83 何かが終わるとき

83 何かが終わるとき




奈津は、喫茶店に入ってから20分以上が過ぎた頃、

黙ったままの大和の前に、1枚の写真を置いた。

それは大和がまだお腹にいた頃、健児と奈津が二人で笑っている写真で、

大和は初めて見るものに、おそるおそる手を伸ばす。

父と母が、確かに愛し合った時があったのだと、その写真は物語った。


「この写真はね、実家にあったものなの。母が見つけてくれて、私に送ってきた。
健児さんとは大学で知り合って、互いに学生だったけれど、将来を誓い合った。
子供が出来た時もただ嬉しくて、二人で頑張っていけるってそう疑わなかった。
でも、彼は男だから、外へ出れば学生でしょ。
全く別の世界を持つことが出来るのに、私は同じ気持ちでいても体は変化するし、
子供は、生まれてからそばにおいておかなければならないし……。
いつの間にか、自分の行動が制限されることに、
どこかイライラすることが増えてしまった」


大和の記憶には、こんな若い父の姿は残っていなかった。

物心ついた時には、すでに奈津しかいなかったし、

父親というものも、よくわからなかった。


「大和がかわいくて、就職してお給料をもらうと、あなたの洋服とか、靴とか、
すぐに買っては家に帰ったものだった。でも、同じ年の友達は、
結婚なんてしている人がいなくて、自由に遊んでいるでしょ。
どうして自分だけ……って想いが、急に湧き上がるときもあって、
精神的に不安定になったりもしたの。そんな私と健児さんとでは、
ズレがどんどん広がるばかりで、理想に描いていた家庭は作れなかった」


大和は奈津の言葉を黙ったまま聞き続け、じっと写真を眺めた。

この二人が別れることなく過ごしていたら、自分の運命は変わっていたのだろうかと、

どうしようもないことを考える。


「私が甘かった。母親になる気持ちが出来ていないまま、あなたを産んで、
それでも育てていけるって、思い込んでた。自分勝手に不安定になって、
怒ったり、泣いたり……。今、考えたらいいお母さんじゃなかったって、本当にそう思う」


大和はそう奈津に言われて、昔の記憶を探り出したが、

あまりきつく怒られた想い出は、残されていなかった。

手をつないで公園に行ったことなど、奈津のぬくもりだけが浮かんでくる。


「そんな中で先崎に出会った。私の状況を知って、それでも一緒にいたいと言ってくれて。
ただ……彼のお姉さんが子供を連れて再婚したんだけれど、結局うまくいかなくて。
それをわかっているから、彼は自信がないってそう言ったの」


大和は、先崎のことについてほとんど何も知らなかった。

奈津は、大和を手放したくなくて結婚へ踏み込む勇気がなかったこと、

その迷いの2年の中で、健児が礼子と知り合い、

大和を引き取りたいと言ったことなどを語り続ける。


大和が覚えている奈津は、どこかいつも辛そうな顔をしていた。

それは自分を嫌ってのことではないかと、思ったこともあった。

その思い出の表情と同じ顔が、今、目の前にある。


「あなたに話すことが辛くて、あんなふうに手放してしまった。
まだ子供だし、すぐに新しい環境で、育ってくれるだろうって、勝手に思って。
私からだと礼子さんに失礼だから、両親に贈り物を頼んだりもした。
先崎と再婚して、みなみが生まれた時、嬉しさと悔しさで一日泣きっぱなしだったの。
あなたを手放した私が、また母になっていいんだろうかって」


大和は今すぐにでも立ち上がりたい気持ちを、必死に抑えた。

腹が立ったのではなく、こうしていることが意味のないもののように思えてきたのだ。

会わない時には腹もたて、自分が苦しかったこと、寂しかったことを

ぶつけてやろうと思っていたのに、奈津を目の前にした今、

そのひとかけらも出てくることがない。

今まで抱えてきた想いを、むしろぶつけてくるのは奈津の方で、

大和はそれを受け止めるだけで、精一杯になる。


「もう……いいよ。そんなに責めなくて……」


大和のノドからたどり着いたのは、この一言だけだった。

自分を手放した奈津が、同じように苦しんだのだと知っただけで、

どこか張り詰めていた糸が、プツンと切れていく。

離婚経験のある女性を好きになり、

子供と家族との中でため息をつくこともあった、邦宏のことを思い出す。

お姉さんが苦労した姿を見た先崎が、自分を引き取ることに踏み出せなかった気持ちを、

責めることも出来ない気がした。

初めて聞く過去の出来事に、大和の中で、戸惑い色に塗られていた壁が、

少しずつ白に塗り替えされる。そんな感覚が頭をかすめた。



『嫌いになりたくないんです』



大和は、自分を裏切った康哉に対して、そう比菜が言い切った気持ちが、

今、心のどこかで分かる気がした。

拒絶することは、結局自分を否定することになるような気がして、

申し訳なさそうに頭を下げる奈津に、必死に笑顔を作る。


「今……幸せなんだよね。ここまでこうして送ってもらえて」


奈津は、その大和の問いかけに、少しだけ笑顔を見せると、しっかりと頷いた。


「それならもう……いいんだ」

「大和……」

「みなみのことを知った時、昔、ベビーベッドですやすや眠っていた
赤ちゃんのことが浮かんで、会ってみたくなった。
ちゃんと生活していることを、知ってみたくなった。だからもうこれで十分だ」


自分の言葉が、正しいのかどうかまで、考えている余裕がなかった。

奈津に謝罪をさせているような構図だけは、早く取り去りたかった。


「大和……あなたはどうなの?」

「ん?」

「あなたは今、幸せなの?」


大和の脳裏に、事務所で笑う邦宏や比菜の姿が浮かんだ。

時にはケンカをして、ため息をついて、それでもあの灯りを求め、足が向かう。


「あぁ……好きなようにさせてもらっているし、仲間も……いるし」


奈津はその時、心から安心した表情を見せた。

店内に流れる音楽が、少しテンポの速い曲に代わる。


「怪我、たいしたことなくて、安心した」


奈津から視線を外し、大和は交差点を行き交う人の波に目を向ける。

スーツを着て、足早に駅へ向かうサラリーマンが父、健児に見え、

時計を確認し、誰かを待っている女性が、母、礼子に見えた。

そして、横断歩道を渡ろうと、揃いのカバンを肩にかけ笑っている学生が、

妹の美帆に見えていく。


ホームに入った電車が、アナウンスとともに扉を閉め、また次の駅へと走り出した。







84 電話越しの声


いつも読んでくれてありがとう!
励ましの1ポチ、よろしくお願いします (^O^)/

コメント

非公開コメント

子の方が大人?


こんにちは!!

 大和も辛かったけど、お母さんも辛かった。

……分かるけど、お母さんが昔も今も相手に甘えてる気がする。

みんなどこかしらそうなんだろうけど、なんかなあ・・・言い訳がましくってすっきりしない。
自分の罪悪感をなくしようとしてるっていうか、心を軽くしようとしてるっていうか・・・

そう思う心の狭いあたしです。

大和のが大人で、許してる(?)からいいんだろうけど。

今、幸せだと思えるから許せるんでしょうね。
拘っていてもしょうがないもんね。これからが大事なんだから・・・。
(でも、ブチまけちゃえばいいのに!!(ことば悪っ)・・・なんてね^_^;)

今、居る場所に大和の幸せがあるって分ったんだからいいか。

後は、比菜ちゃんと・・・^m^ウフフ・・

待ちわびてるんだろうなぁ・・・比菜ちゃん♡


     では、また・・・e-463

言い訳ぽいな・・・

↑mamanさんと同じだわ。
母になれなかったのに、又母になろうとする。
先崎も奈津に子供が居るのは分っていて、姉のこともあるのに一緒になろうとしたなら、なんとしても努力すべきだったのでは?
と言ってももう過ぎてしまったこと。

大和だって許すしかないだろう。

人を好きになる気持ちが分ったから。
自分を生んだ人(母親というより)を嫌いになるのは、自分を嫌いになるようなものだもの。
比菜の言葉がしみじみ感じられたことだろう。

少しでも早く比菜に会いたいと思ってるだろうか?

これでよかったのよ

お母さんの口から語られることがどんな内容であれ
お母さんと直接話すってことに意味があったんだと思うな。

大和はこれで再スタートできる。
リセットできたんでしょうね。

その証拠に目の前に奈津という母がいるのに
大和の目には、今の両親と美帆が見えてるんだもの。

そして、さらには比菜ちゃんが待ってるよ~o(^-^)o
大和の帰るべきところへ帰っておいで~(^-^)/~~

前回、今回と大和びいきの私のための回だったのに
遅くなってごめんなさ~い

母との再会

mamanさん、こんばんは!

>みんなどこかしらそうなんだろうけど、なんかなあ・・・
 言い訳がましくってすっきりしない。

そうだよね、でも、私はスッキリしないのも
ありだと思っています。

『そうか!』みたいな理由って、結局ない気がするし。
その時、その時の感情なのかなぁと。

大和が、この話をどう聞き、どうとらえたのか
なんですけど、それはこの後、『ある人』 に
語ることになります。
(ある人って?・笑)
そこでじっくり、聞いてやって。

>待ちわびてるんだろうなぁ・・・比菜ちゃん♡

あはは……。それは次回で。

母と息子

yonyonさん、こんばんは!

>母になれなかったのに、又母になろうとする。

そうだね、そうかもしれない。
なんとかしたい……という気持ちが、
奈津を弁明に走らせているのかも。
先崎をかばうような発言も、今の幸せがあってなんだろう。

さて、大和がこの言葉を
どう感じたのかは、これから誰か(誰かって、誰?・笑)に語ることとなります。
それまで待ってね。

>少しでも早く比菜に会いたいと思ってるだろうか?

はい、そこは次回へ!

母の気持ち

yokanさん、こんばんは!

>母親と言うのは、子供とどんな形で離れていても、
 やっぱり母親なんだと思った。

奈津にも苦しい時が、色々とあったことは、
今の大和には、理解できることかもしれません。
時や状況、その時、その時の判断、
絶対にこれしかない! っていうのはないんじゃないかと。

さて、大和がこの再会をどう感じ、
どう思ったのかは、この後ある人に語ります。
(ある人って?・笑)
聞いてやってください。

母なのか、女なのか、それとも……
難しいところです。

大和のよりどころ

れいもんさん、こんばんは!

>お母さんと直接話すってことに意味があったんだと思うな。

そう、意味があったと思います。
顔を見ることも、声を聞くことも避けていたのだから、
大和にしてみたら、大きな進歩だったと。
この再会で、何をどう大和が感じたのか、
この後、どなたかに語ることとなります。
(どなたってどなた?・笑)
それを聞いてやってね。

>そして、さらには比菜ちゃんが待ってるよ~o(^-^)o

はい! それは次回へ!

>前回、今回と大和びいきの私のための回だったのに

あはは……、れいもんさん、思いっきり笑ってしまった。

帰る場所

自分の思いをぶつけるお母さんに対して
何も言わなかった大和

お母さんの思いを聞くだけで
精一杯だったっていう事もあると思うけど
大和の心の中に
フリーワークそして比菜っていう
大切な場所がしっかりあるから
ちゃんと受け止めてあげられたんじゃないかな?

以前の大和なら
勝手とも取れるお母さんの言葉に切れちゃってたかも・・・
あぁ~その前にこんなふうに会うこともしてないか^^;

息子としてっていうより
一人の大人の男として
奈津さんという女性に向き合ってる
そんな感じもした、今回の再会・・・

まだちょっと
本当に自分の気持ちをぶつけなくて良かったの?
って大和に言ってやりたい気もするけど・・・
もう過去より
今をそして明日を見つめている大和には
必要ないかな?

比菜ちゃんが待ってるフリーワークへ
早く帰ろうね~~

成長した大和

パウワウちゃん、こんばんは!

>以前の大和なら
 勝手とも取れるお母さんの言葉に切れちゃってたかも・・・

うん、うん。切れちゃったね、きっと。
奈津の説明に、黙ったままの大和だったけれど、
もう、会ったという事実が、大切だった気がします。

>一人の大人の男として
 奈津さんという女性に向き合ってる
 そんな感じもした、今回の再会

大和の中には、色々とおもいがあって、
それを語れる人、語りたい人は、
奈津ではないんでしょうね。
(さて、誰でしょう・笑)

自分を出せる人、場所、
大和はどんな結論を導くのか、
次回もおつきあいください。