87 父親の誇り

87 父親の誇り




邦宏が敏規との待ち合わせ場所に向かうため、駅へ向かっていくと、

道路の反対側を、近所の友達と楽しそうに歩く遥香を見つけた。

邦宏に気づく様子はなかったので、声をかけることはしなかったが、

明るく嬉しそうに笑う姿に、勇気付けられながら、少し早足で歩き続けた。





「ねぇアリスさん。大ちゃん、しばらく見なかったら
ずいぶん大きくなった気がするんだけど」

「なった、なった。食べるんだもの、体だけはどんどんね」


比菜のところに信恵が顔を見せ、大は好奇心旺盛に事務所内を歩き始める。

手が届くところにあるものは危ないからと、比菜は大和のノートパソコンなどを、

少し高めの台へ移動させた。


「今日は忙しいの? 邦ちゃんも大和も」

「うん、坂本さんは午前中用事があるらしくて。
高杉さんも、学生を連れて、今朝早くから仕事に向かってる」


比菜はボードに貼り付けてあった大和の字を見ながら、そう答えた。

信恵は大の荷物を置き、袋の中にあるお菓子を見つける。


「たこやき? 何これ。大阪にでも誰か行ったの?」

「うん……高杉さんがね」

「へぇ、『フリーワーク』は関西方面まで仕事するんだ。働くねぇ……」


信恵は空いていたクッキーの袋から1枚取り出すと、それを一口大に割り、

大を呼び止め口に入れる。比菜はコーヒーでも入れようかと、

棚からカップを2つ取り出した。


「ひよこちゃんがさ、またこっちへ戻って来てくれるとは思わなかったから、
もう大を自由に預けられなくなるなって覚悟したんだけど」

「ちゃんと戻りましたよ、私」

「うん……でも、どうして? だって、向こうにはご両親も妹さんもいるんでしょ?
康哉がいるからこっちへ来たって言っていたじゃない。
その康哉……あ、康哉が岡山に戻ったから逆に戻りづらいとか?」


信恵からクッキーをもらった大は、両手を動かしてさらに要求する。

比菜は新しい袋を開けると、またクッキーを小さくし、皿に乗せた。


「ううん。康哉のことはもう関係ないの。ちゃんと話もしたし、
互いに頑張ろうってそう言ったし。なんだろうな、偶然飛び込んだ場所なのに、
いつの間にかこの仕事が好きになってたんだよね。ちゃんと自分の場所も出来て、
それに……」


比菜はそこで言葉を止めると、大和のパソコンへ目を向けた。

今頃、学生達と住む人がいなくなった家の、掃除とメンテナンスをしているはずだ。


「ひよこちゃんもさ、新しい恋をした方がいいよ。
智子なんて、あれだけ大騒ぎさせたくせに、さっさと次の恋に走り出してるんだから。
新しい店に入って、気分一新なんだって、ねぇ、大ちゃん」


信恵の言葉に、どこかくすぐったい気のする比菜は、

左手にはめた時計に触れながら、軽く微笑んだ。





邦宏の頼んだコーヒーが、半分くらいになった時、5分遅れた敏規が姿を見せた。

自分の居場所を知らせるために立ち上がり、軽く会釈をする。

敏規もすぐに挨拶を返し、邦宏の前に座った。

ウエイトレスに注文を済ませ、ポケットに入っていたタバコをテーブルに置く。


「お待たせしてすみませんでした。急な電話が入ってしまって」

「いえ……」


こうしてまともに顔を合わせるのは初めてだった。穂乃よりもさらに年齢が高く、

社会的にも地位を持つ男の余裕ある態度に、邦宏は黙ったままになる。


「久之さんから連絡をもらいまして、穂乃が家へ戻るつもりもないこと、
遥香も渡さずに自分で育てていくこと、それを笹本家でも支えていくという
結論を出したこと、全て聞きました」


久之が覚悟を決め、敏規に連絡したのだということは、邦宏にも伝わった。

家の処分に対しての返事を寄こすことなく、妹の自由を選択した久之の気持ちを思うと、

あの冷たい視線さえ、許せる気持ちになってしまう。


「坂本さん、遥香を手放すように、あなたから穂乃に言っていただけないでしょうか。
その方が……」

「お断りします」


邦宏は敏規の言い分を最後まで聞くことなく、断ち切るように言葉を乗せた。


「それは僕がするべきことではないですし、望むことでもありません。
僕は仲岡さんとは違って、社会的地位もないですし、収入も少ないはずです。
でも、僕は僕なりの方法で、二人を支えていけたらとそう思っています。
ですので、穂乃さんを説得するとか、遥香ちゃんを仲岡家に渡すとか、
そんな気持ちは全くありません」


敏規は邦宏の返事をどこかわかっていたのか、余裕の笑みを見せ、

たばこの箱をいじり出す。


「あなたは……何もわかっていない。子供を育てていくことがどれだけ大変なことか。
ましてや遥香は、あなたと血のつながりがないのですから」


ウエイトレスが敏規の前にカップを置き、軽く頭を下げその場を離れた。

砂糖もミルクも入れることなく、軽く口をつける。


「あの二人を幸せにする権利を、放棄したのは仲岡さんじゃないですか」


余裕の笑みを見せていた敏規の表情が、この一言で鋭いものに変わった。

それでも邦宏はひるむことなく、言葉を続けていく。


「仲岡さんが父親であることを、僕は否定もしませんし、
これからも遥香ちゃんに対して、愛情を持って接して欲しいと思っています。
でも、今、戻ってこいと言うのは、あまりにも勝手な言い分です」

「身勝手ですか? 私はあなたと私を比べて、
遥香にとって有利なのは私だと思っているだけです」


自分には財力があるのだと、そう敏規は訴えた。

確かに、人生経験や社会低地位など、邦宏と敏規では比較にならない。


「父親になること、家族を持つこと、確かに僕はまだ経験したこともありませんし、
どうにかなると思っているのは考えが甘いのかもしれません。
それでも、穂乃さんや遥香ちゃんは、僕にそのチャンスを与えてくれようとしています。
ですので、やる前から諦めるような、そんなことはしたくないんです」


邦宏はそう言うと、残ったコーヒーに口をつけた。

喫茶店の入り口がカランと音を立て、また新しい客が店内に入ってくる。


「仲岡さん、どうか未熟者の僕を、見守ってください。
もし、遥香ちゃんが助けを求めに行くようなら、遠慮なく力になってあげてください。
父親が立派な社会人であることを、見せてやって欲しいんです」


敏規は何も言わないまま、タバコを取り出し、ライターで火をつけた。

吸い込むことなく指に挟んだままでいると、行き場所がわからない煙が、

スーッと上へ伸びていく。


「遥香ちゃんの目は……きっと、色々なものを見て感じると思うので」


邦宏は敏規に対し、個人的な感情を仕事に挟むことのないようにしながらも、

もし、自分たちのことで久之の会社がつぶれるようなことにでもなれば、

悲しむのは遥香なのだと、間接的に訴えた。

敏規は指で挟んだままのタバコを一度口で吸い、そのまま灰皿へこすりつける。


「なかなか、言いたいように言いますね」

「すみません、真剣な気持ちは正直に告げないと、伝わらないと思うので」


邦宏がそう言った後、二人の会話が途切れ、周りの景色だけが動いていく。

ウエイトレスは何度か前を通り、隣のテーブルに座っている客の顔も、変わり始めた。

すっかり冷めてしまったコーヒーからは、香りが届くこともなくなり、

敏規は新しいタバコを手に取ったが、火をつけることなく、動きが止まる。


「あなたが落第点だと思ったときには……」

「穂乃さんがそう判断を下すのなら、受け入れます」


自分への評価を下すのは、あくまでも穂乃だと、邦宏は付け足していく。

敏規はあらためて邦宏の顔を見た後、その真剣な眼差しに苦笑いをする。


「穂乃が、強くなるわけだ……」


敏規は、言いかけた気持ちをそのままにして、外の景色へ目を向けた。

邦宏の目に映る敏規の横顔は、遠い昔を思い出しているように見えた。







88 重なる時間


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コメント

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さすが!邦宏

はあ~、邦宏は強いなあ~
正直だし、飾らないし、見栄も張らないし、自分を卑下もしない
そして、思慮深い。

敏規は太刀打ちできないですね。

比菜ちゃんは、自分の気持ちをしっかり受け止めて
大和に向かってますね♪

久しぶりのアリスさんと大ちゃん♪
いい味出してます~

未熟な大和もがんばれ~!

Re: 87 父親の誇り

>あの二人を幸せにする権利を、放棄したのは仲岡さんじゃないですか。
ここ良いですね、幸せにしなくちゃ、でなくて幸せに出来る。
だから穂乃が付いていく決心できたのでしょう。

父親になったことが無い邦宏の方がずっと父親らしい。

信恵の言葉に『今恋してます』って言いたかったかな?

真剣な言葉…

いつも大和にばかり、目がいってしまっていたけど…
今回は邦宏の力強い言葉の数々に、すっかり脱帽でした~!!

>真剣な気持ちは正直に告げないと、伝わらない<
う~~~ん(〃▽〃)
男らしい深いセリフ…!
これだけ強い気持ちなら…穂乃さんも本当に幸せになれますね^m^

大和にも、このセリフ…伝えたいな^^
(まぁ、もう告げなくても大和の気持ちは比菜ちゃんに伝わってるけどね^^;)

邦宏、やりました

れいもんさん、こんばんは!

>はあ~、邦宏は強いなあ~

はい、邦宏は、威圧することのないキャラでありながら、
本当はとっても芯の強い男です。
こういう人って、私、大好きなんですよね。

>比菜ちゃんは、自分の気持ちをしっかり受け止めて
 大和に向かってますね♪

はい、大和も……は、
次回から出てきますので、残り4話、
最後までお付き合いお願いします。

邦宏の想い

yonyonさん、こんばんは!

>ここ良いですね、幸せにしなくちゃ、でなくて幸せに出来る。

うわぁい、ありがとう。
私もこのセリフは、とっても気に入ってます。
男ですからね、このくらいの気合を持ってもらわないと。

何も知らない信恵の言葉ですが、
比菜はくすぐったく聞いたことでしょう。
残り4話、最後までお付き合いお願いします。

敏規と邦宏

yokanさん、こんばんは!

>「穂乃が、強くなるわけだ……」邦広君は敏規にどう写ったんでしょうね。

思っていたよりも芯のあるヤツだと、思ったでしょうね。
コイツ! という想いももちろんあったと思うし。
なんせ、年齢的には敏規の方が、かなり上だと思うので。
さて、この結論はどうなるのか……それは残り4話の中で確かめてください。

大和はいかに?

eikoちゃん、こんばんは!

>今回は邦宏の力強い言葉の数々に、すっかり脱帽でした~!!

お茶目なところもある邦宏ですが、頼りがいのある男だと思います。
穂乃よりも年下ですが、精神年齢は高いはず(笑)

>大和にも、このセリフ…伝えたいな^^

大和、邦宏、靖史、それぞれのパターンで、頑張ってもらいましょう。
さて、大和君と比菜ちゃん、どうなるのか、
残り4話も、ぜひおつきあいください。

Re: 87 父親の誇り

気負わず、誠実に
等身大の自分のままで真っ直ぐに気持ちを告げる邦宏!
さすがだなぁ~

年上の余裕で構えていた敏規も
最後は苦笑いをするしかなくなっちゃったね。

後は、邦宏が気遣ったように
久之の会社との事をどうして行くのか、
遥香ちゃんの父親として、そして一人の大人として
敏規が懐の深い所を見せてくれたら良いんだけど・・・

比菜ちゃんの左手でしっかりと時を刻む大和の想い

あぁ~もう残り4話なんだね・・・;;
邦宏に負けないぐらいの
比菜ちゃんへの大和の熱い言葉が聞けるかなぁ?


力強い言葉

こんばんは!!

邦宏のことばの全てが力強く頼もしいもので、敏規の勝手な言い分なんて一瞬のうちに敗れ去りましたね。

敏規と会う前に遥香の笑顔をみれたのも、よかったのかもしれませんね。

却って邦宏の方が父親らしい気がしたのは、私だけじゃないと思います。

遥香ちゃんを幸せにする権利を手放したのはあなただ…には、おおーよくぞ言った邦宏!ってなもでしたね。

比菜ちゃんと大和はどうなってくんでしょうね(*^_^*)

後ちょっとでおしまいになるのはさみしいけれど、早くみんなのこれからが知りたいのも本音です…(^m^)うふふふ


ももんたさん、連日暑い日が続いていますが、お身体には気をつけましょうね…お互いに!


  では、また・・・(^-^)/~~

等身大で

パウワウちゃん、こんばんは!

>等身大の自分のままで真っ直ぐに気持ちを告げる邦宏!

そう、そこが大事ですよね。
見栄を張らずに、でも誠実に。
やはり、『フリーワーク』のリーダーなのです。

邦宏と敏規の話し合い、結論がどう出るのかは、
残り4話の中で明らかになります。

>邦宏に負けないぐらいの
 比菜ちゃんへの大和の熱い言葉が聞けるかなぁ?

あはは……そうだよね。
大和はどんなふうになるのか、最後まで見てやってね。

決めゼリフ

mamanさん、こんばんは!

>敏規と会う前に遥香の笑顔をみれたのも、
 よかったのかもしれませんね。

そうですよね。それに、邦宏はすでに穂乃や遥香と
時間を共有し始めていて、自信もついているのでしょう。

>遥香ちゃんを幸せにする権利を手放したのはあなただ…には、
 おおーよくぞ言った邦宏!ってなもでしたね。

そう、今回のポイントはここですからね。
『今さら何ゴチャゴチャ言ってんだ!』という
気分でしょう。

残りは4話、おしまいなのは寂しいと思ってもらえて
嬉しいです。最後まで『フリーワーク』の面々に、
どうかお付き合いください。