12 ブランコの風

12 ブランコの風




航と朝戸はとりあえず、会議で問題提起が出来たことを確認し、

その日は仕事を終えた。航は報告を兼ねて、新谷家に向かう。

航や海人の祖父、平馬が場所を気に入って土地を購入し、

スタンドを始めた『芽咲海岸店』を、残して欲しいと願っているのは、

登志子も同じだからだ。

航は、会社だと互いに周りを気にするが、

新谷家の中ならば、海人とも本音で語り合えるかもしれないと、

心の片隅に期待しながらインターフォンを鳴らす。

登志子はすぐに扉を開け、今日は自分しかいないのだと謝った。


「海人は早く会社を出たようだったけど」

「そう……。でも、あの子。ほとんど家で食事をしないのよ。
主人と一緒の接待も多いけれど、家に戻ってきてもさっさと部屋へ入るか、
また出て行ってしまうか……」


登志子の寂しげな言葉に、航は何も言えなくなった。

廊下を歩き、奥へ進みながら、広い家だからこそ、人のぬくもりがないことで、

寂しさが倍増されることを実感する。


「ねぇ、航。夕飯食べていかない? 
おばさんだけだから遠慮しなくて済むでしょ?」


航はありがとうと軽く頷き、登志子の提案を受け入れた。

登志子はその返事を嬉しそうに聞き入れ、

すぐに用意するからとキッチンへ向かう。

航は、登志子の背中を見ながら、その距離を実際よりも遠く感じ、

テーブルの上に置いてある、読み手のない新聞を広げた。





結局、航が新谷家にいる間、家族は誰も帰宅することがなく、

申し訳なさそうにした登志子に挨拶をしただけで、家へ戻った。

天野家の玄関を開け、ただいまと声を出すと、もう一人の叔母である澄佳は、

いつも楽しみにしているドラマを笑いながら見ている最中で、

航は軽く声をかけると、そのまま部屋へ向かう。

スーツをハンガーにかけ、ネクタイを外し、壁にかけた父の絵を見た。

小さな自分を抱きしめる母の笑顔は、油絵という平面的なもののはずなのに、

どこか温かい。


「おばさん、先に風呂入るよ」

「うん……」


しかし、航は風呂場へ向かおうとした足を止め、

そのまま力が抜けたように食卓に座った。

澄佳は、口と別の行動をした航に、新谷家で何かがあったのかと問いかける。

航は目の前に置いてあったせんべいの袋を破り、半分に折った。


「おばさん……。母さんはさ、体も弱くて、早く死んでしまったけれど、
本当に好きな人と結婚して、僕を産むことが出来た。
お金があっても、頭を下げてくれる人がたくさんいても、
登志子おばさんより、母さんの方が何倍も幸せだったんじゃないかって、
僕はそう思う」

「どうしたのよ、急に」

「いや……」


航のその言葉に、澄佳はテレビのボリュームを下げ、優しくほほえんだ。

自分の親を誇りに思い、二人が幸せだったと言い切る航のセリフに、

澄佳は、一樹も華代子もこの成長を見たかっただろうと、目が潤んでいく。


「心の片隅で、いつも二人には申し訳なかったと思っていたようだったから、
兄さん、そんな言葉を航から聞けたら、涙流して喜んだでしょうね」


航はせんべいのかけらを口に入れると、今だから言うんだと照れくさそうに笑い、

そのまま風呂場へ向かって歩き出した。





海人が家に戻ったのは、夜11時をまわった頃だった。

リビングでは父が一人ワインを飲んでいて、母の姿は見えない。

軽く頭を下げ部屋へ向かおうとした海人を、和彦は呼び止めた。


「何ですか」

「3日後、『芽咲海岸店』に遠山さんを連れて行く。
お前も午前中だから付き合いなさい。これを知っているのは私たちと、
遠山さんだけだ。関山にも朝戸にも何も話をしてはいない。もちろん母さんにもだ」

「売却の件ですか?」

「あぁ……。あんな報告書に惑わされていては進むべきことも進まなくなる。
古川議員はあの土地を開発する手はずを進めていて、待ったなしの状態だ」

「しかし……私が動くと関山が気づきます」

「だから、朝早く向かうんだ」


和彦は、海人が航を動かして、それに関山や朝戸も巻き込ませろとそう告げた。

祖父の時代からかわいがられた幹部の二人を、ないがしろにする作戦に、

海人はすぐに返答が出来なくなる。


「私はいつまでも新谷の婿と呼ばれるつもりはない。
地位を確保して、周りの人間が私自身を認めるようにしなければならない。
この会社は、私とお前のものだ、いいな、迷っている時間はないんだぞ」


海人はわかりましたと返事をし、そのまま部屋へ向かった。

朝戸は各店舗をそれぞれ回る担当だったが、

関山は仕事を教えてくれた先生のような存在だった。

自分がこの場に立ち、それなりに意見を言えるようになったのも、

彼が指導してくれたからこそで、感謝の気持ちも持っている。

しかし、父の決定に逆らうことは出来ない。


海人は、机の奥に閉まっておいた1冊のノートを取り出した。

自分が『SI石油』の跡取りなのだと祖父から言われた後、

未来を夢見て新聞記事を切り抜き、それなりの目標を作ったこともある。

しかし、会社でもトップの成績を持って、

祖父に気に入られ母と結婚した父和彦は、このノートを見ることなく、

ソファーへ放り投げた。



『何も考えることなどない。私の指示に従いなさい』



海人は、会社では社員たちが父に頭を下げる姿を、

家では、母が父に従っている姿を見ながら、育ってきた。

父は絶対の存在であり、逆らうことなど出来るはずもなかった。

今は何もわからず、意見を言う航も、いずれそれがわかるだろうと、

海人はまた、ノートを奥深くにしまいこんだ。





和彦と海人の作戦を全く知らない航は、その日、本社にいた。

業者との打ち合わせが入っていたのに、海人から体調を崩したと連絡が入り、

代わりに関山が会うことになった。

その分、処理するはずだった仕事が朝戸の方へ回ってしまい、

一緒に動くはずだった今日の予定が崩されてしまう。

航は、各店舗の報告書を読みながら、打ち合わせの終了を待っていたが、

そのまま休み時間になってしまった。


航は、午後からの予定をどうしようか考えながら歩き、

ビルの中にあるエレベーターの前で、同じように昼の休憩を取るため、

事務所から出てきた聖と会った。

聖は、同じビルの中にある『東日本倉庫管理協会』に勤めている。

社員は5名しかいない小さな会社だが、トップは経済産業省の天下りで、

業界での力は大きい。


「航さん!」

「あ………こんにちは」

「どうしたの? こんな時間に本社だなんて珍しいのね。
昼前にウロウロしているのは、海人ばっかりだと思っていたけど……」


海人の幼馴染でもある聖らしい言葉だと、航は、海人が体調を崩したため、

急に予定が変更されたことを語った。

小さなタオルで、パタパタと顔の前を仰いでいた聖が顔色を変える。


「体調を崩した? エ……今朝、叔父様と一緒に車に乗って出かけていったけど?」


聖は、自分が家を出てくる少し前に、

海人が和彦と同じ車に乗って出かけるのを見たのだと言い出した。

時刻は8時少し前で、珍しく一緒に通勤するのかと思ったと付け足していく。

海人がいないにも関わらず、今日に限って、順番を待ってまで、

業者が会社に入ってくること自体、不思議なことだった。

朝戸と関山が動けなければ、航もここに残らざるを得ない。


「どうしたの?」


航はエレベーターを待つ人の集まりから外れると、すぐに携帯を取り出し、

『芽咲海岸店』へ電話を入れた。

出てきたのは従業員で、すぐに店長を出すように告げる。


「もしもし、成島です。あの……専務はそちらに行ってますか?」

「あ……あの、もうお帰りになりました。
何も伺ってなかったので驚いたのですが、遠山さんが一緒にお見えになって。
あ、そうなんですか、成島さんもご存知なんですか……」


航が、売却に反対したことを知っている店長は、

もしかしたら、店を残せるかもしれないと、淡い期待を抱いていたが、

予告もなく現れた社長や議員秘書の遠山に、驚かされた。

しかし、航が電話を入れたことで、やはり決定的なのかと、

トーンが下がってしまう。


「いえ……」


航は、社長と専務が勝手に動いたと言えずに、結局そのまま電話を切った。

始めから海人がこの日を設定し、業者を本社に向かわせ、

関山と朝戸の動きを封じ込めたのだと気づく。


「どうしたの? 何かあったの?」


航は、そう問いかけた聖の横を、何も言わないまま通り過ぎ、

先にある階段を力なく降り始めた。

自分のことを無視していることに、ショックを受けたわけではない。

祖父の時代から会社に貢献し、会社を盛り上げるため、

必死に戦っている朝戸や関山を騙し、行動する二人の気持ちが理解できなかった。

土地の売却も、店舗の統合や閉店も、話し合いで取り組むべきことなのに、

身内で騙しあいをするなど、ありえない。


航が重たい扉を開くと、そこは小さな池と緑がある庭園だった。

本来の入り口は反対方向にあるが、昼間はサラリーマンがこのベンチに座り、

ランチをしていることもある。

時間が少し早かったからか、まだ誰もいない場所に、航は腰掛けた。


子供の頃、母と訪れた新谷家には、

このベンチと同じような木で出来たブランコがあった。

航はすぐにそれを見つけ、乗ったことがある。

ブランコなど、公園で並ばないと乗れないものだと思っていたが、

緑の庭にあることがとても珍しく、またうらやましくもあった。

何度か漕いでいると、窓の向こうから同じような背丈の男の子が

こっちを見ていることに気づき、航は慌ててブランコから降りた。

その男の子は無言のまま近づいてくる。

勝手に乗ったことを怒られるのだと思い、航が身構え下を向くと、

その男の子はもう一度乗ることを勧めてくれ、さらに後ろを押してくれた。

航は頬にぶつかる風を心地よく受けながら、何度も何度もブランコを漕いだ。



『ねぇ、一緒に遊ぼうよ』



止まったブランコから外した自分の右手をつかみ、部屋へと導いたのは、

同じ年の従兄弟、海人だった。

あれから20年が過ぎ、優しかった海人の目は、冷たく鋭く変化する。


あの日とは違う生暖かい風が、航の頬をかすめていき、

昼休みになったサラリーマンが二人、コンビニの袋を持ち隣のベンチに腰掛ける。

航は何もない自分の右手を見た後、その手をグッと握り締めた。





13 贅沢な男
<photo:tricot>

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コメント

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センチメンタル

いつまでも婿と呼ばせないための工作?海人まで巻き込んで・・・
義理人情を忘れたら、いつかもっと痛い思いをすることになるよ。

あの優しかった海人は???
航の寂しさ・・
登志子の寂しさ・・・

何だかセンチになってしまう(TT)

寂しい新谷家

yonyonさん、こんばんは!

>あの優しかった海人は???
 航の寂しさ・・
 登志子の寂しさ・・・

幼い頃は、色々なことも考えず、子供の心で接した二人なのです。
航と海人、これからどうなるのか、もうしばらくおつきあいください。

海人の心

yokanさん、こんばんは!

>未来を夢見て作ったノート、
 これが海人にとってキーポイントとなるのかな。

今は、すっかり押し込まれているノートですけどね。
海人はただの世間知らずではない……と、思ってもらえたかな。

航がこれからどう出てくるのかは、続きを楽しみにお待ちください。

幸せってお金じゃないけど・・あればうれしい(・.・;)

  こんにちは!!

お金はあっても寒々とした家で育った海人は
かわらざる負えなかったんでしょうけど
航は、寂しいでしょうね。

聖から話しを聞いた航に
友海の働くスタンド売却を阻止できるのかしら・・・

海人は自分を特別扱いしなかった友海をまた見て
父に従うしかないと思い込んでる自分をどう思う?


航と友海の関係もまたギクシャクするのかなぁ?

三歩進んで二歩・・四歩・・下がる?


では、また・・・(^.^)/~~~

海人と航

mamanさん、こんばんは!

>お金はあっても寒々とした家で育った海人は
 かわらざる負えなかったんでしょうけど

航と海人、育った環境が違いますからね。
子供も、いつまでも子供ではいませんから。

スタンド(芽咲海岸店)は、友海の働くところ(天神通り店)とは別の場所です。
でも、『SI石油』の原点とも言える場所なんですよ。阻止できるのか、そうじゃないのか……。

みんなの関係も、これからどんどん動いていきますからね。

はい……また、お越し下さい。