4 天神商店街未来の会

4 天神商店街未来の会




給料日まであと3日。


友海は歯を磨きながら、壁にかけた絵をじっと見た。

この1枚の絵が、自由になるお金を奪ってしまった原因の一つではあるが、

だからといって、絵に対する想いは、購入してからも全く変わることがない。



『最愛なる君へ』



そう裏に書かれたこの絵は、おそらく誰かに向けて描かれたもののはずで、

なぜ、こんなふうに自分のところへ流れてきたのか、それがよくわからなかった。

それでも、強く誰かを思う気持ちが、パワーになるような気がして、

碧く深い海の上に、手をそっと置いてみる。


「あと3日、頑張ります」


友海はそうつぶやくと、両手で頬をパンと一度叩き、

いつもの時間にスタンドへ向かった。

今朝も『野々宮園』のボンボンが来ているが、美鈴のバイトは午後からで、

いつもなら、わざわざ人の手を使って給油をするくせに、

いないことに気づいたのか、今日は仕方なくセルフへ向かう。

チーフの馬場がボンボンに手招きされ、給油機の前で、

何やらチケットのようなものを受け取っていた。

友海はそんな様子を横目でチラリと見たが、

商店街を仕切った気になっている、ボンボンには全く興味もないため、

別の場所で給油をしている車の窓を拭きに走った。





「友海、友海ってば」

「あ、美鈴、早かったね」


遅れてバイトに入った美鈴は、手にチケットを2枚持っていた。

美鈴と一緒に入ってきたチーフの馬場は、

それが『天神商店街』に先月オープンしたばかりの店の招待券で、

この1枚を出すだけで、ドリンク2杯と交換出来るのだと言う。


「なぁ、お前たち今日、バイト終了後参加してくれないか? 
飲み物はこれでタダになるし、料理はあらかじめ頼んであるから問題ないし」

「ねぇ、友海、タダだって。どうする? だってお金ピンチじゃない。
夕飯1食分得するよ。『天神商店街未来の会』っていうのに参加するのが
条件だって言うんだけど、そんなの端っこで聞いていれば済むんじゃないの?」


美鈴はこの店がおいしいと評判になっていることを話し出し、

すっかり会に参加するつもりになっている。

友海は出されたチケットを見たが、

ボンボンが馬場に手渡したのを見ていただけに、何か嫌な予感がして返事を渋る。


「どうしたの? 友海」

「馬場さん、これ、野々宮園の宮田さんからもらってましたよね、今朝」

「あぁ、晴弘さんが会の会長だからな。
まぁ、この辺で商売をするには、あの店を無視できるはずもないんだし」

「え……あのボンボン? なら行かない、私も」


美鈴は手に持っていたチケットを馬場に押し返して、首を振った。

馬場はそんなこと言わずに参加しようと、美鈴の手に握らせようとする。


「桜本商店街の話知らないか? イメージチェンジに成功して、
結構賑わっているらしいんだよ。『天神商店街』は昔ながらの商店街でさ、
正直この先がないんじゃないかって、みんな頭を抱えているんだって。
これまでも何度か、有志で話し合ってはいるみたいなんだけど、
女性の参加がなくて、意見が聞けないって……。
なぁ、お前たちだけでも出てやれよ。うちはみなさんのおかげで
成り立っているんだしさ」


馬場のもっともらしい意見に、美鈴はそのチケットをもう一度受け取り、

友海の方を見た。友海は美鈴と視線を合わせ、チケットに目を向ける。

確かに金物屋のおじさんや、豆腐屋のおばさんには色々とお世話になっていて、

その息子たちが未来を考える会議だと言われると、

いくらボンボンが絡んでいるとはいえ、

全く無視することも出来ないような気になってくる。


「そうだ、この間言っていたよね、友海。
商店街で導入するカードみたいなものがあればって……
あれ、意見として出せばいいじゃない。そうすれば堂々と夕食が食べられる」

「……美鈴……」


チーフ馬場の強い勧めと、美鈴のあっけらかんとしたノリに、

結局友海と美鈴は『天神商店街未来の会』に参加することとなった。





昔ながらの『天神商店街』には、珍しい作りの居酒屋が今日の会場だった。

バイトを終えた二人はチケットを手に持ち、階段を下りていく。

店は大きく二つに分かれていて、右側はお座敷がメイン、

左側は4人がけの机と椅子がメインになっていた。

美鈴はバイトのお兄さんに『天神商店街未来の会』だと告げ、座敷へ案内される。


「こんばんは……」

「お! いらっしゃい、ありがとう!」


挨拶をした美鈴に、すぐ声をかけたのはやはりボンボンで、

友海を無視するように、美鈴だけが隣に連れて行かれてしまう。

友海には別の男性が向かい側に席を用意し、そこへ座ることになった。

テーブルを挟んで向かい合う二人だが、そのテーブルは広くすぐに手は届かない。


「みんな、今日は『SI石油』からも参加してもらいました。
若手で、楽しく盛り上がりましょう」


先に店を出ていたスタンドのメンバーたちは、

すでに何杯かお酒を飲んでいるようで、

ボンボンにくっつかれて嫌な顔をしている美鈴の気持ちなど、

誰も気づいていないように見えた。

友海はとりあえずチケットを取り出し、隣にいる男性に手渡そうとするが、

それはまた別の機会にでも使えばいいと言われてしまう。


「美鈴ちゃん、何飲む?」

「あの……」


心配そうな美鈴の顔がそこにあったが、これだけの人がいる場所で、

何か起こることはないだろうと、友海はとりあえず乾杯の準備を始めた。





「これで全てです」

「ありがとう。わざわざここまで来ていただいて申し訳ないです。
本当なら海人と顔をあわせて、中身を聞いてみようと思っていたのですが、
予想通りの反応でした」

「いえ、私の方できちんと対応できていないことが問題なんです。
奥様も色々と助言をしてくださっているのですが、
社長の気持ちが、政界の方へ向いたままで、会社の方が……」


その店のテーブル席では、航が朝戸と関山を呼び、

仕事の話をしている最中だった。朝戸は航について店を回っているが、

海人のそばにいる関山は、近頃その本人から避けられている状態で、

それを悩んでいる。社内で集まってしまうと、また海人の反発がありそうで、

あえて場所をここに設定し、打ち合わせとなった。


「とりあえずしばらくは資料を読ませてください。
僕もこの業界のことは何もわからないので、
お二人にレクチャーしてもらいながら進めないと。
ただ、僕が叔父さんの暴走を止められるような体制に、出来るのかどうか……」

「それは我々にお任せください。土地の処分については、
株主である者の賛成がないと出来ないことは、社内の規定で決まっています。
奥様と航さんが反対されたら、社長も勝手には動けないはずです」

「はい……」


その時、お座敷の方から、大きな歓声が上がり、航は思わず視線を向けた。

薄いガラスの向こうに何人かの頭が揺れ、その間から見えたのは友海だった。

給料前は大変なのだと澄香から聞いていたが、

こういったところに参加するのはまた別のことなのだろうと思い、

視線を書類に戻す。





「なぁ、あの成島さんって、社長の親戚らしいぞ」

「んぁ? そうなんだ。そうだよな、今急に入社してきて、
朝戸さんと一緒に行動するところ自体おかしいと思ったし、
専務のことを『海人』って呼び捨てだったからさ」


友海の左側に座ったスタンドのメンバーが話していたのは、

先日店に現れた航のことだった。

社長の親戚という確固たる地位があるからこそ、

自分に堂々と指摘してきたのかと思い、友海はどこか冷めた気分になる。


「だとしたらさ、口のきき方にも気をつけないとな。
この不況時代に、クビにでもなったら大変だぞ」

「おぉ!」


あらためての乾杯を終え、それぞれ目の前の料理に手をつける。

話はあちこちで盛り上がっているものの、

『天神商店街未来の会』という名目だったはずなのに、

ただ好き勝手な時を過ごしているだけで、一向にテーマが出るわけでもなく、

友海の苛立ちは募り始めた。


目の前ではボンボンが必要以上に美鈴に接近し、

美鈴はその誘いから逃げようとするものの、逆隣りに座る男は、

さらにボンボンの方へ美鈴の体を近づけようとする。


「なぁ、美鈴ちゃん。今度さ、一緒に飲みに行かない? 
俺、結構いい店知っているし」

「いえ……いいです。あの……ちょっと近すぎますけど」

「ん?」


ボンボンの酒臭い息が美鈴の鼻に届き、

そのどさくさに紛れた手が美鈴の腰に伸びた。

驚いた美鈴はその手を払おうと体を横に向ける。

ボンボンはさらに耳元に息を吹きかけるようなことをして、美鈴の足に触れた。


「い……嫌……」


美鈴の不安そうな表情にも、誰も気づくことなく、まるで二人のいる場所だけが、

他の客の集まりのように感じられた。そんなバラバラの状態に、

友海の中で、プツンと糸が切れる音がする。


「ちょっと! いい加減にしなさいよ、何よこの会!」


苛立ちの頂点に立った友海は、一度テーブルを思い切り叩くと、

勢いのまま立ち上がり、その大きな声に店内は一瞬静まり返る。

美鈴に体を寄せたボンボンの動きが止まり、

空のビール瓶を振っていたスタンドのメンバーたちも、その腕を下ろす。

そして、テーブル席にいた航もその様子に気づき、

立ち上がった友海が何をするのかと視線を向けた。





5 タダの罠
<photo:tricot>

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コメント

非公開コメント

合コンじゃん!

こんばんは(*^^)/
いつも 更新お待ちしてます^^

『天神商店街未来の会』・・・それは その名のとおりこれからの商店街の有り方を考える会、だと思って参加したはず・・・。
真剣に案を携えて参加した友海。
なのに、それは まさしく合コン?!

この先 友海の行動に興味が((o( ̄ー ̄)o)) ワクワクしますw

友海・・・

今は何処の街の商店街もシャッター通りになってるようで、
友海の働く其処も厳しい状況のようね。

『・・・未来の会』は有意義な会にしないといけないのに、
ボンボン考えが浅いから・・

航はまた友海の言わずにはいられない姿を見ちゃうのね^^

不安的中だね!

こんばんは!!

やっぱりね。

友海の不安通りになった。

お世話になってる商店街のためならとやって来たのに、これじゃあね…

あんなボンボンが仕切ってるようじゃ、商店街の未来も先が見えてる。

友海がキレるのも当然ですね。

そこに航がいるっていうのも友海との縁を感じさせる。

店にいるお客さん、そして航が見つめる中、友海はどんな啖呵をきるのかな?

楽しみではあるけど、そのせいでまずい立場になるかもね…友海(´・ω・`)


では、また・・・(^-^)/~~

嬉しい響き

yasai52enさん、こんばんは!

>いつも 更新お待ちしてます^^

なんと嬉しいことを、ありがとうございます。
待ってもらえるって、いいことですよね。

>真剣に案を携えて参加した友海。
 なのに、それは まさしく合コン?!

合コンというよりも、ボンボンが美鈴をゲットしたかっただけという感じでしょうね。
友海の行動は、次回へ続きますが、
この事件がこれから先へ続くことになるので、よく見ておいてください。

注目です

yokanさん、こんばんは!

>『野々宮園』のボンボン、なんだかね~(ーー;)だわね。

幼い頃から限られた場所で過ごし、そこしか知らない人なんですよ。
この事件は後までひきずりますので、次回も見てやってください。

>『最愛なる君へ』を描いた人は誰なんだろうね

はい、これもポイントです。誰なのか……は、この後、分かってきますからね。

商店街の苦悩

yonyonさん、こんばんは!

>今は何処の街の商店街もシャッター通りになってるようで、
 友海の働く其処も厳しい状況のようね。

全国的に、商店街っていうのは、大変なようですね。
大型店舗が増えて、値段だけでは対抗出来なくなっているようです。

だからこそ、真面目に考えないとならないはずなのに、ボンボンがやってくれてまして(笑)

>航はまた友海の言わずにはいられない姿を見ちゃうのね^^

はい! 見ちゃいます!

商店街の未来

mamanさん、こんばんは!

>お世話になってる商店街のためならとやって来たのに、これじゃあね…

そうなんです。友海は真面目に考えてきたのに、
ため息が競るような事件に変わっていきます。
この話しが、この先も意味を持ってくるので、
航と友海と、ボンボン達に注目してやってください。