4 台本のラブレター

4 台本のラブレター


米原さんに来てもらった喫茶店は、事務所の入っているビルの1階にあって、

ちょっとふくよかなおばちゃんが、一人で頑張っている。

時折、頼みもしないのに、オリジナルソングを歌い、

誰の曲かと聞くと、『偉大なる作曲家のものだ』とウソをつく。


「退職届? 辞めるの?」

「はい、私、規則違反をしました」

「規則違反? それって『社内恋愛禁止』のこと? 淳平?」


米原さんには隠し事なんて無理だと思った私は、社長に届けを出す前に、

話しをすることにした。もともと、米原さんのお姉さんとうちの母が

高校時代の同級生で、その縁から事務所に入れてもらった経緯もあるからだ。


「日向さんの顔を見ているのが辛いんです。
いけないことだと思っているけれど、それでも追いかけてしまうし気になるし」


日向さんから告白されたことは、言わなかった。

私はこのまま消えてしまうけれど、彼はこの世界で活躍していく人なのだ。

余計なことは、語るべきじゃない。


「それだけ冷静になれるのなら、黙っていて担当変えてもらえば? 
それじゃダメ?」

「いえ……でも」


研修社員扱いのくせに、そんなことは言えませんと頭を下げると、

米原さんは少し考えなさいと、1週間の休みをくれた。

社長は別の事務所の社長と、確かにゴルフでカナダへ行っている。

今、提出したとしても、届けを受理されるのは1週間後だ。





私はその足で実家に戻り、両親に仕事を辞めると報告した。

父はそれでいいと納得したように頷いたが、母は呆れた顔で私を見る。


「体がきついから辞めるなんて、史香、あんたねぇ、
仕事なんてどれだって大変なんだよ。認めてもらってから辞めるならともかく」

「母さん、いいじゃないか。芸能事務所なんかにいて、
タレントにでも手をつけられたら、それこそ大変だぞ。
俳優なんてみんなチャラチャラしていて、女にだらしがないんだから」


日向さんとのことは、親に言えなかった。

今の父のように、曲がった解釈をされるに決まっている。

それでも、俳優がみんなチャラチャラしているだなんて、

この場でテーブルを叩いて、言い返したくなるほど悔しい。

他の俳優の私生活は知らないが、少なくとも日向淳平は、俳優業に誇りを持って、

真剣に演じている。


女性関係にだらしがないなんてことはないし、スタッフに対しても、

横柄な態度を取ることもない。

くだらない世間話に目が潤みだして、私はそのまま部屋へ向かった。





家に戻ってから3日後、高校時代の友人で、

地元の信用金庫に勤めている、本間尚美がやってきた。

一緒に来たのは先輩の従業員で、私に会わせたかったのだと笑う。


「ねぇ、牧原さんって、史香の事務所の俳優さん、ほら、日向淳平と同級生なんだよ。
そうなんですよね」

「えぇ……。日向君とは横須賀に住んでいた頃、小、中学校と同級生だったの。
まさか俳優になるとは驚いたけど、どう? 優しい?」

「はい……」


牧原さんは、日向さんが学生時代おとなしく、

それほど目立つ存在ではなかったことを、教えてくれた。

背は高く、当時からチョコレートはそれなりにもらっていたらしいが、

剣道部で活動し、浮かれたところはなかったと語ってくれる。


「あの日向君だと思うと、ホストの役なんて笑っちゃうんだけど、
見ているうちに、あれが日向君自身に見えちゃうから不思議よね。
本人の性格からしたら、考えられないと思うけど」


休み時間は、図書室から本を借りてよく読んでいたこと、

クラスで読書チャンピオンに何度もなったこと、

知識が豊富で、日本地図などをよく見ていたことなどを教えてくれる。


「そうそう、日本の全県を回って、日本人に生まれたことを実感したい! って、
授業参観の時に発表したことがあったわ。
俳優だとあちこち行けるから、その夢は叶ったのかしら」


牧原さんの話を聞きながら、私は日向さんの全てを知っているわけではないけれど、

結構色々なことを知っていたんだと気がついた。

本が好きで、旅が好きで、

派手に遊ぶことより、楽屋の隅で眠っていることが好きで……。



仕事に真面目で……


スタッフにも優しくて……





どうしてあの日『ごめんなさい』なんて、言ったんだろう。

こうして辞めることになるのなら、自分の気持ちにウソなんて、つかなければよかった。





私は、自分の心も、日向さんの心も、両方傷つけた。





夕食を済ませた後、部屋に入ってあの台本を広げた。

事務所で会った日、台本をどうしたのかと

日向さんが気にしていたことを思いだしたからだ。

最初のページから、1枚ずつ、丁寧にめくっていくと、

前にも気になった『ふ』についた丸を見つける。


そして、次のページをめくると、

真ん中より少し左下にある『み』の字に丸がついていた。

さらにページをめくっていくと、『か』の字に丸がついている。

それから順番にページをめくり、丸がいくつもあることに気付いた私は、

急いでメモを取り出し、最初の『ふ』から、丸がついた文字を並べた。


「ふ……み……か……い……つ……」





『ふみかいつもありがとうこれからもそばにいろよ』





それは文章だった。





『史香 いつもありがとう これからもそばにいろよ』





この文字の意味に気付き、私は涙が止まらなくなった。

日向さんは、私がスタッフで、お気軽だから付き合おうと思ったわけではない。


私は頭もいいわけじゃないし、顔だって美人じゃない。

誰にも誇れるものなどないけれど、でも、きっと、いいところがあるのだろう。

これほどまで思ってくれた日向さんに、

私はたった一言『ごめんなさい』と、返しただけだった。

あの人は演じてなんていない、いつも私の前では本当の姿を見せてくれた。

クイズに答えられないと嬉しそうに笑い、知らないことを教えてくれる。

スタッフと食事に行けば、みんなにお酒をついでまわり、カラオケだって一緒に歌った。





仕事がきつくても、田沢さんに怒られてばかりでも、

それでも毎日頑張れたのは、日向さんがかけてくれる言葉が、優しかったから……。



『史香、サンキュ!』



あの笑顔が……見ていたかったから……










もう……届かなくなってしまった。












私の大切な人……










次の日は、店が定休日だったため、部屋にこもって手紙を書くことにした。

米原さんに頼んで、日向さんに渡してもらおうと、そう考えた。

今さらあなたが好きですなんて、呆れられてしまうかも知れないけど、

それでも、気持ちだけは伝えておきたい。破られても、捨てられても構わない。

こうして書くことで、私が前に進める気がする。

出来たと思って読み返したら、便せんに涙が落ちてしまった。

また、書き直さなくちゃ……。


「史香! 史香、ちょっと下りてきて」

「何よ、お母さん。今日は一日部屋から出ないって言ったでしょ」

「そうだけど……だってさぁ」


母の口調からあまりにも困った雰囲気を感じ、仕方なく部屋を出た。

階段を下りようと下を向いた時、目に入ったのは……。


「史香……」


深くかぶった帽子のつばを上げて、目の前に現れたのは日向さんだった。

どうしてこんなところにいるんだろう。近くでロケでもあったんだろうか。


「この間はごめん。あの後、すぐ事務所へ戻ったんだ。でも、もう史香はいなかった。
電話でもしようかとも思ったけど、直接謝りたかったから。
そうしたら、米原さんから史香が辞めるって話しを聞いて……」


日向さんしかいないんだろうか。

田沢さんは? 米原さんは? あれ? 誰もいないの?


「僕があんなことを言ったから、それを気にして辞めるのなら、
そんなことは必要ないんだ。自分が心の整理をつけられなくて、
それを……罪のない君になすりつけた。
ごめん、本当に卑怯なヤツだよな、振られて、さらに嫌味までつけて……」


日向さん、一人でここへ来たんですか? 

どうやって? 電車? それともタクシー?


「琉聖のように格好良く出来ないし、広樹のように優しくも出来なくて……。
また、こんなふうに史香を追ってきた、情けないヤツだけど……」


帽子を取った日向さんの髪は、以前より短くなっていた。

情けなくなんてありません。今、あなたに会えて、心から嬉しいんです。

でも……カレンダーの撮影は、まだ残っていたんじゃないですか?


「日向さん、髪の毛」

「あぁ、昨日切ったんだ。バッサリ!」

「でも、カレンダー」

「それは一昨日終わった。ちゃんと田沢さんに確認したよ。
ここへ来る前に切りたかったから、『stone』に無理言って予約を入れた」


『stone』はデビュー以来、日向さんが通っている美容室のことだ。

役のイメージに合わせて、担当のスタイリストと米原さんと、

3人でいつも髪型を決めている。


「短いのも……似合いますね」

「うん……」


仕事に全く関係のない場所に、一人でこうして来てくれたんだ、

そう思うだけで、心の底から温かいものがこみ上げてくる。

今こそ、ちゃんと私の気持ちを伝えなきゃいけない。

私は日向さんが立つ場所に、少しだけ近付いて立ち止まる。


「私の方こそ、きちんと伝えられなくて、ごめんなさい。
会社の規則とか、色々なことが頭の中を巡ってしまって、
突然だったから、日向さんの中に、色々と演じている役柄とかが飛び出してきて、
それを追いかけていたら、自分の気持ちだけがどこかへ飛んでました。
『ごめんなさい』なんてウソなんです。本当は……」


本当は、嬉しすぎて、どうしたらいいのかわからなかったのです。

もっと話がしたくて、もっと近くにいたくて、続く言葉が出ないまま、

一歩ずつ近付いていたら、日向さんより1段だけ高い場所まで近づけた。

階段の右と左に分かれ、互いに壁へ寄りかかる。


「このくらいまでなら……近付いてもいいですか?」


今までのように、また、楽しい話をしたり、たまにはクイズを出してもらったり、

いただいた差し入れを、半分にしてもらっても……。


「もっと近くに……」


階段の段差のおかげで、いつも見上げる日向さんの顔が同じくらいの位置にあった。

いつも台本をめくる右手が、ゆっくりと私の頬に触れて……



ふわりと優しく、唇が触れた……



そうか……。私達は、もっともっと、近付けるんですね。

日向さんといれば、よくわからない私のいいところも、きっと発見出来ますよね。





好きだよ……の言葉が、ほんのりと温かいぬくもりを通して、

私の心に染みていった。











大丈夫かな、私、こんなことしていて。

また、就職を探さないとならないんだろうか……。






5 いい子の果て


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コメント

非公開コメント

こんばんは^^

『はーとふる』・・・この展開は、ももちゃんの得意分野だな! と思いながら読ませてもらっていました^^

業界物・・・何気にリアル! いえ、何気にじゃなく、すごくりある。

最後が爽やかで、余韻たっぷり 「この先何かあるぞ!」 って終わったら、続きが ^^v

台本のメッセージは推理物では良くみるけれど、ラブレターは新鮮だったわぁ。

粋なことをする彼は、「あの彼」なんだよね。

どの役の顔が当てはまるのか、真剣に考えました (私としては「スキャンダル」後くらいの顔ですが・・・)

こんばんは^^

ももちゃん、昨日はありがとうe-316

日向さん、彼みたいだよねv-346
いいなぁ... 夢でいいから、こんな幸せを味わって
みたい(*´艸`*)ε3。゚ε3

史香になりきり~^m^

ももちゃん このお話、とっても良かった~♪♪

史香ちゃんのキャラは、なんか感情移入しやすくって…彼女と一緒にドキドキしたり、落ちこんだり、喜んだり…
読みながら胸キュンな時間を過ごさせていただきました~^^

もちろん日向さんは…ツボです!
台本のメッセージ、素敵だね(〃▽〃)
ももちゃんの頭の中で、このエピソードから、お話が広がっていったのかな?

心温まる二人の恋…また続編が読みたいなぁ~^m^

得意分野は……

なでしこちゃん、こんばんは

>この展開は、ももちゃんの得意分野だな! と

おぉ、得意分野? どんな感じなんだろう。
でも、業界がリアルに思えたのなら、安心、安心。

そう、これには続きがあるんですよ。
それはこの場所だけの『お楽しみ』です。

>粋なことをする彼は、「あの彼」なんだよね。

いや、そう決めたわけではないんです。
意識したのは、『俳優業』というものなので。
なので、お好きな顔で、読んでください。

一緒に、空想しましょ

midori♪さん、こんばんは!

>夢でいいから、こんな幸せを味わって
 みたい(*´艸`*)ε3。゚ε3

味わって、味わって!
いいの、いいの、創作には妄想がつきものです。
遊びにきてくれて、ありがとうね。

平凡な姫なのです

eikoちゃん、こんばんは!

>ももちゃん このお話、とっても良かった~♪♪

うわぁい、そう言ってもらえて、
こちらも嬉しいです。

>史香ちゃんのキャラは、なんか感情移入しやすくって…

なんてことのない人にしたかったので、
感情移入しやすいのなら、安心しちゃった。

続編、ありますよ!
ぜひぜひ、おつきあいください。

恋の力!

yokanさん、こんばんは!

>台本にそんなメッセージがあったとは(@@)よく、発見しました^^

あはは……恋の力です。(このたとえ、よく使ってますが・笑)

yokanさんの言うとおり、二人はこれからがスタート!
色々な問題も起こって参ります。

また、お付き合いくださいね。
(コメントはお気楽にどうぞ……)

メッセージ

おはようございます!!

お久しぶり!のコメです。

農作業のお手伝いして
帰ったら家事諸々済ませたらバタンキューで
なかなかこちらにこれなくて…  

気にはなってたんですけど…

さて、前置きが(言い訳が)長くなってしまいましたが

史香ちゃんは台本の○印全部みてなかったのね

あたしだったら気になって見ちゃうけど(≧∀≦)

日向くんが会いに来てくれたことで
進展しそうな二人だけど
困難も待ち受けてる? 

どうなるこの二人!

一番の難問は、やっぱりお父さん?かもね。Σ(゜□゜;)

続き、楽しみにしてます。(*≧m≦*)

では、また…(^.^)/~~~

どうも!

mamanさん、こんばんは!
そうか、時期ですもんね。
忙しいところ、ありがとう。

いいんですよ、いつでも、お暇な時に来てください。

>史香ちゃんは台本の○印全部みてなかったのね
 あたしだったら気になって見ちゃうけど(≧∀≦)

あはは……。見ないところに意味がある(笑)

さて、心を寄せあった二人ですが、
『芸能界』ですからね。
とは言っても、知っているわけではないですけど、
カニに近い、かにもどきで、頑張ります。

楽しみにしてくれて、嬉しいな。