君に愛を語るとき …… 5 告白

5 告白



芝居なんです……。


柊は思ってもみなかった言葉に、動けなくなっていた。

隣にいた女は、柊を突き飛ばし、和成をかばうために前に出る。


「和成。もしかしてこの人なの? 律子の……」

「あぁ……」


状況が把握できず、立っているだけの柊。

今、自分が何をしているのかも、わからなくなっていた。


「あのねぇ、和成は私の彼氏なの。律子に頼まれたから芝居をしただけ。
文句があるなら、律子に言いなさいよ!」


和成は乱れていた服を整え、もう一度柊に頭を下げた。


「騙すようなことをして、申し訳ありません。今、敦子の言った通りです。
律子と敦子は友達で、僕は律子の陸上部の先輩になります」

「……先輩?」

「はい……」


健介を含めた4人は近くの店に入り、和成はこうなったいきさつを話し始めた。


「芝居? そんなことしなくても、もういいですって言えばいいじゃないか」


陸上部の先輩が結婚し二次会へ向かう日、律子はそう和成に協力を頼んでいた。


「そんなことじゃ山室さんは、うんって言わないの、絶対に……」


芝居を頼まれた和成は、あまり乗り気のない表情を見せる。


「この間ね、慶成大学に行ったの。しばらく顔を見せてくれなかったから。
そうしたら、彼の後輩にハッキリ言われちゃった。
山室さんが、勉強の時間もなくて、研究も出来ていないって……」


律子はそう話しながら、寂しそうに微笑んだ。


「言われて初めてわかった。すっかり甘えてたんだよね、私。
山室さんは、義務と責任で来てくれてたのに……」

「義務と責任?」

「うん。だからといって、一方的にもういいですなんて言ったら、
山室さんが悪いみたいでしょ? 私、本当に彼に感謝してるんだ。
こうやって頑張れるきっかけをくれた人だし」

「……」

「いい人すぎるくらいいい人なの。だから、自由にしてあげたい……。私を見て、
事故を思いだして、辛い気持ちになって欲しくないのよ。
でも、そう言ったらそれは違うって言われそうで……」

「でもなぁ」

「お願い、和成。頼める人他にいないんだもん。敦子には理由を言った。だから……」


律子は両手を合わせ、和成に芝居を頼み込んだ。





自分を自由にするための芝居。柊は黙ったまま和成の話を聞いていた。


「ごめん。いきなりつかんだりして」


すっかり酔いの覚めた柊は、目の前に座る和成に、丁寧に頭を下げた。


「いえ……」


和成たちは店を出て行き、そこには柊と健介だけが残される。

大学に律子が訪ねてきたことを、柊に教えてくれる人は誰もいなかった。

そして、彼女に対して、研究が出来ない……と言ったのが誰なのか、

柊にはすぐにわかっていた。


だから南美はこの間、自分に聞いたのだ。

彼女を好きなのか……と。


「柊、どうするんだよ、お前」


隣に座る健介は、残っていたコーヒーを飲み干し、そう柊に問いかけた。


「連絡する。このまま猿芝居に騙されているわけにはいかない」


柊はポケットから携帯を取りだし、律子のアドレスを呼びだした。

もうじき日付が変わる。左手で短くメールを打ち込み、送信をした。



『君に会いたい……』



ただ、その言葉だけを……。





少し強めの風が、窓をカタカタと揺らす、そんな土曜日の朝。

このメールを柊から受け取った律子は、どう返信をしていいのか迷っていた。

朝一番で気付いたメール。結局返信しないまま昼を迎える。


「エ……」

「ごめんね律子。まさか、あんなところで会うとは思わなかったのよ。
和成も驚いたし、私も……」


その日の午後、敦子からかかってきた電話で、律子は昨日の出来事を知ることになった。

柊からメールがなぜ送られてきたのか、初めて納得する。


「いきなりグッとつかまれてさ、何やってるんだ! だもん。もう、何度も、何度もだよ。
こっちもお酒入っていたし、周りは人で囲まれるし、私もついつい興奮して、
大声で叫んじゃった。律子に聞け! って」

「……そうなんだ、ごめんね敦子。和成にも悪いことしちゃったね」

「もう、昨日はまいっちゃったよ」


その場にいたわけではないのだが、柊がどんなふうに和成と敦子に向かっていったのかが

なんとなく想像できた。自分が芝居を仕掛けたことを、きっと怒っているのだろう。

たとえどんな理由があるにせよ、騙したことには変わりない。


「ねぇ、なんでそんなことしたの? 私はさ、その山室さんって人が
しつこいからイヤなのかと思ってたのよ。でも、和成に聞いたら、
なんだかいい人だって言ってたし」

「……」

「その時は腹が立って戻ってきたけど、山室さん、和成が芝居だって言ったら、
すごく悲しそうな顔してたよ」

「……」

「どうして遠ざけようとするの? ねぇ……」


律子はハッキリとしたことを言わないまま、敦子との電話を切った。携帯を開け、

『山室さん』と表示されたアドレスをじっと見つめる。

やがてその文字が、涙でにじんで見えなくなっていった。





その日、柊は何度も携帯を確認した。自分のことを気にして芝居をしたという律子。

なぜ急にそんなことをされたのか、理解に苦しんだまま、眠れない夜を過ごしていたのだ。

柊のところに、律子からのメールが届いたのは、その日の夜だった。


リハビリ室へ来て欲しい。そのメールを受け取った柊は、その次の週の月曜日、

授業を終えて、いつもの病院へ向かっていく。


柊の姿に気付いた律子は、申し訳なさそうに頭を下げ、

二人は廊下のベンチに並んで腰掛けた。


「ごめんなさい」


柊と顔を合わせ、そう言う律子。その言葉を受け取った柊は、

少し時間を開け、ゆっくりと話し始める。


「今回は、簡単に許す気持ちにはならないよ」


そう言った柊の言葉を、下を向き受け取る律子。


「大学へ来たこと、どうして言わなかったの? 研究をしている時間がないなんてことも、
簡単に信じる必要なんてないだろう。僕は毎日、一日中、君と一緒にいるわけでもないに」


柊は勢いのまま、自分の言いたいことを立て続けに並べていた。

そんなことで騒ぎ立てたいわけじゃなかったのだが、押さえられていたものが、

止まらなくなる。


「君のリハビリに付き添うくらいで、落ちこぼれたりなんて……」

「……勉強、出来てるんですか?」


心配そうに問いかける律子。柊は興奮して突っ走りそうになる言葉を止めた。


「出来てるよ。来月から2ヶ月韓国に行くんだ。
新しい滑走路を造る過程を、大学の教授と見に行ってくる」

「滑走路?」

「うん。僕の研究課題は空港の滑走路なんだ。耐久性、安全性、
そういったものを色々と計算して、組み立てていく」

「……」

「例えば流し込むコンクリートの素材も、色々とあってね。もちろん、
土地の気候とかも影響するし、寒いところだとポップアウト現象のようなことが……」


目がてんになった状態で、ポカンとしている律子がいた。

そんな専門的な話しを夢中に語ろうとした自分がおかしくなる柊。


「ごめん、何言ってるんだろう。興味なんてないよね」

「ないけど……山室さんは楽しそう」

「……」

「よかった……勉強が出来ていたなら」


柊は横で安心したように頷く律子を見ながら、話しを続けた。


「榊原さん」

「はい……」

「迷惑でなく、どうしてもイヤだと言うんじゃないのなら、このまま、また会えないかな」


なんとなく汗ばむ両手を、押さえながら、律子に気持ちを伝えていく柊。


「山室さん、もう責任は十分取ってもらいました。
……いえ、最初からあなたに責任なんてないし……」


責任……。その言葉に首を振る柊。


「責任じゃないんだ。義務だとか、責任だとかでそう言ってるんじゃない」

「……」

「君が……好きなんだ……」


そう告げたまま律子を見る柊。突然のことに、驚いたまま返答に迷っていた律子は、

柊から急いで目をそらし、下を向いた。


「君の側にいたい。僕がそう思うことは迷惑ですか?」

「……」

「リハビリだけじゃなくて、普通の時間を一緒に過ごしたいと思うことは、迷惑なのかな」


律子は何も言わずに黙っている。彼女が何か言い出すまで、と柊も言葉を止めて前を見た。

黙っている二人の前を、看護婦や患者が通り過ぎていく。

入院していた時、律子が柊に見せてくれたのは、いつも笑顔だった。

なんて強い人なんだろう……。最初の頃、柊は何度もそう思っていた。


あの涙を見るまでは……。


「退院する前の日、泣いてたよね」


沈黙に耐えられなくなった柊が、先に口を開く。


「僕を傷つけないように、周りの人に気を使わせないように。
いつ会っても必ず笑顔で迎えてくれた君は、無理していただけなんだって。
あの時、気がついたよ」


あの泣き顔を見てから、柊はずっと律子の笑顔の裏を探ろうとしていた。

誰にも見せない律子の本心。


「本当のところ、君はどう思いながら僕を受け入れてくれていたのかが、
よくわからなくなった」

「……」

「もうそういうのはやめよう。ハッキリ言ってくれて構わない。気を使われても、
芝居じゃ話しにならないよ。どんな言葉でも、それが君の気持ちなら受け入れる」

「……」

「僕は君が好きだ。だから、そばにいたい……。ウソも偽りもない、
本心からそう思ってる。今日はこのことが言いたくて、ここへ来たんだ」


柊が話している間、律子の視線は一度も床から動くことはなかった。

柊は一度大きく息を吸い込み、こう告げる。


「僕が……憎いですか?」


その言葉に律子は驚き、柊の方を向いた。


柊が遅れて視線を合わせた時、律子の目からこぼれた涙が、スッと頬をつたっていった。

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二人の恋の行方は……

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