TRUTH 【記憶の1ピース】

TRUTH 【記憶の1ピース】

TRUTH 【記憶の1ピース】



目の前のグラスが空になり、バーテンダーの手が伸びるのを右手で制止する。

自分の中にある定らない想いを、また今日も途中で封じ込め、

スーツの中にある財布へ指を向けた。

7年前から通い続けたこの店とも、別れの時が近づいたのだ。


「お帰りになりますか?」

「はい……昔ほど飲めなくなりました」

「そうですか」


この店へ来た時は、決められた席に座り、決まったものを注文し続けた。

その席が空いてない日は、無理に別の席へ座ることはせずに、また出直す。

そんな不定期な日々は、7年になった。

目の前に広がる夜景も、もう、頭の隅までこびりついた気がしたが、

心に強く残された景色の中の、たった一つの足りない物を探し今日もここにいる。


「先日、雑誌の特集を読みました。今、OL達の間で、話題の店だそうですね」

「いや、それはスタッフの頑張りです。私は場所を準備することはあっても、
盛り上げることは出来ないですから」

「もう……現場からは外れたのですか」

「はい……。色々な肩書きをもらっていくうちに、手からハサミは消えてました」





今から7年前、26才の頃、私はある美容室のスタッフだった。

指名客も増え、異例の速さで店長になり、

自分の未来は華やかに広がっているものだと、そう信じて疑わなかったが、

しかし、計画されていた予想図は、あまりにも呆気なく崩れ落ちた。


店にはその3ヶ月ほど前から、

取引先であるメーカーの御曹司が出入りするようになり、

生真面目で面白みもないその男は、

当時、スタッフの中でも一番美人だと言われていた菜穂子を気に入り、

なんとか口説こうとしていたようだった。

菜穂子は始め、御曹司を無視していたが、気付いた時には、自分の隣からいなくなり、

彼からもらったダイヤの指輪を誇らしげにつけていた。


先の分からない男の未来より、安定を選んだ女は、それからさらに3ヶ月後、

自分の勤めていた店で、一生に一度の衣装を身につけた。


悪いことは重なり、菜穂子の裏切りからすぐに、店の経営が傾きだした。

出世街道を進めると思っていた道は閉ざされ、気がつくと寒空の中に、

放り出されたのだ。

自分の実力とは別のところで乱れた運命に、あの日、初めてこの店に入り、

自分が誰なのか、どんな明日があるのかわからなくなりたくて、

この場所で飲み続けた。


「もう一杯」

「もう……この辺で」


気がつくと閉店まで残り数分になっていて、店の中にいたのは自分の他に、

もう一人しかいなかった。

その女は二人がけのテーブルに一人で座り、進まない酒を前に、

ただ時間をつぶしているように見え、その表情はどこか浮かないもので、

うまく誘い出せば付いてくるのではないかと、そんな気分にさせる。


正直、誰でもよかった。どうにもならない空しさと、

男としての欲望さえ満たされたら、それでいい……。

そんなつもりで、残り少なくなったグラスを手に持ち、女の前に座る。


「僕と……同じですか?」


女はすぐにこっちの顔を見て、その後軽く微笑んだ。

なぜだかわからないが、この時、すでに想いが通じ合っているように思え、

鼓動が速まった。そんなにきついルージュではないのに、妙になまめかしく、

こちらを誘っているようにさえ見えたのだ。


「もう閉店ですよね、わかっているんですけど……」

「一人で出て行くのは、誰かに置いていかれた気がするでしょ。
一緒に外へ出ませんか?」


女は小さく頷くと、残っていたカクテルをスッと飲み干した。

同じ階にあった店はすでに灯りを落としていて、

エレベーターを待つのは、二人だけしかいない。

思い通りにならない悔しい気持ちを処理することも出来ないような、

薄暗い場所に立つ。


隣の女へ手を伸ばしていくと、はじめはピクッと驚いたように動いた指が、

いつの間にかこちらの指にからみつき、エレベーターの扉が閉まる頃には、

二人の唇が重なり合うようになった。





シャワーを浴びることもなく、互いの匂いの中で、ただ想いをぶつけ続けた。

一生守るべき女なら、愛しく抱き、吐息の届く間を楽しむのだろうが、

行きずりに引き受けた女が、正直、壊れようが、泣き叫ぼうがどうでもよかった。

信じていた菜穂子に裏切られたこと、店が自分を裏切ったこと、

その悔しさを吐き出すために、強く抱き締めた。


見ることは出来ないが、おそらく自分の顔は恐ろしく醜いものだろう。

そう想いながら、背中を向けている女の膨らみをつかんだ。

柔らかな場所の先に、敏感に尖った場所があり、指で軽く触れると、

吐息を吐き出しながら、女はピクンと首の角度を変えた。


体の向きを変え、汗ばむ膝で女の脚を開く。

自らを押し当て、征服感に浸っていると、女の顔が目に入った。

少し赤みをおびた頬に、まとわりつく髪の毛をはらう。

黒い瞳はしっかりとこちらを向き、どこか満足げに微笑んでいる。


愛しているわけではない。


通りすがりに落ちていた雑誌を拾い、ひまつぶしに読んでいる。

間違いなくそんな気分だったはずなのに、目の前にいる女は、

まるで天使のような目でこちらを見る。

突き動かそうとした想いはどこかに忘れ、目の前の異変に動けなくなった。


「どうしたの? 続けるのは嫌?」

「違う……そうじゃないんだ」


女は愛されるから悦ぶのではないのだろうか。

大切にされていることがわかるから、

自らを貫く痛みに耐えるのではないのだろうか。

目の前に広がる光景の意味がわからないまま、互いにその時を迎えた。



同じベッドに横になり、静かに呼吸を整える。

境界線のないところまで互いに許していながら、

なぜかすきま風が入り込むような間が、互いの横に空いている。

激しく上下する自らの胸板を見ていると、いきなり携帯電話が鳴った。

それは以前から、自分の店へ来いと言っていたライバル店のオーナーからで、

こちらの経営悪化を知り、声をかけてくれたのだ。

慌ててベッドの上に座り、好条件の話に、何度も頭を下げた。


「いい電話?」

「あぁ、捨てる神あれば拾う神ありってこのことだ」

「ふーん……」


女は立ち上がり、ストレートの髪を軽くまとめると、先にシャワールームへ消えた。

水の音を聞きながら、もしかしたらこの偶然の出会いが、

自分に何かを運んできてくれたような、そんな気がしはじめる。


「なぁ……名前は?」

「どうして?」

「もう一度……会いたいから」


それはうそではなかった。

始めこそどうでもいいと想いながら、過ごしていた時間だったが、

唇を重ねる度、膨らみに触れる度、この時が愛しいと感じられたからだ。

人の出会いなどは、どこにあるかわからない。

シャワーを止めるキュッという音がして、女が姿を見せた。


「また来週、あの店で会いましょう。その時、面接の結果も聞かせてもらうから」

「来週?」

「えぇ……」


絶対に大丈夫だと自信満々に答え、気分のいいままシャワールームへ入った。

出てきた時に女の姿はすでになかったが、約束の日を待ち続け、その日を迎える。





しかし……。





閉店時間まで待ち続けても、女は店に姿を見せなかった。

それから何度も何度も通い、同じ席に座り、同じ酒を飲み続け、

転職しスタッフの一人だった私は、店長になり、

地域統括から、部長職にまで上り詰める。


あの女を探し続けた月日は、7年を重ねた。





「いつ、このホテルは解体されるのですか?」

「4月に入ったらと聞きました。もう土地の買い手も付いているようです」

「そうですか……」


財布を取り出し、少し多めの勘定を済ませ、席を立つ。

名前を聞くこともなかった人との小さな接点も、春には無くなってしまう。


「パリから戻ったときには、もうこの店もないということですね」

「そうですね……」

「……お元気で」

「森住さんも……」


私はバーテンダーにそう声をかけ、もう一度振り返り、あの席を見た。

残されていたものは、誰が飲んだのかわからない、

あの日と同じカクテルグラスだった。






【桜のつぼみ】


森住の心は、どこへ向かうのか……
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コメント

非公開コメント

こんばんは!!

わ~い、一等最初の拍手だぁヽ(≧▽≦)/

森住が捕らわれたままの、心の人とあの一夜は幻だったのか?

そう思わせる様な月日の流れ。。。

このまま幸運を運んできてくれた?人と逢えずに
なくなるホテルとも心の片隅にしまい込まれてしまうんでしょうか…

この二人の道はもう交わることはない?

では、また・・・(^-^)/~~

再スタート

mamanさん、こんばんは!
こちらにもコメントをありがとう。
ちょっとしたことで、掲載し直しとなってしまったけれど、9月に入ったら再開しますので。

この女性との出来事が、幻になるのか、どうなのか、
彼女の正体がわかるのか、どうなのか……

は、もちろん続きを読んでいただかないと(笑)

これからも、よろしくお願いします。