6 余計なこと

6 余計なこと




航は友海たちから30分ほど遅れて店を出ると、そのまま家へ向かう道を歩いた。

友海が店を出るときは降っていた雨も、今はすっかりやんでいる。

商店街を抜け、曲がり角を過ぎ上を見ると、友海の部屋には明かりがついていた。

気持ちは相当疲れたのだろうが、とりあえず戻っていたことに安心し、

そのまま門をくぐった。


「ただいま」

「あ、お帰り、航。話は済んだの?」

「あぁ……」


澄佳はすぐにお茶を入れ、先にお風呂へ入ってしまったと笑った。

航は書類を入れた封筒を横に置くと、湯飲みを持ち、少しため息をつく。


「どうしたのよ、難しい話だったの?」

「いや、会社の話じゃなくて……。なぁ、おばさん。
どうして彼女は親にお金を渡さないとならないんだ?」

「彼女……って、友海ちゃんのこと?」

「うん。給料日を前に苦しいんだとか、あの子は頑張り屋だとか言って、
かばっていたよね」

「どうしたのよ、急に」


航は澄佳の前に座ると、上着を脱ぎ、すぐにネクタイを外した。

締め付けていたものがとれ、心まで解放されたような気分になったからか、

少し前に店で見てきた友海の様子を澄佳に語る。


「『野々宮園』の息子さんか、あぁ、何度か見かけたことあったけど。
そう、友海ちゃん、立ち向かっちゃったのね」

「うん。助け船を出したつもりだったんだけど、どうも……」


自分では二人を助けたつもりだったが、航の覚えている友海の表情は、

どこか不満げに見えた。


「じゃぁまた、お節介な人だって思われたのかもね」

「だろうね」


航はもう一口お茶を飲むと、テーブルに湯飲みを置いた。

澄佳は急須からお茶を継ぎ足し、布巾でテーブルを軽く拭く。


「友海ちゃん、家が欲しいんだって言ってたわよ」

「家? あの子が家を買うの?」

「うん……。あんまり詳しくは聞いていないんだけど、
お母さんも一生懸命働いてお金ためているらしくて。
でも、そのお母さんはちょっと前に体調崩して入院して。その費用があったり……。
とにかく、自分が贅沢をしているわけじゃないの」

「父親は?」

「うーん……それ以上はおばさんもわからないわ。あんまり聞き出すのも変でしょ。
ただ、あの子は毎日一生懸命生きていて、
人から後ろ指をさされるようなことはしてないことだけは確かなの」

「そう……」


朝戸と関山から渡された資料を取り出し簡単に目を通しながら、

航はまたお茶に口をつける。

澄佳は頂き物の羊羹を食べるかと問いかけたが、航は首を横に振り断った。


「自分たちの住んでいる町が、働いている場所が少しでもよくなるように、
会に参加しようと思ったんだってそう言われてさ、
自分もその気持ちで新谷家に乗り込もうとしているんだって、気付かされた。
みんな誰でも、そういう思いを持って生活していけば、
世の中はもっとよくなるんだろうけどね」

「……そうね」


航は綴じられた書類の最後のページに残る、海人のサインをじっと見た。





「うるさいなぁ」

「海人、航に会いなさい。あの子はあなたのために会社に入ったのよ。
話を聞けば、理解出来るから、だから……ねぇ」

「いい加減にしてくれよ。誰がそんな話を信じるんだ。
ひょっこり出てきて、金が欲しいからに決まっているだろう。
騙されているのは母さんだけなんだよ」

「海人……」


新谷家のリビングでは、航に会おうとしない海人に、

登志子が苛立ちを隠せないでいた。海人より5つ年下の真湖は、

読んでいたファッション雑誌を閉じ、席を立つ。


「お兄ちゃんも意地を張っているけれど、
今更、航を会社に入れるお母さんもお母さんよ」

「真湖……」


真湖は冷蔵庫から頂き物のゼリーを取り出し蓋を開けると、スプーンを探す。


「お金が欲しいっていうのだったら、少し分けてあげたら? 
いいじゃない。どこかの店長さんでもさせれば。
今、世の中って就職が難しいんでしょ?」


自由に意見を言い、何も責任を背負うことのない真湖を、

海人は呆れた顔で見る。


「真湖、適当なことを言うな、何もわからないくせに」

「何よ、お兄ちゃんだって……」

「海人の言う通りだ。無責任なことを言うな、真湖」


その時、リビングへ姿を見せたのは、仕事から戻った和彦だった。

登志子は気づかなくてすみませんと誤り、すぐに上着を受け取る。


「真湖。お前はまだまだ子供なんだ。海人は自分の立場があり、
仕事のことがあるから慎重になる。まぁそれでも、この家は母さんの家だからな、
父さんも言ってやりたいが、これ以上は口に出せない」

「あなた……」


自分が婿であり、航を入社させた登志子の決定に逆らえなかったと、

和彦は嫌味を残し、そのまま部屋へと入っていき、

海人は自分の携帯をテーブルから取り、何も言うことなく、階段を登った。





友海が待っていた給料日を迎え、朝一番に自動販売機でタバコを1箱買った。

休み時間を迎え信号を渡ると、いつもの場所に座り、大きく息を吐く。

包み紙を丁寧に取ると、タバコを1本取り出した。

一緒に持ってきたライターを出そうとポケットに触れたが、

タバコ以外の物は入っていない。

もしかしたら落としたのかと、あたりを見回したが、それらしきものはなく、

あるのは芽吹いた若葉くらいだった。


目の前を何人かの人が通りすぎるが、

知らない人にライターを持っているかなど尋ねることが出来ずに、

友海は仕方なくタバコを箱に戻し空を見上げた。

川の向こうの雲は、少し灰色がかっていて、この後一雨来るのだろうかとそう思う。


「飯田さん!」


その声に体を起こし後ろを向くと、歩いてきたのは何やら書類を持った航だった。

友海はそのまま軽く頭を下げる。


「すみません、休憩中なんですよね……
あ、タバコ、どうぞ、ここで吸うことに文句を言うつもりはありませんから」


自分を見つけ、すぐにタバコのことを思い出す航に、

友海は右足の横に箱を隠す。

人の行動に関して、いちいちうるさい人だと思いながら、わざと反対側を向いた。


「何をしようが私の自由です」

「まぁ、それはそうですね。また余計なことを言いました」


航はそう言うと、友海の隣に腰掛け、書類を見て欲しいと言い出した。

暗号のようなものが書いてあるのは、どういう意味なのかと問いかける。


「あ……これは、前店長から言われていたことです。『H』と残しておくようにって」

「理由はわかりますか?」

「さぁ、ただ、指示された通りにしているだけなので」

「そう……。みんな答えは一緒だな」


航はそれだけを聞くと、すぐに立ち上がった。

友海はそれだけのためにここへ来たのかと、逆に問いかける。


「はい。これを書いたのは誰なのかと店で聞いたら、飯田さんだと言われたので。
田上さんが、飯田さんの休憩時間を邪魔すると怖いから、
直接ここへ行くようにと地図を書いてくれました」

「美鈴が?」


航は地図の書かれたメモを友海に見せた。余計なことをしてと言いたくなったが、

美鈴ならそうするだろうと思うと、なんだかおかしくなる。


「いい眺めですね、ここ。風は気持ちいいし、大きな木の陰になるから、
暑さも結構しのげそうだし」

「夏には花火大会があるんです、みんなで場所取りして、毎年見てます」

「へぇ……」


二人の目の前を、自転車の男性が通りすぎていき、

川にかけられた橋の上を、電車がクロスするように走っていった。

その音がだんだんと小さくなり、また静けさが戻る。


「この前は、すみませんでした」


航の謝罪に、友海は視線をあげた。

航は、自分はおせっかいな人間なんだと笑顔を見せる。


「住んでいる町を、働いている場所をよくしたい……。本当に僕もそう思います。
何か意見があったら、遠慮なく発言して下さい。
それを聞くくらいの耳なら、持ってますので」


初めて航を見た日、素直に謝罪された時に感じた心地よさが

また、友海の心に入り込んでいく。あの時と同じように、意地を張る自分の方が、

幼いような気にさえ、思えてきた。


「いえ……こちらこそ、生意気なことを言ってすみませんでした。
助けていただいたのに、よく考えたらずいぶんな言い方をしたんじゃないかと……」


それは友海の素直な言葉だった。

ボンボンの力にどうしても対抗出来なかった友海に、

助け船を出してくれたのは、ここにいる航だけで、

同僚である馬場達は、次の日、友海や美鈴に謝罪しに来たものの、

ボンボンを前にしたら、何も出来なかった。


「タバコ吸ってもいいんですよ、休憩中なんですから。どうぞ」

「吸いたいとは思っているんですけど、ライターを忘れてしまったんです」


友海はタバコの箱を、そのままポケットに押し込んだ。

航は自分はタバコを吸わないので、ライターも貸すことが出来ないのだと笑い、

そのまま店へ向かおうとする。


「飯田さん、一つだけいいですか?」

「……なんでしょうか」

「ライターが見つからない理由で我慢できるくらいなら、
少しずつ減らした方が、体のためですよ。タバコ代が半分になれば、
他に使うことが出来ますから」


友海がその意見に無言のまま、特に返事をしないでいると、

航はまた余計なことを言ってしまったと笑う。

航は、土手の上から友海に向かって軽く頭を下げると、そのまま見えなくなった。





7 彼女の面影
<photo:tricot>

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コメント

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影響力

yokanさん、こんばんは!

コボちゃん、いいですよね。
そうそう、ほのぼの……癒されますから。

>航さんの「余計なこと」は
 友海ちゃんにどういう変化をもたらすか・・・

はい、反発したり、納得したり、
航と友海は、これからも互いの『言葉』に
色々と考えることになります。

新谷家と航にも歴史がありますからね。
航の味方が出来てくればいいのですが。

あ~勘違い

こんにちは!!

航は友海に興味津々?
おばさんにリサーチしたりなんかしてさ(*≧m≦*)

頑張りやだし共感するところが多いからかしら?

2人とも孤軍奮闘って感じですよね!!

友海も航に対する印象が変わってきたみたいだし、これからの絡みが楽しみですねo(^o^)o

あと、どうでもいいことだけど、本文中の“馬場”が“馬鹿”に一瞬見え、Σ(゜□゜;)エッ…同僚のこと友海にそんな風に言わせるの?らしくないかなぁ…と思ったら、ただの見間違いだった(爆)

ちゃかしっこのmamanでした(*≧m≦*)


では、また・・・(^-^)/~~

ちょっと違った?

mamanさん、おはようございます。

>航は友海に興味津々?

おそらく、あまり出会ったことのないタイプだったのでしょう。
突っ張って見えるだけに、その理由が知りたくなったのかも知れないです。

>本文中の“馬場”が“馬鹿”に一瞬見え、Σ(゜□゜;)エッ…

あはは、おもしろい。
一瞬、私が打ち間違いをしたのかと思っちゃいました。
漢字で書くことは、ないだろうなぁ(笑)