1 神様の会議

1 神様の会議




そう、何年か前、神様はある女性に条件を突きつけた。

その女性は『プロポーズ』をされるために向かった先で事故に遭い、

瀕死の状態になるのだが、雲の上で老婆と出会い、必死に生きたいのだと訴えた。


それならばと言い渡された言葉は『本当に幸せになること』。

もし、それが出来なければ、半年で人生を終えなければならない。


しかし、彼女にその運命の出会いは訪れた。

数々の試練を乗り越えた二人は、やがて夫婦になり、そして……親になった。







神様は、今日もまた、大きな雲の上から、

必死に動いている人間達を、お気楽に見ていたのですが……。










突然、離婚をして帰ってきた姉のせいで、私のアパートは一気に手狭となった。

それでも、家賃の半分を支払ってくれるのは助かるので、

一人だけ引っ越すわけにも行かず……。


『夏休み、最後の海の幸ツアー』客の名簿、名前が間違っていないか確認し、

時計を見ると、あの人の次に大好きな昼休みがやってきた。



「深見部長、ランチ行ってきます」

「あぁ……」



私は同僚の滝口仁絵と一緒に、頭を下げた。

深見部長の目がこっちを見ている、どうしよう、

あの目で見られると、顔がにやけそうになっちゃうんだよね。


私がまだ新人だった頃、東京の本社で指導に当たってくれたのが、

そう深見部長だった。期間はたったの2週間だったけど、何人かの新人と班を作り、

それぞれで一つの課題をやり遂げる。

どこか秘境の地で取り残されたが、最後はチームワークで脱出した、

そう、そんな一体感があった。だからなのか……。



「あ、コンちゃん、悪いんだけど、これどこかポストに出しておいてくれないか」

「あ……はい!」



そう、深見部長は、その時感じた私との一体感を忘れていないのだ。

だから私を紺田さんとは呼ばずに、親しみをこめて『コンちゃん』と呼んでくれる。


任せてください、この紺田真紀。

『ポスト投函!』必ずその任務果たして見せます!







「あぁ……格好いいよね、深見部長って。あの顔を見られるのも年末までか」

「真紀ったら、またそんなこと言ってる。
まぁ、あんたが言うと、いやらしくもなんともないけどね」

「何よ、仁絵それどういうこと?」

「だって、深見部長と真紀が何かあったりなんて、絶対にありえないもん」



仁絵はメニューを見ながら、ヘラヘラ笑っている。

悔しい……。でも、そう、そうなのよ。

私と深見部長は、秘境の地で同じ時を過ごした……

いや、それに近い思いを共有したけれど、間違いが起きることは、絶対にない、

それはそう思う。





部長……。私達、再会するのが遅すぎたのですね。





私が修行の旅として、浜松支店に行っている間に、

深見部長は仙台勤務から、今は統合して無くなった『東京西支店』へ転勤し、

そして仙台へ戻り、気がつくと薬指にはしっかりと指輪がはまっていた。

ずっしりとした恋愛だったことは、どこからか伝わってきたから不思議。

深見部長は、仙台勤務中に任命された中国から戻るとすぐに、

私の気持ちになど全く気付くことなく、ウエディングベルを鳴らしてしまった。





時すでに遅し。





「でもさ、春のツアーで事故に遭って、左遷じゃないかって噂になったけど、
そうならなくてよかったよね」

「あのねぇ、仁絵。当たり前でしょ、深見部長が左遷だなんて……。
あれだって、そもそもの理由は太田がドジったからで、
それを深見部長の責任にする、塚田支店長がおかしいのよ」



私は以前からそう思っていた。しかし、元々長いものには、巻かれたことしかない性格。

だから、文句を口には出したことはないけれど……。



「私だってそう思っていたわよ。だけど、本社の評価はそうじゃなかったでしょ。
このまま横浜へ行って、苦情処理とか雑務的な部署に入るんじゃないかって
言われていたけど、横浜支店の関根部長が、急に家庭の事情で退社して、
入院していた坂口専務が戻ってきて、そこから一気に形勢が変わったってそう聞いた。
こうなったら、また深見部長は一気に出世なんだろうけど……」

「なんとなくあっているけれど、大事なところが違う」

「何が?」


私は軽く咳払いをし、深見部長がどうして、こうなって、そうなったのかを、

ランチのメニューにしか興味のない、仁絵に教えてあげることにした。

今の説明じゃ、まるで運がよかったから、ひっくり返ったみたいにしか、

聞こえて来ないんだから。


「『クライン』に提出したツアーの詳細を、向こうの会長がほめてくださって、
あっちの経済誌のインタビューで、日本にはとても細やかな仕事をする人がいるって、
そう話してくれたのよ」

「へぇ……そうなんだ」

「それに関わっていたのが深見部長だってことが、本社の中で噂になって、
そこから道が開けてきたの。ようするに、自分の実力、わかる?」

「うん……なんとなく」


仁絵はまたメニューを見ながら笑いだした。もう、ランチセット頼んだでしょ。

メニューばっかり見て、これ以上何を頼むつもり?


仙台支店の塚田支店長と、全く合わない深見部長だけれど、

そう、彼にはきっと『神様』がついているのだ。

空の上から部長の仕事ぶりをちゃんと見ていてくれて、そうなるように導いたのよ。

きっと横浜へ行けば、さらに活躍し、いずれはトップまで走り抜くのかも知れない。



あぁ……その街道の端っこでもいいから、一緒に歩きたい!



「横浜には、深見部長とライバルの浅岡部長がそろい踏みになって、
第一本部長の職を競うんじゃないかってもっぱらの噂だよ。
あ、来た、来た、私のランチ!」



もう、仁絵ったらなんなのよ。食べ物の話と、深見部長の話をごっちゃにしないで!

あら……すみません、ウエイトレスさん。

私、もう少しご飯多めの方がいいんですけど……。







まぁ、なんだかんだと言いつつ、私は仕事を終え、今日も帰り道を急ぐ。

年末でお別れも、仕方ないかも知れない。

だってさ、いくら深見部長が素敵でも、私とどうにかこうにかなることは、

天変地異でも起こらない限り、絶対にあり得ないんだもの。





ん? 天変地異があれば、起こるのか? 





あのベルベットボイスで『まき』って呼んでくれるのなら、

いや、一緒の布団に眠れるのなら、

おっと……ちょっとだけでも唇に触れちゃったりすることがあるのなら……、

『神様』私、これからの人生、それをパワーにして、

ものすごく充実した中で送れる気がします!





……だめだ。深見部長が目の前にいると、こんな妄想ばかりが浮かんで、

それはそれで私の人生に、いや、人格に影響が……。





あぁ、階段の上から姪っ子の芹菜が降りてきた。

5歳児とはいえ、あの勢いのある降り方はどうにかならないのかなぁ。

もう少し女の子らしく振る舞わないと、

真紀おばさんみたいに、日照りが続く女になるんだから!







エ?







何?







ねぇ、これ……どういうこと?











私は今、自分がどこにいるのかわからなくなっている。

目の前に広がる世界は、真っ白で、そう歌番組でドライアイスを敷き詰めて

歌っているアイドルのように……。



「ほら、あんた。そろそろ起きなさい」



頭が真っ白で、手に太い杖を持った老婆が立っている。

どういうこと? これはコントなの?



「ここはどこですか?」

「あんたもそんなことを聞くんだね。昔ここに来た女の人も同じ事を聞いた。
悪いけどそれは言えないよ。まぁ、宙ぶらりんなことは確かだが」

「宙ぶらりん?」



今流行の絶叫コースター? ん? 私、家に戻ろうとしたはずで、

遊園地になんて行って……。



「ほら、勝手に動いちゃダメだよ。あんたちょっとサイズオーバー気味だね。
あんまり勝手に動くと、穴が空いて落ちちゃうよ」



悪かったですね、育ちが良くて!


私は老婆に指示されるままに動き、小さな穴から下をのぞいた。

すると、体に色々なものをつけられ、横たわっている私がいて、

その横では姉と姪の芹菜が泣きじゃくっているじゃない。

どういうことなのか全く意味もわからずにいると、扉が開き……



「キャー! 深見部長!」



深見部長は病室に入ると、信じられないという顔をして横たわっている私を見ている。

あぁ……正面から見たい、あの顔をどうしても……って、

あれ? もしかしたら私、この状況って。



「そう、あれがあんただよ。アパートの階段であの女の子とぶつかって、
転げ落ちて、頭を打って、救急車で運ばれて……」

「で……」

「で……」



まさか、このまま人生終了! じゃないでしょうね。

やだ、やだ、そんなの嫌だ! 

たいした恋愛もしないで、このまま終了だなんて、耐えられない!



「どうしたらいいんですか、あっちへ戻してください」

「それがねぇ、今、会議中なんだよ。あんたがもう一度世の中へ戻っても、
いいんだろうかって話し合ってるんだ」

「会議? 誰が誰と会議なんですか。人が一人死んじゃうかもしれないんですよ。
それに、戻ってもいいんだろうかって、どういうことよ」

「正しい大人が少なくなっているからね」



なんだかその言葉、ものすごくずっしり来る。

確かに、何回かお釣りが違っているのを、黙ったままもらったこともあるし、

『お一人様1点限り』の卵を、別のレジに並び直し2つゲットしたこともある。

それが『正しくない大人』と言われてしまえばそうなのだけれど。


老婆は、自分たちは神様なのだと告げ、私に1枚の紙を手渡した。

『仮人生』と書かれた紙には、会議終了まで有効とかわいらしい丸文字で書いてある。

もう、何がなんだかわからない。とにかく、深見部長の元へ! 私を!



「どうしようかね、『仮人生』を使ってもらうには、
3日間、誰かの体を借りないとならないんだけど」

「エ? 誰かの体って、私が乗り移るってことですか?」

「あぁ……あんたがここにとどまっていると、会議がスムーズにいかないんだよ。
みんな、思ったような発言が出来なくてね」



思ったような発言って何よ。私の人生で、あれこれ語るのやめてってば。



「あの男じゃ……」



男って深見部長? やだ……どうしよう。

3日間、深見部長になっちゃうの? 私。

それはそれでなんだかちょっと興味あるけど……いや、何が? 

えっと違うの! 本人になっちゃ、顔を見ることも出来ないじゃないの! それは困る!

出来たら奥様でお願いします。



……あ、そうか、ここにいないわ。



「あ……」



その時、下を見ると、泣き疲れたのか姪の芹菜がソファーで居眠りをし始めた。

隣の老婆の顔を見ると、もう、すでに何かを決定しているように見える。

ま、まさか……ちょっとってば!









私は、3日間、芹菜になった。







「そうだったんですか」

「はい、芹菜が泣いて戻って来て。
すぐに階段へ向かったんですけど、もう、真紀の意識がなくて」



うっすらと目を開けると、目の前に深見部長の姿があった。

あぁ……こんな時なのに、辛そうに見えるその顔は、どうしていい男なんでしょう。

おじちゃん、私、とっても悲しいから、

力一杯、愛情込めてギューッてしてもらってもいいですかって聞いたら、

深見部長、ギュー! ってしてくれるかしら……。




『正しい大人が少なくなっているからね』




……しまった。この妄想はきっと、会議にマイナスだろう。

正しい大人の考える事じゃない。あぁ、もう、どうすればいいのよぉ。



「じゃぁ、ここに残られるんですか?」

「はい、もう、両親もいませんし、親戚も近くにはいないんです。
真紀にとっては、私が唯一の頼りになる身内で。
とにかくお医者様の言われた、3日間はここに……」



頼りになるのかどうかは微妙だけれど、まぁ、そうだよね。



「ただ、娘が……」



なんで二人ともこっちを見るのよ……。

あ、そうか、私、芹菜だった。



「だったらどうでしょう。僕が3日、芹菜ちゃんを預かると言うのは。
あと何日かは夏休みですし、ここからなら、家も近いです」

「いえ……そんな」



なんですって! 私が芹菜として、深見部長の家に? 

たった3日とはいえ、一緒の屋根の下で、一緒の食事をして、一緒に眠る……




『正しい大人が少なくなっているからね』




……眠らない、眠らない……。ごめんなさい、老婆さん、反省します!





何がなんだかわからなかったが、私は5歳児、姪っ子芹菜となり、

大好きな深見部長の家にお世話になることとなった。




……あぁ、温かい手。その手を離さないで!



……ま、まずい。老婆、見てるのかな。



「さっきから上を見るけど、月が気になるの? 芹菜ちゃん」

「ううん……」



くぅ……。芹菜じゃなくて!

あぁ、なんであいつは『まき』って名前じゃないんだよぉ!








『まき』の延命会議終了まで、あと3日







2 平凡の価値



さて、真紀は無事、元に戻るのか!
まぁ、そんな緊迫感、ないかぁ(笑)。
パワーの源、1クリックよろしくお願いします (^O^)/


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よかったですね

ナイショさん、おはようございます。
体調を崩されていたんですか、
それでも良くなられたのなら、よかったです。

この場所が、癒しや暇つぶしになってもらえたら、
私も嬉しいんですよ。

>今回も「リミット」真紀ちゃん編、嬉しいです。

あはは……。真紀ちゃん編というか、空想編というか(笑)
それでも、深見一家の様子は、よくわかると思いますので、
最後まで楽しんでもらえたら。

こちらと、サークルと、しかも書斎の読み直しまで、
本当にありがとう。
お声を聞けて、感謝です。
これからも、よろしくお願いします。

残暑お見舞い申し上げます!

ももんたさ~ん
ご無沙汰してますm(_ _)m

毎日暑いですね~

こう暑いと流石の私(?)も
三時のおやつに気合が入らない・・・

いっそのこと少し夏バテして
痩せるならそれもまだ許せる・・・

それもない(泣)からくやしい・・・


なんていう毎日を過ごしてます(笑)


コンちゃんのいろんな意味での
ドキドキの三日間ですね

生死のかかったシリアスな状況の
はずなのに憧れの君の私生活が
覗けるというある意味ラッキーな
カワイイ彼女

どうせならいっそのこと一緒に
お風呂・・・ととと・・・
妄想が暴走しました^^;

つい深見さんを「彼」に置き換えて
しまって~

コンちゃんのこれから、が
楽しみです♪

深見家の今現在も気になる~♪


まだまだ暑い日が続きます

くれぐれもお身体、ご自愛下さいね

こんばんは!!

リミット・スピンオフの主人公真紀ちゃん
面白い子だね。

柳原可奈子ちゃんだと言われたらそんな感じだなぁと思って読んでました^m^

深見と咲と(真紀だけど)芹菜の3日間の
生活がどんなものなのか?

真紀の運命がどうなるのか?楽しみです。

咲を差し置いて、深見と真紀の夏もあついのか?


では、また・・・(^.^)/~~~

夏のお気楽物語

yokanさん、こんばんは!

>コメディー要素の入った物語は大好物です。

はい! リミットという受け皿があるからこそ、書ける話なので、
楽しんでもらえたら嬉しいです。

『真紀』の3日間に、じっくりおつきあいください。

角度を変えて

藍染隊長さん、こんばんは!

暑いですよね……。
言っても仕方がないけれど、言いたくなる毎日。
本当に痩せてくれたらにんまりだけど、それはない(一緒です)

>コンちゃんのいろんな意味での
 ドキドキの三日間ですね

そうそう、色々な意味でね(笑)
でも、深見家だけをのぞいているだけじゃなくて、
ちゃんと真紀の話しも展開しますので。

いろんな角度から、おつきあいください。

心の目

mamanさん、こんばんは!

>リミット・スピンオフの主人公真紀ちゃん
 面白い子だね。

面白いでしょ? 心の中から見ている目ですから。
深見家へ入り込んだ真紀が、見るもの、聴くもの、
色々と報告をしてくれるはずです。

>咲を差し置いて、深見と真紀の夏もあついのか?

あはは……どうなのか?