4 あいつの心

4 あいつの心




お昼少し前になって、咲さんのお友達がやってきた。

私は昨日、深見部長が買ってくれた塗り絵を出し、テーブルの隅っこで塗り始める。

お客様アンケートの、マークシート塗り忘れとか、

はみ出たものの直しとかをよくやっているので、綺麗に塗るには自信があるのです。



「はぁ……、準備も大変ね」

「そうでしょ、結婚ってあれこれあるのよ」



お友達の宮本利香さんは、先輩の秋山さんとこの10月に結婚をするそうだ。

なんだか話しを聞いていると、本当に気の置けない間柄という気がして、

まるで私と仁絵のように思えてくる。



「秋山さんったらさ、ムードも何もないのよ。
ただ、一日が過ぎるみたいにしか思ってないようなの。
こういう時、付き合いが長いと、ダラダラだよね」

「また文句ばっかり言う。秋山さん忙しい中、頑張ってくれているんでしょ?」

「そうだけど……。たまには優しい言葉の一つも欲しいじゃない。
女なんてさ、好きな人の言葉一つで、何倍も張り切れるんだし。
二人っきりの時くらい、ムードを大事にしてもらいたいものだわ。
そういうところ、深見さんってちゃんとしそうだよね。
絶対に、耳元で『愛してる』ってささやいてくれる人でしょ」



おぉ! その情報は私も知りたいです。

深見部長は、愛をどのように表現されるのですか?

『愛してる』って言いながら、

口移しにワインなんか飲ませてくれちゃったり……って、

私、なんの映画を見てるんだか。えっと……今後の参考に、ぜひ、ぜひ。



「あ……お湯が沸いてる」

「何よ、咲。ケチ!」



そうですよ、ケチ!







咲さんは、これから北海道へ向かうお友達を送りながら、

私と乳母車の凛ちゃんを連れ、本当の私がいる病院へ向かった。

今日はちょっと雲が多く、なんだか夕方からでも降り出しそうな気配がする。


本物の私は、相変わらず器具がついていて、意識はないみたい。

あ、そうか、あるわけないか、こっちに来てるんだから。



「ご迷惑をおかけして、すみません」

「いえ……。何も出来なくて、芹菜ちゃんも退屈だと思うんですけど」



いえいえ、そんなことはありません。日々、発見でございます。

姉は洗濯物を入れてくると屋上へ向かい、凛ちゃんは乳母車の中で、

すやすやと寝息を立てている。

すると、病室の扉がカチンと音をさせ、見慣れた顔が現れた。



「あ……太田君」

「あ……」



あら、太田。もしかしてまた、雑誌を持ってきたんじゃないでしょうね。



「どうぞ」

「はい……」



太田は私の前を通りすぎ、横たわっている私の顔を見ている。

自分のことをじっと誰かが見ているって言うのは、妙に緊張するものなんだな。



「もう、意識って戻らないんでしょうか」

「太田君……」



何よ、太田。なんて縁起でもないことを言うの。

そういう答えを出しにくいことは、普通、言わないんだよ、バカ!



「深見部長と紺田さんだけでした。
失敗ばかりの僕に、優しい言葉をかけてくれたのは。
提出する書類が間違っていると、正しく書けるまで付き合ってくれたのは部長で、
塚田支店長の機嫌が悪くなると、さりげなく助け船を出してくれたのは、
紺田さんでした。もう少しでこの書類を出せって言われるよ……とか、
書いてないのなら、半分手伝うよ……とか」

「そう……」



そうだった。太田はやる気があるんだけれど、それを表現するのが下手くそで、

支店長には怒られてばかりだった。

それでも声をかけてやりたくなるのは、誰よりも真面目だから。

真面目な人が押しつぶされるのは見たくなかったし……。



あいつ……、私があの雑誌を読んでいたことも、知ってたんだね、きっと。

だって、真面目なやつだもん。



「こんなふうになってしまうのなら、振られてもいいから、デートに誘うべきでした」



……は?



今、太田、いや太田君、なんとおっしゃいました?



「大丈夫よ、太田君。紺田さんは絶対に戻ってくる。
あなたがこうして、何度も足を運んでいるんだもの。きっと、その思いは届くから……」



いえ、あの……咲さん。私……、太田君よりもあなたのご主人の方が好きなんですが。



「……っと、携帯が揺れてます。きっと部長からだ。
油売ってるなって怒られそうなので、僕はこれで失礼します」



階段、転げ落ちないでよ、太田君。

これ以上、深見部長に迷惑かけたら、許さないから!



でも……お見舞い、サンキュ。







その日の深見部長は、北海道からのツアー客に急病人が出たらしく、

夜遅くまで戻ってくることがなかった。

咲さんは一人で凛ちゃんをお風呂に入れて、私の世話まで頑張ってくれる。

私もなんとかお手伝いをしようと、食べ終えた食器は、ちゃんと流しに入れ、

時計が10時を差す前に、ちゃんと布団に入る。


今日が深見家で過ごす、最後の夜だ。明日の今頃は、私の運命も決まっているだろう。

もし、会議でまたこの世に戻ってくることが出来たら、その時は……

ちゃんと……





ちゃんと……








ふすまの向こうから聞こえる凛ちゃんの泣き声で、次の日の朝は目覚めることになった。

子供って、急に意識を無くすように寝てしまうものなんだわ……。



「芹菜ちゃん、起こしちゃってごめんね」

「ううん、今、起きた」



相変わらずの返事しか出来ないが、あまり黙っているのも逆に心配をかけるので、

つたないが勘弁していただこう。凛ちゃんは何か機嫌が悪いのか、頑張って泣き続ける。

深見部長は凛ちゃんの枕元に置いてあった『ぶた』のぬいぐるみのスイッチを入れ、

それを手に持ち凛ちゃんの目の前で振って見せた。

そのぬいぐるみはリズミカルに体を揺らす構造になっているようで、

時々『ブー』と鼻を鳴らす。

すると凛ちゃんの泣き声がピタリと止まり、きょとんとした目がぬいぐるみに向く。



「ほら……泣き止んだ」

「やだ、凛。本当にこのぬいぐるみ好きなのね」

「石原さんからの贈り物ってところが腹立たしいんだけど、
絶対に泣き止むって言うのは確かにすごいな。
なんだか石原家のサルも、これと同じぬいぐるみで泣き止んでいたらしいよ」



石原さんと言うのは、京都支店の石原部長のことだろう。

よく電話がかかってきては、深見部長も好き勝手なことを話している。

同じ北京行きのメンバーだったからか、話している雰囲気は、とても楽しそうなのだ。



「石原さん、本社に呼ばれて支店長の話を受けた時、相当亮介さんのこと、
話してくれたらしいわね。適材適所が出来ないようだと、会社の発展はあり得ないって」

「あぁ……。アメリカへ行く前に、長谷部が興奮して電話をくれたよ。
あんなことを言ってしまったら、出世に響くんじゃないかって。でも、ありがたいよな」

「うん……」

「……ん? それ、7月の話しだろ。どうして咲が知ってるんだ。
長谷部がうちにも電話を寄こしたとか?」

「ううん……里塚君から電話が来たの。ほら、凛のお祝いをくれたでしょ。
そのお礼を送り返したら、そのお礼の返事だって電話をくれて……」

「里塚? あいつ、そういうところは抜け目ないな、本当に」



里塚君って、そうだ、太田君の同期だって前に仙台支店へ来たエリート君のことだ。

こうして、全国色々な場所で働く人と縁が出来るのも、この職場のいいところなんだよね。

ツアーガイドに参加して、地元の従業員と仲良くなったり、

いや、現場でお世話になった農家の方達や、お店の方々と、

未だに手紙をやりとりしたりする社員も結構いる。



「みんなにお世話になってるのよね……私達」

「あぁ……」



いえいえ、それは深見部長が、それ以上にみんなにお返しをしているからですよ。

いや、咲さんも含めて……です。







「ありがとう、凛ちゃんバイバイ」



私は深見家を去ることになった。咲さんは凛ちゃんの手を持ち、小さく振ってくれ、

私は手を伸ばして、そのちっちゃな手に軽く触れる。

まだ握られたままのその手は、少し温かく、近づいた顔からはミルクの匂いがした。



クンクン……。



凛ちゃん、ご両親の愛をいっぱい受けて、大きくなるんだよ。







私が向かったのは、病院ではなく仙台支店だった。

昨日の急病患者は、『仙台総合病院』に運ばれたようで、すでに家族へ連絡を入れた印が、

ホワイトボードに残っている。私の机はきれいなままで、何も知らない仁絵は、

芹菜に姿を変えた私に、椅子を引いてくれた。



「どうぞ」

「ありがとう」



そうか、今日、塚田支店長いないんだ。

また、本社にでも出掛けて、小田切専務とくだらないたくらみごとでも

してくるんだろうか。深見部長が代わりに前に立ち、朝礼が始まった。

大貫さんを始めとした法人担当から報告が入り、太田君や仁絵もそれなりに話している。


あ~ぁ……なんてことない風景なのに、なんだか悲しくなってきた。

あと、数時間後に、私の運命が決まるけれど、もし、落第を言い渡されたら、

ここには戻ってこられない。



「この後、コンちゃんのところへ行ってくる。まだ、意識が戻った連絡はないけれど、
ここのメンバーだけは、いつコンちゃんが戻って来てもいいように、
しっかり仕事を続けよう。それが、誰よりもお客様の笑顔を見るために頑張ってくれた、
コンちゃんへのパワーになるはずだ」



深見部長……。最後までありがとうございます。

みなさんも、力強い『はい』の返事を、ありがとうございます。



「コンちゃんが担当していた、青葉小学校のPTAバスツアーの詳細は……」

「あ、はい。昨日全て印刷して、教務主任の佐藤先生に渡しました」



仁絵、ありがとう。子ども会キャンプのことで、忙しいってぼやいていたのに、

私の担当仕事までこなしてくれたんだ。



「じゃぁ……」

「あ、深見部長。松島絶景ツアーの報告書は、
法人担当の方でまとめてから提出しますので」

「わかった。ありがとう」



大貫さん。もう、コーヒー入れた時、無愛想だからって、

後ろから舌を出したりしませんので、許してください。

『ミス仙台』の奥様は、お元気ですか?



「あの……深見部長。僕、今日午前中空きがありますから、カウンター業務やります」



大田君……。



張り切ってくれたんだろうけれど、営業部内みんな、

凍りつくようになっているじゃないの。自分のことはちゃんと終わっているわけ?



「大丈夫か、明日、塚田支店長戻るぞ、提出書類は……」



そうだよ、そうだよ。深見部長の言うとおり、まずは自分のことでしょうが。



「昨日、終わらせました」



な……なんということだろうか。

今日はもしかして、急に雨が降ってきて、さらに空から星が降るかもしれない。



「よし、わかった。今日も一日しっかり頑張ろう」



あぁ……塚田支店長がいないと、なんてまとまりのある仙台支店なんだろう。

支店長、20年分くらいの有給休暇を、一気に取ってくれたらいいのに。

そして、みなさん。それぞれにありがとうございます。

戻って来たら、みなさんの好物を、もれなく1点ずつお返しいたしますので。



「芹菜ちゃん、じゃぁ行こうか」



私は椅子から下りて、さようならと手を振るみんなと別れ、仙台支店を後にする。

あと、数時間で、私のこれからが決まるのだ。あぁ……ありがとうございます。

みなさん手を振ってくれて……。


紺田真紀、このみなさんの思いは決して忘れません。

必ず、必ずもう一度、この場所に戻ってまいります。戻ってまいりますので!





……選挙か?








『まき』の延命会議終了まで、あと数時間








5 勝負の日



さて、真紀は無事、元に戻るのか!
まぁ、そんな緊迫感、ないかぁ(笑)。
パワーの源、1クリックよろしくお願いします (^O^)/

コメント

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やっと。。

ももんたさん、こちらにようやく来られました。
このシリーズにも、ようやくコメントが入れられます~。

この真紀ちゃん目線がおもしろいです!
書き込みはできなかったけど、出張先のPCの前で
一人怪しく笑っていました♪

この真紀ちゃん目線で見ると
深見さんがかっこいい~(〃▽〃)
いえいえ、かっこいいのは前からですが、
芹菜ちゃんの中から見て、きゃ~きゃ~言ってる真紀ちゃんが
テレビに向かってミーハーしてる私のようで
妙に親近感がわきます♪

真紀ちゃんも芹菜ちゃんの中からいろいろ見えてきて
これまでの見方が変わるよね~

次回が最終回ですよね?!
わくわくします~

選挙かもしれませんね~ww
(んなわけないだろ!!

気づけよ自分…

いよいよ・・・

  こんにちは!!

 コンちゃん、入院して意識なくして
変な老婆に(?)課題出されて
大変なことになっちゃった!という状況なのですが
自分が思ってたよりみんなに愛されてた事が
分かって嬉しかったよね(^o^)/

今日もみんなで仕事分担してくれてるし。

嬉しい…というよりは驚きの想いも有りましたが・・・

目覚めたコンちゃんは(目覚める事、前提です^m^)
太田くんの事、意識ちゃうんだろうなぁ。。。

「ぶちょー、浮気者の私をお許しください!
あなたがNO.1なのは変わりはありません!!」とか思いながら(笑)

さて、選挙・・・違う、違う・・・老婆たちの判定結果はいかに!

楽しみにお待ちしています♪♪


   では、また・・・(^.^)/~~~

真紀の目

れいもんさん、こんばんは!

>この真紀ちゃん目線がおもしろいです!

うわぁい、ありがとう。
『リミット』は、もう何度も書いた作品なので、
いまさらまともに連載してもつまらないと勝手に判断して、
こんなことをしてみました。

そうそう、真紀を自分にあてはめると、
面白いんですよ。
(だから全然、緊迫感がないんだけど・笑)

次回が最終話です。
わくわくお待ちください。

楽しみましょうね

夜須鬼さん、こんばんは!

オチに突っ込みをありがとう(笑)
色々なパターンで、楽しんでいる私です。
(それも読んでくれる方がいてこそ! ですけどね)

太田から太田君へ

mamanさん、こんばんは!

>目覚めたコンちゃんは(目覚める事、前提です^m^)
 太田くんの事、意識ちゃうんだろうなぁ。。。
 「ぶちょー、浮気者の私をお許しください!
 あなたがNO.1なのは変わりはありません!!」
 とか思いながら(笑)

あはは……。すごい、すごい。
最終話を予想してるな。
さて、どんなことになるのかは、もう少々お待ちを。
すっかり緊張感ないけどね。

太田君、やっぱりね~

芹菜ちゃんの体を借りた事で初めて気付いた
仕事仲間の自分への心遣いや、この仕事の面白さ

そして・・・思いもかけなかった太田君の想い・・
(真紀ちゃんの好きな雑誌を買ってきた時、ちょっとピンと来たけどね^^v)

本当にたくさんの大切なものを知ることになった三日間!

神様達の会議終了まで、もう後数時間になったけど、必ず当選確実!
いやいや・・・延命確実!を信じて^^;

最終話、楽しみに待ってるね~♪

あらためて

パウワウちゃん、こんばんは!

>芹菜ちゃんの体を借りた事で初めて気付いた
 仕事仲間の自分への心遣いや、この仕事の面白さ

意外に離れてみると、わかることってあるんじゃないかなと。
真紀も、平凡な生活に嫌気がさしていたけれど、
そうじゃないんだと気付いた3日間です。

>思いもかけなかった太田君の想い

あはは……そうなんだよ。
でも、雑誌で気付くパウワウちゃんはさすが!
延命確実! に見える真紀の最終話も、
ぜひぜひ、おつきあいください。

真紀視線

yokanさん、こんばんは!

>芹菜ちゃんになってるお陰で、
 みんなの本当の姿が見えてくるね。太田君の姿も・・・

そうですよね。
実際には、こんな経験できないから、
味わうことは出来ませんけど、
最後まで真紀らしく終われるのかどうか……

『原画展』色々な方が行かれたんですね。
驚きの再会、お初の出会いも会ったようで、
いいなぁ……とうらやましくブログを読みましたよ。

あはは……
『私のところは?』ってお茶目に言われたでしょう(笑)