CIRCLE piece1 【プロポーズ】

CIRCLE piece1 【プロポーズ】

プロポーズタイトル



「何に、なさいますか?」

「……あ、アメリカンで」

「はい」


坂本俊作28才、落ち着け……。自分自身に暗示をかけながら、あいつを待っている。

今週末は幼稚園の運動会があるから、忙しい。それは今朝、亜弓から聞いていた。


でも、どうしても来てほしい……。そう約束したこの場所。


大学3年の頃から、自然に横にはあいつがいた。そのまま互いに社会人になり、

付き合いを続けているうちに、もったいないよね……なんて言いながら、

あいつは一緒に生活するようになった。


「なぁ、それ取って!」


そんな言葉が簡単に通用するようになり、表札に名前が二つあることも、

なんの疑いもなかった日々。

2年前、眠っていた俺のそばで、こっそり見ていた見合い写真。

園長先生に渡されちゃった。そんなふうに笑っていたっけ。

そう、俺たちまだ、認められてなかったんだ……。


「幼稚園の先生って、どうも限界があるみたい。近頃、亜弓先生来年もいるのかな、
なんて不思議がられるみたいなんだもん。転職した方がいいのかな……」


あいつがしっかりした性格で、きちんと俺を引っ張ってくれていたから、

それに甘えていた。転職を何回か繰り返し、都合がいいように言い訳して。


「無理して頑張らなくてもいいんじゃないの?」


仕事を辞めてきた俺に、そんなふうにいつも笑いながら、そう言っていたあいつ。

あの見合い写真を見つめていたあの日から、俺は考えを変えた。

亜弓に頼っている自分を捨てて、この家の家長になってやる! って。

そして2年。この会社なら頑張れる……そう自信もついた。

だから……。


「いらっしゃいませ」


すぐに俺と目があった亜弓は、片手で待たせてごめんねとポーズを取った。

大きな紙袋を持ち、目の前に座る。


「はぁ……、どうしたのよ急に。ここまでわざわざ電車で来なくちゃいけなかったのよ。
家に帰る方向と逆なんだもん。もったいない」

「たまにはいいんだよ、こんなことも」


小さなお盆を持ったウエイトレスが前に立ち、お冷やを亜弓の前に置く。


「えっと一番安いの何? あ、アメリカンで……」

「いいよ、ロイヤルミルクティー1つ」

「シュン……」


ウエイトレスはかしこまりました……と俺たちの前から去っていく。


「シュン、ロイヤルミルクティー高いんだよ、もったいない」

「亜弓、いくら違うんだよ。お前、学生時代よく飲んだだろ」

「……そうだけど」


ファッション雑誌を片手に、あれこれ言っていた亜弓が、いつのまにかスーパーの

ちらしとにらめっこをするようになっていた。

それはそれでいいけれど、やっぱり綺麗でいることは忘れてほしくない。


「あのさぁ、渡したいものがあるんだ」

「何?」


ポケットから取り出した小さな箱を亜弓の目の前に置く。

それに何か入っているのか普通の女性ならすぐに分かる箱。

亜弓もその箱の登場に、一瞬表情を緊張させた。


「開けろよ」


一度俺の方を向いた亜弓が、小さな箱を両手で開けた。

中に入っていたのは彼女の誕生石をあしらった指輪が1つ。


「どういう意味? 誕生日でも何もないのに。
ねぇ、もしかして、あの、夏のボーナスで買っちゃったの? ねぇ……」

「……あのさ、亜弓」

「やだ、シュン。私、洗濯機ほしかったのに。相談してよ、もう……」

「亜弓!」

「……」


俺の出した大きな声に驚く亜弓と、ロイヤルミルクティーを運んできたウエイトレス。


「すみません……」

「いえ……」


メガネをかけたウエイトレスは亜弓の前にロイヤルミルクティーを静かに置いた。

亜弓は右手でカップを持ち上げ、少しだけ口をつける。


「美味しい……変わらないな、この味」


そう、遅いんだ。そんなことはわかってる。もっと早く気付けばよかった。

この味を楽しんでいた頃に戻って、ドラマティックにしたかったけど……現実は現実。


「亜弓……俺、今の会社なら続けていけると思うんだ。その言葉がウソにならないように、
この2年、ずっと頑張ってきた」

「……うん」

「だから……」


その時、亜弓のバッグの中で『アンパンマン』のテーマソングが流れ出した。

幼稚園関係者からの電話は、着信音がこれになっているのだ。

亜弓はちょっと待って……と手で俺の言葉を止め、電話に出る。


「もしもし稲葉です……エ? あ、守君がおたふくに? 残念です……はい……」


クラスの子供がおたふく風邪になったという親からの連絡だった。

学生時代から子供が大好きで、夢だった保育士になった亜弓。

お前のおかげで、色とりどりの紙をハートやうさぎの形に切り抜くことが、

得意になった俺。

いまだかつて、営業に役立ったことはないけどね。


「では、失礼します……」


携帯を切り、バッグに戻す。


「で、……何?」

「あぁ……うん」


勢いをそがれてしまって、話しにくくなってしまった。


「ここに呼ばれた時、すぐにわかったよ、シュン……」

「エ?」


亜弓は箱から指輪を取り出し、両手で大事そうに持つと、じっと見つめている。


「こんな高そうなもの買っちゃって。今さらそんなことしなくていいのに……」

「……」

「ただ、伝えてくれたら……それで……」

「……」


伝えてくれたら……。その時、亜弓の目が少し潤んだ気がして、ドキッとした。


「亜弓……結婚してくれないか」

「……」


その瞬間、ガシャガシャーン! と積み上げていたカップが崩れ落ちる音がした。

あのメガネのウエイトレスがすみません……と何度も頭を下げている。

一生に一度のプロポーズの瞬間を台無しにしやがって!


「……」

「うん、美味しい……」


すぐに帰ってくると思った返事が、戻ってこない。予定外の成り行きに焦り出す俺。


「おい、亜弓。一応返事よこせよ……なぁ」

「言ったもの、さっき……」

「エ?」


さっき……って、あの邪魔な音の時にとても言いたいのだろうか。


「聞こえてないんだけど……」

「聞かないシュンが悪いんだよ。一度しかプロポーズされてないもん。
一度しか言わない!」

「……」


亜弓は笑いながら、残りのミルクティーを一気に飲んでいく。

なんだよ……、ここでちょっぴりしんみりなって、

涙顔のお前に、この指輪はめてやる予定だったんだぞ。

あの、ウエイトレス! 時間を戻せ!


「シュン、行こうよ。今なら駅前のスーパー、卵100円なんだよ。
お一人様だから2つ買える」

「エ……卵? あのさぁ……」

「オムレツ作れないよ? いいの?」

「……行きます」


亜弓は指輪をサッと自分の指にはめていた。


「あ、亜弓、それ……」

「もらったものは返しません!」

「いや、そうじゃなくて、俺がはめてやろうと思ったんだけど……」

「エ? そうだったの?」


ごめんね……と言いながら笑っている亜弓。言葉の返事は聞こえなかったけど、

その表情で君の返事は理解できた。

待たせてごめん。そして、これからも……よろしく……。


「すみませんでした……」

「いいえ、昔と変わらない美味しい紅茶でした」


俺と二人分の料金を財布から出す亜弓。ウエイトレスはもう一度丁寧に頭を下げていた。


店の外は夕焼けで眩しいくらいだった。あの頃よりも高いビルが増えている。


「シュン、行こう!」

「あぁ……」


亜弓は俺の右腕にスッと左腕を差し入れた。なんだか久しぶりの感覚に照れくさくなる。


「シュン……待っていてよかった……」

「……」


その腕のぬくもりが、亜弓の気持ちを代弁する。


「ねぇ、運動会の飾り作り手伝ってよ!」

「わかったよ……」


いつかまた、ここに来よう。

こんな気持ちに、なれるように……。

いつまでも君を……愛してる……。

                                 piece2 へ……





しあわせ……って、人それぞれだよね

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