TRUTH 【約束の時】

TRUTH 【約束の時】

【約束の時】



真知子さんから聞いた情報は、しばらくすると別の場所から耳に入ることとなった。

沢木は『トワレ』の社員、北条芳香の縁で親しくなった

厚生労働省の職員から話を聞きだしたのか、社長へ新聞の記事を提出する。


日本のマスコミは、向こうのトラブルを知っているのかいないのか、

相手方の業績だけを褒め称え、新しい企業提携の形を作ったなどと白々しく書き立てた。


「山内社長は、老舗の重みがわかってないようだ。
わざわざ冒険する必要などないのにな」

「はい……」


流行廃りのある商品ではなく、長い間購買層をしっかりと作ってきた老舗の強みは、

どんなに逆立ちをしても叶わない。

『伝統』という鎧は、日本人が一番愛する保証とも言える。


「確か、社長夫人は森住の知り合いだと聞いていたような気がするが、
何か話は入っているのか」

「いえ……」


しばらく様子を見ていることにしようと言いながら、

社長の柴本は少し顔をゆがめ新聞を閉じた。

口に出すことはしないが、この冒険がトラブルを起こすのではないかと、

気にしているように思え、私は頭を下げると社長室を出る。


御曹司のそばにいる菜穂子は、どれくらいこのことを理解しているのだろう。

気にはなるものの、私の範疇ではないことで、

雲の隙間から見える太陽の力を信じようと、廊下をまっすぐに進んだ。





相原沙耶の仕事で、瀬口はハリウッドへ向かい、

『緑山南店』はチーフの有野が忙しく動いているはずだった。

午後の打ち合わせは、向こうの都合で1時間遅れになり、ちょっとした時間が出来る。

様子見がてら車に乗り、向かうことにした。


あの雨の日、ノートを片手に立っていた越野さんの勉強は、それから進んだのだろうか。

第1回目のテストは、3日後に迫っている。





ウインカーを出し駐車場に入ると、店の裏から笑い声がした。

制服に身を包んだ越野さんと同期の山下さんが姿を見せ、

私の車に気づきすぐに頭を下げる。

軽く会釈し車から出ると、二人のやり取りが自然に耳に届いた。


「はい、柚希の順番、お客様が入ってからの手順を並べていって」

「うん……」


車をロックしている間に、越野さんは手順をひとつずつ語り、

山下さんは嬉しそうに笑い返す。思い出している途中で声をかけると、

全て忘れてしまうかもしれないので、少しだけ間をあけることにした。


「正解!」

「あぁ、よかった。もう……緊張しちゃう」

「だけど試験の時はそれを口じゃなくて、実際にやるのよ。大丈夫?」

「大丈夫って聞かないで! 絶対に大丈夫じゃなさそうだもの」


越野さんは、あの日持っていたノートで顔を隠し、大きく息を吐いた。

山下さんは余裕があるのか、手ぶらのままだ。


「試験の準備は万端なんですか?」

「あ……はい! ヤマコの方は」

「ヤマコ?」

「あ、すみません、山下さんのことです」


あだ名で呼ばれた山下さんは、越野さんのことを肘でつつき、

恥ずかしそうに頭を下げる。

そういえば、あの自己紹介の時、一番身長が高かったのがこの山下さんだった。


「山下さんは大丈夫だけれど、越野さんはダメと言うことですか?」

「柚希はご褒美がないので、いじけているんです」

「褒美?」

「ヤマコ!」


山下さんは、これから始まる試験に全て合格したら、

彼氏がお気に入りのバッグを買ってくれるのだと笑顔を見せた。

どうせ失敗すると思われているのが悔しいので、ここのところ猛勉強の日々らしい。


「越野さんもご褒美をもらったらいいのに」

「いえ……その……」

「柚希の彼氏は、美容師の仕事が不規則なことに怒って、逃げちゃったんだそうです」

「もう、ヤマコ、何言ってるの、関係ないでしょう」


越野さんは一度私の方を見た後、あまりの展開に恥ずかしいのかノートを閉じ、

また顔を隠した。これ以上、あれこれ聞き出すと、

越野さんの顔が、黄色いノートの向こうから出ることが出来なくなりそうで、

二人の言いあいを横に見ながら、私は店内に入り有野を探す。


「あ、森住さん」

「どうだ、店の方は」

「はい、なんとか。特に忙しい時期でもないので」

「そうだな……」


スタッフルームへ入り、客の動きや商品の売れ行きをチェックする。

『トワレ』が出してきた新商品はさすがに広がりが早く、すでに売れ筋になっていた。

あれだけ詰めてきた箱が、空の状態でたたまれているのを見ると、

リサーチを繰り返したと翠が自信を持っていただけある商品だと、あらためて思う。

品切れなどならないように指示を出し、有野を駐車場へと連れ出すと、

山下さんはその場から消え、越野さん一人が残っていた。


「駐車場に何かありますか?」

「あの隅だけど、どうも塀の向こう側からゴミを捨てていく人がいるようだな。
来るたびに何か捨てられている」

「あ……本当ですね」

「直接大通りからは見えないが、Vルームへ入る常連には目につく場所だ。
掃除をするとき、必ずあの場所も見るようにと、スタッフに話しておいてくれ」

「はい、すみません、気づかなくて」


有野は座っていた越野さんに片付けるように指示を出し、ノートを横に置いた彼女は、

すぐにほうきとちりとりを手に取り、片付けに向かった。

裏倉庫の鍵がゆるくなっていることを、有野から聞いていると、

別のスタッフが、指名客が来たことを告げに顔を出したので、話はそこまでになる。


腕時計で時間を確認すると、まだ30分の余裕があった。

持ち主がそばを離れた黄色い表紙のノートが階段の横にあり、ついそれを手に取る。


色々な製品名が箇条書きになり、まっすぐ並んでいた。

私は自分の手帳を取り出し、一緒に入っているペンで、その商品名をグループにする。

ただ、必死に覚えこもうとしても、関連性がなければ頭には入らない。

囲みをつくり矢印を引き、文字だけしかなかったページは、

ちょっとした製図のように変化する。


「あの……」


片付けを終えた越野さんが、心配そうな表情で後ろに立っていた。

別にプレッシャーを与えようとしているわけではないのに、なかなかその壁は高そうだ。


「ん? あぁ、ごめん。ちょっとアドバイスが出来たらと思って」

「アドバイスですか?」


私は書き上げたノートを彼女に手渡し、

商品名はグループを作り覚えると早いことを教えた。

その説明を聞き、ページを見た越野さんの目は大きく開き、驚きの表情を見せる。


「うわぁ、すごい……」

「余計なことかもしれないけれど、ただ並んでいるよりもわかりやすいと思うんだ」


ノートの図を目で追いながら、何度も頷き、越野さんは私に質問をし始めた。

以前、クレーマーに遭い、冷静さを取り戻すためにシャンプーをさせた手順とは逆に、

覚えこむ作業はどうも得意ではないらしい。

技術に優れているのに、別の方向で悩むあたり、瀬口や有野の新人の頃を思い出した。

いや、まだそこまで実力があるのかどうかわからなかったが、

彼女の笑顔が曇っていかないように、少しでも協力できることがあればと思ってしまう。





あの日の続きを見たい……それだけのために。





「あぁ……こういうことなんですね。なんだかわかってきた気がします」

「そう」


いつの間にか裏口の段差に座り込み、仮の講座を開いていた。

光を送っていた太陽を夏の雲が隠し、明るかったノートが少し色を落とす。

その合図に時計を見ると、いつの間にか15分が過ぎていて、

越野さんは慌ててノートを片付けた。


「休憩時間だったのに、悪かったかな」

「いえ、ありがとうございました」


頭を下げてくれた彼女に少し安心し、私は車の方へ視線を向けた。

これから打ち合わせに向かえば、時間には無駄がない。

しかし、歩き出そうとした左足が、まるで接着剤を踏んでしまったかのように

そこから動かなくなる。

桜の季節、ここで花びらを浴びていた猫が、こともあろうに運転席側の扉の前で、

気持ちよさそうにひなたぼっこをしていた。


「どうかしましたか?」

「いや……」


たかが猫なのだから、私が近寄れば自らどくだろうと、なんとか少しずつ前へ出るが、

向こうは動く気配も見せず、逆にこっちを睨み返した。

動物は自分を嫌っている人間を見抜くらしいが、この態度はなめているのかどうなのか、

私にはわからない。


「森住さん……」

「越野さん。申し訳ないんだけれど、あの猫をどかせてくれないかな」

「猫……あ、チャコのことですか?」

「チャコ?」


越野さんは、あの猫はチャコという名前で、『緑山南店』の隣にある

喫茶店のおばあちゃんが飼っているのだと、

あまり興味のない情報を丁寧に教えてくれた。

私はその話を聞きながら、なんとかチャコをその場所から離れさせようと、

精一杯睨んでみる。


「苦手……なんですか? 猫」

「あぁ……」

「クスッ……。森住さんにも苦手なものがあるんですね」


セリフの前に、明らかに笑った声が聞こえたが、失礼だと思ったのか、

越野さんはすぐに下を向く。


「苦手なものはもちろんあるよ。まぁ……この年齢でネコが苦手っていうのは、
あまり格好のいいことじゃないけれど……」

「そんなことはありません。わかりました、任せてください」


越野さんは話の途中でそう言うと、私の横を歩き居座っているチャコを抱き上げた。

チャコは嬉しそうに目をほそめ、遊んでもらえると思ったのか、喉を鳴らしている。


「チャコ、森住さんはアレルギーなんだって。だから車に近づいちゃダメよ」


『アレルギー』だとは、何も言ってないのだが、

まぁ、この際理由などどうでもいいことだった。

とにかくその場を離れてもらわないと、次の仕事に迎えない。

越野さんがチャコを低い塀の上に乗せると、いつもそうされているのか、

特に怒ることもなく、最大の難敵は私の前から姿を消した。


緊張感が解け、大きく息を吐く。

猫1匹にいい大人の男がと思われそうだが、嫌いなものは嫌いなのだから仕方がない。

車のキーでロックを解除し、何事もなかったかのように乗り込むと、

私を見送ろうとしている越野さんの姿が目に入った。


「越野さん、猫をどかせてくれたお礼と、新人のやる気向上に役に立てばなのだけれど、
今度のテストがうまくいったら、食事にでもご招待しましょうか」

「エ……」

「私が招待するくらいでは、やる気は起きないかな?」

「いえ、そんなことないです。本当ですか?」


猫のまん丸な目に負けない大きさで、彼女はしっかりと私を見た。

現場を離れて、3年以上が経過しているのに、

時間が出来るとすぐに私の足は、自然とそれぞれの店舗へ向かう。

新しい希望の光が、まっすぐな目をしながら、未来を見ている姿は、

かつての自分を思い起こさせるからだ。



しっかりと根を張り、太陽に向かってどこまでも伸びていく、木々のように……。

彼女もこれから、青葉をつけ、さらに花を咲かせるのだろうか。


「あの……」


越野さんは少し申し訳なさそうな顔をしたが、すぐに気持ちを入れ替えたのか、

笑顔を見せた。そして、思いも寄らない言葉を口にする。


「私、一番良い成績を取りますから」

「一番?」

「はい、ぜひ、一番のお店に連れて行ってください!」


こんなチャンスは滅多にないのだから、どうせなら『1番』なのだと言い切る彼女に、

私は、誰よりも上に立ちたいと思った、自分の若い頃を重ねた。






【夢の続き】


森住の心は、どこへ向かうのか……
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コメント

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森住に弱点あり

yokanさん、こんばんは!

>ビジネス部分の登場人物が増えて、複雑になってきましたか?

うーん、登場人物は、増えていかないんだけれど、
その回ごとに、場面が変わってしまうから、
混ざっちゃうのかもね。

久しぶりに更新だったし、
人物表、作った方がいいかしら。

>森住のネコ嫌いには爆笑してしまった。

でしょ。完璧に見えても、人間なんてこんなものかなと。
森住も普通の人なのです。

また2週間後に……

柚希ちゃん、頑張れ~~^^

要注意人物!?の沢木
やっぱり山内社長の記事に目を付けてきたね

先代の名声を超えたいがための新しい企業提携
何だか危うくて、菜穂子さんのこれからがちょっと心配だわ・・;;

チャコの登場で知った森住さんの猫嫌い^^
全てに完璧だと思っていた柚希には
驚きだっただろうし
親しみのようなものも感じたかな?

食事への招待♪楽しみだなぁ~って私が誘われたわけじゃないけど^^;
柚希ちゃん、一番目指してテスト頑張ってね(^^)/

意外な弱点

パウワウちゃん、こんばんは!

>要注意人物!?の沢木
 やっぱり山内社長の記事に目を付けてきたね

きっと、怪しい香りがプンプンしたんでしょうね(笑)

柚希にとってみたら、遠い存在だった森住ですが、
チャコのこと、ちょっとした授業をしてもらったことで、
近くなった気分でしょう。

二人の食事会があるのか、ないのか……
それは次回へ続きます。

こんばんは!!

森住の元カノ菜穂子の旦那の会社なんかやばい感じですね。

菜穂子はしょうがないけど(しょうがなくない?)森住達が困ったことにならないといいんですけどね。

そうもいかないのかな?

試験のご褒美と
柚希が彼氏に逃げられたという話を聞いた森住は
どう思ったのかしら?(*≧m≦*)

わたしは、おお!チャンス森住!と思ったけど…(((≧∀≦)))彡バンバンバン

柚木は試験合格できるのか?

そして、ご褒美のお食事をしたら
二人の仲は変わるのか?

それとも面影の女性がじゃまするのか?

ワクワク、ドキドキは止まらない!

森住の猫嫌いは可愛くて笑えた(^-^)


では、また…(^.^)/~~~

遅くなりました。。

話が分からない。。T_T
と思っていたら、なんと!
前回、私、出張中だったので、読んでなかったです~@@
がくっ。。

そんなこんなで理解するのに時間が掛かり
それでもわかっていないかも。。

柚希ちゃんとの距離は縮まりましたね♪
大人な森住さんとどんな関係になるのか
勝手にわくわくしています。

こんな感想しか書けないや。。@@

別の顔

mamanさん、こんばんは!

>森住の元カノ菜穂子の旦那の会社なんかやばい感じですね。

なんか、そんな雰囲気だけ漂ってますけどね。
それは、これから見てみないと……。

>そして、ご褒美のお食事をしたら 
 二人の仲は変わるのか?

完全に遠い場所にいる上司だった森住が、チャコの一件で、
きっと柚希には、また別の顔が見えたことでしょう。
近付くか、遠ざかるかは、これから……

大丈夫ですよ

れいもんさん、こんばんは!

>話が分からない。。T_T
 と思っていたら、なんと!
 前回、私、出張中だったので、読んでなかったです~@@

あ……そうでした。
れいもんさんの夏は、忙しかったんだ。

えっと、これからはここにあるので、『?』も順々に解決してください。

>大人な森住さんとどんな関係になるのか
 勝手にわくわくしています。

うふふ……

いえいえ、大丈夫です。ちゃんと感想になってますよ!