TRUTH 【桜のつぼみ】

TRUTH 【桜のつぼみ】

TRUTH 【桜のつぼみ】



仕事に向かったパリでは、業界の華やかな一面を見せつけられた。

今回、開催された競技会は、アパレル、化粧品メーカーなどが協力し、

モデルに思い思いのコーディネートをさせるもので、

毎年、この春を待つ時期に、フランスで行われるのだが、

こういった厳しい場所に出て行くと、本当に世界は広いことを思い知らされる。

ここで活躍したモデルが、何年後かに各国でトップになることが多く、

力の入れようは、毎回、半端なものではない。

私達も、協力企業と念密な打ち合わせを繰り返し、本番を迎えた。


「はい、競技会では入賞こそ逃しましたが、
ずいぶん評価は高いものになったと思います。
前回は初めてだったので、雰囲気に飲まれたところもありましたが、
今回、イタリアの審査員などは、張り付くように見ていましたから。
『トワレ』の営業部長も出来を褒めて下さいました」


日本に残る社長へ電話を入れ、今回の報告を終了した。

本来ならもう少しパリの空気を楽しみ、日本へ戻る予定だったが、

国内出張を含め、1ヶ月近く飛び回る中で、ホテルを転々とし、

ベットだけの生活が妙に息苦しくなる。

私はスタッフにねぎらいの言葉をかけ、一足先に飛行機に飛び乗った。







海外出張から日本へ戻ると、よく行く場所がある。

有名な温泉地の最高級旅館は、いつ来ても心地よい畳の香りが、

疲れた心を癒してくれた。

初めてこの旅館を訪れたのは、7年前、転職を決めた直後で、

ライバル店から急にかき回すように入ってきた男を、温かく出迎える者は少なく、

その中で負けるものかと、足を踏ん張り立ち続けた。

店の片づけを終えたあと、作業台に残された女性誌の中に、

『最高ランクの癒し場所』として、この旅館が紹介されていて、

当時の給料からしたら、それは贅沢なものだったが、

私は狭い空間から自らを解き放とうとすぐに電話をし、予約を取った。


どこかの社長や役職クラスが訪れる旅館に、ジーンズ姿で向かった若造にも、

女将は嫌な顔ひとつせずに接してくれた。

一流旅館と称されながら、客を選ぶ素振りもない細やかな心遣いに、

尖っていた気持ちはすぐにほぐされる。


「お客様に満足してお帰りいただければ……それで……」


どこで宿泊しようが、同じ時間が流れ、必ず次の日が訪れる。

しかし、目覚めた時、息をした後、心の中に残るものが違う。

それまで、ライバル達に弾かれないように必死に立っていたが、

その視点が全く無意味だったことに気付かされた。


見なければならないのは後ろではなく、前にいるお客様だった。

どこで切ろうが髪の毛は短くなるが、扉を出た時に感じる風は、

おそらく違うものになる。


それから7年、自分に何かがある度、気持ちを切り替えたいとき、

いつもこの場所を選び続けた。





「森住さん」


その懐かしい声に顔をあげると、部屋の入り口に3年前に女将を退いた前の女将、

菊江さんが座っていた。相変わらず身のこなしは美しく、品のある人だ。


「お久しぶりです、体調を崩されたとうかがっていましたが……」

「はい……。年々、冬を越すのが辛くなりますね。
でも、女将から森住さんがいらしていると聞いて、どうしてもお会いしたくて」

「それは光栄です」


私が中へ、と勧めると、菊江さんはゆっくりとした足取りで入ってくる。

ふんわりと、春の香りが部屋へ届く気がした。


「今回はどちらへ行かれたのですか?」

「パリです。その前にも日本国内をあちこち移動していましたので、
窮屈なホテル暮らしでした。だから畳が恋しくてここへ。
おかしいですよね、家には畳がないんです。
普段、そういう生活をしていても何も思わないのに、海外や出張へ行った後は、
どうしても畳、畳って」

「それは日本人の証拠ですよ」

「そうでしょうか」


そのまま先へ進み障子を開けると、菊江さんはある場所を示した。

指の先には細い木があり、その先にピンク色の蕾がついている。


「蕾……ですね」

「はい。桜の木に、5年ぶりくらいの新しい蕾を見つけました。
年々、花の数が減っていて、昨年などはもう、数えるほどでしたのよ。
元気が無くて、もう寿命かと思っておりましたが、なぜか今年急に……」

「あれ、桜だったのですか。今まで気にしたこともなくて」

「そうですよね……」


そのまま縁側に出て、その小さな蕾を近くで確認した。

まだ固い殻を破ったばかりのように見え、花びらも閉じられたままだが、

この小さな花がどんなふうに咲くのか、この目で確かめてみたくなる。


「5年ぶりの蕾ですか、そんなこともあるんですね」

「今年は何かいいことがあるのではないかと、期待しているのですよ。
それを森住さんにもお裾分けしたくて」

「あぁ……そうだったんですか。ありがとうございます」


畳の香りと、静かに春を待つ蕾に、癒された心をそのまま東京へ持ち帰った。





3月の末、それぞれの支店で新しい蕾たちが顔を揃える。

東京の桜は七分咲きで、その日は休みだったが、散歩ついでに街を歩いた。

暖かな日差しの中、ジョギング姿の女性も、どこか軽やかに見える。

少し強く吹いた風が、1枚の花びらを私の肩に乗せた。


『緑山南店』は数ある店舗の中でも、売り上げトップを競う店だ。

東京の中心部という立地条件から、芸能人の贔屓も多く、

店長の瀬口は、人気モデルからの指名もあり、それを目当てに来るOLも多い。

足を伸ばし店をのぞくと、ガラス越しに並ぶ揃いのユニフォームを着た蕾たちが見え、

瀬口には内緒で、入り口の扉をゆっくりと開けた。

後ろに立つチーフの有野が私に気づき、声をあげそうになるのを、指で止める。



「とりあえず、この店で1週間研修をしてもらいます。
先輩方の動きを見て、雑用、補助など積極的に取り組むこと、
そして常にお客様の動き、気持ちを察知し、
後手後手にならないように気をつけて下さい。
あなたたちは研修中でも、店の中にいる以上、立派なスタッフです」


気持ちいいほどの返事が、蕾たちから返され、瀬口はそれそれの配置を決めだした。

チーフの有野が、耳元に近寄り前へ出てくださいと言う。


「必要ないよ、私は休日中だし、ここのリーダーは瀬口だ。
ちょっとだけ新人たちを見たら、すぐに出る」

「いや……でも……」


有野との会話を聞いていた別のスタッフが、瀬口に何かを話し出し、

せっかくのお忍びはそこで終了した。


「森住さん!」


せっかくラフな服装で訪れたのに、ただの散歩にはならなくなった。

すぐに店を出ると言ったが、瀬口はしっかりと腕をつかみ、

どうせなら、新人達に声をかけてやってくれと頼んでくる。


「瀬口がもう言ったんだろ。私が出て行くところじゃないよ」


それまで私のことがわからなかった他のスタッフも、瀬口や有野の慌てぶりを見て、

急にかしこまった態度を見せ始めた。こんなふうに空気を固めてしまっては、

逆効果だ。


「新人、もう一度しっかり並んで。
森住マネージャー、いや、森住エグゼクティブマネージャーだ。
普段は社長の近くで仕事をする人だから、会えるような人じゃないけど、
せっかくだから顔を覚えてもらえ」

「瀬口……正式な肩書きはいいよ。君たちには関係あるけれど、
現場のスタッフに、私はあまり縁がないのだから」

「いえ……そんなことありません。僕も有野も、京都へ行った川澄も、
森住さんから声をかけていただいて、ここまで来たんですから。
森住さんに認めてもらうことが、上へいけるってジンクスがあることくらい、
ご存知でしょう」

「いや、初めて聞いたな」


扉を押さえ、外への通路を遮っている有野も、瀬口に同調するように何度も頷き、

ぜひ挨拶してくれと言い始めた。

こうなったら仕方がない、軽く挨拶だけして店を出ようと前へ向かう。


「森住です。少し大げさな紹介をされましたが、私も3年ほど前まで、
みなさんと同じスタッフでした。今は新店舗の立ち上げや、
コンクールの作業の方へ仕事が移っていますので、
直接お会いすることは少ないかも知れません。
企業ですから、色々な部門の仕事がありますが、お店の評価を決めるのは、
間違いなく現場のあなた方です。
どうかみなさん、しっかりと学び上を目指して下さい。
瀬口店長も、有野チーフも優秀なスタッフです。見本にして間違いないですから」


先ほどと同じようなしっかりとした返事が、こちらに向かって返された。

もう10年以上前、私もこんなふうに夢を持ち、

輝く目を先輩に向けたことを思い出す。

瀬口は10名いる新人を、せっかくだからと一人一人自己紹介させはじめた。

年齢を聞くと、自分と10、いや、一回りくらい離れている人もいて、

それだけ年を重ねたのかと、改めて思い知る。


ヘアメイクに凝り、自らを積極的に演出している者もいれば、

少しだけカラーを入れたことを、恥ずかしそうに語る女性もいた。

そして、6番目に出てきた蕾に、私は一気に心を持って行かれる。


「越野柚希です。専門学校を卒業して、こちらにお世話になることになりました。
何もわからない未熟者ですが、努力と頑張りで
みなさんに付いていきたいと思っています。よろしくお願いします……」


越野柚希(ゆずき)。その名前は聞いたこともないものだったが、

彼女の表情に、私の気持ちは7年前に引き戻された。

それはあの日、カクテルを飲み、黙って付いてきた女にそっくりだったからだ。

二重にしっかりと開いた目も、あの天使のように見つめた目と似ていて、

薄いルージュをひいた唇も、吐息を吐き出し重ねあった、あの唇そのものに見えた。


そこから何名かの自己紹介が続いたが、誰だったのか、性別がどっちだったのかも、

思い出せないくらい、私の目は、越野柚希から動かなくなる。


あの旅館の桜が、5年ぶりに新しい花を咲かせようとしたのは、

この前触れだったのだろうか、

あの日失った想いは、7年ぶりに私の前に姿を見せたのだろうか。





「森住だけど、今年の新人の資料、持ってきてくれないか」


次の日、私はいつもよりも早く出社し、すぐに資料を取り寄せた。

『越野柚希』のページで止めると年齢を確認する。

昭和61年、9月10日生まれ、住所は埼玉、血液型はA型。


「23か……」


7年前の当時、あの店で酒を飲んでいた女が、16才であるはずがなかったし、

二人で過ごした時間を考えても、とても初めてだったとは思えない。

だとすると、彼女に姉がいるのではないだろうか……。


高校を卒業した後就職したが、幼い頃からの夢が諦められず、

学校に入り直しここまで来たことが書かれている。

履歴書につけられている写真にも、あの女の面影が残されている気がして、

私はしばらく書類を閉じることが出来なかった。






【可憐な花】


森住の心は、どこへ向かうのか……
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コメント

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気になる女

こんにちは!!

勢いに乗ってる森住…でもちょっとお疲れのご様子?

そんな森住の前に現れた越野柚希。

捕らわれ続けていた7年前の女性と
関係あるのかしらね?


あちらで上がってる分でも
未だにわからないですよねO(><;)(;><)O
…ってお話はまだ序盤でしょうけど(*'-')

そういえば“柚希”とうちの長男、同い年だわ。
うちのは1月で早生まれだけど…

まあ、どうでもいい話ですが、なんか…何かです。

自分でも様わからんので、逃げます≡≡≡ヘ(*--)ノ


では、また・・・(^-^)/~~

柚希と長男さん

mamanさん、再びこんばんは!


>捕らわれ続けていた7年前の女性と
 関係あるのかしらね?

そうそう、そこを気にしながら、おそらくみなさん読んでくれているものだと。

>未だにわからないですよねO(><;)(;><)O
 …ってお話はまだ序盤でしょうけど(*'-')

あはは(笑)
色々書きたいけど、書けないです、許して。

そうですか、柚希と長男さんと同じ年齢なの?
そういうのって、気になるかもしれませんね。
でも、柚希が長男さんのところへ行くことはないので、
大丈夫です。

コメントは気にせずに、のんびりお待ちください。