3 希望の行方

3 希望の行方




なんとなくおでこに違和感があり、目が覚めた。

いつの間に、私は布団からはみ出してきたんだろう。

窓ガラスにおでこが当たったようだけど、芹菜は本当に寝相が悪い。

アパートでもよく部屋の隅まで転がって、寝ている時がある。

閉じられたふすまの向こうから、灯りが漏れているのが見えて、

私はその隙間をのぞいてみた。


リビングに置かれたソファーに、深見部長と咲さんが仲良く並んでいて、

なにやら映画を見ているみたい。さすがに『怪獣ピッチロ』じゃないんだなぁ。



「そういえば明日、利香が来るんじゃなかったか?」

「うん、一応、今日の昼に電話があって、芹菜ちゃんがいることも話したけど、
すぐに北海道へ行かないとならないから、気にしなくていいのよって」

「北海道?」

「秋山さんのお母さんと一緒に、親戚のところへ行くらしいの。
もうすでに嫁仕事だって、笑ってたわ」

「あ……そうか。あいつ10月だったな、結婚式」

「うん」



私、どうしてここでのぞいているんだろう。

いけない……と思いつつ、自分の欲望に勝てないのです。

なんだか普段見ることの出来ないものが見られる、いいチャンスな気がして。



「ねぇ、もし3日で紺田さんが目覚めなかったら、芹菜ちゃんどうするの?」

「医者の話だと、3、4日の間に意識が戻らないようだと、
ちょっと回復は難しいと言われているみたいだから、
お姉さんも親戚と相談しないとならないって、そう言っていた」

「そう……また、あの時の老婆が、意地悪でもしているのかしら」

「ん?」



老婆? あれ? 咲さん、どうしてそんな発想をするんですか? 

まさか、あの老婆をご存じとか?



「さぁ、それはどうだろうな……ん? 葉書か、珍しいな、どこから?」


「それね、よっちゃんのお母さんからなの。ほら、信用金庫の女の子、
夏の始めのお見合い、うまくいったみたいで、
今度こそよっちゃんも結婚が決まるんじゃないかって、喜んでる」



よっちゃん? それはどなたですか? お見合い?



「そうなのか……。凛が生まれた後、長野のお義母さんから聞いたんだよな、
義成君が見合いをしたって話」

「そう、たまたまおばさんが信用金庫の支店長さんと、
よっちゃんにお嫁さんがいないってぼやいていたら、
受付の女の子が、私がお見合い相手じゃだめですかって言ってくれたって。
どういうことなんだろうかと思ったんだけど、どうもお店のリフォームの相談に、
よっちゃんが何度か足を運んでいて、そこで知ってくれたみたいなんだって」


「へぇ……。じゃぁ、その女の子も最初からその気だったんだ」



あぁ……ご実家の方のお話ですね、それは私が知らなくても当然でした。

ご結婚が決まりそうなら、何はともあれよかったです。



「凛のお祝い寿司、作ってくれるって言って……。
そうだ、横浜に行く前に顔を出さないと。
横浜じゃ、どうしたってうちの方が近いから、お袋が出てきそうだし……。
お義母さんも咲や凛に会いにくいだろうから」

「でも忙しいじゃない、年末まで。紺田さんのこともあるし……」

「だからといって、それを理由には出来ないよ。なんとか時間は作るから」



深見部長の頭を悩ますのは、太田の仕事だと思っていましたが、

まさかこの紺田真紀、こんなにご迷惑をおかけすることになるとは。

長野方面のみなさま、まことに申し訳ございません。

深見部長は、お嫁さんの実家に行きたくないから行かないような

卑怯で弱虫な男ではないのです。どうか、そこら辺はお察しください。



「あぁ……、それにしてもこの映画、まだ半分か、ちょっと眠くなってきたな」



深見部長が、目の前で首を少し横に動かし始めた。

そうですよね、せっかくのお休みに、

私を『ピッチロ』なんかに連れて行くことになったから……。



「寝ればいいじゃない。もしなんなら、明日犯人だけでも教えてあげるわよ」



あぁ……咲さん。それは寂しいものです。結果だけ知ってしまうのは……。

私もついつい、推理小説の最後から読みたいなと思うのですが。



「芹菜ちゃんとさ、映画を見ていて、そうか、5年後、
凛とこんな時間を過ごすことになるのかななんて、考えてたりしてたんだ」

「凛と? もうそんなこと考えてるの?」

「あぁ……」



なんだかわからないけれど、すっかりデート気分だった私、

そうですか、凛ちゃんの身代わりだったんですね。



「早くそんな時がきて欲しい気がするし、来ないで欲しい気もするし……」



そう言えば、私もはるか昔、父と一緒に遊園地へ行ったことがあったなぁ。

幼稚園のころだったと思うけれど、あの時もいつもは頑固だった父が、

珍しくニコニコしていて、どうしたんだろうと思った記憶があった。

まさか小学校に入ってすぐに、病気で亡くなるなんて思っても見なかったから、

あれが想い出といえば想い出なんだけど。

今の深見部長みたいに、娘の成長を楽しみにしてみたり、

早く大きくならないで欲しいと思って見たり……そんな複雑な気持ちだったのかな。





……お父さん……





どうせ空の上に行ったのなら、そうだ、お父さんに会わせてもらえばよかった。

あぁ、もう、あの老婆が急がせるから、

おばあちゃんにもおじいちゃんにも会えなかったじゃないの!


あれ? ふと気がつくと、深見部長の姿が消えている。



「亮介さん、そんな格好でこれから1時間観るつもり?」

「観るつもり……」



も……も、もしかして……奥様に膝枕なんですか? 

そうか、ソファーの背もたれから姿が見えなくなったのは、

横になったからなんですね。



「あ……もう、ちょっと、亮介さん」



こ……声がするけれど、姿が見えない。

今、パシッって何かを叩いたような音がしましたよ。もしかしたら深見部長、

いたずらしようとして、咲さんに叩かれませんでした?

あぁ、もう。これはものすごくイメージだけが膨らむ構図じゃないですか。

奥様の恥ずかしそうな声は、一体……深見部長、何をどうしているんですか? 

ここからじゃ、全く見えなくて……



「クシャン!」



大馬鹿な芹菜め! どうしてこんな時にくしゃみをするんだ。ほら、見なさい。

膝枕だった深見部長は起き上がり、二人でこっちを見ているじゃないの。

こうなったら仕方がない。何をしていたのかバレないためにも、

最後の手段を使わないと……。



「……おしっこ」



私は咲さんに手を引かれ、トイレへ向かった。

もちろんその後、またふすまの前に立つわけにはいかず……鑑賞会は幕を閉じた。







次の日、朝食を済ませると、深見部長は私がいない仙台支店へ向かった。

私は、咲さんが洗濯物を干している間、

ベビーベッドで手足を動かしている、お嬢様の側にいなければ。

変な虫や礼儀を知らない蚊が飛んできたら、成敗して見せますからね。



「芹菜ちゃん、赤ちゃん見ているの、楽しい?」



私は失礼のないように、こっくりとだけ頷いた。

何かを話そうとしても、5歳児芹菜としてしか話せないから、

ろくな言葉が出てこないんだもの。



「何か飲みたいものとか、食べたいものとか、ある?」



いえいえ、お世話になっているだけでも図々しいのに、そんなことはいいんです。

芹菜の一番好きな飲み物は『ピッチロ』の絵が描いてあるサイダーだけど、

あれはまずい。そんなものが好きだなんて、言えません。

ここは首だけ振っておかないと……。



「そう……」



あら? どうしたんだろう、ちょっと咲さん、寂しそうだけど。

昨日、膝枕でイチャイチャしようとした時、

邪魔者の私がクシャミをしたからでしょうか?



「あんまり気にしちゃダメよ」



洗濯物を干し終えた咲さんが、ベランダからこっちへ戻って来た。

キッチンへ向かって、冷蔵庫から何か出しているようにみえるんだけど。

あ……あれは『文楽堂のプリン』じゃないですか。

そういえば、深見部長がよく言ってます。

うちの奥さんは文楽堂のプリンが好きだって。

以前、私、5個入りの割引券、部長にあげたことがあります!

お役に立ったのでしょうか。



「こんな話、芹菜ちゃんにしても信じられないだろうけれど、聞いてくれる?」



私の前には美味しそうなプリンが、艶やかな姿を見せてくれた。

咲さんは眠っている凛ちゃんの頬に軽く触れ、私の横に座る。



「あのね、おばちゃんもね、昔、大きな事故に遭ったことがあるの。
それでね、その後目を開けたら、目の前に白い髪の毛で杖を持った、
おばあさんが立っていたの」



……ん? そのシチュエーション、どこかで……。



「ここはどこなんですかって聞いたら、宙ぶらりんなんだってそう言われて」



あ、私も言われました、言われましたよ、そう言えば!



「上から見たら、病院で寝ている自分の姿が見えたの。
驚いて下に戻して下さいってそう頼んだら、
『本当の幸せを見つけなさい』ってそう言われた」



そういえば、あの老婆、

昔、別の女性が同じようにここへ来たんだってそう言っていた。

もしかしてその女性って、咲さんなんですか?



「それからおばちゃん、下の世界に戻って、そこで深見さん……えっと、
凛のお父さんに会ったの。とっても素敵な人だったから大好きになって、
いつまでも一緒にいたいなってそう思ったけれど、時間は半年しかもらえなかった。
でもね、それまで毎日生きていることを楽しいとか、
嬉しいとか何も考えてなかったのに、そこからの半年間は、とっても充実していた。
彼の喜ぶ顔が見られるのなら、自分がその役に立つのなら、
これで終わりですって言われても、悔いはないぞ! ってそう思えて……。
あ……芹菜ちゃんには難しいね」



いえ、そんなことはありません。そのお気持ちとてもわかります。

私も、こうして芹菜の体を借りていることで、

見えない物が少しずつ見えてきた気がします。

自分なんて何も役に立たない、どうでもいい人かと思っていたけれど、

みんなが一生懸命私のために動いてくれて、悲しんでくれて……。

生きているって、大変だけれど楽しくて、自分だけが頑張っているんじゃなくて、

大勢の人に支えられているんだって……



「今はね、まだ、眠っているけれど、真紀おばさん、必ず戻ってくるから。
神様が戻してくれるから。おばちゃんももうダメだって思った時、
凛のお父さんがそばにいてくれた。彼のおかげで、『本当の幸せ』をつかんで、
ここへ戻ってこられたの。今、きっと何かと戦ってるのよ、
それに打ち勝って戻ってくるから、だから、あんまり気にしちゃだめよ」



咲さんは、私があまり話さないのを、

事故を起こしてしまった責任を感じているからだと、そう思っているんだ。

だから、そんな話しをして、勇気づけようとしてくれているんですね。

そうか、深見部長と咲さんの恋愛って、そんなところから続いているなんて。

私のように神様に空の上で会って、天国に連れて行かれそうになったのを、

それを救ったのが部長なんだ。





そうだったんだ……。





私の後ろで、凛ちゃんがぐずり始めた。

咲さんはすぐに抱きあげ、優しく背中を叩いている。

深見部長が中国から戻ってすぐに結婚したのも、

咲さんを本当に大切に思っているから。





凛ちゃん、あなたは大切な宝物なんですね。





咲さん、天変地異を起こして、

深見部長とどうにかなりたいなどとほざいた私を、どうかお許し下さい。

あの人は、未来永劫、サービスタイムを含めてあなたのものです。





スプーンを入れて、食べたプリンは、

甘くてちょっとほろ苦い、二人の恋の味がしました。








『まき』の延命会議終了まで、あと1日








4 あいつの心



さて、真紀は無事、元に戻るのか!
まぁ、そんな緊迫感、ないかぁ(笑)。
パワーの源、1クリックよろしくお願いします (^O^)/

コメント

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面白いわぁ~^^v

こちらも追いつきました!

「家政婦は見た!」よりリアルな深見家の様子ですね(笑)
真紀ちゃんの”ひとりごと”が、正直な乙女心で、私も彼女になりきりで楽しませてもらっています。

芹菜ちゃんに乗り移ったことで、いろんなことを知ることになる彼女は、その後「人を見る目」が変わるんだろうなぁ・・・

あと2話、待ってます^^

目線

なでしこちゃん、こんばんは!
こちらにもコメント、ありがとう。
リミットで残した部分の解消方法として、
こんなお話を書いてみました。

>その後「人を見る目」が変わるんだろうなぁ・・・

あはは……
同じ『書く目線』の感想だなぁ……

こちらも遊びに行かないと! なんですが、
もうちょっと待っててね。

3話まで来ました

yokanさん、こんばんは!

>「サービスタイムを含めてあなたのものです」いい言葉だわ^^

うわぁい、ありがとう。
セリフを褒めてもらえるのって、とっても嬉しいんですよ。

>どんな生き返り方をするんでしょうね^^

うふふ……でしょうかねぇ(笑)

一緒に覗き見^^;

こらこら真紀ちゃん、こっそり覗き見は良くないぞ~
なんて思いながら・・誘惑に勝てず
真紀ちゃんと一緒にドキドキしながら深見夫妻を見ている気分になっちゃった私・・・

よっちゃんを知らない彼女に
あのね・・よっちゃんって言うのは咲の幼馴染でね~~
なんて、思わず説明しそうになっちゃったわ^^;
良成君の幸せな近況が聞けて
とっても嬉しかったです♪

思いがけなく咲から、自分と同じような老婆との出会いや
その後の深見との半年間の話を聞く事になった真紀ちゃん。

今回は深見夫妻を通して
夫婦や親子の強い絆を知ったのね・・・

延命会議終了まで、あと1日

新しく生まれ変わった真紀ちゃんに会えるのを楽しみに待ってるね~♪

ずっと、お付き合い

パウワウちゃん、おはようございます。
昨日は、急にPC前を離れてしまって、
お返事が書けずじまいでした。

>あのね・・よっちゃんって言うのは咲の幼馴染でね~~
 なんて、思わず説明しそうになっちゃったわ^^;

あはは……ありがとう。
『リミット』のスタートから読み続けてくれている
パウワウちゃん。
覚えてくれていて、嬉しいです。

真紀はとんでもないことに巻き込まれながら、
人の心や、自分の生きている意味などを
考えています。
(ただ、のぞき見しているだけじゃないのさ・笑)

ラストがどうなるのか、
想像しながら、お待ちください。