2 空想と現実

2 空想と現実


9月の始め、私は1週間の休みをもらって実家に戻った。

両親は小さな中華料理店を、切り盛りしている。

小学校から大学へ行くまで、一度も親元を離れたことがなかった私に、

人生修行だと言って、芸能界の裏方へ行かせたのも、母の決断。


「史香、あんた戻っているなら少し手伝ってよ」

「はい、はい」


結局、家に居てもどこにいても、のんびりは寝ていられない。

雑用仕事はどこにでもあるけれど、それでも母は私がいることで、どこか嬉しそうだ。


「あらまぁ、史香ちゃん、そんな派手なお仕事しているの?」

「いやぁ、矢口さん。芸能界なんてね、派手に見えるけれど、そうでもないのよ。
史香のお給料だってたいしたことないし、その割に時間ばっかり拘束されて、
今だに彼氏だって、出来やしない」


店のお得意さん、クリーニング店の奥さんが時間をつぶしにやってきた。

矢口さんのところには私より1つ年上の娘さんがいて、今月の末に結婚式が控えている。

年頃の娘を持つと、話題の中心はいつも『結婚』だ。

芸能界の裏方だと説明された私に、矢口さんは女性誌を持ち、

この記事の真相はどうなのかと問いかけた。

別に芸能記者じゃないのにと思いつつ、私はその雑誌を手に取ってみる。



『日向淳平、深夜の密会』



黒のサングラスをかけた日向さんが、ある店に入っていく姿が撮影されていて、

そこから出てくる吉野さんの姿も、別写真で掲載されていた。

この日は、雑誌の取材が終了して、そのままスタッフさんと食事に出かけたはずで、

吉野さんと待ちあわせをしていたとは思えない。

たまたま別の人達と食事をしていて会ったのか、それとも……。


「これは合成だよ。この日は、日向さん別の人達と食事していたもの。
まぁ、中で合流はあったかもしれないけれど、密会っていうのは大げさだよ」

「あら、そうなの? だって彼、いい男だしもてるでしょ。
ねぇ、実際にどうなの? ほら、以前演じていたあのバーテンダーの役みたいに、
女性関係って派手なのかしら」


現実と空想がごちゃ混ぜになる人が、ここにもいたと私はなぜかおかしくなった。

実際の日向さんは、私が見ている限り、女性関係も派手には見えないし、

普段、そんなにデートを重ねられるほど自由な時間はない。

楽屋では必ず隅に座布団とかを敷いて寝ているんだよと説明すると、

矢口さんは大きな口をあんぐりと開けて、頷いている。


「何言ってるんだよ、史香。あんたに全てを見せているわけがないでしょう。
男も女も、時間なんかないように見えたって、必死に会うものなんだよ。
それが恋愛なの。全く、自分がそんな世界から縁遠いものだから……」


母が豪快に笑い出し、それを見ていた矢口さんもつられて笑い出した。

私はテーブルに残された雑誌を集め、それを本棚にしまい、

無責任な井戸端会議から、一人だけ抜け出した。





長かった休みも明日で終わり、というその日の夜。

先日、日向さんからもらった台本を広げてみた。

パラッと見ただけではわからなかった細かい書き込みが、

台本の上にも下にも残されている。



『相手の気持ちをちゃんと理解している、それが伝わるように。
決して強引にならないように』



たった一言『わかった』というセリフが書かれているだけなのに、

日向さんはそこに役柄の設定を細かく書き込んであった。

吉野さんが演じたヒロインとの別れのシーン、あのセリフの中に、

こんなに感情がこもっていたんだとあらためて思う。



『何言ってるんだよ、史香。あんたに全てを見せているわけがないでしょう』



確かに母の言うとおり、私は日向さんの全てなんて知らない。

でも、きっと、彼は真面目な人なんだ。

女性を騙して平気な顔をするなんて出来るタイプじゃないと、丁寧に台本をめくる。

赤い線があちこち残る中で、途中に出てくる『ふ』の文字になぜか丸がついていた。

なんだろうかと思っていると、携帯電話が鳴りはじめる。


「はい……」

「史香、元気か?」


声の主は日向さんだった。あまりにもいいタイミングに、

だらけていた姿勢がピンと伸びてしまう。

どうして私の携帯番号を知っているんだろうかと、一瞬不思議に思ったが、

そういえば少し前、日向さんが携帯を変え、そのテストメールを送ってくれと、

楽屋で頼まれたことがあった。


「休みのところ悪いんだけど、明日、こっちに来られない?」

「明日ですか?」

「あぁ、『打ち上げA』をやろうと思って。ごめん、日程がそこしかないんだ。
急だけど、どう?」


私はわかりましたと返事をして、場所と時間を広告の裏にメモした。

日向さんは、今日の記者が吉野ひかりとのことばかり聞いてくるから、

わざとはぐらかすようにしてやったと笑っている。


「日向さん、うちの実家に来るお客さんも、吉野さんとのことを気にしてましたよ。
『深夜の密会』だって」

「は? あぁ、あれか。あの会社の記者と食事に行ったんだぞ。
そうしたら別のグループで、吉野が来てた。全く……あぁいうのこそ、
でたらめって言うんだよ。最初から、仕組んでたんだろ。
いちいち気にしていたらイライラするだけだ」

「じゃぁ……ウソなんですか」

「……お前、信じたの?」


私は慌てて否定したが、その言葉を返した日向さんは、どこか寂しそうで、

私は身近にいながら、信じていないような発言に、申し訳ないことをしたと、

電話を切った後にそう思った。





たった1週間離れていただけだったけれど、東京に戻ってみると、

川を越えただけで、空気が変わるのだと、実感する。

実家のまわりはまだまだ田舎で、コンクリートではない場所もすぐに見つかるが、

東京の都心は、あっちを見ても、こっちを見ても、無機質な気がしてきた。

歩く人達もどこか前のめりで、忙しく見えるから不思議だ。

日向さんに指定された時間まで、少し余裕があったので、

久しぶりにウインドーショッピングを楽しんでみる。


先月撮影をした冬物コレクションのポスターが、すでに貼り出されていて、

決めポーズの日向さんの目がこっちを見ていた。街を歩くOL達が足を止める。

日向さんのファンなのだろうか、嬉しそうにカバンから携帯のカメラを出すと、

ポスターに向け、何度もシャッターを切っていた。





指定された時間より10分早く到着し、

店員さんに『打ち上げA会場』はどこなのかと聞いてみる。

プロダクションの名前や、人の名前を使い会場を取ったことがあり、

それを知ったファンに、以前、囲まれたことがあった。

それからは詳細が分からないように、必ずこうしている。


「どうぞ……こちらです」


いつもより洒落たお店の雰囲気に、自分のジーンズ姿を後悔する。

こんな格好でよかったんだろうか、また、地鶏の焼き鳥とか、

板前さんのにぎり寿司だと思っていたんだけど、米原さんに怪訝そうな顔をされて、

ファッションチェックをされてしまうかもしれない。


通された個室には、まだ誰もいなかった。まぁ、それはいつものこと。

私はスタッフの中では一番下っ端なのだから、みなさんを出迎えるのは当たり前。



だけれど……、5分前になっても、誰の姿も見えなかった。

あの時、そう、実家で広告の裏なんかに場所と時間をメモしたから、

大事なところを間違えたんだろうか。

でも、店員さんはわかっているように、ここへ通してくれたし。


頭の中を、色々な空想が回り始めた時、扉が開き、

黒のサングラスをかけた日向さんが姿を見せてくれた。

とりあえず、場所が違ったわけではなくて、一安心。

日向さんはサングラスを外すと、遅くなってごめんと照れくさそうにそう言った。


「いえ、まだみなさんいらしてませんから。
あれ? 日向さん、田沢さんは別の場所からですか? 米原さんは確か……」

「今日は来ないんだ」

「エ? 誰か来られなくなったんですか?」

「いや、僕と史香以外は、誰もここに来ない」


私の小さな心臓が、思い切り音を立てて動き出した。

どんなアクシデントがあったのかはわからないけれど、

今日は日向さんと二人だけで食事をすることになったらしい。

いつも見慣れている顔のはずなのに、こんなにドキドキするのはなぜだろう。

もしかしたら、鏡に映る姿や、レンズを通してばかり見ているから、

本物の皮膚の色や息づかいに、目と頭がついて行けないのかも。


「コースでお願いしてあるから」

「はい……」


ナフキンってどうやって使うんだっけ? 半分に折ったままでいいの? 

それとも、大きく広げて膝の上に置くんだっけ?

料理が運ばれ、とりあえず大きな失敗がないように、ナイフとフォークに集中する。

『枝豆のポタージュ』は鮮やかな緑色で、ひやっとするのどごしが、

さらに味を美味しく演出してくれた。

これって、簡単に作れるんだろうか。材料を意識しながら、もう一口運ぶ。


「あのさ……史香が僕の担当に入ってから、いつも思っていたんだ。
仕事慣れしなくて、業界慣れしてなくて、それでいて、人にはたくさん気を遣って」


日向さんは、私が入ってから今までのことを、色々と語ってくれた。

私でさえも忘れてしまったようなエピソードも、よく覚えてくれていて、

話を聞いているうちに、その時のことを思いだし、

田沢さんに、米原さんに怒られたことも蘇ってくる。


「そうでした。田沢さんにこのまま海を泳いで帰れ! って怒鳴られて」

「あぁ……。ひどいことを言うなと思ったけど、史香、本当に海の方を見て、
首を傾げるからさ、こいつ、海に飛び込んじゃうんじゃないかって、ハラハラしたよ」

「いや……飛び込めません。泳げるのは……15メートルくらいです」


少しずつ料理も運ばれ、私のドキドキはゆっくりおさまった。

しかし、また別の気持ちが、心の中をいっぱいにし、あふれさせていく。

これだけ日向さんと語ったのは初めてだった。

立ち話をしたり、楽屋で何かをしながら冗談を言ったり、そんなことはあったけれど、

こんな優しい言葉をかけてもらうと、気付いてはいけないことに気付きそうな、

そんな予感がする。






……もしかしたら私、あなたが好きなのかもしれません。






俳優の日向淳平ではなくて、そのまま素の顔で笑っているあなたのことを、

立場も考えずに、好きになっているのかもしれないと、そう……。


『恋愛禁止』の指令が出ていることもわかっているけれど、

ほんの一方通行の、憧れるという思いだけなら、許されますよね。


「史香……あのさ」

「はい」

「史香がそこにいるだけで、気持ちが落ち着くんだよね。
当たり前の自分を、さらけ出せる気がして……。
楽屋に戻ったとき、仕事がうまくいかなくて落ち込むとき、
それでも史香がそこにいると、また頑張れると思える……」


今まで流れるように進んでいた会話が、ピタリと止まってしまった。

日向さんの口から出てくるのは、なんだかつぎはぎされた、

どこかぎこちない言葉で、それでも、こんなドジな私が、邪魔者ではなく、

少しは役に立っているんだって、聞いていて嬉しくなるような気持ちがする。






「史香が……好きなんだ」






小さな、小さな私の心臓は、この状況に追いつこうと、必死に頑張って動いたが、

それでも抑えきれずに、飛び出してしまいそうな気分だった。






3 後悔の渦


これからどうなるの? と思いつつ、
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コメント

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いいのです

yokanさん、こちらにもこんばんは!

>ええ~、いきなりの告白(@@;)
 この最後のフレーズにビックリして、
 他の感想が全部飛んでしまった^^;

あはは……いいんですよ。
インパクトですから。
私の創作は、『告白』までが長くて、
そこまでを楽しんでもらう形になっているんですけど、

『はーとふる』はちょっと違うんです。

サークルUPの4話まで来たら、この辺について、
ちゃんと書きますね。
驚きのまんま、3話をお待ちください。

告られたぁ!

こんばんは!!

やっぱり、日向は史香のこと好きだったんだ。

日向の打ち上げの誘い…っていうか
前のお話で女たらしの俳優に史香が声掛けられた時
日向が2人の間に立ったのは、史香をそいつ毒牙から護るため…
好きだからじゃないかって思った。

だから台本もあげたんじゃないかってね(≧∀≦)

これで、今のは次の演技の練習だ!
な~んてオチは、ないですよね…ももんたさん!

そうなんじゃないかと思ってはいても
告白のとこはドキドキしました!!!

格好よくて、人柄もまあよくてと
そんな人が傍にいたら好きになりますよね、史香じゃなくたって。

お互いが癒される存在になってたのね。

でも、社内恋愛禁止令があるこの二人…

どうするんでしょうね?

燃える秘密の恋?なんちゃって…


では、また…(^.^)/~~~

好き……なのです

mamanさん、こっちにもこんばんは!

>やっぱり、日向は史香のこと好きだったんだ。

はい、好きだったのです。
小さな伏線の見抜き方も、バッチリ当たってますよ、mamanさん。

>格好よくて、人柄もまあよくてと
 そんな人が傍にいたら好きになりますよね、
 史香じゃなくたって。

強く思う『好き』とは違う関係が、この話しの中にあるんですよ。
今までの私のパターンとは、ちょっと違ってます。
それについては、また、4話終了後に書きますね。

さて、燃える秘密の恋になるのかどうか……
また続きで!