先崎が歩いていて、なにやら奈津に話しかけた。

二人だけで会いたいと思ったのに、先崎が来るとなると、大和の気持ちは複雑になる。


それから店の入り口へ視線を動かすと、自動ドアを開き中へ入ってきたのは、

小さなバッグを手に持った、奈津一人だった。

大和が立ち上がり、自分がいることを知らせると、

奈津は少し笑顔を見せ、ゆっくりと席へ向かって歩いてくる。

事故に遭ったと聞いていたため、大和の視線はすぐに足へ向かったが、

動きがおかしいこともなく、向かい合った席に座った。


「ごめんね、長く待った?」

「いや……」


遅れて先崎が入ってくるのかもしれないと、視線はまた店の入り口へ向いたが、

その気配は感じられない。奈津は、注文をとりに来たウエイトレスに、

レモンティーをオーダーする。


「どうしたの?」

「いや……今、先崎さんが一緒に見えた気がしたから」

「あ……うん。会社が近いのよ。だから一緒に来たんだけど、ここへは来ないわ」

「あ……そうなんだ」


先崎が姿を見せないことで、大和は少しだけほっとした。

奈津は、新幹線が込んでいなかったか、ここかすぐにわかったのかなど、

大和に語りかける。


「大丈夫だよ、それより、足はどうなの? 
事故に遭ったって、美帆がみなみさんから聞いたから」

「事故なんて大きいものじゃないのよ。ちょっと引っかかって、驚いて転んじゃったの。
そうしたら、足と肋骨にひびが入ってしまって。家にいるとどうしても動くから、
主人が入院しろって言い始めて。で……」

「そう……」


大和は、ほんの少し聞いた状況からも、奈津が先崎に愛されていることが理解できた。

ここまで来たものの、どう、切り出していいのか、何を話したらいいのかわからずに、

黙ってしまう。


奈津の前に注文したレモンティーが置かれ、何人かの客が出入りする間、

二人は黙ったまま、互いの飲み物に口をつけただけになった。







83 何かが終わるとき


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コメント

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ここでおしまい?

さぁ、母親との会話は! って意気込んでたら・・・つづく・・・

短いんですけど~~
次が気になって仕方ないじゃないですかぁ
(と、人には先の催促をする私 ^^;)

保護者でもないのに気になる比菜ちゃん。
うふふ、いい傾向だね^^
気になるってことは、そういうことなのよって、邦宏も思っているかも^m^



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きっかけ

   こんにちは!!

 比菜ちゃん、心配しまくり^m^
邦宏ほど冷静にはなれないようですね。

愛(?)なのねぇ・・・

大和とお母さん・・・
言いたいこと・話したいことはたくさんあるだろうけど、弾まないよね・・話。

口火を切るのはどっちかな?


    では、また・・・e-463

告白

時計なんて貰ったから余計時間が気になる。

大して進んでもいないのに、何度も確認してしまう比菜の姿が浮かぶ。

奈津との話は何処に落ち着くのだろう?

大和も謝って欲しいわけでは無いだろうし・・・

『好きな人が出来た』何て言えたら素敵なんだけど。

短いんだよぉ

なでしこちゃん、こんばんは!

>短いんですけど~~

いいんだよぉ!
いいところで終わる……にしないと、
次へ! とならないからさ(笑)

比菜は、邦宏に対して素直ですからね。
最初から好意的に見てくれていたし、
でも、気持ちは大阪へ行った人へ向いてますけど。

でもって、また来てね!

ありがとう!

ナイショさん、こんばんは!
コメントなど気にしないで、
読んでくれているのが、とっても嬉しいです。

>何を話していいのか…話題が続かなくったって
 気持ちは通じていると思います^^

そうそう、来たって事実が大きいでしょ。
でも、そのままってわけにはいかないので、
次回は話します。

あはは……あちらの連載にももう、気づいてくれた?
なんだか、背景がつけたくて(笑)
『溢れ出る泉』だなんて、とんでもないです。
大洪水にならないように、気をつけます。

こちらこそ、ありがとう!
これからもマイペースに、よろしくお願いします。

かわいい比菜ちゃん

mamanさん、こんばんは!

>比菜ちゃん、心配しまくり^m^
 邦宏ほど冷静にはなれないようですね。

比菜は尽くしたい女なので、心配なのです。
愛……に、気づいているのかなぁ

>口火を切るのはどっちかな?

さて、どちらでしょう。
次回へ続きます。

逆効果?

yonyonさん、こんばんは!

>時計なんて貰ったから余計時間が気になる。

そうそう、そうなんだよ。
すぐ目の前にあると、気になるもんね。

奈津との話は、次回に出て来ます。
大和が何を思い、何を感じ、
どんな結論を出すのか、お待ちください。

やっとここまで

yokanさん、こんにちは!

>比菜ちゃんと大和君が少しずつ良い関係になっている、
 このテンポが心地よいです^^

ありがとうございます。82話にして、やっとここまで来ている二人です。
母、奈津との会話がどんなものになるのか、次回83話にもおつきあいお願いします。

思いっきり修羅場! とはならないと思うけどね(笑)