TRUTH 【夢の続き】

TRUTH 【夢の続き】

【夢の続き】



山内社長が主催するパーティーに、夫人である菜穂子が姿を見せた。

相変わらず自らを演出する努力は怠らないようで、

主役である社長よりも取り巻きが多い。

私は『トワレ』も参加していることを知り、翠を探したが、

仕事の都合がつかなかったのか、それとも菜穂子に会いたくなかったからなのか、

姿を見せたのは、北条芳香だった。


「森住さんですよね。一度お会いしてお話をしてみたかったんです」

「そうですか……。実際に会ってみると、
たいしたことがないなと思われるのではないですか?」

「いえ……そんな」


軽く見せた笑顔の口元に、八重歯がのぞく。

シックなスーツを着こなす姿と、幼さをのぞかせる八重歯の印象が、

不思議なギャップを生み出し、男の心をくすぐるのだろうか。


「今日は挨拶だけで、すぐに別の場所へ行かなければなりません。
また、そのような機会でもありましたら、ぜひ、ゆっくりと……」

「えぇ……ぜひ」


このような挨拶をしてくる女は、ほとんどそんなことを思ってもいない。

うちの情報ならすでに沢木から入っているはずで、

当たり障りのない言葉だけを置き、彼女の前から逃げた。

テレビで見たことのあるような政治家が、

パーティーの進行を無視するように顔を出し、選挙が近いので挨拶をして回る。

こんな大きな声で歩き回られたら、誰の主催だかわからない。


「こんばんは」


声をかけてきた菜穂子の側には、先日パンフレットを渡しに来た八坂さんが立つ。

ご期待に応えられなくて申し訳なかったと挨拶をすると、

新製品が出来たらまた、話しを聞いて欲しいと軽い営業を受けた。

少し苦笑い気味の表情を見せたからなのか、菜穂子の視線に自分の立場を考えたのか、

八坂さんはそのまま私の横を通りすぎた。


「ねぇ、忙しいの? 近頃飲みに行ってないでしょ、あの店に」

「君よりは忙しいと思うけどね。働かないと食べていかれない身だから」

「はいはい……」


周りに注意するような人物がいないことを確認し、

私は山内社長がなぜ、急に外資企業と新事業に手をつけたのかと問いかけた。

菜穂子はその質問を何度も受けたのか、両耳を指で閉じ、聞きたくないとそっぽを向く。


「あぁ、もう! 仕事のことは聞かないでよ。興味ないの」

「君の会社だろう。ご主人の采配に、社員の生活がかかっているんだぞ」

「聡……嫌味を言うのなら帰って。これはうちのパーティーなのよ。
あなたに指図されるために来ている訳じゃないの。もういいわ、飲み直してくる」


カクテルを取りに向かった菜穂子は、別のターゲットを見つけたのか、

そこから私のところへ戻ってくることはなかった。

勧められたワインに軽く口をつけ、

来たことをアピールするだけの仕事はそこで終わった。





それから1週間後、新人が奮闘した最初のテスト結果が発表された。

その日は横浜へ向かった後、そのまま本社へ戻り、彼女の成績を確認する。

1番を取るのだと言い切った越野さんの成績を指でなぞり、その書類を担当者に戻した。



この結果を知り、彼女は私にどんなことを言うのだろう。



あの丸い目がもっと大きくなるのかと期待しながら『緑山南店』へ向かう。

駐車場にはVルームへ来たのか、高級車が1台止まっていたため、

倉庫の裏へ車を進めると、またそこにあのネコが横たわっていた。

夏のコンクリートは相当熱を持っているだろう。きちんと木陰の場所を選ぶあたり、

なかなか街の生活に慣れたネコだと思えた。


こんな場所で、クラクションをならすわけにもいかないが、

今、扉を開けて出て行ったら、無防備な状態になってしまう。

もし、急に飛びかかられたらと思うと、幼い頃傷つけられた左手に力が入る。


視線がネコを追っていると、車の横を越野さんが通り、ネコを抱きあげた。

私の方を向き、ネコの頭をグッと下げ、謝罪させているように見える。

軽く手をあげ車を奥に止めると、一度深呼吸をして車外へと出た。


「ありがとう」

「いえ、チャコはどうしてもこの駐車場が好きみたいで……」


越野さんが例の塀にネコを乗せると、一度チラリとこちらを見た後、

わかりましたというように、ゆっくり歩き、チャコは目の前からいなくなった。

私は敵を見送った後、テストに合格したことへのねぎらいの言葉をかける。

越野さんは半分嬉しそうに、そして半分戸惑ったような表情を見せた。

それでも、以前のように緊張し、ひきつったような笑みではなく、

自然の眼差しに、どこかほっとする。


「約束はちゃんと果たしますよ。フレンチ? それとも……」

「好き嫌いはありませんから、どんな店でも結構です」

「そう……それなら……」

「3番目の店でお願いします」


新人のテスト結果を見た時、越野柚希の名前は、名簿の3番目に書いてあった。

7名中の3番目。

だからなのか、私はこの言葉をどこか予想していた。

人の感覚と、ほんの少しだけずれているような彼女の言葉は、

私の心の奥にある、小さな場所を刺激する。


「私は3番目の店だと思って、食事をしたことがないんだ。
申し訳ないけれど、その指定には答えられそうもない」


私がそう切り返すと、越野さんは軽く笑顔を見せ、お任せしますと頭を下げた。

互いの予定を軽く話し合い、日程を決めると、

彼女はもう一度頭を下げ、店の中へ消える。

私は以前指摘した場所が、しっかり掃除されていること、

直して欲しいと頼んだ鍵が直されていることを確認し、少し遅れて店に入った。





「うわぁ、これ美味しいです」

「そう、よかった」


都会の眩しい光が目の前を流れていく川に映り、そのゆっくりとした流れが、

光の帯を作り出す。

私が越野さんを連れて向かったのは、イタリア料理の店だった。

あまりかしこまった場所に連れて行って、また緊張させたくはなかったので、

手軽な店を選び、コースを注文する。


彼女の口から飛び出してくる、自分には考えつかないような言葉を待ちながら、

少しずつ食事は進んだ。店のあちこちから、小さな談笑が聞こえ、

明るめのBGMが耳に届く。


「森住さんから教えていただいた、商品関係の問題は自信があったんですけど、
ちょっとしたところでミスをしてしまって、ヤマコに負けました」

「そう。だとしたら、山下さんは自信を持って彼に報告しているんだろうね」

「今頃、ご褒美のバッグの品定め中かもしれません」


首を少しだけ傾げた越野さんの耳に、小さなピアスが見えた。

店に出るときは、揺れたりしないものしか認めていないが、

こうして制服以外の姿で会うと、また別のイメージが呼び起こされる。





7年前、カクテルグラスを前に置いたまま、

じっと時が過ぎていくのを待っているように見えた、あの人と、

あの約束通り会っていたとしたら、こんなふうに、私の話に耳を傾けることが

あったのだろうか。





「森住さん……」

「ん?」

「本当にありがとうございました。なかなか一人じゃ、
こういったお店に来ることもないですし、このご褒美がなかったら、
3番もとれなかったかもしれません。この調子でまた、来月のテストを頑張ります」

「次回こそ、1番を狙いますか?」

「エ……」


仕事のことがからむこともなく、心の奥を見透かそうとする駆け引きもそこにはない。

まっすぐに将来を夢見る、若い芽がそこにある。

私は次回のテストで『1番』を取ったらと、

彼女の奥に、届くことのなかった過去の想いを重ねながら、自然に約束を交わしていた。





約束をした次のテストが行われたのは、それから一ヶ月後のことで、

越野さんは2番の成績を取った。前回とは違う店へ向かい、また楽しい時を過ごす。

こうなったら『1番』を取るまで付き合おうと、約束を重ね、

新人で雑用が多かった彼女の仕事内容は、少しずつ増えた。





暦が変わり、少しずつ秋の色が出始めた頃、私は久しぶりに『トワレ』に顔を出した。

夏のイベントは無事終了し、その時、披露されたコレクションは、

メーカーの予想よりも順調に売り上げを伸ばす。

次回のイベントは来年の春になる予定で、その打ち合わせが待っていた。

エレベーターの扉が開き、右に曲がる。

以前も呼び出され待たされた、一番奥にある部屋で、翠と会う約束になっている。


「森住さん」


廊下を歩いている時、声をかけてきたのは愛梨さんだった。

手にはいつものようにフルートがあり、

脇に挟んでいた楽譜らしき紙が1枚ハラリと落ちる。

私はすぐにそれを拾い、彼女に手渡した。

大事な楽譜を落とすだなんてと、彼女は悔しそうな顔をする。


「沼尾さんが、難しそうな書類を重ねて待ってますよ」

「そうですか。難題を振りかけられると困るのですが」

「そうしたら逃げてしまえばいいんです、私のように」


愛梨さんは、今日はこれから仲間達と演奏会なのだと笑顔を見せた。

時間に余裕があったのか、それとも嬉しいことがあったのか、

この楽譜が大学の先輩になる『窪田千波』さんのものなのだと、

聞いてもいないことを語り始める。

廊下に立ったまま、しばらく付き合うことになるのかと覚悟を決めた時、

タイミングよく愛梨さんに電話がかかり、私の役目は終了した。


「ごめんね、聡。呼び出して。私がそっちへ行ってもよかったけど、
慌ただしくなりそうで」

「いや、いいよ。翠が忙しくて、近頃は自由になったと愛梨さんも言っていた」

「全くもう……本当に自由なのよ、お嬢様は、困るくらい。
昨日も一緒に工場へ向かうはずだったのに、
少し早めの誕生日会を開いてくれるんだとか言って、さっさと消えちゃったんだから」

「9月生まれなのか、愛梨さんは」

「そうよ、9月10日生まれ、もうすぐ24歳」

「10日?」


9月10日。その日は越野さんの誕生日でもあった。

誕生日が来るのは嬉しいが、テストがついてくるのは嫌だと笑っていた姿を思い出す。



片方は自分の未来のために、毎日必死に勉強を繰り返していて、

もう片方は、そんな苦労とは真逆の生活を送っている。

同じ日にこの世に生を受けたが、24年の積み重ねは、全く別の人格を生み出した。


「なんだか楽しそうね、聡」

「ん? どうして……」

「だって、口元がゆるんでいるもの」


翠の鋭い指摘をかわすようにしながら、窓の外に見える、夏雲の名残に目を向けた。






【揺れる想い】


森住の心は、どこへ向かうのか……
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コメント

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誕生日♪

森住さん、越野さんとの関係を楽しんでますね~♪
少しずつ近づいている感じが、うふふです*^^*

チャコもいいアイテムのようで♪

菜穂子に翠に北条芳香。
この辺りの女性は、私、もうだれがどういう人だったか
わかんなくなっちゃってます~m(__)m

次のポイントは、誕生日かなあ(〃▽〃)

紹介図が必要かな?

れいもんさん、こんばんは
さっそく来てくれて、ありがとう。

>菜穂子に翠に北条芳香。
 この辺りの女性は、私、もうだれがどういう人だったか
 わかんなくなっちゃってます~m(__)m

そうか、それはまずいです。

菜穂子は、森住の元彼女、今は取引先の社長夫人。
翠は森住と菜穂子と同じ『美容室』に勤めた同僚。
現在は『トワレ』の社員です。
芳香も『トワレ』の社員ですが、森住のライバル、
沢木と大人の関係……にある女性。

2週間に1度だもんね、
これも、人物紹介くらいあった方がいいのかな。

>次のポイントは、誕生日かなあ(〃▽〃)

それはどうかなぁ(笑)

楽しそうな森住さん♪

柚希ちゃんとの二人の時間を楽しんでる森住さん♪
>仕事のことがからむこともなく、心の奥を見透かそうとする駆け引きもそこにはない。
とはいえ、それだけの気持ちじゃないよね~

9月10日って日にちを聞いただけで
柚希ちゃんの顔を思い出したりして
思わず口元がゆるんじゃった!?・・・^^v

『一番』を取るまで付き合う約束

その前にお誕生日のお祝いもあるかな?
ムフフ・・・楽しみです♪

森住と柚希

パウワウちゃん、こんばんは!

>とはいえ、それだけの気持ちじゃないよね~

あはは……、森住が気付いているかどうかは
不明ですけれど、気分が明るくなっていることは
事実ですよね。

さて、この後『誕生日』のイベントとなるのかどうか、
それは続きで確かめてね!

運命の違い

yokanさん、こんばんは!

>生年月日による人生占いは当たらないね(笑)

そうそう、柚希と愛梨は、全く違う人生を
歩んでますからね……
占いは、当たらないと言うべきなのか、どうなのか(笑)

森住と柚希の関係が、これからさらに深くなるかは、
もちろん次回へ続くのです。