7 彼女の面影

7 彼女の面影




給料日の夕方、友海は仕事を終えると、久しぶりにスーパーへ立ち寄り

買い物を済ませ部屋へ戻った。冷蔵庫に食材を詰め、米を洗いご飯を炊き始める。

テレビのスイッチをつけるといつものように、

テーブルに置いたタバコの箱に手を伸ばす。



『ライターが見つからない理由で我慢できるくらいなら、
少しずつ減らした方が、体のためですよ』



航にそう言われた瞬間、余計なことだと言い返そうとしたが、

口はその想いとは逆に、開くことがなかった。

今まで、タバコを買うお金だけはどこか別だという想いがあり、

考えたこともなかったが、確かにこの5日間、思い出すことはあっても、

なんとか我慢してこられたのだ。引き出しにしまってあったメモを取り出し、

携帯の電卓機能でタバコ代金を計算する。

そこには思っても見なかった金額の数字が並んでいた。


絵の購入代金のローン、母への仕送りと貯金、生活費を計算すると、

確かに全く余裕がない。もし、タバコの金額が半分になれば、

その何日かの苦しさが、半減するか、もしくはなくなるかもしれない。


友海は携帯を閉じ、自分から一番遠い場所にある台の上にタバコの箱を置くと、

クッションを抱えテレビを見始めた。





その頃、航は本社に戻り、朝戸と顔を合わせていた。

月末ともなると、本社には各支店から営業状況を知らせる用紙が送られてくる。

航は過去の台帳を広げ、ある印に注目した。


「そうですか、やはり」

「今の店長もよくわかっていないらしいんだ。『H』の記号があるのは、
『天神通り店』だけじゃない。古川議員に対する金額は、予想以上かも知れないな」

「帳簿上、誤魔化しはいくらでも出来るんですよ。
しかし、税務署に入ってこられたら、たちまち問題になります」

「うん……」


航は少しずつ会社の内部について知り始め、

朝戸が指摘した通りのことが起こっていると、書類を見ながら痛感した。

社長である叔父の和彦は、ある県会議員と親しい仲にあり、

彼らに対して色々と便宜を図っている。

帳簿に記入された『H』のマークは古川一族を示し、店舗での給油金額も、

特別な料金で対応していた。

古川議員は、和彦を県会議員に引っ張ってやると口約束をしているようだったが、

その分、和彦の仕事への情熱は減り、

ここのところ『SI石油』はライバル会社の猛追を許すことになっている。


「航さん、もう少しこのまま…」


朝戸が何かを言いかけた時、部屋の扉を叩く音がして、

航が返事をすると、聞こえたのは海人の声だった。


「海人」

「悪かったな、色々と避けているようになってしまって。
今からなら体が空くから、食事にでも行くか」

「いいのか?」

「これ以上引き延ばすと、逃げていると思われるからな」


航はわかったと返事をし、朝戸にまた明日話しをしようと提案した。

急いで帰り支度をして、玄関まで出て行くと、海人が運転する車の後部座席に、

見たこともない女性が乗っている。


「あの……」

「こんばんは、住野聖です」


航は海人が二人だけになることを避けているのだとわかり、

互いに本音を出せると期待した気持ちは、一気にしぼんでしまう。

海人は聖が幼なじみで、自分たちの家の事情も全て知っているから、

気を遣うことなどないのだと付け加えた。


「私の父が高校生の頃から、新谷家の近所に住んでいるんです。
だから、華代子さんが出て行ってしまったことも、
あなたがその息子さんであることも知ってるのよ。
話には出てくるけれど、お会いしたことがなかったから、
今日は無理を言ってついてきたの。悪かったかしら」

「いえ……」


航は海人らしい逃げの方法だと想いながらも、聖に言われたとおり、

後部座席へ座る。

二人を乗せた海人は、予約した店へ向かって、アクセルを踏み込んだ。





海人と聖は、よく店に来るのか、一番景色の良い場所へすぐに案内された。

航は二人とは逆の席へ座り、海人をしっかりと見る。


「どうなんだよ、中途入社としては。色々とわかったか? 
うちの財産がどれくらいで、自分の取れるかもしれない分がどれくらいなのか」


深く腰掛けた海人は、車のキーをいじりながら、

どこかひねくれたような発言をした。

航はそんな海人の態度を正面に見たまま、首を軽く振る。


「海人、僕は財産が欲しくて来た訳じゃない」

「ウソをつくな、だったら、どうして今頃来るんだよ」

「もう、二人とも。食事をするんでしょ。ケンカするなら外でやりなさいよ」


間に入った聖は、二人の前にわざと手を出し、視界を遮るようにする。

航は、登志子がこれからの会社を心配していること、

もう少し和彦と一緒に、周りの意見を聞くべきだと忠告する。


「関山から言われたのか? 海人はだらしがないから、
代わりに上へ立ってくれませんかって」

「そんなこと言われてはいない。関山さんも朝戸さんも、
本当に会社のことを考えて、心配しているんだ。
厳しい時代になった時に、残っていけるのかどうかって」


航と海人の言い合いの間に、3人の前には最初の料理が運ばれた。

聖は、このドレッシングが美味しいのだと、航に勧める。


「ねぇ、航さんって、ここへ来る前は何をしていたの? 
まさか遊んでいたわけじゃないんでしょ」

「家電メーカーの営業でした。
大型量販店へ出向いて、お客様の対応をしたこともあります」

「エ……それじゃ、パソコンのいい機種、メーカーって教えてもらえません? 
何を見ても、どこを見ても、どれがいいのかなんてわからなくて」

「いいですよ、でも、どんなことをやりたいのかによって、変わると思いますけど」


海人は、自分が目一杯警戒している航に対し、どこか親しげに話す聖の態度に、

不満げな表情を浮かべた。聖はそんな海人を見て、呆れた顔をする。


「聖!」

「あ……パパ」


聖は声をかけた男性に向かって、軽く手を振った。

それまで不満そうな表情を見せていた海人は急に立ち上がり、会釈をする。

航はよく知らない人物だったが、海人にあわせて頭を下げた。


「お前たちもこの店を選んだのか。生意気だな」

「生意気だなんて言わないでよ。ちゃんとお給料で来ているんだもの。
ねぇ、パパ。こちら航さん、成島航さんなの」

「……君が?」


聖の父親、哲夫はどこか懐かしそうな目で航を見た。

あまりにもしっかりと届く視線に、航はどこを見ていればいいのか分からず、

下を向く。


「そうか、君が華代子さんの息子さんか。よく、似ているね、
鼻筋の通ったところも、目の形も……」


哲夫は、高校生の頃、窓越しに見た華代子の横顔を思いだした。

あまり体の強くなかった華代子は、本を読んでいることが多く、

その読んでいた本を探し、自分も読み始めたことなど、鮮明によみがえる。


「そうか、じゃぁ聖は、二人の仲直りを見届けているんだな」

「仲直りじゃないみたいよ、海人は一人でブツブツ文句を言っているし」

「聖!」


哲夫はまた会いましょうと航に声をかけ、一緒に入ってきた男性と、

奥の個室へ消えていった。

3人の前に料理が並びだし、聖は説明をしながらそれぞれに取り分けた。





啓太郎が店の看板をしまっていると、手を振る航に気付いた。

もう店じまいだから帰れと、わざと手で振り払うマネをする。

航はその振り払われた風を避けるようにしながら、啓太郎の店へ勝手に入った。


「おいおい、閉店時間は過ぎてるんだぞ」

「いいよ、別に。コーヒーを飲みたいわけじゃないからさ」

「言ってくれるねぇ、お前も」


世良啓太郎は、航の父一樹が教えていた美術同好会のメンバーだった。

一樹が華代子と知り合い、結婚し、航が生まれたことも知っているため、

航にしてみるとどこか兄のような存在となる。


「啓ちゃん、どうだった?」

「あぁ、あのことか。色々と聞いてみたけど、見つからなかった。
地方で美術品のオークションなんかに参加している男もいたんだけど、
見たことがないって」


航は予想通りだと想いながらも、小さな期待を裏切られさすがに肩を落とした。

啓太郎は一番可能性があるのは、新谷家じゃないのかと問いかける。


「登志子おばさんにも探してもらった。昔、母さんも探したらしいんだ。
でも、その頃も、今も見つからないし、箱根の別荘もダメだったみたいで」

「そうか……」


航は、亡くなった父一樹が、この店のために描いた絵を見ながら、

まだ、見たこともない作品への想いを、膨らませた。





8 碧い海の人
<photo:tricot>

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コメント

非公開コメント

哲夫さん・・・

海人は本当に航が会社に入った理由を知らないのかしら?

和彦が会社で隠していることを・・・

聖と哲夫が後々助けとなる人なのかな?

友海ちゃん、タバコは百害あって一利無し。
止められるなら止めようネ

これから……

yonyonさん、こちらにも!

>海人は本当に航が会社に入った理由を知らないのかしら?

うーん……気付いていると言えば気付いてるよね。
だからこそ、『嫌』なんだと思う。
金目的で来てくれた方が、逆に扱いやすいはずだから。

ここら辺も、これから変わってくると思うけれど。


>聖と哲夫が後々助けとなる人なのかな?

助けるのか、それともさらに複雑にするのか……
それも、これから、これからです。

絵が登場!

yokanさん、こんばんは

>おお~、絵のことが出てきましたね。
 もしかして・・・もしか・・かな^m^

あはは……。それは続きで確認ください。

海人の意地と、航の思いと、
そこに聖がからみ、さらに友海も……。

ますます楽しみ! と言ってもらえると、
本当に嬉しいです。
これからも、お付き合いお願いします。

恋の四角関係の始まり?

   こんばんは!!

新谷家の会社のこと聖、海人、哲夫そして絵のこと…

航の周りが少しずつ動き出してきましたね。

特に聖と哲夫がどう関わってくるのか楽しみです。

哲夫は航のお母さんが好きだったのかしらね(≧∀≦)

海人は拗ねた子供のようだ。
会社も自分と何よりも社員のためにちゃんとやらないと!

航にいちゃもんつけてる場合じゃないと思うんだけどな。

探してる絵は、やっぱり…ですよねこれからのお楽しみ!ですね(*≧m≦*)

友海は航の意見を聞き入れて、タバコ減らすみたいですね。

経済的なこともあるだろうけど、意外と素直?

“百害あって一理なし”だけど、なかなかやめられないんだよね…

わたしもその一人です┓( ̄∇ ̄;)┏ ヤレヤレ


では、また・・・(^-^)/~~

動き始めたぞ

mamanさん、こんばんは!

>新谷家の会社のこと聖、海人、哲夫そして絵のこと…
 航の周りが少しずつ動き出してきましたね。

はい、7話まで来ましたからね(笑)
色々な人をからめながら、
それぞれの思いが進み始めます。

哲夫はそう、華代子を好きだったのです。
これが吉と出るのか、凶と出るのか。

>探してる絵は、やっぱり…ですよね
 これからのお楽しみ!ですね(*≧m≦*)

ですね。

これからも頑張りますので、
よろしくお願いします。