1 吸い殻の土

1 吸い殻の土




「店長、休憩入ります」


3月の末にしては、眩しい日差しを受けながら、

友海はスタンドの裏側から抜け、いつもの道に出た。

点滅した歩行者信号を見て、慌てて横断歩道を駆けていく。

自転車の女性が反対側から同じように走ってきて、思わずぶつかりそうになり、

軽く体をそらす。渡り終えた場所を右に曲がると、そこは川に向かう土手だ。


川に沿う下の道を、犬を連れたおじいさんがゆっくりと歩いてくる。

時折、草の香りを嗅ぐようにした犬は、大きく首を振り、

カシャカシャと鎖の音がした。

友海が斜めになっている土手の中でも、若葉がクッションになる場所で腰を下ろし、

右のポケットからタバコを取り出すと、クシャクシャになった袋の中に、

1本だけが残っていた。


給料日まであと5日、それまでは少し我慢しなければと思いながら、

その貴重な1本に火をつける。


ゆらゆらと上がる煙は、空の上の雲に向かって伸びていくように見えた。

吸い込んでは、ゆっくり吐き出す仕草を何度か繰り返す。


遠くで聞こえていた声が、自分を呼んでいるように思え、振り返ると、

バイト仲間の美鈴が、近づいてきた。

いきなり友海のくわえていたタバコを取り上げ、下に落とすと足でもみ消していく。


「あ……何するのよ、美鈴。これ、最後の1本だったんだよ」

「そんなこと言っている場合じゃないの、
店長が友海を探しているから呼びに来たんだってば。早く、戻って」

「店長が? どうして? 私、休憩に入るってちゃんと言ったし、
何があるんだか知らないけど、休憩時間を削られるなんて嫌。
見つからなかったとか適当に言ってよ。休み時間が終わってからだって……」


友海のユニフォームの裾をつかみ、美鈴は自信満々に首を横に振った。


「そんなこと……私に言えると思う?」

「……思わない」


美鈴は、店長が倉庫のカギを探して慌てていたと話し出す。

友海はそんなこと知らないと言いそうになったが、あることを思い出し、

タバコの入っていたポケットと、別のポケットに触れた。

確かに指にぶつかる感触に、そっと中をのぞくと、店長が探すカギが入っている。


「あ……」

「ほら、行こうよ、本社から抜き打ちのように人が来て、
倉庫の中を見せて欲しいって言ったの。
カギが不明だなんて、店長の首が飛んじゃうかもしれない」


美鈴は、自分の首を軽く締め上げるようなジェスチャーをした後、

立ち上がった友海の腕を引っ張り、店へ戻そうとした。

友海はその美鈴を止め、もみ消した吸殻を左手でつかむ。


「友海!」

「わかってるけど、これを捨てていくわけにはいかないでしょう」


未使用に近い状態で、踏まれてしまった吸殻を見て、軽くため息をつくと、

友海はスタンドに向かって走り出した。


「あ、待ってよ友海」

「美鈴はゆっくり戻ればいいじゃない」

「あ……そうか」


何分か前に渡った信号は、今、赤を記しているが、

周りを見回し車がないことを確認すると、友海はそのまま突っ走った。

美鈴の言うとおり、スタンドの裏には大きなワゴン車が停めてある。

これがある時は、いつも本社の人が来る時で、店長の慌てた様子が想像出来た。


「店長、すみません、カギ……」

「あ、飯田さん。そうだろう、そうだと思ったんだ。
いやぁ……よかった。あの、朝戸さん、すみません、鍵が……」


店長は自分のミスではないことを、本社から来ている管理者たちに

必死に弁明しているように見えた。

友海は、それだけ渡せば自分の責任はないのだから、

また土手へ戻ろうかと思ったが、ある男性に目が留まる。


年齢は30になるかならないか、背が高く初めてみる顔だった。

真新しい作業服を着て、もの珍しそうにオイルなどが並んでいるのを見ていたが、

その視線が少しずれた時、友海の視線とぶつかった。

友海は、じっと見ていたことに気づかれたのではないと、

慌ててスタンドを出ようとする。


「あの……君!」


呼び止められ振り返ると、その男の視線は友海の左手にあった。

後を追って出てきた別の男も、同じように友海の左手を見ると、

怪訝そうな顔をする。


「名前は?」

「……飯田友海です」

「ここがどんな店なのか知っているよね」


その男は友海が吸殻を持っていたことに驚き、

ここでタバコを吸っていたのかと問いかけた。

その隣にいた男も、何か言いたげな顔のまま、軽くため息をつく。

一瞬にして、友海を取り巻く状況が変わり、

店長や他のスタッフはどう説明したらいいのかわからずに、下を向く。


「確かにタバコは吸いました。でも、ここで吸っていいのか悪いのかくらい、
いくら頭の悪い私でもわかります。よく見てもいない時から、
決め付けるような言い方をしないでもらえませんか?」

「と……友海……」


後からゆっくりと戻った美鈴が到着し、二人が向かい合ったシーンに鉢合わせした。

友海は土がついていることを確認して欲しいと、

指に挟んだままにの吸殻を男の目の前に差し出す。


「飯田君、君……誰だと思って……」


立場も考えず向かっていく友海に、慌てているのは店長だった。

その男についてきた部下も、友海の表情に一歩前へ出る。


「休み時間にタバコを吸っていて、灰皿がその場所にないから持ち帰っただけです。
私はスタンドの中で、一度もタバコを吸ったことはありません。
もし、疑わしいと思うのでしたら、他の社員の方に確かめて下さい」


友海は、一瞬、見かけた雰囲気が穏和そうで、どこか他の人と違う気がしたが、

結局男は誰でも、男であることを主張する生き物だと思った。

この男もまた、ここではごまかすように言い訳をして、

都合が悪くなるのを避けるように、逃げ出すのだろうと、

吸殻を店の隅に置いてある灰皿へ入れに行く。


「成島航と言います。すみません、変な言い方をして」

「成島さん……」


航の隣に立った営業部長の朝戸は、手を振るようにして、

何も言わなくていいと合図をしたが、その手を止めるように言葉を続ける。


「確かに飯田さんの言うとおりだ。今、『森橋店』で同じようなことがあって、
つい、またかと思ってしまったんです。
だからといって決め付けたのはよくないし、僕の早とちりでした。
まだ、会社に入って日が浅いので、気持ちだけが先走ったのだと許してください」


航はそう言うと、被っていた帽子を取り、

ユニフォーム姿の友海にしっかりと頭を下げた。

そこまでされると思っていなかった友海は、周りが気を遣うような雰囲気に、

逆にその場にいることが辛くなっていく。


「朝戸さん。倉庫の中を見てから、次の店へ向かいましょう。
時間が少しオーバーだ」


航は、一緒に来ていた社員を連れ、店長の後を付いていった。

美鈴は友海に近づき、いきなり言い返すなんて、

辞めさせられちゃうんじゃないかとビックリしたと、大きく息を吐く。


「……なわけ、あるはずないよ。私、間違ってないもん」


友海はそう言いながら、背を向け歩いていく航を見た。

あんなふうに謝罪をする男性を、友海は初めて見たからだ。

しかも向こうは本社の人間で、自分は汚れたユニフォームを着たパートなのに、

他の店員たちが見ていることもわかっていて、それでも頭を下げてくれた。

倉庫の中へ消えた航の、頭を下げた姿を思いだしながら、

友海はそばに落ちていた雑巾を拾った。





2 アパートの女
<photo:tricot>

いつも読んでくれてありがとう!
パワーの源、1クリックよろしくお願いします (^O^)/


コメント

非公開コメント

待ってました。

ももんたさん こんばんは(*^^)/

新しいお話の始まりですね。
待ってましたw また 最初から食いつき気味で読んじゃいましたよ(^O^)v
飯田友海と成島航の関係がどのように変化するのか、楽しみです。

こんばんは^^

ももんちゃん、こんばんはv-22

毎日暑いねv-42
でも、お仕事に創作に全力投球してるんだろうな。
フリーワークが終わって寂しく感じていたけれど、今度の作品も目が離せなくなりそう。
楽しみに読ませていただきますね^^

新しいのが始まりましたね

ももんたさんのその発想力がほしいww

よろしくお願いします

yasai52enさん、こんばんは!
はい、新しいお話が始まりました。
さっそく来てくれて、とっても嬉しいです。

友海と航(こう)が、どうなっていくのか、
色々想像しながら、楽しんでね。

よろしくお願いします

midori♪さん、こんばんは!
うわぁ……来てくれてありがとう。
しかも『同じような……』も読んでくれたんだ。
2倍も3倍も嬉しいです。

そう、暑いよね、毎日。
仕事と創作と昼寝に全力投球の私です。
色々と想像しながら、楽しんでね。

よろしくお願いします

夜須鬼さん、こんばんは!
はい、新しいものが始まりました。

私の発想力?
いやいや、ただ、好きなだけです。
書くことを、楽しんでくださいね。

こちらでも

ま、当然と言えば当然ですよね。
見てもいないのに決めつけはいけません。

友海は以前男のこういう言動で嫌な思いをしたのかな?

航はその人達とは明らかに違う何かを?

フフフ・・早々と二人の未来を想像しちゃうぞ♪

こちらにも

yonyonさん、こんばんは
こちらにもコメント、ありがとう。

>友海は以前男のこういう言動で嫌な思いをしたのかな?

友海の過去も、これから明らかになります。
ちょっと、気の強い女性ですけど、自分勝手な分けじゃないんですよ。

二人の未来を想像しながら、楽しんでくださいね。

どうもです

DE・波瑠間さん、こんばんは

はじめまして、『ももんたの発芽室』へようこそ。
私の趣味で、書き進めているものばかりです。
何か、気に入ってもらえるものがあったら、
嬉しいのですが。