3 後悔の渦

3 後悔の渦


日向さんの目は真剣だった。彼だって『社内恋愛禁止』の指令は知っているはず。

それでも、こんなふうに想いを告白してくれた。



でも……



どこで私を、好きになってくれたんだろう。

頭だって良くないし、顔だって美人だなんてとても言えない。

よく気がつくわけでもなく、日々怒られてばかりだ。

料理だってたいして出来ないし、いや、日向さんにそんな姿を見せたこともない。



『変わり身の速さで、泣かされた女の子が多いんだから』



米原さんが言った、畑山さんのことがふっと脳裏を横切った。

下っ端のスタッフなら、変わり身速くして別れを切り出しても、

文句を言わないからだろうか。



『何言ってるんだよ、史香。あんたに全てを見せているわけがないでしょう』



母が言った言葉まで、私の頭の中をグルグルと動き回る。

そう、私だって楽屋以外の日向さんを知っているわけじゃない。

演じている姿が脳内に入り込んでいて、それで気持ちが動いただけなのかもしれない。

それよりなにより、『社内恋愛禁止』なのだ。

これで約束を破ったりしたら、私は不況の波の中で、もがき苦しむことになる。



日向さん、誰かに振られちゃったんだろうか、それとも……。



頭の中が整理整頓出来ないまま、私の口から飛び出したのはたった一言だった。


「ごめんなさい」


これでいいんだ、これでいいんだ、自分のしたことは間違っていない。

私はデザートを食べながら、その言葉を頭の中で繰り返す。


「……そうか」


日向さんはそう言うと、それならもう忘れてくれと笑顔を見せた。

申し訳ないながらに自分の顔を上げて、日向さんに視線を向けてみる。

鏡越しでも、レンズ越しでも見たことのない表情が、目の前に残っていた。





食事を終え、日向さんは先に店を出て欲しいとそう言った。

同じタイミングで出ることがまずいことくらい、私だってわかっている。

『ごちそうさまでした』とお辞儀をし、レジに立つ店員さんに頭を下げると、

少し待って欲しいと言われその場に立った。

ほんの2、3分で店の前にタクシーが到着し、後部座席のドアが開く。


「どちらまで」


私は我に返り、贅沢だからと下りようとしたが、

運転手さんはお金はお店の方へ請求することになっていますと、言葉を付け加えた。

私はその時、これは日向さんが用意してくれたタクシーなんだと気付かされる。


走り始めたタクシーから見せるお店の姿が、だんだんと小さくなっていく。

それを見ている私の目から、ポロポロと涙がこぼれ始めた。

正しいことをしたのだと想いながらも、店に残った日向さんのことを考えると、

後戻りできない出来事に、どうしようもない気持ちで、下を向いた。





思いがけない日から2日後、日向さんは出演する映画のロケのため、

ニューヨークへ向かった。

田沢さんや米原さんは一緒に向かったが、私はその間日本に残り、

事務所で日向さんのインタビュー記事などをまとめてスクラップする。

デビューしてから7年が経ち、がむしゃらに過ごしていた時期から、

少しずつ色々なものが見えてくるようになったと、コメントが残っている。

日向さんは元々、俳優になろうとして芸能界に入ったわけではない。

最初は大学を卒業して、ある制作プロダクションに入社した。

テレビ局の裏方として歩き始めた時、スタジオの隅にいた日向さんを、

うちの社長がスカウトした。

男性誌のモデルでデビューし、主人公の取り巻きを演じた頃もあり、

その積み重ねから掴んだ役で、一気に人気者になった。



『それでも、ある時無性に寂しいな……と思うことがあったりします』



仕事が決まると、インタビューの合間にも楽屋でセリフの確認をしたり、

車の中でも難しい本を読んでいることが多かった。

何かを見つけると、追求したくなるんだよと、笑っていた顔を想いだす。



『ロケで訪れた場所を、もっと知りたいと思うんですが、時間がなくて……』



もし、1ヶ月お休みをもらえるのなら、たくさんの日本の良い場所を巡ってみたいと、

以前、日向さんはそう言っていた。

この仕事についたからこそ、あちこちに行けるし、その良さも実感する。

けれど、ゆっくりと味わうほどの時間はなく、窓から見える景色に、

ため息をつくことも何度もあった。





それからまた何日かが過ぎ……。


私は、頼まれた飲み物を買い込み、楽屋へ向かう。

あの思いがけない日から、日向さんに会うのは初めてだった。

一度立ち止まり深呼吸をしてから中に入ると、鏡の前に座り、

いつものように本を読む、後ろ姿が見えた。


「あの……飲み物ここに置きます」


私の声に、少しだけ頭が動いたように見えたが、特に何かを言われることもなく、

本から視線は上がらない。


「悪いな史香、この色紙、8階にいる木村プロデューサーに渡してきてくれない?」

「はい」


田沢さんに渡されたのは、ドラマの最終回にあわせて、

日向さんと競演した吉野さんのサインが並べて書いてある色紙だった。

私はエレベーターの前に立ち、上へ向かうボタンを押す。

テレビ局のADの女性が2人やってきて、隣に立った。



「ねぇ、アシスタントの真美ちゃん、日向さんに携帯の番号を聞かれたんだって。
彼、結構聞くらしいよ」

「エ……本当? で、どうしたの?」

「そりゃ言うでしょう。連れて歩いてほしいじゃない。
私、彼が彼氏だったら、自慢しちゃうけど」

「何言ってるのよ、それは夢でしょうが」


普段ならどうでもいいと、耳をすり抜けていく噂話が、

今日は妙にひっかかって取れなかった。

日向さんがアシスタントさんの電話番号を聞くなんて、考えられないと思ってみるが、

それをどうのこうの言う権利は、私にない。


「ありがとう。これ、プレゼントにするんだけど、まぁ、応募殺到だろうからさ」

「はい……」

「いいねぇ、ダイヤがいる事務所は」


プロデューサーの木村さんは、日向さんのことをダイヤだと言い笑った。

たしかに、この2年くらいで急激に売れ、今やドラマや映画のオファーもひっきりなしだ。

それでも、やたらに作品に出ることはせずに、

台本を読み込んで納得出来るものだけを選ぶやり方は、変わらない。

マネージャーの田沢さんも、もっと気楽に考えろと、頭を抱えていることがよくある。

それでも、意志を変えない日向さんは、結構頑固な人だ。



木村さん、日向さんはダイヤなんかじゃない、ちゃんと心の通った人間なんですよ。



私はその言葉を胸にしまったまま、木村さんのいる場所から下へ戻った。





日向さんの態度は、思いがけない日の後もずっと変わらなかった。

自分から断りを入れたくせに、あっと言う間にあの日が過ぎてしまったのかと思うと、

どこか寂しいようなそんな気持ちになる。


「なぁ、淳平、お前が来てくれたら女の子なんて一気に集まるぞ!」

「分かりましたよ、ちゃんと時間を決めて下さい」


お世話になっている先輩俳優から、飲みに誘われ、日向さんは撮影を終了し、

待ちあわせ場所へ向かった。私は片付けを終えた道具を持ち、一人で事務所へ戻る。

ポストをのぞくと、日向さんを筆頭に、ファンレターが山ほど届いていた。

全てを取り出し、宛名ごとに分け、担当のマネージャーの席へ分配する。

1枚の葉書が私の手から落ちて、それを拾うとつい、文面に目がいった。



『琉聖、いつもあなたのことを追いかけています』



琉聖とは、以前、日向さんが演じたホストの役だ。

友達を裏切り出世していく姿が冷酷であり、冷たいと話題になったが、

そのドラマで人気は一気に上がった。

今でもこの役名を使ってファンレターを送ってくる女性も結構いる。



『それなのに、この間の役柄はあなたらしくないです。
琉聖はもっと、頭のキレる男でしょ』



こんなふうに冷たい役がいいと言う人もいれば、笑った顔が素敵だという人もいる。

全てのファンが満足するように演じていくのは、難しいことだ。

本当の日向さんは、冷酷で冷たい男でもなく、かといって、

誰かに騙されてしまうほどのお人好しでもない。

意外に、普通の29歳……なんだけれどと、

答えを出さない葉書に向かって、つい言いたくなる。


「史香……」

「あ……日向さん。どうしたんですか? あれ? 遠藤さんと飲みに行くって」


突然、事務所に入ってきたのは、日向さんだった。

葉書を読んでいたことに、気付かれただろうか。

日向さんは、飲みには行ったけれど、写真ばかり撮られて腹が立ったと

田沢さんの椅子に深く腰掛ける。


「コーヒーでも飲みますか? 私……」

「お前、強いな」

「エ……」

「女って、強いものなんだな」


どう答えていいのかが、全くわからなかった。

こんなふうにつっかってくる日向さんなんて見たことがない。

それほど飲み会で嫌な想いをしたのだろうか。

遠藤さんは結構強引な人ですよねと、誤魔化すように付け加えてみる。


「遠藤さんはいつもお調子者だ、変わらないよ」

「そ……そうですよね」

「なぁ、台本、どうした?」


先日終了したドラマの台本だと思い、大切にしまってあるとそう答えたが、

日向さんの表情は優れないまま、急に立ち上がった。


「史香にはどうでもいいことなのかもしれないけど、僕は……」


日向さんの携帯電話が鳴り出し、相手を見ると無視するようにポケットに押し込んだ。

1分近く鳴り続けた電話は、ピタリと音を止める。


「楽屋でも演じなければならないのは、辛いんだ」


日向さんは事務所の扉を開けると、

そのまま私の方を向くことなく出て行ってしまった。

何も変わらなかった訳じゃなかった。

日向さんは、私の顔を見たくなくなかったのだ。





その時、私は初めて自分の置かれた現実を思い知った。






4 台本のラブレター


これからどうなるの? と思いつつ、
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コメント

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普通じゃないので

yokanさん、こんばんは!

>日向さんをふっちゃいましたか(@@;)
 でも、その気持ちはわからんでもないけどね^^;

前回、yokanさんが指摘してくれたように、
史香にとっても、淳平の告白は、突然であり、
しかも相手は『普通じゃない人』。

構えて当然だし、考えて当然……かも。

しかし、そう、淳平は真剣そのもの。
さて、4話をお待ちください。

あたしの今一押し!向井くん♡

   こんにちは!!

 日向くん、結構真剣だったのね(…って当たり前だけど)

史香がフワァっとしすぎてた?
禁止例がなかったらOKしたのかしらね?それでも微妙?

振られた相手と毎日顔を突き合わせてるのは辛い。
携帯の番号聞いたり、飲み会行ったり、自暴自棄?の日向くん。

自分の状況を思い知った史香と自棄気味の日向
どうなってく、この二人!

なんか日向くん、向井 理くんを重ねちゃう(*^_^*)ポッ
だから余計にお話に入り込んじゃう o(≧w≦)o
史香ちゃんは・・・いない。デへへ・・・
あたし!って言いたいけど年喰い過ぎてるし
誰がいいかしら?

続きが待ち遠しいですよ!


   では、また・・・(^.^)/~~~

『向』つながり

mamanさん、こっちもこんばんは!

>自分の状況を思い知った史香と自棄気味の日向
 どうなってく、この二人!

史香は、このあと、もう一度気持ちを見つめ直すことに。
環境が変わると、意外に気付かないものに
気付いたりするんだよねぇ……と。

>なんか日向くん、向井 理くんを重ねちゃう(*^_^*)ポッ

あはは……おそらく『日向』と『向井』で『向』が
苗字にはいっているからかな。
ブロメでも、同じような意見をいただきました。
もちろん、彼でもOK!
(彼自身がOKを出してくれているわけではないんだけど・笑)

史香はmamanさんでOK!
年齢? そんなもの吹き飛ばせ!
妄想出来なければ、創作の意味がない!

……てなことで、どうでしょう。