TRUTH 【春の夜】

TRUTH 【春の夜】

【春の夜】



季節の進みは、東京よりも福岡の方が少し早いようで、

気温が上がったからか、街を歩く人の服装も、より軽めなものに変わっている。

堅苦しい挨拶やイベントをそつなくこなし、適当に時間を過ごした後、

私は、『負けず嫌い』の住むマンションへタクシーを走らせた。


真知子……いや、十倉真知子さんと出会ったのは今から3年前、

社長に本部勤務を命じられ、現場から離れ始めた時だった。

それまでは技術だけを競い、自分の価値を高めることしか考えていなかったのに、

人を管理するため入社したエリート達の中で、急に仕事をすることになる。


『学歴』という最強の武器を備えた男達の中に、ただのスタッフだった私が入り、

同じ仕事をこなしていくことに対し、堂々と不満を漏らす者もいた。





……それは今でも変わらないが。





土産に持ってきた袋を横に置き、少しあくびをしながら外を見ると、

タクシーは、すっかり花を落としきった桜の道を進んでいる。


「お客様はどちらからですか」

「東京です」

「そうですか。東京はまだ桜も満開なんでしょうね」

「いや、そろそろ終わりでしょう。昨晩からの雨で、一気に散っているかもしれません」

「桜はきれいですけど、散ったその後がね」


タクシーの運転手はどうも話し好きらしく、毎年、桜が散った後、

この道が毛虫だらけになり、少し駐車しておくと、

フロントガラスに何匹も乗っていることがあると、楽しそうに語った。


どんな花も、綺麗なだけでは終わらない、それは仕方のないことだ。





『トワレ』の新商品発表会に、ただ社長のお供として付いていったあの日、

話す相手もいないまま、一人壁に寄りかかっていると、

いつの間にか横に立っていたのは、真知子さんだった。

女性誌の編集部に勤め、取材のために訪れたようだったが、

偉い人の挨拶ばかりが続き、大あくびをする。


「あぁ……たいくつ。あいつ、自分の挨拶で完璧に酔ってるわ」


主催者の挨拶にも関わらず、ハッキリつまらないと表現する彼女に、

つい楽しくて大きく頷くと、彼女はすぐに私の方を見て、

失敗したかもしれないと軽く舌を出した。


私達は重苦しい会場を抜け出し、ホテルの下にある喫茶店に入った。

編集者の彼女は聞き上手で、仕事で少し不満の溜まっていた私は、

あれこれ積もっていた愚痴を、いつの間にか吐き出してしまう。


「森住君おもしろい。その話、記事にしちゃおうかな」


その言葉で初めて、自分が余計なことまで口にしたと気付かされ、

一気に顔が青ざめた。

話したことが表ざたになったら、もう、この業界にはいられない。

お世話になった社長の顔が浮かび、それだけはしないでほしいと彼女に頼み込んだ。


「じゃぁ、また来週、会ってくれる?」


住所を聞くと、彼女は福岡に住んでいた。

『トワレ』の発表会は大阪で行われ、自分の職場は東京にある。

日本中をグルグル回るようなことは無駄だと思いつつ、弱みを握られた状態では、

無視することも出来ない。結局、言われるまま、翌週福岡に向かった。



しかし、待っていた彼女は私をきちんともてなし、それなりのデートを楽しませてくれた。

彼女の言葉や態度に、初めから偶然聞き出した愚痴を記事にするような、

いやらしい思いはなかったことに気づく。

芯をしっかりと持ち、権力に媚びたりしない年上の女性に、自然と気持ちを寄せた。





「森住です」

「はい……」


オートロックのマンションの入り口がスーッと開き、その場所へ足を踏み入れた。

前にここを尋ねたときは、窓からクリスマスのイルミネーションが見えたはずで、

季節はすっかり別の顔を見せている。

また、あの『負けず嫌い』に嫌味のひとつでも言われるのでは、と、楽しくなった。


「どうしたの? 今回は」

「真知子に会いたくなった……じゃダメなのかな」

「やめてよ、そういう気分が悪くなるような言い方。
森住君には嫌われる要素はあっても、好かれる要素はないはずだもの。それに……」

「はいはい、真知子さんでした」

「そうよ、所有物のように呼ばないでね」


彼女に東京へ出てきて欲しいと願ったこともあった。

実際に彼女が働いている会社には、東京のオフィスもあるからだ。

しかし、福岡を離れたくないと言われ、結婚という形で、一度失敗したことがあり、

縛られた恋愛は二度としたくないというのが、返事だった。

何かに囚われることなく自由でいたいという彼女を、知れば知るたびに、

その言葉の意味がわかり、結局諦めたのだ。


「これ、お土産。真知子さんの好きなウイスキーに、合うといいけど」

「あ……燻製? ありがとう」


手羽先とベーコンを桜のチップで燻したものだ。

以前、宿泊したホテルの店で見つけ、真知子さんにぜひ食べて欲しいと持ってきた。

袋を開け、広がる香りを鼻に届けるようにしながら、彼女は楽しそうに笑う。


「このチップ、桜ね……。そうか、東京はまだ満開くらい?」

「いや……そろそろ」

「森住君は、モデルとかアシスタントとか、綺麗な桜ばっかり見ているんだもんね。
私には同じ桜でも、燻製ってことか」


この嫌味な言葉を楽しみにきたとは言え、よくも言い返せるものだと呆れ返る。

椅子に座り足を組むと、何でも言ってこい……と、次の言葉を待つ。


「ねぇ、テーブルの上にあるの、どっちがいいと思う?」

「ん?」


PCの横にある小さなテーブルに、2枚のデザイン画が置かれていた。

1枚はロングの黒髪の女性で、もう1枚はショートの女性だ。


「私はね、絶対にロングだって言ったのよ。でも編集長はショートだって譲らないの。
十倉君、これは夏なんだよ、髪が長かったら暑苦しいだろうって。
そんなことでしか決められないんですかって、言い返したんだけど、
もう、腹が立つんだから。1時間以上言い合いして、最後になんて言ったと思う?」

「さぁ……」

「君に20代の気持ちを聞いたのが、間違いだったね……だって。言うでしょ。
自分のことはすっかり忘れているのよ」

「腹ばっかり立てるなよ。編集長なんだろ、文句を言うのが仕事だ」

「本来なら新人がやる予定の仕事だったの。でも急に連絡もなしで辞めるんだもの。
とばっちりが大変よ。森住君のところもどうなの? 新人、入った?」


新人……。その言葉を聞いて、越野柚希のことを思い出した。

研修が終わり、店に配属となるとお客様気分は消えていく。

描いていた夢と、押し寄せてくる現実がズレはじめる頃だ。

美容師の世界は派手に見えるが、実際には重労働で、

そのギャップにすぐ根をあげる者も多い。


「『緑山南店』に集めて研修をした後、
それぞれ各支店へ配属になっているはずだけど……」

「『緑山南店』か。店長、瀬口君だっけ?」

「あぁ……。まぁ、今は忙しくて、店はほとんど有野が仕切っているけどね、実際」

「そうよね。今や看板スタイリストだもん。いい男だしキレもあるし。
そう言えば、一度一緒に食事したことがあったわね、東京で。
あの瀬口君が指導しているのなら、安心だわ」


真知子さんの言葉を受けながら、越野さんが雑用をこなしている姿を想像した。

あの笑顔は曇らないままで、頑張っているのだろうか。

幼い頃の夢が諦めきれなかったと履歴書には書いてあったが、

追われる毎日に、根を上げているかも知れない。


「心……ここにあらずなの?」

「ん? いや、ちょっと」


真知子さんは私の土産を皿に入れ、テーブルに置くと、

氷を入れた二つのグラスに、それぞれウイスキーを注いだ。

カランという音がして、目の前で氷が軽く舞う。


「この前来た時は、クリスマスだったなって、さっきエントランスで思い出したよ」

「そうよ。赤い鼻つけたじゃない。寝ている間に」

「あぁ……そうだった」


ベッドで眠っていると、いつの間にか、彼女がパーティーグッズの赤い鼻を

私の鼻につけていたようで、証拠の写真を起きた後、携帯で見せられたことがあった。

3つも年上なのに、妙に子供じみたところがある不思議な人。


「なぁ、本当にこれからも東京に出てくる気はないの?」

「ないわよ……」


真知子さんは自分のグラスを手に持つと、窓の方へ進みカーテンを開けた。

最上階にあるこの部屋からは、少し離れた華やかな街並みが、星のように光って見える。


「そばにいかないから長く続くの。好きだと思って一緒にいると、
嫌なところばかり目に付くようになったりして。もう、そんな思いは嫌。
本当よ、私、森住君のことは一生好きでいたいから。だからこれでいい……」


突き放すようなことを言ったかと思うと、思い切り本音を見せてくる。

立ち上がり彼女の後ろに回ると、そっと抱きしめた。

耳元で誘う香水の匂いは、出会った頃と変わらない。

こんな時間を過ごす男が他にいるのかと、何度か聞きたくなったが、

今まで一度も聞かずに過ごしてきた。

もし、いると言われたら、東京に戻って仕事をしていられなくなるかもしれない。


この花は、桜のように、季節の中で眺めるくらいがちょうどいいのだろう。

あの運転手が言ったように、綺麗な花でも、それだけでは終われない。

真知子さんの言うとおり、知りすぎると見たくないものが見え始める。


「もしも……」

「もしも?」

「あなたも私も、仕事から離れて、いろいろなことを考えなくてもよくなって、
小さなこたつでみかんを食べるような時がきて……」

「うん……」


彼女のうなじに鼻をつけ、スイッチを入れ始める。

そっと角度を変え、『負けず嫌い』はこちらの要求を受け入れていく。

この瞬間が、たまらなく好きだ。


「互いに、誰もそばにいなかった時には……」

「時には?」


彼女からグラスを取り上げ、デザイン画のそばに置く。

同時に動いた首の動きを止め、少し厚めの唇にそっと自分を重ねると、

ウイスキーの少し苦みがかった香りが、口の中に広がっていく。


「向かい合って座るのもいいかもね……」


普段、決して並び立つことを許さない彼女の腕が、

自分の首に回っていく心地よさを感じながら、二人で春の夜に酔いしれた。






【氷の音】


森住の心は、どこへ向かうのか……
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コメント

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おねいさんと・・・

こんにちは!!

 綺麗なおねいさん(真知子さん)と居ても
思い出す柚希の存在は
森住の中で大きくなり始めてる?

これからおねいさんよりも柚希の方に想いが行くのかしら―――

仕事で福岡に行くものだとばかり思ってたから
森住が会いに行くのは
小太り中年のおじさんと思いこんでたあの時・・・

そんな人はタクシーの運転手さんくらい?

おふざけが過ぎました・・・
すみません(^_^;)


   では、また・・・(^.^)/~~~  
   では、また・・・(^.^)/~~~

おねいさん

mamanさん、こちらでもこんばんは!

>思い出す柚希の存在は
 森住の中で大きくなり始めてる?

そうそう、恋人とも言える真知子といながら、
ふと気になるのは、柚希。
しかし、柚希を気にするのは
やはり7年前の女性のことがあって。

>森住が会いに行くのは
 小太り中年のおじさんと思いこんでたあの時・・・

楽しいんだよね、こういうmamanさんの発想が。
昨日の『馬鹿』といい(笑)

おふざけなんて大丈夫です。
これからもどうぞ、どうぞ。