9 修行の旅(3)

9 修行の旅(3)


『水曜ドラマ』のロケで、隣の市に来ることになった日向さんが、

『ひよどり姉妹』さんと私が泊まったビジネスホテルに、タクシーに乗り来てくれた。

それなのに私のした行動は、みっともなく、最低なものだった。




自分の迷いを消すために、日向さんを利用しようだなんて……。




「何があったんだ史香。言わないとわからない」


私の彷徨う手をしっかりと握り、日向さんは動きをとめた。

その強い力によって、私の傾いた気持ちに、ストップがかかる。

そうだった、ここまで来てくれた人に、誤魔化しや隠し事はしたくない。

そんなことをすれば、また話がこじれるだけだ。

私は今日あったことを、全て日向さんに話した。


『ファンキー戸田』さんのマネージャーである鍋山さんが吉野さんのことを語り、

その中に日向さんが出てきたこと、自分がその話の中身に、冷静になれなかったこと、

聞きながら気持ちをどこへ持って行けばいいのか、わからなくなったこと、

シングルベッドの上で膝を抱え、全て吐き出していく。


「そうか……」

「すみません、ここまで来てもらって、こんな話」


日向さんは一度大きくため息をつくと、ライトをつけてもどこか薄暗い天井を見上げた。


「ひかりがどんな恋愛をしているかまでは、正直、詳しく知らないけれど、
その鍋山って人が言うほど、派手なものじゃないと思うよ。
恋の噂はあるけれど、宣伝のために事務所自体が流すこともあるし、
少なくとも、僕はそんなふうに誘われたことはない」


日向さんは、映画の出演を決めた理由を、

塩野監督が、直筆で出演交渉する手紙をよこしたからだと教えてくれた。

原作は40年近く前のもので、今まで何度か映画化されたけれど、

今回は少し解釈を変えて、若い人たちにわかりやすく作ることになり、

そのイメージの中に、日向さんが欠かせないのだと、言ってくれたらしい。


「そうだったんですか」

「あぁ。ひかりが出るからとか、そんなことは考えたこともないし、
これからもそんな理由で、作品を決めることは絶対にない。
史香なら、僕がどんなふうに作品を選ぶのか、もう十分わかっていると思っていたけど」


そうだった。日向さんの作品選びが慎重なのは、知っているはずだった。

人気脚本家のドラマ出演にも、日向さんがイエスと言わずに、

田沢さんが頭を抱え、突き返した企画書を、無理矢理背中に入れたこともあった。

その時のことを思いだし、思わず笑ってしまう。


「ん? なんで笑うんだよ」

「そういえば前に、田沢さんが日向さんの背中に企画書を入れたことがあったなって……。
思い出しちゃいました」

「あぁ……あったな、そういえば……」


妙な空気だった部屋の中は、そこからごく自然の流れに戻り始めた。

日向さんは膝を抱えた私を、後ろから抱き締め、両足の中に閉じ込めると、

さらに続きを語ってくれる。


「確かに、共演する人を好きになることはある。
いや、好きになろうといつも思っているって言った方がいいのかな。
何ヶ月も一緒に過ごすし、仕事とはいえ、恋人として向かい合うわけだから、
その人をどう思うか、気持ちは表情に出てくるはずだろ。
見ている人が錯覚するような演技をしないと、ドラマはウソっぽくなってしまって、
つまらない」


私はその話を聞きながら、何度も頷いた。

仕事仲間、恋人、家族など、『好き』にも色々な感情があるだろう。


「だからといって、全ての人と付き合ったりすることはないし、
スタッフを交えて、食事をしたりすることはあっても、
個人的な時間を共有しようと思うことは……少ないよ」


この言葉に、日向さんの正直な心が見て取れた。

全くないわけではなくて、少ないことなのだろう。

でも、そう答えてくれた方が、私の心は落ち着いた。

こんな何も取り柄のない私だって、過去にいくつかの恋をしたことがある。

それも大事なものだったし、だからといって、今、その人と再会して、

何かが起こるわけもない。


「今日は予定よりも早く撮影が終了した。だから、スタッフと一緒に、
食事に行こうかってことになったんだ。だけど、それをウソついて断った。
申し訳ないなと想いながら、タクシーを1時間も走らせるような恋は、
今までしたことがない」

「はい……」


素直に語られると、なんだか少し恥ずかしい。

今頃、田沢さんが青い顔をして、日向さんを探していることはないだろうか。


「史香の聞きたいことは……それだけ?」


日向さんの優しい声が、そっと耳に届く。

いつもの落ち着ける香りが、私の心を少しずつ動かしていく。

そう……こんな感覚になるのは、久しぶりのこと。


「それともまだ、何か言い足りないことがある?」


二人だけの時間をもてる今だからこそ、言っておきたかった。

日向さんに包まれると、いつもの私より、少し大胆になれる気がする。


「もう一つだけ」

「何?」

「……ここまで来てくれてありがとう。会えて、すごく嬉しい」


日向さんのことで不安になった心を、

いやしてくれるのは結局、日向さんしかいなかった。



いつもの部屋とは違うライトを見ながら、吐息に混じる互いの声を聴きながら、

私は、この幸せな時間に、自分を解き放つ。

ここは日向さんの部屋ではないから、本当に触れあっていないと、

どちらかがベッドから落ちてしまうかもしれない。

私はそう想いながら、大切な人を強く抱き締めた。





「あのね……」

「ん?」

「ロビーの女性に、日向さんに会うことがあったら渡してくださいって、
手紙を受け取ったんです。すごいですよね、今は、素人さんでも事務所の名前とか、
所属タレントとか、色々と調べていて」


チェックインをした時、受付の女性はすぐに手紙を出し、私に渡してきたのだ。

『ひよどり姉妹』さんも、受け取ってあげなさいと言い、こんなことはよくあるんだと、

付け加えてくれた。


「今はネットが進んでいるからね。全くウソのような話しを流されて、
困ったこともあるけど。そうか……、受付の人か、
でも、まさか僕がここにいるとは思ってないだろうな」


日向さんはデスクに置いた携帯を開き、時間を確認した。

私は想ったよりも長く拘束してしまったことに気づく。


「実はさ、昨日、夢を見たんだ。史香が『ひよどり姉妹』とイベントに参加していて、
そこに地元有力企業の跡取りが来る」

「跡取り息子?」

「あぁ……。その跡取り息子が、どうしても史香を嫁さんにすると言って聞かなくて。
で……」


突拍子もない話だけれど、私はその日向さんの発想が楽しくて、

時間がなくなっていることも忘れてしまう。


「その有力企業は、大きな和菓子店なんだ。
史香の大好きな『温泉まんじゅう』を作っている店で、
その奥様になれると思った史香は、喜んでその話しを承諾する」

「エ……」


日向さんは笑いながら、それを知った自分が、慌てて私を捜し出し、

東京へ連れ戻したと夢の結末を語ってくれた。

それにしても、『温泉まんじゅう』につられて、結婚相手を選ぼうとしたなんて、

夢の中とはいえ、ちょっと恥ずかしい。

いや、日向さんの中にある私のイメージが、そんなものなのかと、情けなくもなる。


「でも、結果的にはよかったな、ここに来て。
史香、噂に振り回されて、ベソをかくところだったんだから」


私は笑顔でうなずき、もう一度日向さんの胸に顔を埋めた。

聞こえる確かな鼓動に耳を傾け、同じ時を生きていることに、

そして、変な夢をみてくれたことに、感謝した。





予定の2時間を10分くらい過ぎ、日向さんは帽子をかぶり、サングラスをかけた。

すでに日付は変わりそうなところまで迫っている。

寝不足を心配する私に、タクシーで寝るから大丈夫だと笑顔を見せ、

日向さんはドアノブに手をかけた。


「ロビーまで送ります」

「いや、目立つからそれはしない方がいい。
ここはビジネスホテルなんだ、男女で表へ出て行くのは少し違和感がある」

「あ……そうですね」


日向さんの提案を受け入れ、私はエレベーターの前まで送ることにした。

ルームキーを入れ、軽く鍵をかけ振り返ると、

同じようなタイミングで、曲がり角から光江姉さんが姿を見せた。

コンビニの袋を片手に、軽くハミングする声が私達の耳に届く。

時間が時間だけに、もう眠っているのではと思っていたが、

思いがけない状態に私は動けなくなった。


「あれ……」


光江姉さんの不思議そうな表情に、日向さんはためらうことなくサングラスを外し、

すぐに帽子を取ると、そのまま『お久しぶりです』と頭を下げた。

光江姉さんも笑顔になり、私と日向さんを交互に見ると、同じように頭を下げてくれた。





時間がなかった日向さんは、そのままロケ先へと戻り、

私は光江姉さんの部屋にあらためて入った。

深夜とも言える時間、仕事先のホテルに関係ない人を入れていたなんてこと、

冷静に考えたら許される話しじゃない。


「まさかね、ここで会えるとは思わなかったけど、淳平は変わらないね」


光江姉さんは、以前、日向さんから聞いた話を、私にもう一度語ってくれた。

でも、少し違っているのは、光江姉さんが日向さんを偶然に見つけたわけでは

ないというところだった。


「社長からは、別の目的を持っている子なんだって聞いていたけれど、
今思うと、レッスンも一番真面目だった。
やると決めた以上は、手を抜くのがいやだったんだろうね。
役者の経験もないし、勉強したこともないから、どうなのかと見ていたら、
目の表情が他の子とは明らかに違っていてね。これは伸びると確信した。
人には、産まれた時から持っているものがあって、それは練習したとか、
勉強したとかじゃなく、もう、神様から持たされているものだと思うんだよ。
それが淳平にはあった。だから、プロデューサーに推薦したの。
うちの一押し、いや、私の一押しって」


仕事が増えてからも、日向さんの態度は変わることがなかったことを語りながら、

光江姉さんはそばにあったビールの缶を開けた。

私にも勧めてくれたが、お酒はあまり得意ではないのだと、断りを入れる。


「同じように、送り出した若い子達の中でも、売れてしまったら、
局の廊下で会っても全く無視する人もいたし、スタッフに大きなことを言って、
敬遠された俳優も見てきた。媚びることなく、自分を曲げずに、
それでいてうまく生きていくことは、この世界で並大抵のことじゃない。
ちやほやする人がまわりを囲めば、それが自分の価値だと誰でも勘違いするからね」


私もほんの少しのマネージャー生活の中で、別のタレントさんが、

マネージャーに対して、ひどい言葉を浴びせているのを聞いたことがあった。

たとえどんな失敗をしても、日向さんは私を責めたことはなかったし、

他のスタッフに対しても、態度はずっと変わらない。


「いい男を選んだね、史香ちゃん。いや、選ばれたね……」


思いがけない優しい言葉に、ありがたく、そしてまた恥ずかしくもなる。


「でも、『社内恋愛禁止』なので、田沢さんには睨まれてます。
今日も、日向さんはナイショでこっちへ来たので、怒られてしまうかも……」


ずうずうしいお願いだが、このことは黙っていてほしいと、話しを続けた。

光江姉さんは、そんな野暮なことはしないと笑い、逆に田沢さんを責め立てる。


「田沢ったら、自分のことは置いておいて、何が『社内恋愛禁止』だよ、
偉くなったもんだ。いいかい、史香ちゃん。今度何か言われたら、
『奥様はお元気ですか? と光江姉さんが言ってました』とそう返しなさい」


田沢さんの奥さんは、昔、うちのタレントだったそうだ。

本格的なデビューの前に、子供が出来てしまい、

慌てて結婚したのだと情報を流してくれる。


「タクシーで1時間か、若いっていうのはいいねぇ。私は寝不足がすぐ体にくる」


そう言うと光江姉さんは、残りのビールをグイッと飲み干し、

あと少しだから頑張ろうねと、私を励ましてくれた。

そう、私の修行の旅も、残すところ2週間だ。





くだらない噂話から落ち込んだ私の気持ちは、色々な人の手助けで、また少し前進した。

光江姉さんにお礼を言い、部屋へ戻るとベッドに腰かける。

携帯の時間を確認し、膝を抱えたまま、日向さんからのメールを待った。


眠気覚ましのインスタントコーヒーは、温かさと優しい香りを私に届け、

ビジネスホテルの窓から見える夜景は、都会にはない空の色を見せてくれた。

この部屋を出てから1時間より少し多めの時が過ぎ、

日向さんから部屋へ戻ったと、メールが届く。

そのメールを読んだ瞬間から、私のまぶたは閉じ始め、

眩しい光が差し込むまで、目覚めることはなかった。






10 迫る影(1)


恋する二人と、空想に励む私に(笑)
励ましの1ポチ、よろしくお願いします。(人・∀・)オネガイ・*:..。o○☆*゚


コメント

非公開コメント

日向くん、ヒューッ!だね(^-^)v


おはようございます!!

日向くんの『今までタクシーを一時間も飛ばして来る程の恋はしたことはない』に
思わず、「やる~!ヒュー、ヒューッ!」って声に出してました(爆)
誰もいなくてよかった…(;-_-)=3 ホッ

噂に惑わされ、落ち着かない気持ちを収めてくれるのは、やっぱり彼ですね。

電話やメールじゃなく、ものほん(←ちっょと業界人気取ってみました)の生身のね(*≧m≦*)

史香をかっさらわれる夢をみて
飛んできたみたいだけど、日向くんのアンテナに
史香の不安がキャッチされてたんでしょうね…

日向くんの不安もあったろうけど(≧∀≦)

光江姉さんという心強い後ろ盾も得て(?)
2人のこれからに支えと安心値が少し増した…かな?

田沢さんは自分で“禁”を犯しといて
偉そうなこと言うんじゃないの。

あっ!だからできた?
社内恋愛禁止令!(((≧∀≦)))彡バンバンバン(爆)


次も楽しみにしてます!

では、また…(^.^)/~~~

話せて良かった^^

やっぱり会って話をするって大事だね!

つまらない噂に不安になってしまった気持ちを
素直に話せた史香ちゃん
そして、そんな彼女の想いを受け止めて
誠実に真っ直ぐな気持ちを伝えてくれる淳平・・・

跡取り息子の夢にはちょっと笑っちゃったけど
お互い同じような時に不安になるなんて
離れていてもちゃんと通じ合っている二人なんだよね~^^

>「いい男を選んだね、史香ちゃん。いや、選ばれたね……」
光江姉さんからの優しい言葉♪
私まで嬉しくなっちゃった^^;

おまけに田沢さんの禁断の秘密(デビュー前のタレントを妊娠って・・・かなりやばくない@@)
も握れたし^^v

又一つ試練を乗り越えて
育っていく二人の想い・・・

次の再開は25日過ぎね!
それまでの『記念創作』も楽しみにしてるよ~~♪

修行の旅、終了

mamanさん、こんばんは!

>噂に惑わされ、落ち着かない気持ちを収めてくれるのは、
 やっぱり彼ですね。

普通の恋愛ならば、友達に話したりして
解決することもあるでしょうが、
史香の恋は、話せないもんね。

>田沢さんは自分で“禁”を犯しといて

あはは……。そういうことって、
ありそうでしょ?

光江姉さんの優しさに感謝しながら……の
修行の旅でした。

修行はここまで

yokanさん、こんばんは!

>史香ちゃん、偉い!ちゃんと聞けたんだね^^

はい、ちゃんと聞きましたよ。
『はーとふる』は一つの出来事を、何回かにわけて
解決する作りになっています。
(だから(1)とかの表示なの)

光江姉さんの優しさにも触れた、
史香の修行の旅でした。

修行の話は、ここまで

eikoちゃん、こんばんは!

続きにお付き合いありがとう!

>ここまで、来てくれるなんて…本当に強い愛を感じる!

そうそう、史香も淳平も出来事を越えながら、
強くなっていくのですよ。

えっと……eikoちゃん、『記念創作』は
『はーとふる』じゃないのよ。
こちらの連載は、『記念創作』終了後、
25日過ぎからになるので、また、お付き合いお願いします。

修行終了!

パウワウちゃん、こんばんは!

>やっぱり会って話をするって大事だね!

そう、淳平が変な夢を見て、来てくれたので、
二人の問題は、解決! の方へ向きました。

>光江姉さんからの優しい言葉♪
 私まで嬉しくなっちゃった^^;

でしょ? 私も光江姉さん、好きです。
こういうベテランさんに好意を持ってもらえている
淳平は、きっといいやつでしょう。

『はーとふる』には、これからも楽しい脇役が
登場しますので。

>次の再開は25日過ぎね!
 それまでの『記念創作』も楽しみにしてるよ~~♪

ありがとう!
よろしくお願いします。

よかったよかった♪

日向くんは、しっかりしてていい子だわ~♪
二人には一緒にもてる時間が少ないんだから
無駄にできないですよね。
しっかり話もできてよかったわ。

野暮を言わない粋な光江姉さん、素敵!!
応援隊ができた感じ♪

しばらく日向くんに会えないですが
いい気持ちで待てるのでOKです(笑)

日向クンはいい男だねぇ。
光江姉さんも素敵!

修行終了、しばらく待ってね

れいもんさん、こんばんは!

>日向くんは、しっかりしてていい子だわ~♪

はい、年齢差が5つくらいある設定なので、
やはり淳平の方が、リードしないとね。
立場的なものも、あるでしょうし。

>しばらく日向くんに会えないですが
 いい気持ちで待てるのでOKです(笑)

はい、9日より『記念創作』になるので、
しばらくお休みですが、
また、お付き合いお願いします。

修行を終えて

ヒャンスさん、こんばんは!

淳平、いい男でしょ?
厳しい世界で戦ってますので、
芯が強い男じゃないかと、そう思っています。

光江姉さん、こういう人っていそうなので。

そちらの方は、進んでますか?

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます