84 電話越しの声

84 電話越しの声




比菜は店のテーブルをひとつずつ拭きながら、

時々、柱にかかっている時計に目を向けた。

団体予約のなかった今日は、閉店時間を8時に設定していたため、

思ったよりも早く片づけが終わる。


「比菜ちゃん、夕飯これからだろ、一緒に食べていけばいいじゃないか」


清太郎は厨房で火を落とし、油のハネを拭きながらそう比菜に提案した。

靖史は食器を棚にしまい、比菜の顔を見るため、厨房から身を乗り出してくる。


「あ、そうだよ、長瀬さん。どうせ向こうに戻っても一人だろ。
たいしたものは出ないだろうけど、一緒に」

「なんだお前、そんなこと言ったら怒鳴られるぞ」

「奥にいるだろ」


事務所の仮住まいから家に戻った靖史は、また生き生きと厨房で働くことになり、

休み時間には『彩夢』に顔を出し、亜紀との交際も順調に見えた。

部屋への上がり口に座り、嬉しそうに携帯を取り出したあと、

メールを打ち込む靖史の画面を、奥から出てきた和子が覗き込む。


「なんだよ、お袋」

「いいじゃないのよ、親に見せたら悪いような内容を送ってるっていうの?」

「あぁ……もう!」


靖史は携帯を片手に、店から部屋へ姿を消した。

比菜は台布巾を濯ぎ、それをいつもの場所に干すと、首と肩を軽く動かす。


「ありがとうございます。でも、今日はこれで帰ります」

「ん? 帰る? 何か用事か?」

「ちょっとやりたいことがあって……」


比菜はそう言って夕食の誘いを断り店を出ると、店の裏に停めてある自転車を漕ぎ、

部屋へと向かった。邦宏は夕方から小さな会議の受付仕事を引き受けていて、

事務所に戻ってくることはない。

角を曲がった時、前を歩く男性が大和に見え、少し速度を上げると顔を確認する。


しかし、それは大和ではなく、デジタルオーディオを聞きながら歩く学生だった。

振り返った比菜の方を怪訝そうに見ると、何か嫌な気がしたのか道路を渡り、

反対側を歩き出す。

比菜も、いきなりのぞき込んでしまったことが申し訳なく、軽く頭を下げると、

自転車のスピードを上げた。

視線の先に、マンションの明かりが見えたが、『フリーワーク』の事務所は、

当たり前のように真っ暗で、人の姿はなかった。





比菜は食事を済ませ、テレビをつけたが、画面より見てしまうのは時計の方で、

気が付くと携帯を開き、大和の番号にあわせてしまう。

もう、母との再会は終わっているはずで、それからどうなったのか

聞いてみたい気にもなるのだが、余計なことをするべきではないだろうと、

また携帯を閉じた。


もらった時計は鏡の前に置いてあり、

それをくれた時の、どこか不安そうな大和の表情が浮かんでくる。



『何があるのか、どうなるのかわからないけど、きっと、何かが終わる気がするから。
だから行ってくる』


『動かない時計も大事だけれど、せっかく、時間を動かし始めたんだ。
動いている時計も、持ったほうがいいんじゃないのかな……と』



比菜は、前向きに動き始めた自分に、精一杯の言葉を残してくれた大和へ、

何か言ってやるべきだったと、クッションを抱え顔を伏せた。





和子は居間から、上にいるはずの靖史にお茶が入ったと声をかけたが返事はなく、

代わりに笑い声だけが届く。


「全く、まだ話しているみたいですよ、あの子は」

「ほうっておけばいいんだ。お前は、靖史が戻ってきたらまたあれこれ世話をやいて。
あいつなりに自立して戻ってきたんだろうが」


清太郎は湯飲みを取り、一口お茶を飲むと、和子にふすまを閉めておけと告げる。


「そうですけど、亜紀さんって『彩夢』の一人娘なんですよ。
うちだって一人息子だし……。嫁にくれるんでしょうかね、向こうは……」

「爪切り!」

「……もう!」


和子は、自分の話に乗ってこない清太郎に、不満な顔をしながら、

爪切りを差し出した。





仕事を終えた邦宏が会場を出ると、繁華街に立っている時計の時刻は

10時を回ったところで、学生たちにお疲れ様と声をかけ、その場を離れていく。

本来なら穂乃と会う約束の日だったが、予定よりも仕事が延びてしまい、

1時間前にキャンセルの連絡を入れた。

それでも声だけは聞いてみようかと携帯を開くと、見慣れない番号の着信が入る。

仕事の依頼にしては時間が遅かったが、それでもとりあえず出てみようと耳に当てた。


「はい……」

「突然の電話で、申し訳ありません。仲岡敏規と申しますが……」

「……仲岡」


邦宏の携帯にかけてきたのは、穂乃の兄、久之から番号を聞きだした仲岡敏規だった。

邦宏は歩みを止め、自らの気持ちを落ちつかせるように、ゆっくりと返事をした。





テレビのニュースがCMに入り、比菜はスイッチを切った。

半乾きの髪の毛をタオルでもう一度拭き、ドライヤーを手に取ると、

テーブルに置いた携帯が鳴り出した。

相手を見ると大和の名前で、比菜は慌てて受話器を開ける。


「はい」

「あ……悪いな、遅くに」

「いえ……」

「あのさ……、お前の言っていたのって、何だっけ」

「エ……」


受話器越しにガサガサとビニールの動く音が聞こえ、

比菜はその音の正体を知ろうと、受話器をもっと強く耳に押し当てる。


「ほら、みやげはたこやきの何とかって言ってただろ」

「たこやき……キャンディ……ですか?」

「あ……そうか、キャンディか。うーん……」


比菜は自分の鼓動が間違いなく速まるのを感じながら、

大和に母親と会えたのかと問いかけた。


「あぁ……」

「話は出来たんですか?」

「うん……」


どんな話をしたのか気になりながらも、聞き出すのは失礼だと思い、

比菜は教えた店に行ったのか、泊まっているホテルから夜景が見えるかなど、

軽く聞いてみる。


「店にも行かなかったし、夜景なんてないよ」

「エ……だって……」

「一人だしな、面倒だったし、前見たら電車が来てたし……」


比菜は大和の返事に、携帯を強く握り締めた。

もらった腕時計で時間を確認し、そうかもしれないという答えを心に持ったまま、

最後の問いかけをする。


「今……どこにいるんですか?」


受話器から聞こえていた、ガサガサという音が聞こえなくなる。


「……下」

「……下って」

「下は下」


比菜は、大和がここへ戻ってきたのだと気づき、

電話をつないだまま、すぐに部屋を出た。







85 キャラメルの味


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コメント

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入れ込みだわ~

更新 ありがとうございます。

靖史の方は 生活が戻って 平和~ってかんじですね^^ 恋も仕事も お母さん相変わらず息子に構いたいのですね~ 同じ身として、気持ち分ります。娘より、やっぱ息子がね~何となく^^

邦弘に穂乃の前夫から電話・・・気になります。
まだ、穂乃に未練?それとも単に子供?

比菜の大和を思う気持ちはこちらも何かねぇー
切ないわ~ まだ大阪にいると思っていたのに
比菜のマンションの下にいる!

もうそれだけで、胸(*ё_ё*)きゅん・・かな(*^。^*)ポッ!!

お帰り~♪

泊まらずにもう帰って来ちゃったんだ♪
これ以上大阪にいる必要がなかったんですね。

たこ焼きキャンディーじゃなくて
何買ってきたんだろう?!ふふふ

時計を気にしてばかりの比菜ちゃん、かわいい~

いの一番は、比菜ちゃん?(*^_^*)

    こんにちは!!

 靖史のお母さん、息子に彼女が出来たら出来たで淋しい?
向こうの事情がなんたらとか言ってたけどね・・^m^
ここもちっさい波乱あり?

そして穂乃さんの元ダンナ、まだ穂乃さんと遥香ちゃんにこだわってるの?

愛情の表現は違うって言っても、邦宏のような想いは感じられなかったけどなぁ。

例えは酷いけど、自分が捨てたおもちゃなのに
人が持ってると、取り返したくなった!みたいな感じにしか
見えなかったけど、何かに気がついた?(・・わけないと思うけど)

実は母親が病気で余命いくばくもなくて、遥香ちゃんと居たがってるとか
・・・そんなご都合主義な展開はないよね(笑)

まさか邦宏に真意を問うて、2人をお願いしますなんて言うはずもないでしょうし・・

元ダンも穂乃さんとのことを教訓にして
新しい家族をつくればいいんじゃなの?

さて!メインイベントの(?)大和と比菜ちゃん!!

比菜ちゃんは大和が気になって
夕食のお誘いも断って帰って来て・・・時計ばかり気にしてる(*^_^*)

大和は大和でお母さんと話をしたんだから、もうそこに
いる必要はないとでも言うように帰ってきてるし^m^

しかもマンションの下まで来てるって!!!
ぶわわわ・・・テンション上がりますっ!!!!!

二人の時計の針はここからから一緒に進んでいくのかしら・・・?

ワクワクの展開に続きが待ち遠しいです♪♪♪


    では、また・・・e-463

Re: 84 電話越しの声

お母さんは、いろいろ構いたい様だけど・・
靖史君、恋も仕事も順調なようで何より^^v

なんて思っていたら・・
邦宏へ元ダンナからの電話!?
何を言われても邦宏ならきっと大丈夫だって信じてるけど・・・
遥香ちゃんへの思いとか、収入がどうとか?言って来るのかな?
どんな話になるのか凄く気になります。。。


そして時間ばかり気になってた比菜ちゃんには
待ちわびた人からの電話^^v

素直に「帰ってきたよ!」って言わない所が大和らしいんだけど
お母さんとも話したし
自分の帰るべき場所に、一番に戻って来たって事だよね!

それも一気に比菜ちゃんのマンションの下まで(^^)/
ひゃぁ~どうなる二人!!!

私もテンション上げ上げで^^続き待ってます~~♪

お帰りby比菜

靖史は順調のようで、和子より清太郎の方が男同士、気持ち分るのかな? 一人っ子同士、なかなか難しいけど何とかなるよ。


邦宏には敏規から電話。遥香のことだろうね・・・・
負けるな邦宏!穂乃もイネも付いている。
(勝手に決め付けてる^^;)

大和~~~~理解は出来なくても、奈津の思いは受け止めた。
で、もう大阪に居る理由が無い。
だから帰ってきた。納得(うんうん)

比菜に一番い会いたい。その気持ちが大切だよ。

比菜のところへ

yokanさん、こんばんは!

>大和君、そのまま比菜ちゃんのところへ帰ってきたか~^-^よしよし♪

はい、戻って参りました。
まぁ、行った場所が場所ですので、高杉家の人たちには、ナイショなのかもしれませんね。

靖史、邦宏も、それぞれですが。

まぁ、まずは大和の行方から、見届けてくださいませ。

親は親ですね

yasai52enさん、こんばんは!

>お母さん相変わらず息子に構いたいのですね~

なんですかね。しっかりしてくれたらくれたで寂しいし、
のんびりしていたらしていたで、イライラするし、
親も買ってかもしれませんが、まぁ、そういうものですよね。

邦宏の電話の気になるところですが、まずは、大阪から戻ってきた大和と、
それを迎える比菜の行方を、見てやってください。

大和一色

れいもんさん、こんばんは!

>泊まらずにもう帰って来ちゃったんだ♪
これ以上大阪にいる必要がなかったんですね。

はい、さっさと戻ってきたようです。
吹っ切るために行ったので、吹っ切ったならば、あとは戻って報告しないとね。

時計を気にしていた比菜と、戻ってきた大和。
さて……
次回も来てね、れいもんさん。
大和が中心だから(笑)

テンションUP

mamanさん、こんばんは!

>例えは酷いけど、自分が捨てたおもちゃなのに
 人が持ってると、取り返したくなった!
 みたいな感じにしか 見えなかったけど、

そうそう、そんな感じに思えたでしょ。
とられるのはなんだか嫌……なんだろうね。
さて、邦宏君も気になるところですが、
mamanさんの空想、想像のあれこれが、
とっても楽しい私です。

mamanさんの、コメントの最後のほう、
とってもテンションが上がっている感じが出ていて、
こちらもテンションが上がりそうです。

ワクワク待っててね!

三人三模様

パウワウちゃん、こんばんは!

>遥香ちゃんへの思いとか、
 収入がどうとか?言って来るのかな?
 どんな話になるのか凄く気になります。。。

邦宏にとっては、大きな壁だよね。
年齢も上だし、収入も上だし、
でも、穂乃の気持ちはしっかりと決まっているし、
遙香だって、ちゃんと受け入れてくれているから、
頑張ってくれるはず。

>素直に「帰ってきたよ!」って言わない所が
 大和らしいんだけど

でしょ? まぁ、比菜はわかっていると
思うけどね(笑)

テンションいっぱいあげて、待っててね!
(って、一気に下がっちゃったら、どうしよう・笑)

心のままに

yonyonさん、こんばんは!

>和子より清太郎の方が男同士、気持ち分るのかな?

この夫婦は、清太郎の方が、度胸がすわっているんだよね。
店のことだって、無理に継がせようとしていなかったし、
まぁ、これからというところでしょう。

邦宏もそう、気になるのですが、まずは大和。

>比菜に一番い会いたい。その気持ちが大切だよ。

はい、互いにそう思っているはず。
さて、素直になれますかどうか……