85 キャラメルの味

85 キャラメルの味




比菜が急いで階段を下り事務所の扉を開けると、大和が椅子に座っていて、

その前には山積みになったお菓子が置いてあった。

ガサガサ音がしたのは、その山のそばにあるビニール袋で、

視線を動かした大和の指に触れた小さな箱が、ポトリと下に落ちる。


「あ、まずい、割れたか?」


比菜は持っていた携帯電話を切ると、そのままゆっくりと奥へ進む。

以前、貴恵と別れた日には、電気もつけず真っ暗な中にいた大和だったが、

今日はデスクライトがついていて、みやげものたちに、しっかりと当たっていた。

比菜は部屋の電気をつけるスイッチに一瞬手を伸ばしたが、

自分が急いできた表情を見られてしまうので、そのままつけることなく手を下ろす。


「帰ってきたんですか」

「あぁ……」


大和はそれだけ言うと、手に持っていた携帯をテーブルの上に置き、

山積みになっているお菓子の中から、茶色の箱を取り出すと比菜に差し出した。

比菜は箱を受け取り、パッケージに書かれた文字を読む。


「たこやきキャラメル?」

「お前が言ったのが、何だったのかわからなくなってさ。
みやげものの店に入ったら、『たこやき』と書いてあるお菓子が、色々並んでたんだ。
煎餅でもクッキーでもなかった気がしたんだけど、とりあえずあれこれ買っていけば、
どこかにぶつかるだろうと……」


左の手のひらから、上下に少しずつはみ出ている箱には、

隅に小さくたこやきのイラストがついていて、

どう考えても、売り上げを伸ばしそうもない気がしてくる。


「電話して、聞いてくれたらよかったのに……」

「……あ、そうか……」


大和はその通りだとばかりに、照れくさそうな顔で何度か小さく頷いた。

比菜は『たこやきキャラメル』の箱を見ながら、あらためて問いかける。


「話……出来たって事ですよね」

「うん……」

「なら……よかった」


比菜は、箱を見たままそうつぶやいた。

どんな内容なのか気になったものの、それ以上聞くことが出来なくなる。


「行く前までは、色々と言いたいこと聞きたいことを、頭で考えていたつもりだった。
どうしてあんなふうに手放したのか、あらためて会いに行った時に、
追い返すようなことをしたのか。そう、ぶつけてみるつもりで。
でも、いざ目の前に座ってしまうと、何も言えなくなって」


比菜は大和の言葉を聞きながら、

今日一日、心に絡みついた緊張から解かれていく気がした。

何も言えなかったと笑う大和を見ながら、

岡山へ戻り、康哉と対面した時のことを思い出す。

自分自身も、裏切られた傷を叩きつけるために会ったつもりだったが、

責め立てる言葉は出てこなかった。


「先崎さんに、店の近くまで付き添われて来たところを見て、
この人には、先崎さんが必要なんだってそう思った。
自分が悪かった、未熟だったって言われる度に、どうしてここにいるのかが、
よくわからなくなったんだ。今さら過去のことを言わせて、辛い顔をさせることが、
ずっと長い間、求めていたものだったのかどうか……」


比菜は大和の言葉を聞きながら、箱についているセロファンのひもを指でつまみ、

クルリと1回転させた。昔、どこかの店で売っていたような細長い箱には、

四角い形のキャラメルが12個、きちんと並んで入っている。


「小学生になってから、近所の子供達とサッカーを習っていたんだけど、
よく丸いおにぎりを作ってもらって、海苔でボールの模様をつけてもらった。
そんな弁当を持って行ったこととか、授業参観の手紙を、
黙ってゴミ箱に捨てておいたはずなのに、当たり前のように教室のど真ん中で、
いつも見に来てくれたこととか、全く違う場所にいるはずなのに、
浮かんでくるのは高杉の家で過ごしてきた日々ばっかりで……」


比菜は黙ったまま、キャラメルを一つ取り出した。

包み紙を開いていくと、少し濃いめの茶色が目に入る。


「この人と別れてから、不幸だったのかと言われたら、そうじゃなかった。
生意気だけどお兄ちゃんと慕ってくれる妹も出来て、
帰れば必ず食事の匂いが鼻に届いて……」


比菜は包み紙を取ったキャラメルを、口に入れゆっくりと溶かし始めた。

ソースの香りがした後、また別の味が口に広がっていく。


「そうか……ちゃんと幸せに生きてきたんだって、そう思えた。
そうしたらさ、正直、過去のことなんてもう、いいんじゃないのかと……」


比菜は口を軽く動かしながら、煎餅の袋を見ている大和の方へ視線を向けた。

その表情は出発前の不安な色がなく、心のけじめをつけた穏やかなものに見える。

初めて大和の事情を知ったあの日、この同じ場所で八つ当たりをしていたのに、

拒絶していた母親に対して、許す気持ちを語っている言葉が、

比菜の目頭を、少しずつ潤ませていく。


「求めることは間違ってないんだろうけれど、それだけじゃダメなんだよな」

「……まずい」

「ん?」


比菜はそう言うとドライヤーを使うために肩にかけてきたタオルを外し、顔を覆った。

大和はそんな比菜の姿を見ながら、買ってきた物に文句を言うなと言い返す。


「こんなことじゃないかと、思ってました。予想通りじゃないですか」


比菜はタオルを顔から外し、また少し口を動かした。

大和は煎餅の袋を机の上に置き、次の言葉を待っている。


「ちゃんと買えたのかな……、見つけられたのかなって……」


比菜はいつもの口調を保ちながら、心の中におさまっていた想いを、少しずつ口にする。


「ちゃんともう一回教えておけばよかったんじゃないかとか、
何かヒントになることでも、話しておけばよかったんじゃないかとか……」


比菜は慌てた様子で、ここへ降りてきた。

髪は乾ききっていないし、タオルも肩にかけたままだった。

みやげに対する文句を言っているように聞こえる言葉の、奥底にある意味を、

大和は少しずつ感じ取る。


「今日一日……どうしたのかって、気になって……」


大和は、今日一日、どこか集中力のない比菜の姿が、

見たわけでもないのに見えた気がした。

必要以上に明るく振る舞ったり、自転車のブレーキが遅れて、

通行人にぶつかりそうになったり。

今まで見続けてきた、そんな様子が鮮明に浮かびどこかおかしくなる。


「悪かったな、ちゃんと買ってこられなくて。そんなにまずいのなら、
処理してやるから一つ寄こせって」

「……エ?」


大和はその場に立ち上がると、比菜に向かって手を差し出した。

比菜は箱の中に入っていたキャラメルを一つ取り、大和に向かって手を伸ばす。


「あ……」


その瞬間、大和がつかんだのはキャラメルではなく、伸ばした比菜の腕だった。

持っていた箱から、残りのキャラメルが床へポロポロと落ちる。

比菜の手から、最後にキャラメルの箱が滑り落ちた時、

自分を抱き寄せた大和のぬくもりが、肌から伝わり始めた。


「人が感謝の気持ちを伝えようとしているのに……文句ばかりだ……」


手から滑ってしまった箱の代わりに、比菜は大和の上着をそっとつかんだ。

一番欲しかったものはキャラメルでも、キャンディでもなかったことに気付く。


「文句ばかり言うのは、高杉さんじゃないですか」

「そんなことはない」

「ちゃんと買ってきてって頼んだのに……失敗したじゃないですか。
こんなまずいおみやげ、もらったことなんかありません」

「記憶に残るな……それは」


口では言い合いをしているのに、二人の体は離れることなく、時計の針は進んでいく。


「今度はちゃんと買ってきてくださいね」

「自分で買えよ」


比菜はいつもの大和がそこにいることが嬉しく、自然に顔がほころんでいく。


「ケチ……」

「ケチは……嫌か?」


比菜は黙ったまま首を横に振り、もう一度大和の裾を強く握りしめる。

比菜の気持ちに気付いた大和は、感謝の気持ちを伝えるため、

無言のまま、さらに強く引き寄せた。







86 タオルの心


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コメント

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Re: 85 キャラメルの味

たこやきキャラメル・・・ってなんか本当にありそうですね_・)ぷっ
以前 北海道土産にジンギスカンキャラメル
頂いたけれど( ̄┰ ̄*)ゞヤッチャッタァーって感じ(笑)

よかった~
大和と比菜の想いが通じ合ったんですね
♪ d(⌒o⌒)b♪
お土産を通じて思いを伝えてるって感じが
いいなぁ~(///(エ)///)

きゃあ~

>「ケチは……嫌か?」
ぷるぷる。。
私も一緒に首を振りました(〃▽〃)

ちょっとひねくれものの二人の会話がいいです~

大和ったら、たこ焼きキャンディー忘れて
いろいろ手当たり次第に買ってきたんだ♪
比菜ちゃんのために

過去をすっきりさせて
目の前の幸せに気づけてよかったわ。

よかったね、大和~

れいもん、満足でございますo(^-^)o

Re: 85 キャラメルの味

文句、言いあいながらも、お互い自分の気持ちにも相手の気持ちにも
素直になることができて…良かったぁ~~(〃▽〃)

きっと比奈ちゃんからはシャンプーの良い香りが漂ってるよね~^^? 大和~^m^

しかし…たこやきキャラメル…って、やっぱ引くかも~^^;

Re: 85 キャラメルの味

惜しい!キャラメルでなくてキャンディーなのに・・・

でもわざと???

抜け切れなかった母への想いが、フワリと解けてどこかに行った。たこ焼きキャラメルみたいに苦かったけど、後味はスッキリかな?

ファーストキスがたこ焼きキャラメルの味か?
そりゃ記憶に残る(爆)

Re: 85 キャラメルの味

あぁ~ようやくこの日が・・・(*^^)v

相変わらず、文句を言い合う二人だけど
交し合う言葉一つ一つにお互いの深い想いがこもっていて
とっても素敵♪

大和と比菜ちゃん、気持ちが通じ合えて本当に良かったわ

しかしソースの香りのするたこ焼きキャラメルってかなり微妙・・;;

でも二人にとっては忘れられない幸せの味になるんだろうなぁ^^

微妙な味わい?


    おはようございますヾ(´ω`=´ω`)ノ!!


空気の流れさえも聞こえて来そうな静かな中、遠くからカッコウの鳴き声が聞こえてくる。近くでは鳥のさえずりとどこかの家の風鈴の音……

これは今のうちの周りの朝ですが
抱きしめ合った2人のその後は…… 
って、チュウくらいはするだろうけど、いきなり モーニングコーヒーを一緒には、早すぎるか……

過去に決着をつけた2人は一緒に時計の針を進めてくのね?

しかし、たこ焼きキャラメルは、かなり微妙っすね。。。

では、また・・・(^-^)/~~

キャラメルよりも大和

yasai52enさん、こんばんは!

たこやきキャラメル、実際にあるんですよ。
でも、自分のイメージとはちょっと違いましたが。

>よかった~
 大和と比菜の想いが通じ合ったんですね

はい、85話にしてやっとここまで来ました。
大和にとって比菜は、『過去を乗り越えよう』という
共通点を持った女性だったということですね。

まぁ、キャラメルなんかどうでもよくて、
そんなふうに気にしていた大和の気持ちが、
比菜は嬉しかったことでしょう。
大和も、自分を心配していた比菜の気持ちを知って、
行動に出たのだと思うのですが。

ラストまであと少し、最後までぜひ、おつきあいください。

大和の表現

れいもんさん、こんばんは!

>ちょっとひねくれものの二人の会話がいいです~

ありがとう!
正面からぶつかった邦宏や靖史に比べて、
大和の性格からいったら、絶対にこうだと思ってました。
正面から『好きです』なんて、絶対に言わなそうだもの(笑)

>過去をすっきりさせて
 目の前の幸せに気づけてよかったわ。

そう、それもやはり、
それだけの女性が、現れたということでしょう。

満足してもらえて、私も満足です。
ラストスパート、ぜひぜひ、最後までお願いします。

比菜ちゃんの香り

eikoちゃん、こんばんは!

>きっと比奈ちゃんからは
 シャンプーの良い香りが漂ってるよね~^^? 大和~^m^

あはは……。匂いまで想像してくれてありがとう。
そうだよね、シャンプーの香り、するはずだよね。

しかし、『たこやきキャラメル』は、確かに微妙。
二人はどんなふうになるのか、次回へ続きます。

また、現れてね

yokanさん、こんばんは!

>ウフフ、キャラメルの味は幸せの味でございます^m^

はい、比菜にとっては、忘れられないものとなったはず。
yokanさんが消えちゃったその後、二人がどうなったのかは、
次回へ続きます。

また、現れて見に来てね!

飴仲間

yonyonさん、こんばんは!

>惜しい!キャラメルでなくてキャンディーなのに・・

うん、男の人って、キャラメルとキャンデーが別物なんて感覚、
ないような気がするんだよね。
『飴でしょ?』と、大和も考えていただけで。

でも、そのおかげで、母へのわだかまりは
スッカリ、いやしっかり消えたようです。

>ファーストキスがたこ焼きキャラメルの味か?

うふふ……そこはどうかな。
次回へ続くのです!

大和の形

パウワウちゃん、こんばんは!

>あぁ~ようやくこの日が・・・(*^^)v

はい、ようやくここまで、85話かかりました。

>交し合う言葉一つ一つにお互いの深い想いがこもっていて
 とっても素敵♪

ありがとう。邦宏や靖史のように、ストレートじゃないのが、
大和らしいと思っております。
比菜ももう、慣れちゃったんだよね、この感覚に(笑)

たこやきキャラメルの後の二人、
それは次回へ続きます。

二人のその後は

mamanさん、こんばんは!

>空気の流れさえも聞こえて来そうな静かな中、

おぉ! いいなぁ、なんだか自然の心地よい風を感じます。
こちらは、真夏も真夏。
ジリジリ、ギラギラで、ノックアウト寸前でした。

>抱きしめ合った2人のその後は…… 
 って、チュウくらいはするだろうけど、

あはは……。みんなそうくるなぁ。
しかし、そこはどうなるのか、
それは次回へ続くのです。

『たこやきキャラメル』味、やっぱり微妙なんだろうな。
うん。

ももんたさん、こんにちは^^

2回目のコメントです。
今はこのお話に夢中です^^
あ~~この回はコメントせずにいられなくて、でてきてしまいました!
大和とお母さんのことがずっと私の心をえぐっていたから、こんなふうにいざとなったら何も言わない大和くんが、なんで~~と切ない思いで読んでいたけど、
今はこういう収まり方、いいんだな~ってしみじみ…
実は私、昨日が誕生日で、ものごころついてから自分の誕生日が晴天だったことがないので、大雨はむしろ、やっぱりね~!と逆に楽しんでたのですが、
誕生日の前後にこうしてももんたさんの創作を楽しませていただいていて、幸せです^^
めちゃくちゃ、カメのコメントですが、許してくださいね^^
続きも、ゆっくり楽しませていただきます^^

いつでもお待ちしてます

gasseさん、こんばんは
お誕生日、おめでとうございました。
『七夕』の誕生日だなんて、ロマンチックですね。
私なんて、何も意味のない日ですよ(笑)


>あ~~この回はコメントせずにいられなくて、でてきてしまいました!

ありがとうございます!
そう言って、出てきてくれるのは、とっても嬉しい。
でも、この話をここまで一気に読んできてくれてるのかな?
この間は、別の話でしたもんね。

目、大丈夫ですか?


>こんなふうにいざとなったら何も言わない大和くんが、なんで~~と

大和も、大阪へ向かうときには、言ってやる! の気持ちだったと思うんですよ。
でも、いざとなったら言えなくなった。
言う必要がなくなった……のかもしれません。

『幸せなんだ』ってことに、気付いたので。
誰かが待ってますからね……東京で(笑)

私の創作に出てくる主人公の中でも、
この高杉大和は一番『表現しない人』だったので、
その分、周りに語ってもらうものになりました。

どうぞゆっくり楽しんで下さい。
また、つぶやきたくなったら、過去の作品でも、いつでもどうぞです!