89 再会

89 再会




比菜は細長いビルが立ち並ぶ場所で、腕につけた時計を見た。

大和は一番左端にあるビルの5階へ書類を届け、

そのまま食事に向かうつもりだったらしかったが、何かトラブルでもあったのか、

上に行ってからすでに5分が過ぎた。

比菜は、立っているだけの状況に飽きてしまい視線を動かすと、

斜め前の店が目に入る。

大和がいるビルの入り口から、見やすい場所にあるため、

階段を下りてくればすぐにわかるだろうと、車が来ないことを確認し、

道路を横切り店の中に入った。

丸い小さなショーケースの中に、自分の時計と同じものを見つけ、思わず中を覗き込む。


「いらっしゃいませ」

「あの……。もしかしたらこれって、こちらの商品ですか?」


比菜は自分の左腕にはめた時計を見せた。

店員はそうだと笑顔を見せ、大手時計メーカーとの共同商品なのだと語り始める。

コラボの時計は、全部で6色を揃え、それぞれに特徴を持っていた。


大和があのビルを訪れた時に、ここへ立ち寄り、これを買ってくれたのだと、

比菜はあらためて時計を見ながら、心が温かくなる。


「あの……ちょっといいですか?」





大和が書類を届け下りてくると、待っているはずの比菜の姿が消えていた。

軽く視線を動かして見るが、それらしき人物が視界に入ることはなく、

連絡をしようと携帯を取り出してみる。


道幅が狭い場所で立ち止まっていると迷惑だと思い、

少し歩きながら番号を探し、2、3歩進むと、別の店の扉が開き、

出てきた女性にぶつかりそうになった。

すぐに頭を下げ謝ろうとすると、見慣れた制服が視線に入る。


「……大和」

「貴恵……」


店から出てきたのは、『サイクル』の制服を着た、貴恵だった。

思いがけない再会に大和は携帯を閉じる。

だからと言って、口から出てくる言葉はなく、

目だけはどこにいるのかわからない比菜を探す。


「元気そうね、大和」

「うん、君も……。まだ、仕事なんだ」

「うん……今日はこれで終わりなの。今、車が来てくれるはずで……」


貴恵はすぐに視線を道路に向け、店の前に止められなかったので、

近くのパーキングまで取りに言ったのだろうと語った。

書類の袋を持つ右手には、大和の知らない指輪がついている。





比菜は店員に頭を下げると、店を出て、すぐに道路を渡ろうとしたが、

目の前に見えた光景に足が止まった。

大和の隣に立っているのは、一度だけ会ったことのある山根貴恵で、

二人が何やら話しているような雰囲気を感じたからだ。

貴恵はまっすぐに大和を見て、楽しそうに笑い、大和も視線をそらすことなく、

貴恵を見ている。

あの場所に自分がかけよって声をかけていいのかどうか悩んでいると、

二人の前に車が止まった。


横断歩道の信号が変わり、人の波がこちらへ向かってきても、

大和の視線は貴恵を見たままだった。

比菜は、無言のまま聞こえない声を聴こうとするが、街の音にかきけされる。

小さな箱を持った比菜の手に、少しだけ力が入った。


その時、貴恵から視線を外した大和が、反対側に立っている比菜に気づき、

道路を走る車が切れたところを見計らって、こっちへ走ってきた。

比菜は手に持っていた小さな箱を、急いでバッグにしまう。


「どこに行ってたんだよ、いなくなって焦ったぞ」

「ごめんなさい。ちょっとフラッと……」


比菜はそう答えながらも、道路の反対側に立っている貴恵を見続ける。

『サイクル』のロゴをつけた車の扉が開き、貴恵が乗り込むと、

比菜と大和の前をそのまま走り出していく。


「そこで偶然会ったんだ。あの目の前の店、『サイクル』が部品を納入している店で、
新商品の紹介を兼ねて来たらしい」

「新商品……」

「ほら、行くぞ!」


大和はどこか気持ちの抜けかかった比菜の手を、しっかりと握った。

貴恵の登場に、不安な気持ちをのぞかせた比菜の思いを、

しっかりと握り、その手の力で答えていく。


「予約してないんだ、早く行くぞ!」

「……うん」


貴恵の車が走った方向とは、全く逆の方向へ、大和と比菜は手をつなぎ歩き出した。





大和が比菜を誘ったレストランは、定期的に部屋掃除を頼まれているコックが、

独立して持った店だった。たいした大きさはないのだが、席はしっかりと埋まり、

リピート客の存在が、味の保証をする。

ナイフやフォークを使い優雅に食べるフランス料理ではなく、

箸を持ったまま、気楽に食べられるフレンチに、

比菜の心からのぞいた、小さな不安はあっと言う間に晴れていく。


比菜は、久しぶりに預かった大が大きくなって驚いたこと、

信恵が抱えきれないほどの買い物をし戻って来たことなど、

時々笑顔を見せながら楽しそうに語り、大和はそんな比菜を見ながら、

時々頷き話を聞いた。





邦宏は風呂場の電気を消し、タオルを頭に乗せたまま居間へと向かった。

テレビの前では針と糸を持った母、万里子が目を細くしながら

糸を通そうとしている姿が見える。


「風呂、空いたよ」

「うん……」


少し丸くなった背中を見ながら、軽く髪の毛を拭くと、横に置いた携帯が震え、

メールのマークが映る。邦宏が左手で携帯を開き確認すると、送信相手は穂乃だった。

添付ファイルには、遥香が発表会用に作ったブラウスを着て映った写真が貼ってあり、

その下には『邦宏さんに送ってくれっていうの』と穂乃のメッセージが入っている。

邦宏は、嬉しそうに笑う遙香の表情を見ながら、冷蔵庫を開ける。


「なぁ、母さん」

「何?」


万里子はまだ糸が通せないまま、針と糸を遠ざけたり近づけたりした。

邦宏はペットボトルをテーブルに置き、万里子から両方を受け取ると、すぐに通してやる。


「あら……もう通したの?」

「あぁ……」


万里子は端に結び目を作り、手慣れた動きで、取れかかったボタンを付け直す。


「何を言いかけたのよ、今」

「うん……」


邦宏はタオルでまた髪の毛を拭き直し、その場を立ち上がった。

万里子はそれ以上、聞き出そうとはせずに、またボタン付けに視線を戻す。


「好きな人がいる」

「そう……どんな人?」


邦宏の発言から、ほんの2、3秒時を空け、万里子は邦宏を見たが、

そこから続きを語ることなく、また視線を下へ戻す。


「……優しくて、すてきな人だ」


邦宏は置いてあったペットボトルを手に取ると、また話をするよとだけ言い残し、

そのまま階段を上がり始め、万里子はその足音を聞きながら、

少しだけ笑顔を見せると、また針を動かした。







90 時刻み


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コメント

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一緒に時を刻む♪

ふふ♪握った手から大和の思いが伝わったかなあ~(〃▽〃)
ペアの時計をした大和♪ 素直に付けるのか(笑)
それを見つける邦宏♪
色にも秘密がある?!

邦宏もついに動き出すのかなあ~

あと2話ですね。
明日から留守します@@
行った先のネット環境がよくわからないので
コメントなくても心配しないでくださいね♪

どこからでも、フリーワークみんなの行く末を見届けたいです~

Re: 89 再会

 こんにちは!!

貴恵さんと大和が一緒にいるとこみちゃった比菜ちゃん・・・。

レストランでバッタリかなぁと思ってたんですけど、違いましたね。

しかも大和ったら、しっかりフォローしてるし・・・手ぇ、握ったりしてさ。
比菜ちゃんの不安に気付いて、それを取り除いてあげる
なんて事するとは思わなかったわ。
女心には鈍い人だと思ってたから・・あははv-356

邦宏はどうして最後まで言わなかったの?
縫物をする姿が小さく見えて
相手の人はいい人だけど、バツイチ・子持ちじゃ
ショックを受けると思ったから?

お母さんは反対するのかなぁ・・・
応援してくれそうな気もするけど、お父さんは
反対しそうだよね。

あと2回!!どうなるんでしょう???

楽しみにお待ちしています。

  では、また・・・(^.^)/~~~

Re: 89 再会

比菜の浮いたり、沈んだりする心が見えるようだわ。
で、大和も其処はしっかり汲み取って・・・・

気取らないフレンチの店、それだけで心使いがうかがえる。

その姿貴恵にも見せたかったな、ちょっと残念!

少し年を取った母を安心させたい、喜んで欲しい。
でも言い出せなかった邦宏。

母親って結局子供の好きには逆らえないのよ。


明日の夜、長男が彼女と神戸に旅行に行くそうです。
なんでも素敵なプチホテルを予約したとか・・・・
私たちのときは親に嘘付いてでかけたのにな~~(´~`ヾ) ポリポリ

Re: 89 再会

貴恵の登場に、思わず不安になった比菜ちゃんを
さり気なく気遣う大和♪
しっかりと握られた大和の手の力強さ
比菜ちゃんはきっと凄く嬉しかっただろうなぁ~

大和の素敵な言葉を期待してたけど
こんなふうに行動で気持ちを伝えるっていうのも、又カッコ良くて
グッときちゃいました^^;

邦宏もそろそろ、穂乃さんの事 ご両親に話さなきゃね・・・

ご両親からどんな反応が返ってくるかちょっと心配だけど

穂乃さん、遥香ちゃんと一緒に幸せになるため、
頑張って乗りきってね!




気をつけてね!

れいもんさん、こんばんは!

>ふふ♪握った手から大和の思いが伝わったかなあ~(〃▽〃)

伝わったでしょう。そんなこと大和が普段、しないもん(笑)
行くぞ! って言って、そのままどんどん進んでいくタイプでしょ?

でも、貴恵との姿を見ていたことが、わかっただけに、
ここは……と思ったのでしょう。
大和でも(笑)

そうだ、れいもんさん海の向こうなんですよね。
気をつけて!(って、もう出発しちゃったなぁ)
いつでもいいので、大和たちのそれから……を、
見に来てくださいね。

街角で再会です

mamanさん、こんばんは!

>レストランでバッタリかなぁと思ってたんですけど、違いましたね。

お! 再会というタイトルで、貴恵が出てくると思ってました? すごい……。
レストランばったりじゃないですけど、以前、大和はこの場所で、
『サイクル』の別社員に会っているんです。それが前置きだったんですけど。

>しかも大和ったら、しっかりフォローしてるし・・・手ぇ、握ったりしてさ。

そうでしょ? 大和らしくないでしょ?(笑)
でもね、目の前に立っていたのを見ていたことは、
大和もわかっているし、貴恵と別れた時のことも、
比菜は知っているし……。

まぁ、鈍い大和でも、ちょっとは気付いたわけですよ。

>邦宏はどうして最後まで言わなかったの?

一気には言えなかったのは、照れでもあり、母の反応を見たいというのもあったでしょう。
穂乃がどうのこうのよりも、おそらくこんなふうに告げるのは、初めてだと。

さて、坂本家の反応はいかに。

あと2回、お待ちください。

長男君

yonyonさん、こんばんは!

>比菜の浮いたり、沈んだりする心が見えるようだわ。

うわぁい、ありがとう。
今回のポイントは、ここだと思っているので。
そこに気付いてもらえて、とても嬉しいです。

>母親って結局子供の好きには逆らえないのよ。

yonyonさんが言うと、説得力あるわ。
前から思っていたんだけど、yonyonさんって、息子さん達といい雰囲気ですよね。
親にちゃんと報告するっていうのも、その証拠だと思う。

また、おめでたい日が、来るのかなぁ……

初、坂本家

yokanさん、こんばんは!

>邦広君の家庭が出てきたの、初めてじゃないの?

そう、具体的には初なんです。
でも、もう終わりが近いんですけど(笑)

穂乃のことをぼんやりと語った邦宏。
そんなふうに初めて語る息子の、本気モードを悟った母。
さて、結末はいかに!

大和と比菜も、何気なく前へ、前へです。
残り2話も、よろしくお願いします。

大和流

パウワウちゃん、こんばんは!

>大和の素敵な言葉を期待してたけど
 こんなふうに行動で気持ちを伝えるっていうのも、
 又カッコ良くてグッときちゃいました^^;

ありがとう。
大和は、スムーズに語れるタイプじゃないからね。
邦宏とは正反対なのです。
でも、根本は似ている気がするけど。

それぞれが、前向きに幸せに向かっています。
残り2話も、ぜひぜひ、お付き合いお願いします。