君に愛を語るとき …… 9 感覚

9 感覚


初めてのキスが原因か、それともはしゃいだ遊園地が原因か……。

律子はそれから夏カゼになり、熱を出していた。リハビリももちろん休んでいる。


だからというのではないが、柊は実家のある兵庫県姫路市へ戻っていた。

両親に韓国での報告と、一人暮らしを始めると聞いた弟に会うために。

姫路で新幹線を降り、電車に乗る。律子からのメールはないか……と、柊は携帯を開く。


律子の様子は気になりながらも、メールくらいしか連絡は出来なかった。

もし、この電話に親が出たら……。そう思うと、ついためらってしまう。

自分たちがつきあい始めたことを、おそらく彼女の親は知らないだろうと柊は思っていた。


事故の時、あの剣幕で柊を追い返した父親が、認めてくれているとは到底思えない。

結局、印のない電話を、ため息をつきながらポケットにしまう柊だった。


「ただいま……」

「お帰り、柊。待ってたのよ」


母は台所から柊に声をかけた。山室家は元々東京に住んでいたが、

柊が中学3年の春に父が姫路へ転勤になった。

一つ年下の弟と4人で、その時、引っ越してきたのだ。


それから4年後、柊は大学生になり、東京で一人暮らしを始めることになった。


「暑いなこっちも……」

「そうよ、今年は異常なくらい」


8月も終わりに近づくが、まだ、当然のように外は真夏状態だった。平日の昼間、

サラリーマンの父と、職人の弟はいない。


「なぁ、陽が家を出るんだって?」

「あの子は思ったら即実行だもの。こっちが何言ったって、全然聞く耳ももたないわ」

「あいつはそれでもやり遂げるじゃないか。大工になるって言った時だって、
みんなで反対したけど、中途半端に大学へ行って、ダラダラ過ごしているヤツなんかより、
よっぽど大人だよ。うちの学生を見ていたって、本当にそう思う」

「……韓国どうだった?」


高校を卒業した後、すぐに大工として修行を始めた弟の生き方が、気に入らない母は、

陽の話しをすると、すぐに話題を変えたがった。


「よかったよ。色々と研究課題も見つかったし……住谷建設のお偉いさん達とも面接した」

「……やっぱり住谷に入るの?」


冷蔵庫から麦茶を取り出し、母は不満そうな顔をする。


「言っただろ。僕は将来、滑走路の仕事がしたいんだ。
道路を主に造っている住谷建設が一番夢に近づける。親父と一緒の会社には入らないよ」


大手の鉄鋼メーカーに勤める父。工学部に入ると言った時に、

母は父の後を柊が走っていくものなんだと思っていたらしい。


「親不孝な二人の息子だわ! 散々世話になっておいて、こっちの希望は何一つ
叶えてくれないんだから……」

「なんだよ、それ……。僕も陽もちゃんと夢を持って生きてるんだ。
そんな言われ方したくないけどね」


柊は母が出してくれた麦茶を一気に飲んだ。乾いていたノドに潤いが戻る。


「こうなったら、お嫁さんくらい母さんが決めたいわ。ねぇ、柊。陽ったらね、
どうもお付き合いしている人がいるみたいなの」

「ふーん……いいんじゃないの? あいつだって、もう23だろ」

「あなたは誰かいる?」


そう言われた瞬間、もちろん浮かんだのは律子だった。

隠しておく理由もないと思った柊は、母に正直に告げる。


「冬に事故に巻き込まれたこと、覚えてるよね」

「エ……うん。ついてなかったと言えばそれまでだけど。現場の写真見て驚いたわよ。
よくたいしたケガもなくって。あ、あの女の子どうした? 治って退院した?」

「……退院したよ……でね……」


律子のことを話そうとした柊を遮るように、話しを続けていく母。


「気になっていたけど、色々な人に話しを聞いたら、
変に私たちが出ていくことないって言われたでしょう? 
だって、柊の過失じゃないんだし……。でも、よかったわ、治ったのなら……」


空になったコップに、もう一度麦茶が注がれる。


「治ってはいない……。傷は一生残るんだ」


母はやっと言葉を止めた。何かを話そうとしている柊の方を向く。


「榊原律子さん……僕は彼女と付き合い始めた」

「……」

「彼女……」

「何言ってるの、柊、冗談じゃないわよ。そんな付き合い、認めるはずないでしょう!」


母は、慌てたように柊の前に座り、真剣に見つめてくる。


「バカなこと言ってるんじゃないわ。あなたがそこまで責任を背負う必要なんて
ないじゃない!」

「責任を背負ってというわけじゃないよ。彼女が本当に好きで……」

「彼女の家族が許すはずない! そんなこと辞めなさい」


反対は律子の親がするものだと、柊はそう考えていた。母はさらに言葉を重ねていく。


「柊、同情じゃ長く付き合う事なんて出来ないわ。勘違いしてるのよ、あなたは……」

「同情? 勘違いって何?」

「勘違いなの。かわいそうな彼女を、支えてあげよう……なんて……」

「同情だなんて思ってないよ。支えてあげようとは思うけど、かわいそうだからなんて、
母さん、あまりにも律子に失礼だ!」


柊は少し声を荒げて、母親の方を見た。


「柊……」

「いくら不可抗力だとはいえ、僕が運転していた車に、彼女が傷つけられたのは
事実なんだ。でも、だからって彼女を選んだわけじゃない。僕は……」

「一生、申し訳ありません……って頭を下げて生きていくことなんて、
柊にさせたくないわ、母さん。なんのために大学院まで行かせて、
大手の企業に就職だって出来るのに、大事なところがそれじゃ……。
あなた一体、何をしようとしているのか分かってるの?」

「……」

「認めません! もう、やめてちょうだい、そんな話し。久し振りに戻ってきて、
そんな……」

「母さん……話しを……」

「もう、いい! やめて、やめて! 認めません!」


母親は聞きたくないと、耳を押さえるような態度を見せた。自分の気持ちを語ることが、

そんなに強く拒絶されるようなことなのだろうか。柊は立ち上がり、

持ってきた荷物をつかむ。そして、興奮している母の顔を見ることもせずに、

2階へ上がっていった。


柊が大学に行ってから買ったこの家に、自分の部屋はなかったが、

来た時にはいつも客間を使っていた。そのふすまを勢いよく閉め、

持ってきたカバンを叩きつける。



『認めない……なんて、こっちが認めない。彼女を知らないくせに、
わかったようなことを言うな!』



柊はそのまま横になり、部屋を出ることがないまま、時間だけが過ぎていった。





柱に寄りかかりながら本を読んでいると、ふすまの向こうから弟の足音が聞こえてきた。


「兄貴、入るよ」


弟の陽は、柊の顔を見るといきなり笑い出した。柊は本を閉じ、陽に視線を向ける。


「なんだよ、いきなり……」

「今、親父が帰ってきたんだけどさ。お袋、止まらなくなってるよ、兄貴のこと……」


律子とのことだろう。柊はすぐにそう思った。母は、思ったことは何でも口にする。

父はいつもそれを頷きながら聞いている人だ。


「階段の途中で聞いてきたけどさ、兄貴がバカなんだよ、お袋なんかに言うから。
んなこと、黙ってればいいのに。どうせ、東京にいるんだろ。大騒ぎだよ、お袋。
柊が女の子に同情してるって……」


陽はそういうと部屋の真ん中にあぐらをかいて座る。しばらく見ない間に、

またがっちりとした職人の体つきになっている弟。


「別に隠すことでもないから言っただけだよ」


柊は一度閉じた本をまた開き、そう言った。


「甘いんだよ、兄貴は。親なんてさ、エゴの固まりなんだから。
自分だって散々親を裏切りながら生きてきたくせに、子供には理想を貫こうとする。
あなたのために……って言えば、なんでも通ると思ってるからね」

「……」

「まぁ、どんな相手だって、お袋からしたら気に入らないんだよ。
大事なお坊ちゃまのお相手なんて……」

「嫌味か、それ……」


小さい頃から互いに成績は優秀な方だったが、性格はまるっきり違っていた。

どちらかというと親の期待に答える柊と、自由気ままに行動する陽。


「いや、その分、俺は楽に生きてきましたからね……」


陽は笑いながらそう言った。そんな陽を見ながら、柊もつられるように苦笑いする。


「俺さ、彼女と暮らす。もちろんお袋には言ってないけど」

「……陽、その子と結婚するのか?」

「さぁ、それはわからない。でも、今一緒にいたいからいることにした。
イヤになったら別れるし、そうじゃなければ結婚する……」


陽は柊の隣に置いてあった本を手に取り、パラパラとめくり始める。


「お前が一人暮らしなんて聞いたから、もしかしたらそうじゃないかとは思ったけどね」


柊はそんな陽を見ながら、そう言った。母とは何度も衝突しながらも、

ここを出ていかなかった弟。一人暮らしをすると聞いた時、

誰か、そばにいてくれる人が出来たのだろう。柊はそう考えていた。


「事故で出会おうがなんだろうが、兄貴がいいならそれでいいんだよ。
相手の女の子だって、兄貴でいいと思ってるんだろ……」

「だと思う……」

「だと思うって、抱いてんだろ?」


陽は手に持っていた本を閉じ、柊に向かって軽く放り投げた。

その本を受け取りながらも、あまりにもストレートな言い方に、返事を迷う柊。


こんな直球過ぎるくらいの性格で、好き勝手に見えるが、

それが逆に女性にはうけるらしく、昔からよくモテていた。

どこか臆病な柊とは、愛し方も全く違う。


「黙るなよ、兄貴……。全く、小学生じゃあるまいし……」

「付き合い始めて日が浅いんだ」


柊は本を閉じ、かばんにしまいながら、強めの口調でそう答えていた。


「……相変わらずかったるいな。そんなことしてたら、逃げられるぞ。
女なんて強引に押すくらいで丁度いいんだ。こんなところで考えてないで、
早く戻って抱いてみろよ。そうすれば、自分が同情で彼女と一緒にいるのか、
そうじゃないのかがすぐにわかる」

「……どういうことだよ、それ。そんなことでわかるはずないだろ……」


あまりにも強引な意見に、柊は少し不機嫌になる。


「いや、わかるよ。俺、ちょっと飲みに行ったりして、遊ぶようになって、
あ、コイツと……なんて考えても、抱いたらスッと覚めるんだ。あ……違うって」


陽の独自の理論だったが、わからなくもないところが悔しい柊。


「同情とか、流されて……とかなら、抱いたらすぐに気持ちが覚める。
そうじゃないなら、本物だ。口じゃなんとでも言えるけど、感覚はウソをつけないからね」


感覚……。柊は陽の言葉を聞き、ため息をつく。世の中は、お前の相手みたいに、

恋に手慣れた女ばかりじゃない。そう言ってやりたかったが、あえて黙っていた。


律子は実験道具じゃない。とりあえず抱きしめた後の反応を見る……

なんてことは出来るはずもない。

この気持ちが偽りなのか、本物なのか、柊はそんなことをしなくてもわかっている。

その自信もあった。

このまま自分の感情を押してしまっていいのだろうか。彼女の気持ちは、

そこまで来てくれているのか。

彼女をもう、傷つけたくない……。そう思い、どこかためらう自分。





久し振りに家族4人で食卓を囲む。父は柊の就職先を喜んで認めてくれた。


「住谷建設はいい企業だ。よかったな、夢を追えて」

「うん……」


男同士の乾杯を済ませ、柊はビールを飲んでいく。

律子の話をしたからなのか、母はどこか不機嫌で、弟の陽はいつもと同じ、

マイペースだった。


「柊、入るぞ」


食事を済ませ、風呂にも入り、あとは寝るだけになった時、

父は柊のいる客間に入ってきた。


「何?」

「母さんから聞いた……」


また父も母と同じように、認めないと言うのだろうか。柊は父親をじっと見ると、

少し距離を置くように、壁に寄りかかった。



『誰になんと言われても、律子への気持ちはかわらない』



「難しいかもしれないが、お前が選ぶなら父さんは反対しない。
母さんはあれこれ言っていたけど、お前は何も考えず行動するような人間じゃないだろう」


違った言葉を予想していた柊は、どう返事をしていいのか迷い、

少し戸惑った顔で父親を見た。


「無責任な付き合い方だけはするんじゃないぞ」

「……はい……」


父はこの返事を聞くと、立ち上がり柊の肩に軽く触れた。言葉は少なかったが、

その奧にある気持ちは、間違いなく柊に届いていく。

自分たちに味方が出来た……。柊はそんな気持ちで、部屋を出て行く父親を見つめていた。


その日、夜に届いた律子からのメールは、

『すっかり治って元気になった』という明るいもので、柊はほっと胸をなでおろす。


高校時代の仲間に会い、何回かのお袋の味を楽しみ、柊はまた、東京へ戻っていった。





暦は9月に入り、柊の生活がまたスタートする。今日は午前中の授業に出て、

午後は律子と会う約束になっていた。待ち合わせの駅のホームで、柊は律子に問いかける。


「どこか行きたいところはある?」

「……うーん、何も考えてなかった。山室さんは?」


柊は律子をしっかりと見つめ、こう言った。


「僕の部屋に……来ないか?」


律子は柊の顔を一瞬見たあと、『うん……』と一言そう言った。

                                         10 愛しい人   はこちらから



二人の恋の行方は……

ランキング参加中です。よかったら1ポチ……ご協力ください。

コメント

非公開コメント