7 修行の旅(1)

7 修行の旅(1)


9月も末に近付くと、昼間も少しずつ過ごしやすくなった。

私は相変わらず、事務所の中で、雑用に追われている。

日向さんは『水曜ドラマ』の撮影が続き、週のほとんどがスタジオとロケで

慌しく動いていた。


田沢さんは、あれ以来事務所で会っても、日向さんのことを私に聞くことはない。

『認めてはいない』と言われたことを米原さんに話すと、子供に逆らえない親と一緒で、

最終的には淳平が幸せそうならば、文句は言わないだろうと励まされる。





みなさんの気持ちに応えるために、私が出来ることは何だろう……。





日向さんとの距離が近くなるたびに、何度も考えてみた結果、

『史香も頑張っている』と評価をあげてもらうため、

毎日の仕事に全力投球を決めた。



なかなか自由に会うことは出来ないからこそ、

日向さんのメールが、今の私の『ビタミン剤』。



『ロケの途中で、出会った子供達です。片方は小学校1年生。
父親の年齢を聞いたら、一緒だった、ショック……』



日向さんは本当に写真が好きだ。

メールには必ずと言っていいほど、添付ファイルがついている。

それに影響されて、私も必ず何かをつけて返信することがクセになった。

今まで、携帯のカメラなんて、ついているだけの機能だったけれど、

使い始めると、なんだか楽しくなる。

新しいことを覚えようなんて意欲も、あまりなかった私が、

分厚い説明書を必死に読み、日向さんをなんとか楽しませたくて、

ズームも倍率変更も出来るようになった。

ほとんど事務所内にいて、生活にたいした変化もないし、

始めの頃は何を撮って送ろうかと、1時間近く悩んだこともあったが、

近頃は、社長のデスクに置いてあった花瓶が、

娘さんが趣味で作ったガラス製品に変わったこと、

お昼に出掛けたお店の皿がデザインを変えたことなど、

そんな小さな変化も見逃さないようになる。


時間がある時には、電話がかかることもあったが、撮影に入ると、

夜も朝もスケジュールが入っていて、その点、

開いた時間にいつでも見られるメールは、互いの動きを制限しないから便利だった。


「前島、今日午後に『ひよどり姉妹』が来るから、社長室へ通すように」

「はい」


『ひよどり姉妹』は、三味線と小さな太鼓を持ち、歌と漫談をこなす双子の姉妹。

事務所が出来た時から所属のタレントだけれど、今では演芸番組も減り、

主な活動場所は、地方営業になっている。


「あ……そうだ、君も同席だよ」


田沢さんと同じ専務の永原さんが、私の顔を見てなんだかニッコリ笑った。





「あぁ……部屋はいいな、のんびり出来て。ホテルだとどうも落ち着かない」

「久しぶりだからじゃないですか?」


日向さんと会うのは10日ぶりだった。

田沢さんはいい顔をしないだろうが、互いに重なる時間を見つけては、

日向さんの部屋でなんとか会うことを続けている。


「しばらくはスタジオ撮影だから、会える日も増やせると思うんだ」


日向さんは台本の出来がさらに遅くなり、FAXで送られてくると愚痴をこぼした。

新人の脚本家は、あまりのプレッシャーに熱を出してしまい、

結局、ベテランの脚本家が練り直すことになる。

そのためさらに時間がかかることになり、現場へ届くのが遅れていた。


「日向さん、実は……」


私は、今日、事務所で『ひよどり姉妹』さんに会ったことを話した。

その話に、少しソファーにもたれかかっていた日向さんの背中が、ビシッと伸びる。


「『ひよどり姉妹』の臨時マネージャー?」

「はい……」


『ひよどり姉妹』さんには、目黒さんというベテランの女性マネージャーが付いているが、

先日、胃潰瘍になってしまい、担当を外れたのだ。

ベテランのため、この地方営業も自分たちだけでこなせると、二人は言ったが、

社長はそれでは連絡係がいないので事務所が困ると説得し、その役目を私に振ってきた。


「田沢さんに聞いたらしいんです、永原さんが。誰か適任はいないかなって、で……」

「……そうか、そういうことか」


日向さんの指が口元に動き、そのまま小さな拳に変わる。

あれだけ反対だと言っていた田沢さんが、近頃何も言わないので、

日向さんは、何かあるのではないかと思っていたと、悔しそうな顔をする。


「田沢さんが『しめた』って顔をしているのが目に浮かぶよ……地方行きって」


『ひよどり姉妹』さんの地方営業は、1ヶ月半もの間、みっちりと組まれている。

その間、私は、一度も東京へ戻ることは出来ないだろう。

日向さんは、それをわかっていて、田沢さんがわざと私に仕事を振ったのだと、

両手を頭の後ろに組み、天井を見上げてしまう。


「でも……私、これはこれでよかったんじゃないかって、そう思って」

「よかった?」


日向さんが、私と付き合うことを認めてもらうために、

今まで以上に仕事を頑張ると宣言したように、

私もきちんとマネージャーとして認めてもらえるよう、

努力すべきなのだと、ちょっとだけ偉そうなことを語ってみる。


「田沢さんにも認めてもらえるようになりたいし、事務所で雑用をこなしながら、
なんとかまた現場に出られるようになりたいなと、考えたりして……」


タレントを支えるのは、現場の人間だけではないこともわかっているが、

それでも、その場の緊張した空気を感じていたい。それが私の結論だった。

まだ、何も出来ない半人前以下の意見だけれど、

日向さんの表情が、少しずつまた優しいものに戻っていく。


「『ひよどり姉妹』の光江姉さんは、僕にとってこの世界の母のような人なんだ。
名前を聞いて、昔のことを思いだした」



男性誌のモデルでデビューした日向さんだけれど、それから半年くらいは、

ほとんど仕事がなかった。レッスンと事務所を往復し、未来を夢見る日々の中、

『昼ドラマ』ヒロインの母として出演が決まった光江姉さんの推薦で、

ドラマの最終3話に登場する、息子役を得ることが出来た。


「何にも知らなくてさ。楽屋の使い方も、先輩への挨拶も、
みんな光江姉さんが教えてくれた。うちの一押しなのよって、
あちこちに連れ回してくれて、僕なんかがすぐに会えないようなベテランさんも、
光江がかわいがるのなら……と、気軽に話しかけてくれて」


私はまだその頃、芸能界などほとんど興味もない学生だった。

自分の将来など全く見えずに、雑誌を見ながら黄色い声をあげる友達を、

どこか冷めた気持ちで見ていた気がする。

それが今、人気俳優としてテレビに出ている日向さんを、

こんなに好きになってしまうなんて、人の運命はわからない。


「そうか……『ひよどり姉妹』なのか。
他の人じゃ阻止してやりたいところだけど、それなら仕方ないな」


日向さんは横に座る私を引き寄せ、そっと髪に鼻をつけた。

くすぐったいような、それでいて落ち着くような、不思議な気持ちになる。


「体調管理には気をつけろよ。
史香が思っているほど、地方を回るのは楽なことじゃない。
休めているように思えても、自分の部屋とは違う」

「はい……」

「史香が一人前になるためだから……寂しいけど我慢しないとな」


髪に触れていた鼻先が耳元へ向かい、私の気持ちはこちょこちょっとくすぐられる。

準備はいい? と聞かれているような唇の動きに、置いて行かれないよう、

取り残されそうな左手は、日向さんをしっかりとつかむ。


「浮気……するなよ」


そう言って笑った日向さんは、私が一切反論できないように、

唇の動きを封じ込めてしまった。





浮気なんてするはずがないじゃないですか。

『ひよどり姉妹』さんのファンは、みなさん年齢の高い方ばっかりなんですよ。





「そんなこと……」


そこから先は、出てくる吐息に占領され、私の反論は途切れてしまった。





真ん中に大きなルームライトがある部屋で、私の視線に日向さんの頭が入ってくる。

相変わらず、口では呼吸と吐息が行ったり来たりを繰り返し、

背中にひやりとしたシーツの感覚が届く。





もう……反論なんてしません。だから……





一緒にいる時は、『あなたが大好き』だと、伝えさせてほしい。





日向さんのベッドはとても大きく、両手を伸ばしてみても端には届かない。

だからこんなにくっついていなくても、いいはずなんだけど……。


でも、冷たいシーツに触れるより、あなたのぬくもりに触れている方が好きだから、

私はもっと小さくなろうと頬を寄せた。ライトしかない天井を見つめ、

この時間がこれから先も、ずっと、ずっと続くように……と、祈ってみる。


「……史香、どこを見てるの」


日向さんから聞こえる、いつもより少し低い、私を呼ぶ声。

吐息に占領された唇ではなく、私は私自身でさらに強くあなたに寄り添っていく。


「ほら……こっち……」


わかってるの、だから見ようとしているんだけど……

しているのだけれど……見続けられない。





あなたが好き……





私しか知らない、あなたの声……あなたの目……

私しか知らない、本当のあなたの想い……





これからも……ずっと……





私は日向さんの腕枕で、小さな舟が海の上で揺られるような感覚の中にいる。

ゆっくり……ゆっくり……波の上を漂うように。


「ねぇ、日向さん」

「ん?」

「きっと……こうして会えなくても、心はもっと近づける……そんな気がします」


いつもなら恥ずかしくて言えないことも、この場所ならば言える。

全てが日向さんのところに向かっている今なら、気持ちが正直になれる。


「あぁ……」


『史香、ガンバレ』の代わりに、優しいキスがおでこに届いた。





それから1週間後、私は『ひよどり姉妹』さんと上野駅のホームに立った。

これから新幹線に乗り北上し、さらに日本海の方へ回っていく。


「おはようございます、前島です。
いたらないところだらけですが、よろしくお願いします」


顔合わせは3日前に済ませていたので、

光江姉さんも、雪江姉さんも緊張せずに行きましょうと笑顔を見せてくれた。

タイムスケジュールは一応頭に叩き込んできたし、会場になる場所、

打ち合わせの相手、全て携帯は登録済みだ。


「史香ちゃんは、淳平のアシスタントマネージャーだったんだって?」

「あ……はい。アシスタントとも言えないくらいの役立たずなんですけど」

「昨日、淳平から久しぶりに連絡をもらってね。
史香ちゃんをよろしく頼みますって、そう言っていたよ」


気配りの出来る日向さんらしいと、私は思わず笑顔になった。

光江姉さんは、あの子は売れてからも全く変わらないと、私にそう教えてくれる。


「さぁ、出発だ」

「はい!」


新幹線は時刻どおり、上野駅を出発し、私は早速携帯を開くと、

日向さんにメールを入れた。光江姉さんに頼んでくれたことに感謝し、

そして、無事、出発出来たことを報告する。

盛岡まで向かう切符を写真に撮り、一緒に送信した。

今日は今頃、スタジオで撮影の最中だろう。

スタートしたドラマは初回から高視聴率で、テレビ雑誌が何社も特集を組んだ。

インタビューや主人公二人の対談もあり、田沢さんは嬉しい悲鳴だと喜んでいる。

その場所に、一緒にいられないことは寂しくもあったが、

私には私の、きっと役目があるだろう。


電車が都心を抜け、田畑が目立つようになった頃、日向さんからメールが届いた。

隣に座っている『ひよどり姉妹』さんは、本を読んだり、うとうとしたり、

思い思いの時を過ごしている。



『一番最初に、ここへ戻ってくるんだぞ』



一緒につけられた写真には、日向さんの手が映っていた。

私はその手のひらの上に、そっと左手を乗せる。

揺れる新幹線の中で、決してぶれることのない想いをしっかりと握りしめ、

私は大きく息を吸い込んだ。






8 修行の旅(2)


恋する二人と、空想に励む私に(笑)
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ありがとう

ナイショさん、こんばんは

コメント、ありがとうございました。
そちらの方へ、お返事を送りますね。

形は色々

yokanさん、こんばんは!

>ひよどり姉妹と意外なつながりがありましたね。

はい、光江姉さんにお世話になったことを、
ちゃんと思いだし、史香を頼むと言った淳平は、
いいヤツです。

>ふたりのホンワカムード、いいね~。

創作3兄弟、全く別の顔を見せないと、
書いていくのが詰まりそうで(笑)
それぞれ、特徴を出せればと思ってます。

携帯のカメラ、私は未だに『?』状態です(笑)

ちょっぴり遅くなりました。

こんばんみ。
ネットの回線を光回線に変えていたもので、
ちょっぴりPCをお休みしておりました。
遅くなりました。

いやぁ幸せそうだね~v-10
なんだか画を想像すると
お尻の辺りがムズムズしちゃってv-398
あははは・・・。
史香ちゃんが一回り成長して帰ってくるのを
待ってます。
今でも充分しっかりしてると思うけどね。

ムズムズさん

ヒャンスさん、こんばんは!

>ネットの回線を光回線に変えていたもので、

あ、そうなんだ、
うちも光ですよ。
慣れると楽です、はい……。

幸せそうでしょ? だって、お付き合い始めだもの(笑)
史香も、マネージャーとして成長し、
淳平との仲も成長し……となるのか、
続きをお待ちください。

>なんだか画を想像すると
 お尻の辺りがムズムズしちゃって

あはは……わかる、わかる。
書いてる私が、ムズムズしてるもん(笑)

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秘密の恋って・・・

ももちゃん (ただいま創作三兄弟を追っかけ中!)

会えない時間が長い恋人同士は、会えない時間を埋めるように気持ちもぐっと近づけていくのでしょうね。

彼女の成長を見ながら待つ男の懐の広さを感じつつ、「浮気するなよ」 と本音を漏らす男の心も垣間見えて・・・

一般では考えられないほど、壁や障子の目や耳が多い世界、秘密の恋はそれゆえ燃え上がるのか。

周囲は、どのようにして二人を見守り育てるのかな (何気に田沢さんに肩入れしている私です)

『ひよどり姉妹』・・・ネーミングがツボでしたわ^m^



よくぞ、見つけてくれました

ナイショさん、こんばんは

>こちらにあったなんて…
 続きがあって、うれしいです。  \(∂∀∂)/

そうなのです、ここにあるんですよ。
楽しみに読んでくれたら、私も嬉しいです。

こちらこそ、これからもよろしく!

会えない時間がぁ~♪

なでしこちゃん、こっちでもこんばんは

>会えない時間が長い恋人同士は、
 会えない時間を埋めるように
 気持ちもぐっと近づけていくのでしょうね。

そう、このコメントを読みながら、
郷ひろみの歌を思いだした私。
(タイトル、なんだっけな……)

会えないから、色々なものはかっ飛ばしたくなるのでしょう。
縛られた環境が、よりスリリングさを増し、
盛りあがるのかも。

>何気に田沢さんに肩入れしている私です

おぉ! さすがなでしこちゃん。
脇に注目してくれるのは、嬉しいですよ。
彼には、これからも活躍してもらいますので。

>『ひよどり姉妹』・・・ネーミングがツボでしたわ^m^

あはは……。だって、いそうでしょ?