6 渡したいもの

6 渡したいもの


9月に入り、日向さんは10月スタート『水曜ドラマ』の撮影を開始した。

今回は、昨年『シナリオコンテスト』で優勝した新人脚本家が、

初めて手がけた連続ドラマになることも話題になっていて、

記者会見でも、出演者の真ん中に座らされ、そうとう緊張しているように見えた。


「慣れてないから仕方がないのかもしれないけれど、台本が相当遅れているみたい。
淳平も毎日徹夜に近い状態なんだって」

「そうみたいですね」

「ん? あ、そうか……。史香にはちゃんと連絡を寄こすんだね。
あらら、やぁだ。私、知らないかと思って、語っちゃったじゃないの、恥ずかしい」


米原さんは、あまりにもわかりやすい態度でこちらを向くと、

どういう顔をしていいのかわからない私をつかまえて、

嬉しそうに笑顔を見せてくれる。


「愚痴ってる? 淳平」

「いえ、撮影終了後、片付けとかに追われて、
次の準備までしないとならないスタッフさんたちが、
倒れないかって心配してました」

「そう……」


日向さんらしい気の遣いようだと、米原さんはスケジュールの紙を見ながら、

担当のタレント名を書き込んでいく。先頭に名前が書いてあるのは、

やはり日向さんだった。


「史香に、何か話すことが淳平には必要なんだろうね。
うん……それだけ二人の気持ちが前向きなんだもの。
田沢君に負けないように頑張ればいいのよ。淳平だってそう言ってるでしょ?」

「はい……」


日向さんの仕事に付き添わなくなってから、

チーフマネージャー田沢さんと顔を合わせることは少なくなった。

時々、事務所に来る知らせが入ると、私はわざと昼食を取るため外へ出たり、

避ける日々が続いている。


日向さんについていくと決めたものの、あの鋭い目で睨まれたら、

また、気持ちがシュンと小さくなりそうだ。



『撮影は9時で終了するんだけど、それから会える?』



昼過ぎてすぐ、携帯にメールが届き、私は返信をした。

でも、このメール通り会える確率は50%よりも低い。

撮影はスケジュール通りに終了することなどないし、終わったとしても、

すぐに日向さんが解放されるとは限らない。

それでも、その努力が嬉しくて、そこから私の仕事はリズムよく進み始めた。


同じように事務所で仕事をする佐藤さんが退社し、時計を見ると午後8時を過ぎた。

日向さんからの連絡はまだない。

このまま携帯が鳴らずに、『打ち上げA』の店に出発できるようにと祈っていると、

横に置いた携帯が揺れ始めた。



『ごめん、今日は無理になった』



申し訳ないと謝る顔文字が、いくつもいくつも並んでいる。

私はどこか覚悟を決めていたからか、『気にしなくていいですよ』とすぐに返信した。

もう、何度このやりとりをしているだろう。

携帯のメール、最初の文字を呼び出すだけで、『気にしなくて』の文字が、

呼び出されてしまう。


帰り支度を整え荷物を手に持ち、コピーやPCの電源を落としていると、

廊下を歩く音がして、事務所のドアが開いた。


「あ……田沢さん」

「もう、帰るのか」

「はい……」

「そうか……、部屋の電気はそのままでいい。ちょっと人と会うから」


私はそう言われて、挨拶だけすると、田沢さんの横を通らないように机の反対側へ回る。

何も言われないようにと念じながら、ドアノブに向かって進んだ。


「史香」

「はい……」

「認めるとは言わないからな」


名前を呼ばれ、心臓が飛び出そうになったが、

私が思っていたよりも、田沢さんの口調は優しかった。

認めるとは言ってくれなくても、反対だとも言ってはいない。


「ダメだとは言わないんですね、田沢さん」


言葉の真意を確かめようと、おそるおそる視線を向けたら、

田沢さんはこめかみを押さえながら、小さく何度も頷いている。

日向さんの仕事が忙しいと言うことは、それについていく田沢さんも、

きついスケジュールをこなしているはずだ。


「淳平の様子を見て、話しはそこからだ。
史香が仕事の邪魔をするようなら、どんなことをしてでも別れてもらうからな」


そうキツイ言葉を言いながらも、どこか田沢さんの表情は柔らかい。

日向さんの性格も、十分わかりきっているからこそ、収めどころを知っているのだろう。


「おい、史香! わかったのか!」


私は慌てて『はい』と返事をした。その慌てた表情がおかしかったのか、

田沢さんは声をあげて笑い出す。

私は、お茶の準備だけでもしましょうかと問いかけたが、

田沢さんは首を振り、さっさと帰れと言い顔をそらしてしまう。

これが、田沢さんなりの認め方なのだろうと、

私はもう一度しっかりと頭を下げ、事務所の扉を開けた。





駅に降り改札を出ると、待ちあわせをしていたのか

一人の女性が、私の前にいた男性に駆け寄った。

すぐに腕を組み、楽しそうに歩き始める。

まだ秋と言うにはほど遠い、なまぬるい風が頬にあたり、

今日もまた寝苦しい夜になる予感がしながら、まっすぐにアパートへ向かった。


この時間、日向さんは撮影の最中だろう。

以前、マネージャー見習いとして現場にいた時は、

風がおさまるのを待つという理由で、予定が2時間延びたこともあったし、

急な雨に撮影が1日キャンセルになったこともあった。


日向さんが、普通のサラリーマンならば、今、駅で会った人達みたいに、

当たり前のように待ちあわせをするのだろうが、

そうはいかない人を好きになったのだと、アパートの階段を上がりながら考える。

バッグの中から鍵を取りだし扉を開け、真っ暗だった部屋に灯りをつけた。

ポストに入っていたいくつかの広告と、手に持っていた鍵をテーブルに置くと、

カチャンと音がする。


その時、私の心は『思いのまま』に動き出し、

小さなケースの中にしまったあるものを、必死に探し始めた。





日向さんと会えたのは、それから3日後のことだった。

その日は撮影がなく、午前中の取材と、午後は打ち合わせだけで、

早めに体が解放されたとメールが入る。

待ちあわせ場所にした店は、大通りから外れた和食のお店で、

個室を使う客の入り口は、店の横に備え付けてあった。


「迷わなかった? ここへ来るの」

「迷いませんでした。1本隣の道に、学生時代よく行ったボーリング場があるんです」

「ボーリング場なんて、あったっけ?」

「ありますよ」


小さな器に行儀良く並べられた料理は、なかなか家では作れないような味だった。

そんな食事をすることも楽しかったが、目の前に日向さんがいることが、

こんなに自分の心を豊かにしてくれるのかと、あらためて前に座る彼の顔を、

じっと見てしまう。


「史香に渡したい物があるんだ」

「私もあります」

「何?」


私は、日向さんから先に出してくださいと言い、小さく首を振る。

昨日、決めてここへ持ってきたのに、いざ目の前に日向さんが座ってしまうと、

本当にこんなものを渡してしまっていいのだろうかと、心が迷い出した。

『優柔不断』な性格が、またひょこっと顔を出す。


「そうか、うん」


日向さんはポケットに手を入れると、何か握った手を、テーブルの上でそっと広げた。

中にはシルバーに輝く、鍵が入っている。


「これを、史香に持っていて欲しくて。この間から約束をしても、
なかなか時間通りに終わらなくて、会えなくて……。
頭では、仕方がないことだと思っているんだけど、心がついていかない。
部屋で一人になると、この時間にどうして会えないんだろうって……そう思うんだ」


私は、日向さんの言葉を聞きながら、抱えてきた不安な気持ちを、

思い切り下ろすことが出来た。

横に置いたバッグから、私も渡したかった物をテーブルに置く。


「私も……同じことを思っていました」


私が日向さんに渡したかった物も、部屋の鍵だった。

大きな部屋でもないし、休まるような細工も何もないけれど、

あの場所なら、何時まで二人でいても、何時から会うことになってもそれは私達の自由。


「部屋に戻って、鍵をテーブルに置いた時、ふっと思ったんです。
こんなものを渡すのって、なんだか変なのかなとも考えたんですけど、それでも……」

「うん……」

「『会えない』ってメールをもらうと、私も寂しくなるから……」


テーブルに、私と日向さんの部屋の鍵が、二つ寄り添うように並んだ。

見るからに日向さんの鍵の方が立派だけれど、それでも、気持ちは一緒。


「いきなり部屋の鍵を渡すのは、史香が嫌がるかなと思ったんだ。
でも……同じことを思ってくれたのなら……よかった」

「はい……」


日向さんと私は、互いの鍵を受け取り、顔を見合わせて笑った。

仕事で疲れた日向さんが、俳優という鎧を脱ぎ捨てる場所。

この鍵は、その場所に、入っていいと許された証。


「史香、無くすなよ」

「はい……」


私はバッグの小さな袋に鍵を入れ、

日向さんの気持ちと一緒に、大切に部屋へ持って帰った。





それから4日後、私は初めて日向さんの部屋を訪れた。

オートロックのマンション前で、渡された鍵を入れ、自動ドアを開ける。

そのマンションには3台のエレベーターがあり、下りた場所から左右に分かれるため、

隣の人でさえ、顔を合わせることはない。


「緊張しました。違う人が出てきたらどうしようって」

「あはは……それはないよ。でも、そうか……慣れてないとそうかもな。
史香、そこに座って。コーヒーいれるから」

「あ……私がいれます」


そう立候補してキッチンへ向かったものの、何がどこに入っているのかなど、

全く分からない。結局キョロキョロするだけになってしまった。


「部屋だって言っても、ほとんど寝ているか、DVDを見ているかだから、
無駄なものは置いてないんだ。殺風景だろ」


そう言われて部屋を見回すと、確かに余計なものは何もなかった。

私など、テーブルの上に雑誌が置いてあったり、

ぬいぐるみやわけのわからない小物が、必ず手の届く場所に置いてある。


「でも、本棚、すごい」

「あぁ……本はね。色々と買うから、これだけはしっかりとつけてもらったんだ。
適当に並べていて、地震の時、その本に押しつぶされるのは嫌だしさ」


日向さんは、何か読んで見るかと問いかけたが、活字を追うと眠くなる私は、

その誘いをしっかりと断った。コーヒーの香りが届いてくる中で、

日向さんはソファーに腰掛け、送られてきたホチキス止めの台本をめくっていく。


「色々と書き込みするのは、相変わらずなんですね」

「うん……」

「いただいた台本にも、色々と書いてありました。『もっとしっかり口を動かす』とか、
『相手の気持ちを理解していないまま、叫んでいる』とか……」

「これからも側にいて欲しい……って、書いてなかった?」

「……ありました」


台本の中にあった丸印をつなぎながら、私は日向さんの気持ちにあたらめて気づき、

涙を流したことを思い出す。


「史香……」

「はい」

「キス……してもいい?」


今、話している間も、隣に座っていたのに、それまでは普通の鼓動だったのに、

たった一つのセリフで、私の心臓は限界まで動きを速くする。

それにしても、急にそんなことを聞くなんて、私はどう反応すればいいんだろう。

実家へ来た時には、そんなこと聞きもしなかったのに……。


「どうしてそんなこと聞くんですか?」

「史香に言って欲しいから……」

「ダメ……って言ったら?」

「いいって言うまで、何度も聞き続ける」


それなら、どう答えても一緒になってしまう。

そんなやりとりが急におかしくなり、私はコクンと頷いた。

これだけ近くにいるのだから、あなたしかいないのだから、

ウソも見栄もつく必要なんてない。





そう……私だって、あなたのぬくもりを感じていたいから、ここに来たんです……。





互いの唇が少しだけ触れ、すぐに離れると、

それでもまた近付きたいと、心がキスを求め出す。





何度か触れていた唇が、しっかりと重なった時、

私はソファーに腰かけたまま、心ごと日向さんの腕の中にいた。






7 修行の旅(1)


恋する二人と、空想に励む私に(笑)
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コメント

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一緒に胸の中に・・・

番茶を片手に読み進め、マンションの場面で彼女と一緒にドキドキ・・・
こんな展開になるってわかってたら、ワインにすれば良かった^m^

時間がなくても、何とかして会いたいって気持ち、いいねぇ
恋が始まったばかりの頃の初々しさ、キューンとなっちゃう^^

>「キス……してもいい?」

なんで男ってこんなふうに聞くんだろうね^^;
相手の気持ちを確かめたいのかも。
スターも気持ちは同じなのね、と妙なところで頷いちゃった。
二人は朝まで一緒にいられたんだろうか、と勝手な想像・・・

田沢さんなりの認め方って、うんうん なるほど・・・彼の意地と立場が言わしめたのね。

よかった~

前回、自分で勝手に落ちちゃってましたが、
思ったよりもずっと二人が前向きなので、ほっとしています(笑)

田沢さんもいい人そうでよかった~

このまま二人でソファーに倒れ込むとか~
そんなことはこの際どうでもよくって(笑)
二人の心がちゃんと通じ合って
同じ気持ちでいることが分かったので
ただただ安心して嬉しくなりました♪

毎度のことながら
ホント作家さんの思うツボな読者なんだと思います@@

お茶でもいけるさ!

なでしこちゃん、こんばんは!

>こんな展開になるってわかってたら、
 ワインにすれば良かった^m^

あはは……。いいじゃないの、番茶だって。
私の創作は、そっち系だと思うし。
(そっちって、どっちだか)

>>「キス……してもいい?」
 なんで男ってこんなふうに聞くんだろうね^^;

うーん……ここは私は男じゃないんだけど、
あくまでも、予想なんだけど、
男の人は、絶対に、女性よりも上に立ちたいと思うんだ。
淳平は、史香より年上だし、自分がリードしたい
思いも強いはず。
なでしこちゃんの言うとおり、『こっち向いてる?』って
確かめたいじゃないかなと。

二人がこの後、どうしたのか……は、
想像、想像……。

田沢さんや、米原さん。
この作品も脇に頑張ってもらいましょう。

史香の決意

yokanさん、こんばんは!

>「心ごと日向さんの腕の中にいた。」
 素敵な言葉ですね〃▽〃

ありがとうございます。
自分の立場、他のスタッフの思い、
そんな迷いの中にいた史香ですが、淳平の気持ちに触れて、
しっかりと迷いを取りました。

『キス……』のセリフに、ドキドキしてもらえて、
書いた私もドキドキです。
これからも、二人の恋にお付き合いお願いします。

二つのドキドキ

田沢さんの登場に
又何か言われちゃうのかってドキッとしたけど
彼は彼なりにいろいろ考えてくれたんだろうなぁ
言葉はきつくても柔らかい表情・・・うん、なかなか良い人だ^^v

そして二つ並んだお互いの部屋の鍵!
いくらメールや電話で連絡は取れてても
少しの時間でも逢って話したいもんね♪

マンションの部屋で二人っきり!って状況に・・緊張で今回2度目のドキドキ・・・^^;

>「キス……してもいい?」
自分について来てくれるとは信じてるけど
逢ってお互いの温もりを近くに感じながら
気持ちを確かめたかったんだろうなぁ!

ようやく迷いを断った史香だけど
本当に乗り越えなくちゃいけない事はこれから・・って気がする私(>_<)

あぁ~でも今はそんな余計な事は考えず
二人と一緒に、暫し幸せな気分に浸っていよう~っと^^v

ツボは嬉しいです

れいもんさん、こんばんは!

>田沢さんもいい人そうでよかった~

あはは……。
だってね、ずっと一緒にいるんだもの。
そりゃ、淳平をかわいいに決まってます。
でも、立場を考えると、OKは出せない。
ギリギリのコメントだと、思ってるんですけど。

>毎度のことながら
 ホント作家さんの思うツボな読者なんだと思います@@

毎度、ありがとうございます。
これからも、ぜひぜひ、ツボにはまってくださいませ(笑)
それが、嬉しいんですよ、書き手にとっては。

創作だもの

パウワウちゃん、こんばんは!

>彼は彼なりにいろいろ考えてくれたんだろうなぁ

立場がありますからね。
売れてきた、事務所のエースに、
OK! は出せないでしょう。

>ようやく迷いを断った史香だけど
 本当に乗り越えなくちゃいけない事は
 これから・・って気がする私(>_<)

さすが、パウワウちゃん。
二人はこれから成長していきます。
そんな成長の様子も、しっかり見てください。

色々なくちゃ、創作じゃないもの(笑)

幸せ気分に浸ってください。
そうじゃなきゃ、創作じゃないからさ(って、しつこい?)