10 邪魔者の右手

10 邪魔者の右手




パソコンを購入した大型店から航と聖が外へ出てみると、雨が降り始め、

アスファルトの道路に、ポツリポツリと跡を残し始める。

聖はアドバイスがとても参考になったと笑顔を見せ、

大通りを走ってくるはずの、タクシーを探す。


「それにしても驚いたわ。急に店の中に入っていって、
渡田さんに絵を見せて欲しいと言い出すんだもの。
でも、探していた物じゃなくて、残念だったけど」


航は聖の知っている喫茶とギャラリーの店で、『海とヨット』の絵を見つけ、

その作者が誰なのか、キャンバスの裏を見せてもらえないだろうかと

一気に詰め寄った。

結局、その絵は、父一樹のものではなく、渡田に絵の特徴を話したものの、

今までに見たことがないと言われてしまう。


「亡くなったお父さんの描いた絵なのね。でも、どうして今頃、
急に探し出そうとしてるの? 30年以上も経ってしまったんでしょ」

「父が生きている時には、あまり見たいと思わなかったんだ。
何度か話しには聞いていたけれど、幼かったからなのか、興味が出なかった。
でも、父も母もこの世を去って、それぞれの想い出はあるけれど、
二人の気持ちが重なったものがその絵なのだと思うと、
急に見たいと思うようになって。まぁ、どこかで無理だと思っているから、
余計に見たくなるのかな」


聖は、海人から聞いた航のイメージと、実際に話してみたイメージが重ならず、

どう接していけばいいのか、よくわからなかった。

新谷家の財産を狙って来たのだという割には、何かを企むような、

ギラギラした部分が見えてこない。


「父に聞いてみるわ」

「お父さんに?」

「えぇ。父が高校生の頃から新谷家とはご近所だし、成島さんのお母さんのことも、
父はよく知っているから、その絵のことも何か知っているかもしれない。
それに、絵にも多少詳しいし、関係者の知り合いも多いから、
お役に立てたらいいんだけど」

「あぁ……ありがとう」


航は聖の言葉に、本当に嬉しそうな笑顔を見せ頭を下げた。

大通りを走るタクシーが、二人の前に止まり扉が開く。

聖は、先に乗り込み、航の住所はどこなのか尋ねようと顔を向けると、

航は車には乗らず、そのまま扉が閉まった。


「ねぇ、一緒に乗りましょうよ。住所は……」

「いや、僕は電車で」

「でも……雨が降ってるのよ。駅まで歩いたら濡れちゃうわ」

「走れば5分だから。それじゃ……」


航は聖に向かって軽く手を挙げると、そのまま駅に向かって走り出した。

聖はタクシーの運転手に行く場所を聞かれ、いつも指定するコンビニの場所を言う。

動き出したタクシーは、すぐに航を追い抜き、雨がだんだんと強くなる道を、

スピードをあげ走り去った。





聖が家へ戻ると、珍しく父の哲夫がリビングにいた。

経済誌を読みながら、大好きな日本酒を飲んでいる。

聖は、購入したノートパソコンの箱をソファーに置き、

哲夫と向かいあうように座る。


「ねぇ、パパ。聞きたいことがあるんだけど、今いいかしら」

「あぁ、なんだ」


哲夫は雑誌を閉じると、ソファーの横へ置く。

聖は、航から聞いた絵の話をなるべく詳しく語った。


亡くなった母、華代子に向けて、父親である一樹が描いた物で、

新谷家には残されてないようだと言うこと、『海に浮かぶヨットの絵』は、

息子である航もまだ見たことがなく、どこかにそのような絵が、

出ていたことがないかと問いかける。


「成島一樹の絵ということか」

「うん。でも、独身時代のもので、しかも売るために描いたわけじゃないのよ。
だから、成島一樹で流れているかもわからないし……」


哲夫は手に持っていたグラスをテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がり、

厚めのカーテンを少しだけ開けた。

道路を挟んだ場所に見えるのは新谷家で、

まだ短大へ行っていた華代子が歩いて行く姿を、気付かれないように、

マンションの窓からそっと見つめた過去を思い出す。


哲夫は、一つ年上の華代子に気持ちを寄せたが、

華代子の目は絵の講師をしていた一樹からそれることはなく、

想いは結局叶わなかった。


「航さん、パソコンのこととか詳しいのよ、
こっちへ来る前は家電メーカーの営業をしていたんだって」

「そうか……」


聖と海人に混じるように食事をしていた航の目は、

何度も目の前で見た華代子の目に似ていた。

まっすぐで清らかで、視線を合わせたものを、

吸い込むような力がそのまま受け継がれているように思えた。


もう、会うことのない、想い出の女性。


「今日は世話になったんだな、聖が」

「えぇ。仕事を終えたところを捕まえて、これを買うのをつきあってもらった」


聖は横に置いた箱を、明日会社へ持って行くのだと軽く叩く。

父の経営する会社に入りたいと言った聖を、

経験を積むためだと別の会社に入社させたのは哲夫だった。

それでもすぐに職場になじみ、前向きに行動するあたりは、

さすがに自分の血を引いていると、思わず口元がほころんでいく。


「探せるのかどうかわからないけれど、まぁ、聞くだけは聞いてみるよ」

「お願い……」

「それにしても、聖がそんなふうに航君のことを話すなんて、
海人が聞いたら機嫌が悪くなりそうだな」


聖と海人は幼い頃から兄妹のように過ごし、

将来そのまま一緒になってくれたら、商売的にも都合がいいと思っていた哲夫は、

二人が親しくすることを好意的に見ていた。


「海人は海人。気心は知れているから話しやすいけれど、
別に将来まで任せたわけじゃないわ」


聖はそう言って笑うと、パソコンの箱をソファーに残したまま、部屋へと向かった。

哲夫は思いがけないところから飛び込んできた、憧れの人の面影を残す航に、

少しずつ興味を持ち始めた。





季節は4月の半ばになり、桜は散ったものの、

あちらこちらに花が咲く、明るい季節になった。

友海は自転車を走らせると、スタンドへ向かう。

途中で一度ブレーキをかけ、財布を取り出し、お金を販売機に入れた。

いつも買うタバコの銘柄に、『売り切れ』のランプが点滅し、

他のもので我慢しようかと指を動かすが、納得がいかずにキャンセルする。



『減らせるのなら、一気に辞めてしまったらどうかな』



そう言った航のセリフを思いだし、友海はそのままタバコを買うことなく、

仕事へ向かった。


車の洗車を頼まれ、機械を動かしている馬場や、事務所の奥に座り、

伝票を睨みながらメガネを動かす店長が見える。

入ってきたトラックの運転手に声をかけられ、軽く挨拶をすると、

友海はすぐに雑巾を持って、窓を拭くために走り出した。





本社の会議室の扉が開き、社長の和彦と専務である海人が姿を見せた。

月に一度の幹部と店長を集めた会議が、開かれようとしているため、

航や朝戸も立ち上がり、しっかりと頭を下げる。

和彦は真ん中の席に座り、海人はその右隣に座った。

その横には関山が座り、各店長からの報告が始まる。

12店舗すべてを、本社が一斉管理しているため、報告もどこかそっけなく、

ただ、流れるように進んでいった。

航は配られた書類を軽く見た後、これから語られるはずの課題に対し、

まとめてきた思いをぶつけるため、少し深めに息を吸い込んでいく。


「忙しいところ、集まってもらって申し訳ない。
それぞれの仕事もあるだろうから、なるべく手短に進めていこうと思うのだが、
まずは、『芽咲海岸店』の売却について、専務の海人から報告がある」


和彦はそう言うと、隣に座っている海人に目で合図した。

海人は書類を持ち、『芽咲海岸店』が12店舗中、一つだけ離れた場所にあり、

管理しづらいこと。昔は賑わった海水浴場も、今では別の場所が出来、

車の流れが変わったこと。もっともらしいことを言いながら、その場所を売却し、

もう少し都心に近い場所を得ようと思っていることを話していく。


店長たちは一瞬ざわついたが、他の幹部たちの落ち着き払った態度に、

すぐに言葉を止めた。提案だと言いながら、これが決定なのだという重みは、

海人の言葉から伝わっていく。





「お姉ちゃん、これ……」

「どうしたの? お金入らない?」


その頃友海は、ジュースの販売機前でお金を持ったまま立っている子供に、

話しかけられていた。子供は、お金を入れてもすぐに出て来てしまって、

ジュースが買えないのだと文句を言い、右足で自動販売機を蹴ってしまう。


「コラ! そんなことをしたら、ダメ! 
やり返せないものにあたるなんて、卑怯だぞ」


友海は子供からお金を受け取り、ゆっくりと優しくお金を入れるのだと、

100円玉を2枚入れた。カシャン、カシャンと音がして、ランプが点滅する。


「ほら……」


子供は嬉しそうに『オレンジジュース』のボタンを押し、おつりを受け取ると、

車で待っている親の元へ走り出した。





海人が、報告書の最終ページを読み始めた時、右奥に座っていた航が、

待ってほしいと手を上げた。視線は一斉に航へ動き、海人も言葉を止める。


「その報告書とは違う、別の報告書がここにあります」


決めかけたことを覆すかもしれない航の発言に、

和彦は余計なことをするなと椅子にもたれかかり、そのまま目を閉じてしまう。

そして、自分の発言を止められた海人は、それまで以上に鋭い視線を向けた。





11 君の名前
<photo:tricot>

いつも読んでくれてありがとう!
パワーの源、1クリックよろしくお願いします (^O^)/

コメント

非公開コメント

うん、うん

yokanさん、こんばんは!

>聖さんは航君を好意的に捕らえたようでホッとしたわ。

海人と近い存在の聖ですが、航の人柄もちゃんと見抜いたようです。
『味方』となるか、『敵』となるかは……後々(笑)。


うちの伯母は、毎日元気いっぱいに暮らしています。
ときめく人を見つけられるのって、絶対に必要ですよね。
きっと、大丈夫ですよ。お友達もたくさんいるし、
語れる人がいるっていうのは、楽しいですから。

憧れ・・

哲夫の目に映る航と聖、海人と聖。どんな風に???

『やり返せないものにあたるのは卑怯』和夫と海人に聞かせたい!

絵に対する思い、父と母に対する思いなんだろうな。

住野家

yonyonさん、こんばんは!
なんだかちょっぴり、久しぶりな感じですね(笑)

>哲夫の目に映る航と聖、海人と聖。どんな風に???

哲夫の頭にはなかった航。
それが急に現れました。
娘の聖、そして、海人と航

どんなふうになるのかは、まだまだこれからです。