86 タオルの心

86 タオルの心




比菜は部屋へ戻り、膝を抱えたまま小さなクッションを抱きしめた。

大和の気持ちが、自分へ向いているなど、考えたこともなかったが、

同時に自分が大和のことを、これだけ想っていたのかにも気づかされた。

大阪から無事に帰ってきたこと、傷つくことなく過去を処理できたこと、

それを知っただけで自然に涙が浮かび、気づくとそのぬくもりにほっとしていた。


それは突然の出来事のような、まだ、どこか信じられないような時間だった。

はじめはどこかぎこちなかった大和の腕が、もう一度あらためて比菜に回ったとき、

突然携帯が鳴り、誰も見ているわけではないのに二人の体はすぐに離れた。

比菜は慌てて落ちたキャラメルを拾い集め、

メールを確認する大和を残し事務所を出てしまい、

一気に階段を上がり部屋に入ると、そこで大きく息を吐いた。


目の前には同じリズムで時を刻み続ける時計が置いてあり、なぜか笑みがこぼれた。





大和はみやげ物をテーブルの上に広げたまま、ロフトの布団へ潜り込んだ。

もう少しきちんと伝えようと想っていたのに、うまく言葉が続かないまま、

触れた腕は邦宏からのメールで引き剥がされる。

今まで邦宏に対し、感謝の気持ちを持ったことはあっても、

余計なことをされたなどと想ったことはなかったが、離れてしまった比菜に、

もう一度触れるわけにもいかず、事務所を出て行く姿をただ見送った。

大和は、自分の不器用さを嘆くことも出来ず、何も変わらない天井を見つめながら、

大きく息を吐いた。





大和と比菜の出来事など、何も知らない邦宏は、敏規との待ち合わせ場所を確認し、

ベッドで横になった。

久之が穂乃の気持ちを代弁し、仲岡の家に戻る気持ちがないこと、

遥香を手放す気持ちもないことなども、すでに敏規には伝わっているように思えた。

それを知りながら邦宏と会うことを求めてくる敏規に対し、

邦宏は二人を守るために、ぶつかっていこうと、心を決め目を閉じる。



それぞれの夜は、速まる鼓動を落ち着けるため、どこか寝苦しいものになった。





次の日、邦宏は少し早く家を出た。

敏規と約束したのは木曜日で、実は別の仕事が入っていたが、

それはすでに学生に代わってもらうことになり、その手続きのために事務所へ向かう。


鍵を回し中に入ると、テーブルの上には色々なお菓子が積み重なったままになっていた。

それぞれの袋には、『たこやき』の文字が記されている。


「たこやきクッキー? なんだこりゃ」


ロフトを見上げると、大和の腕が見え、

デスクの下にはピンクのチェック模様がある、見慣れないタオルが落ちていた。

邦宏はそれを拾い、ロフトに寝ている大和を起こそうと、はしごを途中まで上る。


「おい、大和! お前、昨日戻ってきたのか?」

「ん? あぁ……」


大和は眩しそうな顔で邦宏を見ると、両手で顔を覆った。

邦宏は急な用事が入り、仕事を学生に変わってもらったことを語りだす。


「昨日メールしたのに、返信がないから、
大阪で何かあったんじゃないかと心配したんだぞ」

「何もないよ。ちゃんと会って、話してきた」

「責め立てたりしなかっただろうな」


邦宏の右手には、比菜が忘れていったタオルがしっかりと握られている。

大和はそのタオルで比菜が顔を覆った姿を思い出し、何気なく手を伸ばし、

邦宏の右手からタオルを引き抜こうとする。


「ん? これ、お前のか」

「いや……」


大和はロフトから降りると、タオルを丁寧にたたみ、自分の机の上に置いた。

大阪のみやげだから、どれでも好きなものを取ってくれと言い、

顔を洗うため洗面所へ向かう。


「たこやきばっかりだな」

「あぁ……」

「長瀬さんに話してやれよ、大和」


昨日、比菜がここへ来たことを知らない邦宏は、たこやきサブレの袋を開けながら、

そうつぶやいた。大和は蛇口を閉め、横に出したタオルで顔を拭く。


「心配してたんだぞ。お前がちゃんと会えたのかどうか、出発する前に、
何一つ言葉をかけてやれなかったこと、時計を何度も見ながらさ……」


大和は鏡に映る自分の顔を見ながら、左の肩にそっと触れた。

幻のような時間だったが、確かに比菜のぬくもりがそこにあった。


「うん……」


邦宏は、大和のその言葉を聞きながら、机の上に乗せたタオルを見た。

このピンク色のタオルは比菜のもので、

昨日、おそらくここで二人が会っていたのだろうと考える。

誰が一番心配し、誰に伝えなければならないかを、ちゃんとわかっていたのだと、

邦宏は、洗面所から戻らない大和の顔を想像し、自然と顔がほころんでいく。


「お前のことを心配するなんて、なかなか貴重だぞ」


邦宏は手に持ったサブレを半分に割り、口に入れた。


「……あぁ」


何秒か遅れて届いた返事は、大和なりに精一杯頑張った気持ちの表れなのだろうと、

邦宏は笑いたくなる気持ちを我慢し、残りの半分を同じように食べ始めた。





比菜は『とんかつ吉田』での仕事を終え、部屋へ戻るため自転車を漕いだ。

今日一日、特に用事がなかったこともあり、事務所へ顔を出さなかったが、

本心は、大和とどんな顔をして会えばいいのかがわからなかった。

階段を上がり玄関のノブを見ると、ビニール袋がかけられている。

そこには昨日、慌ててここへ戻り、

事務所に忘れてしまったピンクのタオルが入っていた。


比菜は、そのビニール袋をドアノブから外し、

大和がこれをここへかけに来たのだとそう思った。

行動に移した大和の方が不安だったはずで、

今日1日、避けたような態度を取ったことが、どこか申し訳なく感じてしまう。


丁寧にたたまれたタオルを取り出し、洗濯物のカゴに入れようとすると、

中に挟まっていたストラップが下に落ちた。比菜はそれを拾いしっかりと握り、

バッグの中から携帯を取り出すと、大和の番号を呼び出した。


昨日の出来事に、このおみやげを渡しそびれたのだろう。

たこやきキャラメルよりも先に渡してくれたらと思いつつ、

その不器用な段取りに、比菜の鼓動は、また少しずつ速まっていく。


「もしもし……」

「ん?」


そっけないような返事に、冷たい人だと思うようなこともなかった。

続かない言葉に、イライラすることもなく、

ただ、二人の間に流れる、静かな時を感じ取る。


「一緒に、洗濯機で洗っちゃうところじゃないですか」

「……洗う前に気づけよ」


比菜は、たくさんの気持ちを込めた『ありがとう』の言葉を返し、

明日は信恵の息子、大が来るのだと楽しそうに語った。







87 父親の誇り


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コメント

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コメントありがとうございます

ももんたさんは僕にとって師匠なんで
変える気はありませんww

じれったいねぇ・・・でも・・・好きかも^m^

こんにちは

気持ちを伝えることの難しさは、親子間だけじゃないみたね。
心配する相手がいる、気になる人がいる・・・それが愛情だと気がついたとき、すぐに気持ちを伝えることは出来ないもの。

このじれったい期間が、たまらなく好きです~^^v
読みながら、ドキドキワクワクを一緒に体験!
すぐに「好きだよ・好きです」と言わないところがツボだわ・・・と、変なところで萌える私(笑)

さぁて、私のお気に入りの邦宏君は、どんな態度を見せてくれるのかしら。
期待してますよ!!

Re: 86 タオルの心

不器用な大和らしい。
比菜も大和が冷たい人では無く、ぶきっちょな大和が愛おしい。

今までは邦宏に何かと助けられ感謝していたのに、
今度ばかりは康哉に感謝しなくちゃ、ですね^^

邦宏だって、実は大和がいてくれたからこそ穂乃のことを決められたのだと思う。
遥香を大事にしたいと・・・


愛されたいと望む人、愛する人を幸せにしたいと思う人。
未だまだぎこちない大和と比菜、交わされる会話がいい!

お気楽に

夜須鬼さん、こんばんは

いいんでしょうか、私みたいなのが師匠で……。
まぁ、あまりそんなふうに思わずに、
お気楽に……。

こちらこそ、わざわざありがとう。

邦宏びいきだもんね

なでしこちゃん、こんばんは

>このじれったい期間が、たまらなく好きです~^^v
 読みながら、ドキドキワクワクを一緒に体験!

うん、うん、一緒に体験、これがいいよね。
想像したり、先を考えてもらったり、
それが楽しいんだもの。

>私のお気に入りの邦宏君は、どんな態度を見せてくれるのかしら。

ねぇ、どうかしら。
それは次回で確かめてね!

邦宏と大和

yokanさん、こんばんは

>邦宏君、鋭いな~。大和君のことはなんでも分かっちゃうんだ^m^

はい。『こいつがピンクのタオルを使うわけがない!』ことは、
しっかりとわかってしまうのです(笑)

>こういう雰囲気、大好きです^^

ありがとう! なんてことのない会話なのですが、
私もこのシーンは、とっても気に入っています。

近づく距離

yonyonさん、こんばんは

>比菜も大和が冷たい人では無く、ぶきっちょな大和が愛おしい。

そう、そこまでやっと比菜も大和を理解できました。
比菜の性格だから、理解出来たのだと思います。

>邦宏だって、実は大和がいてくれたからこそ
 穂乃のことを決められたのだと思う。

うん、また、大和も邦宏の苦悩を見て、
奈津への気持ちが、芽生えたところもあると思う。
子供の存在って、簡単なものじゃないもんね。

>未だまだぎこちない大和と比菜、交わされる会話がいい!

ありがとう! そう言ってもらえると、すっごく嬉しい!