TRUTH 【可憐な花】

TRUTH 【可憐な花】

【可憐な花】



越野柚希。


結局、彼女の履歴書から、7年前に会ったあの人とのつながりを

つかむことは出来なかった。

それから1週間、越野さんのことは気になっていたが、

横浜の新店舗へ行く仕事が入っていて、しばらく身動きが取れなくなる。

ようやく軌道に乗り、とりあえずの任務を終えると、

少しだけほっとした気持ちのまま、車を走らせた。



春を告げる桜は、すっかり満開になった。

輝くのは今だとばかりに、咲いている花を見ながら信号待ちをしていると、

店の紙袋を手に持った女性が目の前を通り過ぎる。

昨年から、化粧品メーカー『トワレ』と協力して、独自のブランドを立ち上げた。

美容院という枠から飛び出し、企業としての位置を確保する戦略は今のところ成功し、

女性誌などでは、特集まで組まれるようになる。

その話題の中心『緑山南店』が斜め前に見え、私は、ウインカーを右に出すと、

車を駐車場へ入れた。


「いら……あ、森住マネージャー」

「忙しい時間に悪いな。瀬口はいる?」

「あ、はい。店長!」


この秋に開かれるコンテストのことを、ちょうど瀬口に話そうと思いながらも、

私の視線は、店の中を動き回るスタッフへ向いた。

客に出来上がりを確認するもの、シャンプーをしながら語るもの、

先輩のアシスタントとして道具を片付けるものがいる中、越野さんの姿は見えない。


「すみません、今、雑誌の取材が来たところなんです。
10分待っていただけますか。すぐに済ませますので」

「それは悪かった。また改めて寄らせてもらうよ。そんなに急ぐ話ではないんだ」

「いや、森住さん。少し待ってもらえたら」

「いいんだ……。内部の事情で切り上げたりするのはよくない。
きちんと取材を受けてくれ。今、大事な時期だ」


私は、もっともらしいセリフを言った後、そばにいたスタッフに声をかける。

ここへ来た本音を瀬口に見透かされそうで、慌てて店を出た。





どうかしている。



瀬口にコンテストのことを言いに来ただなんて、とってつけたような話だ。

新人の様子を見るために来たなど、とても言える理由ではない。

車に向かって少し進むと、建物の影から一匹の猫が顔を出した。

幼い頃、手をひっかかれたことがあり、どうもそれから好きになれず、

一歩前へ進むとこちらに飛びかかりそうな気がして、動けなくなる。


その後すぐに顔を見せたのは、越野さんだった。

私の姿には気付かないまま、何かを持っているように軽く合わせていた両手を

猫の上で開くと、薄いピンクの花びらが、ひらひらと顔の上に落ちる。

猫はブルッと首を動かし花びらを落とすと、これ以上からかわれたくなかったのか、

低い壁にジャンプし、垣根の向こうへ消えた。


越野さんは猫を見送り、壁に立てかけてあったほうきとちりとりを持つと、

散らしてしまった花びらを、楽しそうに片付けはじめる。

距離からすれば、ほんの数メートルなはずだが、私には気付いていないようだ。

どこかで聞いたような歌が、ハミングになってこちらにやってくる。


「こんにちは、越野さん……だったよね」


何気なくこちらを向いた後、やっと私に気付いたようで、慌てて頭を下げてきた。

本当に気付いていなかったのなら、

もう少し、彼女のハミングを楽しんでいればよかったのかもしれない。


「すみません、気付かなくて。あの……名前を覚えてくださったんですか?」

「あぁ……商売柄、人の名前を覚えるのは早いんだ」


越野さんはそうなんですかと言いながらも、名前を覚えられていたことが

とても嬉しそうに見えた。照れくさそうに笑う顔も、あの女を思い出させる。


「越野さん」

「はい」

「君、お姉さんがいる?」


自分に驚かされた。あまりにも唐突に、越野さんに姉の存在を確かめていた。

もう、7年も前のことで、あの時の年齢を考えても、

結婚し、子供を生んでいるかもしれない。

いや、そうでなくても、それを知って何をどうするつもりなのだろう。


「いえ……姉はいません。兄弟は1つ年下の弟だけです」

「弟……」


私の質問の意味を計りきれず、越野さんは少し複雑な顔をした。

こうなったら誤魔化すようなことを言うより、

正直に話しておいた方がスッキリしてもらえる気がする。


「急に悪かった。昔、あなたに似た人とちょっと想い出があって……。
自己紹介の時に、似ているような気がしたから、もしかしてお姉さんがいるのかなと。
突然、変なことを聞いて驚かせたね」

「いえ……」


越野さんは小さく首を振ると、失礼しますと頭を下げた。

花びらが入ったちりとりをほうきで押さえながら、店の裏口へ向かう。

私もポケットから車のキーを取り出し、リモコンに触れると、

カチンと音がして、ロックが解除される。


「森住エグゼクティブマネージャー!」


その声に振り向くと、裏口の前に立つ越野さんが、こちらを向いていて、

少し強く吹いた風に、また、桜の花びらが何枚か舞っていく。


「肩書きはいいよ、森住さんで、何か?」

「あの……その想い出は、いい想い出ですか? それとも嫌な想い出ですか?」

「ん?」


彼女の真剣な表情に、私はつい口元を緩めた。

自分と似ている人が、どんなふうに私と関わりを持ったのか、興味を持ったのだろう。


「とても素敵な想い出だよ」


越野さんはその言葉に嬉しそうな笑顔を見せ、もう一度頭を下げると、

裏口から店へと消えた。


そう、あの7年前の出来事は、忘れたいというよりも、強く心に残されているものだった。

偶然関わりを持っただけだったが、その日の電話から、

私の人生はまた道を変え、まっすぐにここまで続いてきた。

未だにあの日の女性を、どこかで捜し続けているのは、

運命を変えてくれた感謝の気持ちを伝えられなかったから、なのかもしれない。


キーを入れ、エンジンをかけると、FMの番組から、お気に入りの曲が流れ出した。





「へぇ……そんなことがあるんだ」

「あぁ……他人のそら似なんだろうな」


隣に座る菜穂子は、つけているイヤリングが気になるのか、何度も指で触れた。

あのホテルが営業を停止し、解体のために立ち入り禁止になってから、

私の憩いの場所は、別の店に変わった。


「そんなに体の相性がよかったってこと? その女性と」

「そんなことは言ってない。君に裏切られて大変な思いをした後、
運命を変えてくれた人だ……。だからもう一度会って、お礼を言いたかった。
会おうと言っておいて会えなかったら、気になるだろう」

「ふーん……ものは言いようね。男が女にこだわる理由なんて、
忘れられないからに決まっているじゃない。私が聡のことを忘れられないように……」


菜穂子は綺麗にマニキュアを塗った爪で、私の左手の甲をスッとなぞった。

昔から、ウソか本当かわからないところを、フラフラと歩くのが好きな女だ。


「あぁ……バカみたわ、こんなつまらない人生になっちゃって……」


菜穂子は、ご自慢のダイヤの指輪をつけていた指を見ながら、

目の前のグラスにまた口をつける。

私を裏切って結婚した御曹司は、真面目を絵に描いた男だが、

結婚したらそれで終わりの人らしく、社長夫人になった菜穂子は、

暇な時間をもてあまし、夜の街に繰り出すようになった。

たまに電話がかかり、愚痴の相手をする。


「7年も聡の心の中でくすぶっているんでしょ、なんとしても見つけ出すつもり?」

「見つけ出すもなにも、名前も住んでいるところも知らないし、どうしようもない。
ただ、越野さんがあまりにも似ていて、驚いただけだ。
それより、君の推薦する営業部長はいつ来るんだ。
自分から設定した約束に遅刻してくるようじゃ、たいした企業じゃないな」


そう、今日の本来の目的は別のところにあった。彼女を取り巻く男の一人が、

自分の会社の商品をどうしても売り込みたいと言ってきたのだ。


「必ず来るわよ、聡に会いたいって言ったのは向こうなんだから。
道でも混んでいるんでしょ。それよりねぇ、女なんてさ、
結婚して安定の中に入ったとたん、ぶくぶく膨らんじゃって、
案外、街の中で見逃しているのかも……。あんまり夢のような想像はしない方が……
あ、来た! 八坂さんこっち!」


菜穂子は人の思い出話を茶化しながら、遅れて到着した男を私に紹介した。

背は高く見栄えはいい男で、菜穂子が隣で酒を飲みたくなるのもわかる気がする。

中堅美容機器のメーカーに勤める、営業部長のようだが、

話し方を聞いていると、あまりキレがいいようには感じられない。

それでも何度も頭を下げられ資料を受け取り、同じテーブルで1杯だけ付き合った。

八坂さんは家が郊外にあり、通勤に2時間かかるのだとまた何度も頭を下げ、

先に一人で店を出て行った。


ちょっとした仕事モードが終了し、菜穂子は飲み飽きたと言って、別の物を注文する。

時計を見ると11時になろうとしていて、そろそろ切り上げようかと、グラスを空にした。


「あ、ちょっと、帰ろうとしているんじゃないでしょうね」

「帰るよ、用件は済んだんだ。金持ちの暇な奥様を相手しているほど、
お気楽な身分じゃない」

「何よ、呼べば来るくせに」

「誤解されるような言い方をしないでくれ。君が取引先の奥様だから、
邪険に出来ないだけだ。下心も野心もないから、ここら辺で退席させてもらうよ」

「あ! ねぇ、どう? 八坂さんにちょっとは希望が見えてきそう?」


申し訳ないが、彼との取引はあり得ないだろう。

彼が、うちの社長の目に止まる可能性はゼロに近い。

私は茶色の封筒の中身をもう一度確認し、そのまま菜穂子へ放り投げる。


「あ、ちょっと! 聡!」

「もったいないから戻しておくよ。また、別の人に使えばいい。資源は大切にしないと」

「エ……困るわよ、置いていかれても! ちょっと!」


菜穂子の声を聞きながら、勘定だけ済ませ店を出た。



そう、菜穂子とは不思議な関係が続いている。

社長夫人になってからしばらくは、全く連絡も取っていなかった。

店も変わり、環境も変わり、心に余裕が出来た頃、電話をしてきたのは彼女の方だった。

安定に気持ちが揺れて結婚したけれど、ただそれだけの日々がつまらないと、

私の目の前で泣き続けた。


以前ならその涙を見ただけでも、守りたい気持ちにかられたものだったが、

自然に作られた壁によって、何も感じなくなった。

むしろ、どこか哀れに見え、酒の相手だけをする日々が、2年ほど続いている。


彼女には私のように、隙間を埋める相手が何人かいて、

それはそれなりに優雅な生活と言えそうだった。

人生の中の一時、あれだけ求め合った間柄でも、

今、そんな気持ちは心の片隅にも出てこない。人の心はわからないものだ。





ホテルを出てタクシーに乗り込み、家の場所を告げ座席に深くもたれかかった。

あの店がなくなり、ホテルがなくなれば、自然に心の中から排除されると

そう思っていたが、越野柚希が現れたために、沈めていた想いが、

またどうしようもない形で浮上する。


信号待ちをし視線を上げると、解体準備を進めるホテルが静かに姿を見せた。

その前に立っていた大きな桜の木から、淋しげにハラハラと花びらが舞い落ちる。


明日からは福岡に出張だ。

また、あの『負けず嫌い』に会いに行こう。そう想いながら目を閉じた。






【春の夜】


森住の心は、どこへ向かうのか……
いつもありがとう。1ポチの応援、よろしくお願いします。


コメント

非公開コメント

柚希と菜穂子

こんにちは!!

何度読んでも菜穂子の身勝手さには呆れる。

森住も…と思ったけどそんなおバカじゃなくてよかったわ(o^-')b

やっぱり七年前の女性がどこまでも着いてくるね。

逢ったら逢ったでどうなるのかしら…

そして柚希とは?

これからどうなるのか、気になりますヽ(≧▽≦)/


では、また・・・(^-^)/~~

森住と女性陣

mamanさん、こちらにも

>やっぱり七年前の女性がどこまでも着いてくるね。

はい、付いてくるんです。
森住の心の中から、消えてはいないので。
何かがあると、隅っこの方から出てくるんでしょうね。

女性陣との距離がどうなるのかも含めて、
新しい回のUPまで、もう少し待っていてね。