13 贅沢な男

13 贅沢な男




友海は午後2時を回ったところで、休憩を取ることにした。

チーフの馬場が親戚の不幸で急に休みを取ったため、

午前中に人手が足りず忙しいまま過ぎてしまい、

午後から出てくるスタッフが揃うまで、身動きが取れなかったのだ。

季節は夏の色を見せ始め、そろそろ外で食事をするには暑くなるなと思いながら、

いつもの土手へ向かう。誰かが置き忘れたダンボールを木の陰に置き、

サラリーマンがスーツ姿で、座っているのが見えた。

友海が横顔を確認すると、それは少しうつむき加減の航で、

こちらの気配を感じないのか、視線は前を見たままになる。


「こんにちは」


航は友海の声に顔を上げたが、軽く頭を下げただけですぐに前を向いた。

いつもなら何か付け加えてくるはずなのに、

逆に触れられたくないようにさえ見えてくる。


「店へ来たんですか?」

「いえ……」


友海は質問に答えようとしない航の横を通り過ぎ、いつもの場所へ腰を下ろした。

何か言われたら言われたで面倒なものだが、黙っていられるのも、居心地が悪い。

何度か表情を確認するものの、航は何も言わないまま黙っている。

特に前を見ていなければならないような出来事は、何も起こらないし、

ここで誰かを待っているようにも、思えなかった。

友海は、サンドイッチが入っていた紙袋を息で膨らませ、

それを目の前でパンッ! と叩く。


「あの……。たそがれるのなら、
もっともっと向こうの方で、たそがれてもらえませんか?」


思いがけない友海のセリフに、航は視線の先を見ようとした。

いつもと変わらないのどかな風景が、そこにあるだけで何も動きはない。


「ここに座って、考え込んでいるような顔をされてたら、
どうしたんですかと聞くのが普通じゃないですか。
それを触れられたくないような態度をとるのなら、
姿が見えないところへ移動してください、迷惑です」


友海の言葉に、航は言い返すことをせずに、下を向いた。

横に置いた上着を手に取り、一度は立ち上がろうとしたものの、

また腰は動かなくなる。

友海は、航のその動きを感じながらも、顔は前に向けたままになり、

目だけが気配を追った。


「言うなぁ……相変わらず」


それでもそう言った後、航は何かを思い出したのか、肩を震わせ笑い始めた。

友海はどうして笑うのかと思いながら、サンドイッチを口にする。


「うん……そうかもしれない。いや、そうなんだよ。
ここへ来たのは、飯田さんに気合を入れて欲しかったからかも。
嫌だよな、ため息ばかりつくやつが、すぐ近くにいるのって」


航は何度も頷きながら、自分に暗示をかけているように見えた。

友海はいつも自信満々な航の落ち込む姿に、つい視線を向けてしまう。


「落ち込んでいる場合じゃない。それはわかっているんだけど、でも……」


航は、自分は一生懸命会社のことを考えているのに、

足を引っ張ろうとする人がいて、なかなか前に進んでいかないのだと話し出した。

本社の人間たちがどう動いているのかなど知らない友海だが、

黙って話を聞き続ける。


「会社を前進させたいと思っているのに、どうして足を引っ張るんだろう。
騙したり、騙されたり、そんなことをしていたら、何も変えられない。
ちょっとショックなことがあって、ここへ……」


初めて見る航の横顔だった。笑顔もなく、寂しげな目元は、

遠くだけを見ているように思えてくる。


「人にはあれこれ言うくせに、
自分のことになると、結構あっさりと落ち込むんですね」


友海はそう言うと、またサンドイッチをほおばった。

落ち込んで見える自分に対し、友海が投げかけてくる言葉は、

どこまでもストレートだ。航は何も言い返すことなく、黙っている。


「成島さんがお店に実習で来た時、みんな内心半信半疑でした。
一緒の仕事をしているように見えても、どこかで査定して、
何かを言われるんじゃないかって。
気を遣ってもらっても、立場が違うんですから、当たり前です」

「そうですか……」


航は、笑顔で接してくれたスタッフたちの本音も、結局はそこなのかと、

ため息をつく。


「一緒の場所に立って、汗を流してくれて、
それで初めて、この人ならってそう思えるんじゃないですか? 
少なくとも今は、成島さんが会社をよくしようとしているんだって、
みんな思っているはずですよ。でも……そんなちょっと頑張ったくらいで、
落ち込んだりするのは、ずうずうしいです」


友海の言葉に、下を向いていた航は自然に顔を上げた。

何もかもをつかみ始めたような気になっていたが、

長く会社で汗をかいてきた海人や和彦にとってみたら、

急に入ってきた自分を、信用しろと言うほうが無理なのかもしれない。

それよりも、長年頑張ってきた朝戸や関山の方が、

裏切りを知った後、もっともっと気持ちが重たいはずだ。


「自分の意見を、しっかりと押し出せるなんて、贅沢です。
私たちなんて、会社のことを考えてみたところで、
それを発言する場所さえないんですから。
立場がなければ誰も聞いてくれないし、男でなければ……」





『どうせ、娘さんしかいないだろうが』





友海の脳裏に、過去の記憶がぼんやりよみがえった。

言葉をぶつけた男が、面長だったのか、髪の毛が短かったのかなどは、

もう覚えていないけれど、低いトーンのセリフだけは、忘れたことがない。

航は、語っていた友海が突然言葉を止めたことで、

その寂しげな表情に何かがあるのではないかと、視線を外せなくなる。


「……あなたなんて……贅沢です」


友海はそう言うと、持っていたものをビニール袋に押し込むように入れ、

いきなり立ち上がり、そのまま土手を上がっていく。

航はストレートに気持ちを表現しているように見えた友海が、

急に顔色を変えたことが気になり、すぐに立ち上がると追いかけ手をつかんだ。


「どうしたの?」

「いいんです、私のことは」

「何があったんだ。急に……」

「自分のことさえまともに考えられない人に、
心配なんかしてもらいたくありません!」


そう言うと、つかんだ航の腕を振り切り、友海は店に向かって走り出し、

航は、建物の陰に消えた友海を追いかけることが出来ず、

その場で立ったままになった。





仕事を終えた友海は、自転車を走らせ部屋へ戻った。

食事の支度をしながら、昼間、航の前で急に取り乱した自分の姿を思い出す。

もう、忘れないとと思いつつ、過去の記憶が、頭の中を駆け巡った。

棚の上に置いたタバコの箱に手を伸ばし1本を抜き出すと、ライターで火をつける。

煙が上がるのを確認し、それを吸い込み、そして吐き出していく。

壁にかけられた絵を見ながら思い出すのは、

幼い頃からずっと遊んでいた海の色だった。

素潜りをしながら貝を捕り、岩の間を飛ぶように歩きながら、

空に広がる雲と追いかけっこをした。

濡れた服のまま家へ戻ると、薪を割る父の姿があり、

真っ白いシーツを並べて干していく、母の姿があった。


友海はベランダへの窓を開け、夕焼けの最後を見届けながら、

もう一度ゆっくりタバコを吸い込んだ。





和彦は取引銀行との打ち合わせのため、海人は一足先に家へ戻った。

リビングから聞こえてきたのは、母、登志子の笑い声で、

ソファーには妹の真湖と聖が座っている。


「あ……海人、聖ちゃんがお裾分けだって、ももを持ってきてくれたのよ」

「ふーん……」


海人はソファーに座る聖を横目で確認し、そのまま部屋へ向かう階段を上りだす。

聖はその後を追うように階段を上がり、互いの足音が重なるようになった時、

海人は歩みを止めた。


「なんだよ、何か言いたくてここに来たんだろ」

「そうよ、さすがにつきあいが長いだけに、わかっているじゃない。
それとも……、自分に後ろめたいことがあるからかしら」

「何?」


聖は一度階段の下を確認するように見ると、登志子に聞こえないようにするため、

海人に近づいた。海人はドアノブに手をかけたまま、聖の一言を待っている。


「海人、どうしてそんなに怖がるの? あなたは堂々と勝負するべきでしょ」

「なんの話だ」

「今日……航さんから聞いたわ。体調が悪いって言ったそうじゃない。
でも私、あなたがおじさまと車に乗って出かけていくのをこの目で見た。
どうしてそんなずるいことをするの? 正しいと思うのなら、
正々堂々とやるべきだわ」


そのセリフを海人に突きつけると、聖は階段を下りていった。

海人は聖の足音が消えてからも、ドアノブに触れたまま立っている。

すると、また真湖と聖の笑い声が、耳元へ届けられた。

海人は、これ以上強く握れないほどの力を込め扉を開けると、

全ての笑い声を遮断するようにドアを閉めた。





次の日、本社へ出社した海人を待っていたのは、航だった。

ここへくること自体珍しいことで、

海人は、航がもうすでに気づいているのだと思いながら席へ向かう。


「海人……、僕は僕のやり方で、この先もやっていく。
君にとっては邪魔な存在かもしれないけれど、やろうとしている意味は、
いつかわかってもらえると、そう信じているから」


あの日、差し出してくれた手は、海人から航に伸びることはなく、

海人は黙ったまま上着を脱ぎ始めた。

航はそのまま部屋を出ると後ろを振り返ることなく、まっすぐに続く廊下を歩いた。





14 隣の席
<photo:tricot>

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コメント

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ストレートな女二人

友海にとって航は男と言うだけで贅沢・・
>『どうせ、娘さんしかいないだろうが』
これが友海に言わせる元なのかな?
絵と共に重なる過去。
航も知りたいと思い始めてるような。

ストレートな物言いは航には新鮮で心地いい。

海人は後ろめたい分、聖の言うことが痛いね。

友海って

yonyonさん、こんばんは!

>絵と共に重なる過去。
 航も知りたいと思い始めてるような。

男に負けないように意地を張る態度、
ストレートな物の考え方と言い方、
『碧い海の絵』に惹かれる気持ち、

そんな中に、友海の過去が存在します。
それはこれからわかるんですけどね。

いつもながらスッキリした彼女

ももんたん、お久しぶりでこんにちは。

やっとこのお話が追いつきました。
読むのが間に合わないってどういうこと????



航の探している絵は多分あそこになるんだろうな~
とか聖ってお嬢様って思っていたら意外といい人かもとか
海人は小さい頃はきっといい子だったんだろうね。育て方がよくなかったの?とか
友海にはきっぱりすっきり性格はっきりしてるじゃないとか
いろいろ感想あるんですが・・・

今回は友海の過去にかかわる部分があるのね。
それだからこそ航のちょっとした弱音が気に障ったのかな。

海の絵は愛している人たちを思い起こさせる力があるんだろうね。
描いた人の思いもこもっているものね。

しかし!

yokanさん、こんばんは!

>海人は分かってるのよね、
 でも父親には逆らえないって所かしら(ーー;)

幼い頃には見えなかった物も見えてるでしょうね。
彼には彼の、寂しさや葛藤があるようです。

友海の生き方、考え方が、
今のところ、航や海人の心を、少しずつ動かしてます。

しかし……(と予想めいたことを書いておこう・笑)

マイペースにどうぞ

tyatyaさん、こんばんは!

>やっとこのお話が追いつきました。
 読むのが間に合わないってどういうこと????

キャー! ごめんなさい。
私の好き勝手に更新状態、しかも全て集めちゃえ状態なので、
ご迷惑をおかけしてます。

……お好きなものだけ、選んでください。

>今回は友海の過去にかかわる部分があるのね。
 それだからこそ航のちょっとした弱音が気に障ったのかな。

はい、その通りです。
物事をハッキリ示す友海ですが、自らの過去については、
まだ何も見せてません。

航に見せることが出来るのか、
それとも……は、まだまだこれからです。

『碧い海の絵』

想いが入っている分、人を動かす力もあるようです。