君に愛を語るとき …… 11 嘘

11 嘘


律子は大学3年生だった。秋も深まり、そろそろ就職の話題が気になり始める。


「エ? 髪の毛?」

「うん……先輩がね、伸ばしている方が有利だって言うの。柊はどう思う?」


柊は少し考えるふりをしたが、すぐに首を横に振った。

「関係ないと思うよ。似合っていればいいんじゃないのかな」

「……と私も思うんだけど、でもね、もし……って思うと、
やっぱり伸ばしちゃうんだよね」


そう言われて律子の髪を見ると、確かに伸びている気がする柊。

リハビリの時はいつも束ねているので、あまり長さを感じなかったが、

確かに女性らしさは増した気がする。


初めて二人が想いを重ねた日。柊に応えるだけで余裕のなかった律子が、少しずつ、

少しずつ変わっていくのを、柊も感じ取っていた。


柊を見つめる目、柊を求める声、そしてシーツに広がる律子の髪。


「柊みたいに頭がよかったら、こんなことに悩まないんだろうけど……」


柊はその声に視線をあげ、ため息をつく律子を見た。少し口を尖らすような表情は、

まだ幼くも見えてしまうのに……。

自分にしか見せない顔を、すぐに呼び戻したい……と思う柊。


リハビリを見に行っていた頃は、病院で会い、夕方には別れていた。付き合い始めた頃も、

食事をするくらいだった。しかし、想いが募っていく度に、二人の時間が増えていく。


「律子……」

「うん……」


ベッドの中で、自分の胸に顔をうずめている律子に、柊は声をかけた。

少しためらっていた律子が、ゆっくりと上半身を起こし、少し左を向く。

壁にかけられている時計が、22時を示そうとしていた。


「あ……もう、こんな時間なんだ」

「……」


柊は、自分との別れを惜しんでいる律子がいじらしく見えた。体を少し左に向けた律子の、

少しだけ見える胸の膨らみに気付く。柊は起き上がり、後ろから律子を抱きしめ、

左手でそっと包み込んだ。


「あ、シュウ……もう……」

「わかってる」


頭ではわかっていた。それでも理性と本能が別々の行動をし始めていく。

左手が膨らみの下から上へと動きだし、柊が人差し指で軽く触れると、

その場所はすぐにツンと尖っていった。


「あっ……ねぇ……シュウ……」

「うん……」


律子はその手を止めようとしたが、力はなく、強くは拒否していない。

それを感じ取った柊は、そのまま律子の耳を軽く噛み、気持ちを伝えていく。


「シュウ……」


律子の声が切なく変わり始めた時、携帯電話の着信音が、二人を止めた。

律子はテーブルに手を伸ばし、電話に出る。


「……あ、うん……もうすぐ帰るから。はい……」

「……」


柊は律子から手を離し、その電話をじっと聴いていた。


「今日はすごく寒いね」

「うん……」


駅へ向かいながら、律子は隣に歩く柊の上着の襟を、さりげなく直す。


「あ、ありがとう」

「ううん……」

「あのさ、律子……ちょっと聞いてもいい?」

「エ……何?」

「こんなふうに遅くなる理由は、何て言ってるの?」


律子がどんなふうに自分との時間を作っているのかが気になった柊は、

そう問いかけてみた。


「……サークルに入ったって、言ってある」

「サークルか……」


自分と会っていることは、おそらく言っていないのだろう。柊もそう思っていた。

病院で何度も追い返されて以来、柊は律子の父親と会ってはいない。

あの光景を覚えている律子が、自分と時間を過ごしているとは、とても言えないはずだ、

柊は歩きながらそう考えていた。


「ごめんね、柊の名前出してないの」

「わかってるよ……」


このままでいいはずはないのだから、きちんと正面に出て、

あの父親と向かい合おうとする自分と、また、あの冷たい視線と言葉を

浴びることがわかるだけに、もう少し時を重ねたい、そう思う自分。

柊は二つの気持ちに揺れていた。


「ごめんな、僕が臆病で。結局、律子にウソをつかせてる」


気にはなりながらも、前に踏み出せない弱い自分に呆れながら、柊は苦笑いをする。


「そんなことないよ、柊。気持ちが決まってから……ほら、就職とかもあるから……
今は……まだ……」


律子は柊の腕をつかみ、自分の腕をからめていた。律子にとっても、この時間は、

失いたくないものなのだろう。そんな律子の行動に、少しだけ救われる柊。


「おやすみ……」

「うん……」


律子は何度か振り返り、柊に手を振っていた。本来なら送り届けてやるべきなのだろうが、

律子は、それをいつも拒否していた。

『柊を守りたい』そう思う律子の気持ちが、自然にこんな状況を作っていた。

柊は律子が電車に乗ったのを確認すると、ゆっくりと部屋へ戻っていく。

少しだけ心に痛みを感じながら……。





「うーん……」

「これなんて、今年の流行ですよ。どうですか?」


季節は12月を迎え、街はクリスマスに向かい輝き始める。

就職活動をスタートさせた律子のため、柊はプレゼントを買っていた。

いつも時間を確認するために携帯を開く律子だったが、

社会人になったらそういうわけにもいかないだろうと、時計を選ぶ柊。


「じゃ、これを……」


綺麗に包装され、リボンをつけてもらった箱を、柊は手と一緒に、

ポケットに入れて歩いていく。

自分以外の男達も、そんな『インスタントサンタ』になるため、色々と準備中なのだろう。

柊はそう思いながら、駅へ向かっていった。

そして、12月も半ば、今にも降り出しそうな空が、頭上に広がっている。


「今日はね、サークルの忘年会だって、そう言ってきたから……」

「忘年会?」


律子は食事中に急にそう言い出した。柊はこの後の時間を約束されたようで、

少し照れくさくなる。

律子を求めて拒絶されたことはなかったが、初めて自分を誘ってくる言葉に

『求められている』ことを感じる柊。


食事を済ませ電車に乗り、柊の駅で当たり前のように降りる二人。

道を歩きながら、柊は律子の手を握り、自分のポケットの中に入れた。

触れていた指は、やがて、互いにからみつくようにつながっていく。

時計を確認し、二人は少し早足になっていった。


外はいつの間にか雨になり、ベランダの手すりに跳ね返る音が響いてくる。

柊は隣に寄り添う律子に、いつものように声をかけた。


「律子、そろそろ……」

「……柊、今日はこのまま、泊まったらダメ?」

「エ?」


柊は、予想もしていないことを言われ、戸惑い言葉に詰まっていた。

律子はそんな柊に気付き、セリフを慌てて否定する。


「冗談よ、柊。さて、帰らないとね……」


手で少し乱れた髪を直しながら、起き上がり着替え始める律子。



『忘年会だって、そう言ってきたから……』

『今日はこのまま、泊まったらダメ?』



帰ることを律子が嫌がることは何度かあった。

しかし、ふざけているような様子もなく言われたことに、

何かあるのではと柊は思ってしまう。

いつもは明るく話す律子なのに、なぜか今日はあまり語ろうとはしない。

帰り道、組んでいる腕に触れ、柊は問いかけた。


「ねぇ、律子……あのさぁ」


その時、角を曲がろうとした車のライトで視界が一瞬遮られた。柊の腕を掴む律子の手に、

グッと力が入り、少し歩道の方へ押されるようになる。


「……」


水たまりの水が跳ね上がり、バシャッ……と音を立てた。よろけてぶつかった標識には、

20キロの制限速度が書かれている。


「なんだよ、あの車。曲がり角なんだからもっとゆっくり……。
ちょっとよそ見していたらぶつかるところだ」

「うん……」


雨はますますひどくなり、足元が濡れ始める。

冬の雨、暴走車、事故……。


柊は立ち止まり律子を見た。下を向きどこか怯えているように見える。

続いて曲がろうとした車のライトが光った時、柊の脳裏に1年前が蘇っていた。


「あ……」


二人が出会ったあの事故から……今日はちょうど1年だった。


「今日で1年だよね……」


無言のまま、律子は小さく頷き柊を見た。

なんとか柊との時間を延ばそうとしていた律子の理由をやっと理解する。


「そうか……そうだったんだ……だから……」

「バカみたいでしょ。忘れているつもりだったんだけど、近頃、
なんだか頭から離れなくて……。まさか今日、またこんな雨になるとは思ってなかったの。
でも、大丈夫よ、もう……」

「……」


柊はそう笑って話す律子を見た。泊まりたいと言った彼女を、

許されるのなら、ずっと抱きしめていてやりたかった。


「送るよ、家まで」

「エ……いいよ、柊。お店のお客さんに見つかるかもしれないし、
父や母が出てくるかもしれないし」


いつものように、柊を守ろうと提案を拒否する律子。柊は首を振り、

律子をしっかりと見た。


「それなら、それでいい。いつまでもウソをついているわけにはいかない。
今日はちょうどいい日だよ。ちゃんと挨拶する」

「でも……」


律子は自分の気持ちに応えてくれた。その想いに応えるのは、今度は自分の番だ。

柊はそう思いながら律子の腕をとる。


「今日は、送る。ひとりで帰るなよ……」

「……」


律子はその柊の気持ちを、受け取るように頷いた。

電車の窓に、雨が打ち付けていく。あの日、柊が運転していた車のフロントガラスにも、

雨粒がキラキラと光っていた。

強い光りと、一瞬の衝撃……。


「あの道を一人で歩くのはイヤだよな……」

「……」


この1年、律子がどんな思いであの道を歩いていたのか……そう思った柊は、

なにげなくつぶやいていた。


「あの道はもう使ってないの」

「エ……」

「後ろから、大きなトラックの音がすると、やっぱり気になっちゃって。……
ほら、あそこ歩道が狭いし。新しいお店が隣の道に出来て、そっちを使ってる」

「……」

「寝ていても時々、クラクションの音でビックリすることがあるの……。
もう、1年も経つのにね……」


柊にとってあの道は、通りすがりの道だったが、律子にとっては日々目にする場所だった。

簡単に忘れてしまうことなど、無理なことなのだ。

あの日はまだ、律子を苦しめていた。目に見える場所ではない傷に、初めて気付く柊。


『全てを見せて欲しい……』そう思いながら抱きしめていた人……。

まだ、見ていなかった律子がここにいた。

これからもこの日付と、律子は一人で向かい合うのだろうか。

柊は、そう思いながら外の景色を見つめている律子を見た。

冷たい、冬の雨の記憶……。



『忘年会だって、そう言ってきたから……』

『今日はこのまま、泊まったらダメ?』



電車は駅につき、扉がゆっくりと開き始めた。柊は律子の手を握り、ホームへ降りていく。


「柊、この駅じゃないのに」

「わかってる……」


柊は電車を気にすることなく、階段の方へ向かう。律子は電車の扉が閉まるのを、

振り向きながら確認した。


「柊、どこに行くの? 電車行っちゃったよ」

「……帰ろう」

「エ……」

「部屋に帰ろう」


『忘年会で遅くなる』。そんなウソが通用すると、柊も思ってはいなかった。

それでも律子が望むのなら……。



『律子……今日だけは、一緒に眠ろう……』



律子の冷たい雨の記憶を変えるため。

柊は覚悟を決め、反対側のホームに向かい、歩き続けていた。

                                          12 怒り   はこちらから



二人の恋の行方は……

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