14 隣の席

14 隣の席




航が『天神通り店』へ来たのは、あの土手でため息をついていた日から、

5日後のことだった。比較的スタンドが空いている時間を選び、

社員やパートを二つに分けると、計画したことを話し始める。


友海は、目の前で積極的に語る航の姿をじっと見た。

思い通りにならないのだと、あれだけ落ち込んでいたのに、

今の姿は、力がみなぎっていて、やる気があふれているように思えてくる。


「まずは、この用紙を見て欲しいんです。みなさんの意見を聞かせてください」


航は、現場で働いているスタッフに、働きにくいところ、

普段からもっと改善して欲しいところなどがないかと、問いかけた。

店長の溝口は、初めての試みにどう対応していいのかわからない表情を浮かべ、

馬場をはじめとしたメンバーたちは、半信半疑の目で、航を見る。


航は12店舗ある中で、まず『天神通り店』を選んだ理由について語り出した。

売り上げも順調で、近くに市場や商店街があることは人が集まりやすく、

時間帯や曜日によって、いろんな客層が望めることも強みであり、

意見の出しがいもあると主張する。


友海は以前、土手に座り、意見があるのなら出して欲しいと言った

航のセリフを思い出した。

初めてここで会った時も、立場など無視して、自分が悪かったと言える航ならば、

実習に来て、一緒の仕事を分け隔てなく出来る航ならば、

何かが変わるのではないかと、そう思い始める。


「まずは無記名でかまいません。
この用紙で、ぜひ、みなさんの意見を聞かせてください」


友海は、航の話を聞き終えた後、もらった用紙を4つに折り、

そのまま作業着のポケットにしまった。





その日の仕事を終え、部屋へ戻ると、用紙を取り出しテーブルに置いた。

友海は、あの日、いつもとは違い、弱気な姿を見せた航に、

つい強い言葉で接し、中途半端に逃げてしまったことを、実は後悔していた。

感情のまま想いをぶつけてしまう自分とは違い、彼はこうしてまた、

言葉の意味に素早く気付き、それを受け入れ、さらに先へ進めていこうとしている。

年下の、しかも立場の低い自分に対しても、素直な目を向けてくれる彼ならば、

本当に町や会社を動かせるのかもしれない。

そして、互いに顔を見合わせながら話を聞いていたスタッフたちから、

どれくらいの意見が出てくるのだろうと思いながら、ペンを走らせた。





それから1週間が経ち、美鈴は事務室に置かれた小さな箱の中身を

上からのぞき込んだ。3日前からその枚数は増えることなく、

日にちだけが過ぎていく。後から入った友海は、

音をさせずにゆっくりと美鈴に近づき、肩をポンと叩く。


「うわ……あぁ、なんだ友海か。もう休憩終わったの?」

「これからだけど、さすがに土手へは行けない。もう、日差しがきつくて」

「あ、そうか……うん。ねぇ、枚数、増えていかないんだけど」


航がスタッフの前で語った次の日、さっそく箱に意見を入れたのは友海だった。

それから3日後、遅れて入れたのは美鈴で、

その後、1枚が入ったもののそれから枚数は増えていかない。

休憩時間の時、帰り際など、美鈴は気にして箱を上からのぞくものの、

状況が変わらないことに、落ち込み始める。


「みんな、怖いんだろうね。何か言われちゃうんじゃないかって。
馬場さんも、柿下さんも、『特にない』としか書けないって、困っていたし」


友海は無理矢理書かせるわけにはいかないんだからと言いつつ、

これでは、いつまでたっても、商店街頼みのまま、

ボンボンに大きな顔をされるだけだと、小さくため息をついた。





その頃、航は聖の運転する車で、山からの坂を下りているところだった。

緑色が覆っていた景色から、町並みが少しずつ近づいてくる。


「ごめんなさい、大騒ぎして連れてきてしまって」

「いや、いいんだ。結果的に違っていたということで、
話を聞いたら、確かめて見たくなるし、僕もそう思ったのだから」


聖は、大手企業の会長を引退した人が、別荘にお気に入りの絵を集めている話を、

父、哲夫から聞き、海やヨットを書いた絵もあり、

描いた人がわからないような貴重な絵もあることを確認すると、航を誘った。

互いに時間を作って訪れたものの、たしかに海の上に浮かぶヨットの絵はあったが、

キャンバスにサインは残されてなくて、別物だったことがわかる。


「しばらく探すのは辞めることにしようかと思って」


申し訳なさそうな顔をする聖に、

探そうとすると違うものばかりが見つかってしまい、

どんどん道が狭まっていくからだと理由を語る。


「違うものが見つかるたびに、本当はもう、燃やされているんじゃないかとか、
破られているんじゃないかとか、そんな思いばかりが浮かぶんだ。
わからない方が、心のどこかで、いつか見られるって、
そんな期待をすることが出来る気がして」

「そう……。そうよね、30年以上経っているんだもの。
確かに現実は難しいのかも。でも……ごめんなさい、
航さんの話を聞いてしまった私が、一番見たがっているのかもしれない」


聖はそういうと、軽く舌を出して照れくさそうに笑った。

航はそんな聖に言葉を返すことなく、外の景色に目を向ける。

走っている場所を確認すると、燃料のメーターを見た。

山道を上り下りしたため、思ったよりも動いている。


「聖さん、次の交差点を右に曲がって」

「右?」

「あぁ……」





スタンドの客足が途切れ、友海はゴミ箱を手に取ると、

中身をビニール袋に詰め始めた。

美鈴は奥へ入り、それから5分後にまた姿を見せる。

雑巾を持ち笑顔で友海のところへ近づいた。


「何? 何か嬉しいことでもあったの?」

「ううん、また思いついたことがあったから紙に書いて入れてきた。
もう、こうなったらさ、何でも入れておかないと、
成島さんショックを……あ、いらっしゃいま……」


美鈴の言葉に友海も視線を向けると、赤い車が給油機の前に止まり、

助手席から降りてきたのは航だった。

何秒か遅れ運転席から降りてきたのは聖で、航は反対側へ回ると、

鍵をさしたままにしてと、聖に指示を出す。


「暑いから、中に」

「えぇ……」


どう動いていいのかわからない友海と美鈴の前を聖が通りすぎ、

航はセルフの機械で給油をし始めた。


「ごめん、何か冷たいものでもあったら、出してあげてくれるかな」

「あ……」


友海が後を追いかけるように店内に入ると、

聖は、ちょうど自動販売機で飲み物を買ったところだった。

缶を取り出しながら、暑いから大変ですねと声をかけ、椅子に腰掛ける。


「私には気を遣わずに、お仕事してください」


聖は、プルを開けた缶に口をつけ、視線を給油機の前にいる航へ向けた。

その目の表情は優しく、航の動きだけを追い続ける。

航が女性と店を訪れたことが、おかしいわけではないのに、

そんな姿を見たことがなかった友海は、なぜここへ来たのか気になりだす。


航は給油を終え、車を運転すると、スタンドの隅に止めた。

助手席に置いた書類を取り、店内へ姿を見せる。


「なんだかガソリン代払わせてしまって、申し訳ないんだけど」

「そんなことないよ、ここまで送ってもらったし、時間もとらせたし」

「いいのよ、楽しんでいたのは自分なんだから」


友海は二人の会話を聞いていることが悪いような気がして、

棚をのぞくとすぐに外へ出た。

同じような思いを持った美鈴は、友海にすぐ駆け寄ってくる。


「ねぇ、あの人、成島さんの彼女かな。だって、今日は土曜日でしょ? 
休みに二人でお出かけしてきたってことだもんね」

「……かもね」


聖の姿は、そこら辺のOLという感じではなく、

持っていたカバンも、着ている洋服も、友海とは縁遠いものだった。

いつもこの店で会う航の姿しか知らなかったが、

彼には別の世界があるのだと思ってしまう。


「そうだよね……成島さんって、社長の親戚なんだもんね。
親近感持っていたけど、よく考えたら、そうだった。
お嬢様な彼女でも、おかしくはないんだわ」


同じようなことを思った美鈴の呟きが、友海の心に隙間風を通した。

そんな二人の会話などわからない航と聖は、中にいて、

航は奥へ入ると、置いてあった箱から意見の紙を取り出してくる。

隣に座り、紙を広げた航を、聖は横から覗き込むようにした。


「へぇ……みなさんからの意見ね。こんなことしているんだ」

「始まったばかりだけどね。上には上のやり方があるだろうけれど、
僕は僕なりのやり方を見つけたくて」


航はそう言うと、店の外でお客様を迎え、走っていく友海の姿を目で追った。

こうして暑い中を頑張っている人たちの想いが、

少しでも上で働く人たちに、届いて欲しいと思う。


「航さんを見ていたら、父の言っていたことが理解できる気がするわ」

「お父さん?」


聖は、軽く頷き、手に持った缶にまた口をつけた。

短大を卒業し、そのまま父の経営する会社に入社したいと願ったが、反対され、

今の会社で事務をすることになったことを、話し出す。


「外の世界を見ておかないと、頭が固くなって機能しなくなる。そう言われたの。
その時はそんなことはないって反発したけれど、
あなたを見ていたらそうなのかもしれないって」

「どういうこと?」

「営業マンをしていたから、人の心をつかむのがうまいし、
会社を客観的に見られるでしょ? それに比べて海人は、
なんだかもうがんじがらめというか、視野が狭いというか……」


聖はこの間、新谷家でにらみ合った海人のことを思い出した。

あれから事務局に顔を出すこともなくなり、携帯にメールを入れても、

返事すら寄こさない。航は海人には海人の悩みがあるんだと言いながら、

意見の書かれた紙をテーブルに置く。


「聖さんにそう分析されると、少し恥ずかしいよ。
僕はそんなに思慮深い人間じゃなくて、
どっちかというと突っ走ってしまう傾向があるからさ。お節介やきなんだ。
ただ……そう思ってもらえるのだとしたら、それはきっかけがあったから」

「きっかけ?」


航はそう言うと、給油中の車の窓を拭いている友海に目を向けた。

拭く箇所ごとにすばやく雑巾の形を変え、効率よく作業をしていく。


「自分の住む町や職場をよくしたいんだって、あの人に言われて」

「あの人?」

「そう、ほら、今目の前で窓ガラスを拭いている人。飯田友海さんって言うんだ」


聖は少し前に、ここへ一緒に入ってきた女性だと、友海の方へ視線を向けた。

本社勤務で上司とも言える航に対して、そんな意見を述べたのかと驚き顔を見せる。


「言われたのはここじゃないんだけどね。でも、その通りだと思った。
自分たち、管理者たちだけが会社のことを考えていると思ったら、
大きな間違いだって。本当は、実際にお客様に接している彼らこそ、
よくしたい、よくなりたいって、そう思っているんだ。
だから意見を聞きたいと思ったし、取り入れたいと思った。
彼女はさ、誰が相手でも自分の意見を変えたりしない。
いつもまっすぐで素直に言葉を出してくる……。
それがうらやましくもあるし……、怖くもあるんだけど」


聖は、友海に向ける航の視線は、自分に向けるものとは違うと感じ取った。

信頼なのか、それとも友情なのか、それ以上のものなのかと、つい見つめてしまう。

その視線に気づかない友海は、普段どおりに拭き終えると、

ドライバーに声をかけ、いつものように笑顔で見送った。





15 碧い海の秘密
<photo:tricot>

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コメント

非公開コメント

恋のライバルに?

いろんなことが動き出しましたね。

仕事しかり、個々の気持ちも・・・

>聖は、友海に向ける航の視線は、自分に向けるものとは違うと感じ取った。

女の勘は鋭いですから^^v

海人が聖の心に気がついたら、また”ややこしい”ことになるんだろうなぁ^^;

それがまた面白いんだけど!

誰に肩入れもせず、俯瞰で読んでます^^

気づかないのは

弱気だった航が明らかな変化を見せたのは聖のお陰と・・
航の変わりようを目の当たりにした聖は、それが友海のせいなんだと・・・

和彦が哲夫のような考えだったなら、海人ももっと自由で居られたろうに。

それぞれ

なでしこちゃん、こんばんは

>いろんなことが動き出しましたね。
 仕事しかり、個々の気持ちも・・・

はい、それぞれの事情を知り、(まだ友海は謎だけどね)
少しずつ動き出しています。
環境、性格、立場、色々と違えば、
反応も違うはず。

ここからどう近づき、離れるのか、
そのまま、お付き合いお願いします。

父親

yonyonさん、こんばんは!

>和彦が哲夫のような考えだったなら、
 海人ももっと自由で居られたろうに。

うーん……このコメントには
あえてノーコメントで行こう。
和彦と哲夫、二人の父親にも注目してね。

二人の女性

yokanさん、こんばんは!

>友海ちゃんと聖さんがお互いを意識した瞬間か?
 それも間に航さんを挟んで・・・^m^

友海も聖も、物怖じしない性格ですが、
抱えているものが違います。

さて、二人はどんな道を進むのか……

いつもながらに、ここには書けません。
お付き合い、ありがとう。
これからもよろしくお願いします。

二人の女たち

ふ~ん、ふ~うん、ふ~~ん。

友海は航がつれてきた聖が気になるし、聖は友海が気になるし。

女って、自分の好きな男のことになるとすご~く敏感だから。

お互い相手のことを必要以上に航に近い存在と捉えているんだね。
これも乙女心かな。

二人の間にいる航だけが・・・ツミツクリ。

ふふ・・・これから二人がどういう行動になるか楽しみだわ^^

恋のスクエア?

こんにちは!!

聖はやっぱり航のこと好きのね。なんかはしゃいでる感じ?

でも、航は親切ないい娘(こ)位にしか思ってない?

だって気になるのは…友海だものね。

その友海は航と聖をみて、住む世界の違いを改めて感じてしまう。

そこに海人が入ったら…(;-_-)=3

それぞれの状況や立場もあるし
どうなる?この若者達…(゜o゜;)

女の勘

tyatyaさん、こんばんは!
おぉ……こちらも追いついてくれたんですね。
無理なく、おつきあいください。

>女って、自分の好きな男のことになるとすご~く敏感だから。

そうそう、そうでしょうね。
聖も友海のようなタイプとは、あまりお知り合いではなかったはずで、
(まぁ、友海もそうでしょうけど)。

聖の気になるポイントは、航でもあり、海人でもあり……。

さて、この後、重要なことが起こります。
そこからまた……と、続きでご確認ください。

聖って……

mamanさん、こんばんは!

>聖はやっぱり航のこと好きのね。なんかはしゃいでる感じ?

あはは……、はしゃいでます?
聖は、どちらかというとお嬢様なので、(私の世界では、ですが)
気になることには首を挟みたいし、
自分が中心でいたいタイプなのです。

さて、それがどうでるか……は、
まだまだ、これから。