3 航の事情

3 航の事情




次の日、友海は自分用のおにぎりを2つ作り、いつもの時間に部屋を出た。

春の心地よい風を頬に受けながら、自転車でスタンドへ向かうと、

早番になった美鈴が、白い軽トラックの窓を拭いている。

その隣では美鈴に何やら話しかけ、

時々顔をのぞき込むような仕草を見せる男がいた。


友海はすぐに更衣室へ入り、ユニフォームに着替え、帽子をかぶった。

あの男は、お茶問屋『野々宮園』の跡取り息子、宮田晴弘で、

毎日のように給油をしに来ては、美鈴に声をかけている。

苦労知らずのお坊ちゃんは、ガキ大将のまま大人になり、

父親が商店街の会長を務めているからか、

スタンドの社員達も、強い態度には出られずにいた。


なにしろ、『野々宮園』のつながりから『天神商店街』では、

この『SI石油 天神通り店』と契約をしている店が多い。

ライバル店が1キロ先に出来、競争が激しくなる中、

組織で契約してくれるのは、収入源として間違いがなかった。


「はぁ……、やっと帰った」

「お疲れ」


友海はそう美鈴に声をかけると、汚れた雑巾を受け取り、バケツで濯いでやる。

美鈴はガソリンが半分も減ってないのに、毎日来る必要などないのではないかと、

軽く頬を膨らませた。


「美鈴がお気に入りなんだよ、あのボンボン」

「嫌よ、あんな男。何かというとすぐに、
自分が商店街を仕切っているような言い方するし、
たかが小さな町の商店街じゃない。どうせ仕切るのなら、
油田でも仕切ってもらいたいものだわ。それならちょっとくらい……」

「ちょっとくらい?」

「話しを聞く……」


友海はその美鈴の答えに、その通りだと頷いた。

国道が目の前を走り、地元市場との直線道路になっている『天神通り店』は、

ある時間を迎えると、高速へ向かう車やトラックが次々に入り出し、忙しくなる。


「いらっしゃいませ!」


少し曲がっていた帽子のつばを直し、春色の空模様の下で、

友海はまたいつものように働き始めた。





その頃、航は駅の改札を抜け、まっすぐに歩いていた。

昔はガードレールが伸び、どこか田舎の匂いがする道だったが、

今ではすっかり区画整理も終わり、レンガで作った歩道が整備されている。

見事なくらいの桜並木を通りすぎ、曲がり角を過ぎると、

タクシーでも間違いなく止まるような、立派な家が見えた。


まだ、航が小さな手をしていた頃、この道を母と歩いたことがあった。

季節は同じような春で、昔は長く続いていたガードレール沿いに、

ピンクの花びらが落ちていて、車が通ると舞い上がったことを思い出す。

目的の家に到着しインターフォンを鳴らすと、何度も電話で話した人の声がした。


「航です……」


扉が開き、航を出迎えた女性は、本当に嬉しそうな顔をする。

言葉にならないような声を出し、しっかりと抱き締め、

耳元で何度もありがとうと言い続けた。


「登志子おばさん、ものすごい歓迎ぶりで嬉しいよ」

「航……。本当に来てくれたのね。昨日、朝戸から連絡を受けたけれど、
あなたの姿を見るまでは、どうしても信じられなくて」

「約束しただろ、必ず行くって」

「そうなんだけど……」


登志子は、亡くなった航の母、華代子の妹で、新谷の家を継いだ娘だった。

婿に入った和彦は今、『SI石油』の社長を勤め、

登志子の息子である同じ年の従兄弟、海人が専務を務めている。

ある大手石油チェーンのメンバーになっていたが、

持っている12店舗が売り上げを伸ばし、その中でも業績は高く発言権もあった。


「何年ぶり? この家へ来るのは」

「まだ母さんが生きていた頃だからね、もう20年くらい経つんじゃないかな。
あ、そうだ、澄佳おばさんが、父さんの葬式ではありがとうございましたと、
伝えてくれって」

「何言ってるのよ、あんなことしか出来なくて。
あなたがその年で喪主だったと思うと、本当に申し訳なくて……。
本来なら、姉さんの息子である航が、
この家を引っ張っていってもおかしくないのにね」

「そんなことはないよ。母さんは、それが嫌でこの家を出たんだ。
一生戻ってくるなって言われて」

「お父さんもわかってはいたのに、結局姉さんと和解できないまま、
先に逝かれてしまった。それからは部屋にこもりがちで、
見ている私達も辛かったのよ」


登志子はそう言いながら、航に、大きなリビングのソファーへ座るように言った。

壁に取り付けられているサイドボードを開き、古いカップを取り出してくる。

それを航の目の前に置き、向かい合うようにソファーへ腰掛けた。


「持つべき者が持てばいい……父さんはいつもそう言っていた。
ハッキリとは口にしなかったけれど、姉さんの息子である航には、
もっと色々なものを渡したかったはずなのよ。
でも、間に入るべき姉さんが先に亡くなってしまったら、
義兄さんだってこの家に、来られるはずもないし。
だから、このカップは航が持っていって。
これは姉さんがずっと家で使っていたカップなんだから。
ここにあったって、誰も使わないし、使えないから」

「母さんの?」

「そう……」


航はそのカップの持ち手に触れ、もう会うことの出来なくなった母を思い出す。

外を歩く時には手をつなぎ、公園へ行くまでずっと歌を歌ってくれた。

目を閉じると、そんな優しい母の笑顔と、眩しい太陽の光が浮かぶ。


「義兄さんの想いが、届いてくれるといいんだけど」


登志子はカップを持った航を見つめ、そうポツリとつぶやいた。





「聖、仕事区切りつけられない?」

「海人、あなたどうしてここにいるの? 何かと理由をつけて邪魔しないでよ。
少し前に関山さんがあなたを探しにここへ見えたんだから」

「わかってるよ、だから逃げてるんだ」

「逃げる?」


航の従兄弟、海人はPCを打ち込む聖の側へ椅子を動かすと、

深く腰掛け足を組んだ。

住野聖は、海人の存在を無視するように、またPCへ向かう。

もう一人の事務員が、海人が来たことに気づき、軽く頭を下げた。

海人はその姿をチラッと見たが、そのまま背もたれに深く寄りかかる。


「なんで俺が航に会わないとならないんだよ……。
冗談じゃない、あいつが何をしに来たのか、わからないわけないじゃないか」

「何ブツブツ言ってるのよ、航って誰?」

「従兄弟」


『従兄弟』と言うキーワードに、

迷惑そうに海人の話しを聞いていた聖の動きがピタリと止まる。


「従兄弟? エ……あの……」

「あぁ……。家を飛び出して売れない画家と結婚したうちの母親の姉、
華代子おばさんの息子。じいさんが生きていた時には、出入り禁止状態だったけど、
何を考えているのか、母さんがわざわざ呼び寄せたんだ」

「おばさんが?」


聖は、海人の幼なじみで、父親は配送業を営んでいる。

1代のトラックから会社を興し、

今では業界でも結構名の知れたところにまで上り詰めた。


「財産目当てに決まってるのにな。
母さんは航がかわいそうだからとかなんとか言って、あいつに騙されてるんだ」

「騙される?」

「あぁ……。わざわざ勤めていた会社を辞めて、うちへ就職するなんて、
それ以外に理由が考えられない」


住野家は、聖の父、哲夫が高校生の時、

新谷家の裏にあったマンションに引っ越してきた。

それから哲夫の事業が成功し、新谷家の横に土地を購入し、家を建てた。

聖が小学生になる頃には、両家は並んで立つことになり、

新谷家の跡取り予定だった長女が家を飛び出し、

残った登志子が跡を継ぐことになったいきさつも、ある程度は知っている。


「へぇ……財産を奪いに来た男か……ちょっと興味あるんだけど」


思いがけない聖の反応に、椅子に座っていた海人の目が動く。

明らかにその言葉を嫌がっている海人の目に、聖は笑顔を見せた。


「何よ、その顔。いいじゃない、海人の方が立場は上なんだし、
しっかり守れば済むことよ。もし、その男に盗られるようなら……」


聖はPCから手を離し、見たこともない海人の従兄弟を想像した。

海人もそして妹の真湖も背が高いため、身長は同じように高いことを予想する。


「能力のあるものが、上へ立てばいい。それが企業で、社会でしょ?」


海人はそう言って笑う聖を見ながら、納得がいかない顔をすると、

目の前で作業をしていたノートパソコンの蓋を、右手で少し強めに閉めた。





4 天神商店街未来の会
<photo:tricot>

いつも読んでくれてありがとう!
パワーの源、1クリックよろしくお願いします (^O^)/

コメント

非公開コメント

こんにちは!!

うざい感じのおぼっちゃんが2人でてきましたね。

どっちも面倒くさいことになりそう?

そうじゃなくちゃ、おもしろくないけど(^m^)

聖が航にほれちゃたりして、航は…海人が…とか妄想しちゃってます(≧∀≦)

航のお父さんは画家かぁ…

また友海との関わりが増える?


では、また・・・(^-^)/~~

うざさも必要

mamanさん、こんばんは!

>うざい感じのおぼっちゃんが2人でてきましたね。

はい、出てきましたよ!
こういう存在がいないとね。
しかし、海人とボンボンでは関わり合い方が、
ちょっと違ってきますが(笑)

>航のお父さんは画家かぁ…

はい、ここ重要です(笑)

従兄弟同士

yokanさん、こんばんは!

>ほっほ~、なるほど~。

そうなんですよ。航と海人は微妙な立場同士です。
海人の別面も、また見えてくるとは思いますが。

一波乱、二波乱起こしながら、
先まで行けるように頑張ります。

登場人物は、もう少しいますけど、
まぁ、だいだいここら辺を覚えていてくれたら(笑)

ボンボン登場

なんだかな~~
ボンボンが二人?どっちも親の七光りで俺様気取ってるのかな?

お茶屋のボンボンは美鈴ちゃんにご執心。

では航は?
海人と会社を巡る争い?それとも女性を巡ってかな?
聖ちゃん鍵になる人物か?

ボンボン達

yonyonさん、こっちまでありがとう。

>ボンボンが二人?
 どっちも親の七光りで俺様気取ってるのかな?

ボンボン……ちょっとタイプは違いますけどね。
さて、どんな人物かは続きで。

航を含めて、まだまだ人間関係もこれからです。