5 タダの罠

5 タダの罠




開店したばかりの居酒屋は、その時ほぼ満席だった。

バイト達は店の中を忙しそうに動いていたが、

友海が立ち上がり声を出したことで、すぐにその場に駆けつけ、

何か問題があったのかと問いかける。


「いえ、お店の方に問題があるわけではないです」


友海の視線が自分に向かっていることに気づいたボンボンは、

美鈴の太ももに触れていた手を離し、迷惑そうな顔をした。

美鈴は触れられていた場所をハンカチで拭き取るような仕草をして、

立ち上がろうとする。


「美鈴ちゃん、どこに行くんだよ、これからでしょ、これから」

「美鈴、帰ろう。こんなの『未来の会』でもなんでもないよ。
みんな、好き勝手に飲んでいるだけで、何かを考えようなんて、
これっぽっちも見えてこない」

「うん……」


美鈴が立ち上がろうとしたその腕を、ボンボンはつかみ引っ張った。

美鈴はその力に負けてまた座り込んでしまう。友海はその様子を見た後、

荷物を持って座席を回り、ボンボンの手を美鈴から引き剥がす。


「これから、これから。ほら、席に座って。
ねぇ、みなさんも楽しくお酒を飲んでいるのに、大きな声を出したりして、
迷惑じゃないか。なぁ……」


ボンボンは周りの客から受ける視線を感じ、どこか明るく軽めの声を出し、

ごまかすような仕草をした。それでもスタンドのメンバーに向けた眼光は鋭く、

馬場をはじめとした参加者は、どうしたらいいのかわからずに下を向く。


「まずはさぁ、お知り合いになるために飲まないとね。
難しいお話はその後でしょう。ほら、戻って、戻って」

「すでに、ここにいる人達が酔っ払っているのに、
これから『未来』を語れるような状態になるとは思えない。
美鈴はあなた専用のホステスさんじゃない。行くよ、美鈴」

「うん……」


ボンボンを押し出すようにして、友海は美鈴の手を引っ張った。

美鈴はなんとか立ち上がり、座敷を出ようとする。


「おい、ちょっと待てよ。お前、雰囲気をこれだけ壊しておいて、
そのまま帰れると思うなよな」


プライドを傷つけられたボンボンは友海の腕を強く引いた。

憎しみを込めた男の力は、友海の腕がしびれるくらいの感覚になるまで、

つかみあげる。前へ行きたい気持ちとは裏腹に、友海は動けない。


「どうしても出て行くと言うのなら、会費を払ってから行けよ」

「会費? そんな話は聞いてない」

「ご招待なのは、ちゃんと『未来の会』に参加してこそ得られる権利なんだよ。
タダだからって、のこのこ来たくせに、言いたいこと言いやがって」

「払う義務なんてない!」

「いいよ、友海、払って帰ろうってば」


美鈴は自分の財布を取り出し、ボンボンに会費はいくらなのかと問いかけた。

ボンボンは、美鈴ちゃんには払ってもらう義務はないと言い切り、

あくまでも友海に詰め寄っていく。


「払いません!」


ボンボンが腕を払おうとした友海を逆に引っ張ると、力で負けてしまった友海は、

隣にいた男にふらつきぶつかってしまう。するとその男はわざと飲み物を倒し、

自分の服に酒がかけられたと言い始めた。


「あらら……何してるんだよ、高いんだよな、この服。
クリーニング代金も払ってもらわないとなぁ……。どうするんだよ、あんた」


友海は力だけでどうにかさせようとする、ボンボンたちのやり方に、

悔しさのあまり握りこぶしを作った。前に座っていたチーフの馬場が、

それはあまりにもひどいんじゃないかと、ボンボンにアピールしたが、

逆に睨み返され、黙ってしまう。


「馬場さんさぁ、奥さんもうすぐご出産でしょ? 
くだらないことに口を挟んじゃダメだって。 ね!」


父親が商店街の会長をしていることで、

スタンドのスタッフが自分の意見に逆らわないと知っているボンボン晴弘は、

視線と言葉で威嚇した。ざわついていた雰囲気が、諦めの色に変わり出す。


「『天神通り店』の飲み会なのかな、ここは」

「成島さん!」


下を向いた馬場の前に現れたのは、

店の反対側で朝戸達と打ち合わせをしていた航だった。

友海やボンボンの声は、ほとんど聞こえていたため、

だいたい内容は理解していたが、あえて知らないふりをして、その場に登場する。


「誰だよ、あんた」

「『SI石油』の者です。聞きなれた声がしたので、
のぞいてみたら楽しそうな集まりがあるように見えて。
あなたもそんなふうに立ったまま、大きな声を出したら、他のお客様に迷惑ですよ。
お金を払って食事をしているのは、あなたたちだけじゃないのだから」


馬場を始めとしたメンバー達は、航の登場にだらけていた姿勢を元に戻した。

ボンボンはその様子を見て、この男がただの社員ではないのだと感じ取る。


「二人は出るんですか? さぁどうぞ」

「おい! 勝手に話を終わらせるなよ。こいつは勘定も済ませていないし、
こいつのクリーニング代金だって、払わせないとならないんだぞ」

「勘定? それはいくらなんだ」

「払う必要なんてないんです。この人が言いがかりをつけているだけで」

「なんだと!」


友海はまだ物足りないのか、ボンボンに立ち向かう姿勢を見せたが、

美鈴はまた、元の位置に戻されるのが嫌で、航の背中に隠れるように立つ。

ボンボンが不利だと思った仲間の男は、このジーンズが高いもので、

クリーニング代金も高くなるのだと、急にあれこれ言い始めた。


「全部ひっくるめて1万円、今すぐ置いていけよ、ここに」

「ないです」

「何? ふざけるな」


航は、ボンボンが友海に伸ばした腕をつかみ、そのままねじりあげた。

体格的にはボンボンの方が強そうに思えたが、あげられた腕が苦しいのか、

ボンボンは声が出なくなる。


「お店の人に迷惑だと言ったでしょう。これ以上やれば、通報されますよ。
僕は特にやましいところはないので、逃げも隠れもしませんが、
あなたはどうですか? 今ここで言ったセリフを、警察の前でも言えますか?」

「クッ……」

「クリーニング代金、そんなにかさむのなら、うちのバイトがした始末です。
僕が払いましょう。でも、高価なものだということになれば、
そこら辺の店では任せられません。店は僕が選びます。それでどうですか?」


口調は穏やかなものだったが、その芯に秘められている言葉の意味は、

強く厳しいものだった。友海はボンボンをねじりあげた航の腕を見た後、

まだ、痺れの残る自分の腕を見ると、小さくため息をつく。





「ありがとうございました。助かりました」

「いえ……」


結局、ボンボン達は降参し、友海と美鈴はそのまま店を出た。

どこかふくれっ面の友海の前で、美鈴は何度も航に頭を下げる。

階段を下りてくる客の声が聞こえ、航は道を譲った。


「あの人は誰なの?」

「あ……商店街会長の息子なんです。お茶問屋『野々宮園』の跡取りで、
自分が仕切っているかのように、いつも威張っているんです。
でも、『天神商店街』からのお客様が多いのは、
野々宮園がまとめてくれているからで、うちはそれに文句を言えなくて……」


美鈴はハンカチを握り締め、航に店の状況を説明した。

友海は階段が濡れ始めているのに気づき、傘がないことが気になり始める。


「そうか……うん、わかった。でも、君たちもタダだからって、
簡単に話に乗ってはダメだよ。
タダだからあんなことをしていいとは言わないけれど、
タダより高いものはないって言うだろう」

「あ……あの……」


美鈴は航の言葉に、チケットを取り出そうとしたが、そのまま黙ってしまった。

航は、タダで来たりすると、遠慮することになり、

結局、自分が損をするのだと言い残し、店に戻ろうとする。


「あの……ちょっといいですか?」

「友海……」

「成島さんに助けてもらって、それはありがたいと思います。
でも、私たちがタダだから、それに乗せられて、
フラフラついてきたみたいに言われるのは心外です」


友海の言葉に、暖簾をくぐろうとした航の足が止まった。

美鈴は、友海がさらに何か言い出すのではと慌てて引っ張ろうとする。


「『天神商店街未来の会』それが本当に行われるのならば、
私たちもしっかり考えようと思って、ここに来ました。
自分の住む町が、自分の働く場所が、少しでもいいものになってほしい……。
そう思ってきたんです。それだけは誤解しないでください」


友海は入り口で止まっている航に軽く頭を下げると、

美鈴を引っ張り、目の前の階段を一歩ずつ、しっかりと上がり始める。



『自分の住む町が、自分の働く場所が、少しでもいいものになってほしい……』



航は去っていく二人を見ながら、

友海の言葉の意味を、自分の状況に置き換えていく。

誰が前に立とうと、思いを躊躇することなく口にする友海の姿を思い出し、

航は少しだけ口元をゆるめた。





6 余計なこと
<photo:tricot>

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コメント

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理不尽に負けるな♪

>『天神商店街未来の会』それが本当に行われるのならば、
私たちもしっかり考えようと思って、ここに来ました。』

そう、今の自分に出来る事からコツコツ
始める~~前向きな考え方だよね~

それにしてもボンボンは嫌なやつだね。
根に持つタイプじゃない?

頑張れ友海♪
応援してくれる人は必ずいるはずだよ^^v

追いつきました^^

ももちゃん こんばんは^^

毎日暑い日が続いていますね。
そんな中、創作熱のたえることのないエネルギーに拍手です!

「碧い海のように」・・・やっと参加することができました。
航(こう・・と読むのかな?)と友海の掛け合いは、互いを知るための言い合いのように聞こえている私です。

思考回路の違う二人は、互いを認めて理解していく仲間になるのでしょうが(と思っています)いまはまだ、価値観の違いに手探り状態ですね。
二人とも苦労人のようだし、身勝手な周囲との融和は難しいわね。

友海の購入した絵の作者は、航の父親が作者だと判断していいのかな?
この先、どこで「碧い海」が浮かび上がってくるのか、楽しみにしています^^

夏休みもあと10日足らず・・・
お互い頑張りましょう!

商店街に未来はない・・?

こんにちは!!

このボンボンは往生際が悪いは、しつっこいはで、最悪ですね ┐(  ̄ー ̄)┌ヤレヤレ

友海の言うことは正しいのに、多勢に無勢、職場の先輩の不甲斐なさで
ピ~ンチ!の所に航の登場!!で騒ぎは収まったけど、遺恨は残ったわよね・・・

美鈴も友海程でなくても、ボンボンにもうちょっと強く出ないと・・曖昧な態度ばっかり取ってると取り返しのつかない事になるんじゃない?

助けてもらっても言うことは言う友海に
航はまた興味を惹かれた?


  では、また・・・(^.^)/~~~

商店街の未来が・・

こら!!!!ボンボン。どの面下げて『未来を考える』だって??
取り巻き連中も頭悪そうだし・・・

友海ちゃん言わないでは居られない病が(プ)

航さんもお説教する前にちょっこし確かめなきゃネ。

ボンボンの根っこ

ナタデココさん、こんばんは!

>そう、今の自分に出来る事からコツコツ
 始める~~前向きな考え方だよね~

そうですよね。
友海は言うことはいいますけど、ちゃんとやる人です。
ボンボンとは違います。

>根に持つタイプじゃない?

そうなのです。この『根』が、これから頭を悩ませることになっていきます。

応援してくれる人、いると信じましょう。

もう少しだね

なでしこちゃん、こんばんは

>創作熱のたえることのないエネルギーに拍手です!

下手の横好きなんだよね(笑)
エネルギーというのか、思いついたことを残しておきたい気持ちが強いだけかも。
それに、みなさんが付き合ってくれていると言った方が、
正しいのかもね。

航(こう)と読みます。
最初はぎこちなさのある二人ですけど、
これから、互いに色々と知っていくことになります。

>友海の購入した絵の作者は、
 航の父親が作者だと判断していいのかな?

そこら辺は、今はナイショ。
読みながら、どうなんだろうかと考えてね。

夏休み、ラストスパート!
そう思うだけで、にやける私です。

ボンボンの力

yokanさん、こんばんは!

>ボンボンのしていることを読んでると、
 腹が立ってくる~(ー_ー)!!

ですよね。だとしたらボンボンは良い味を出しています(笑)。
このいやらしさが、この後も、色々とありまして。

友海の潔さは、吉と出るのか、それとも凶となるのか、
さらに話しは、広がっていきますので、
よろしくお願いします。

最悪な男

mamanさん、こんばんは

>このボンボンは往生際が悪いは、しつっこいはで、
 最悪ですね ┐(  ̄ー ̄)┌ヤレヤレ

はい、最悪な男です。
この往生際の悪さが、さらに色々と問題がありまして。
まぁ、そこら辺はじっくりと。

美鈴もボンボンが『商店街会長の息子』であるため、
強く言えません。

助けてもらって、また言い合う友海と航。
次の会話は、どんなものなのか……

それはまた、次回ということで。

言いたい度数

yonyonさん、こんばんは!
あちらにもコメントを残してもらっているのに、
こちらにも、あらためてありがとう。

>友海ちゃん言わないでは居られない病が(プ)

はい、今までのキャラの中でも、
一番『言う』キャラかもしれません(笑)

航もお節介なのですが、まぁ、それも愛嬌ということで。