15 碧い海の秘密

15 碧い海の秘密




聖を見送った後航は事務所に入り、もう一度提案書を読み直すと時計を確認した。

始めから一気にうまく運ぶわけがないと思っていたが、

自分の想像以上に、スタッフたちのガードが固く、意見の紙が出てこない。

もう少し具体的に内容を絞ったほうがいいのか考えていると、

扉をノックする音がして入ってきたのは、麦茶を持った美鈴だった。


「あ、ごめん。変にここへ残ったから気を遣わせたんだ」

「いえ……」


美鈴がグラスを置き事務室を出ようとしたとき、航は大きくため息をついた。

美鈴は意見用紙が少ないことに落ち込んでいるのだと思い、

すみませんと頭を下げる。


「田上さんが謝ることじゃないよ。
でも、みんな本当に特にないなんて思っているのかな」

「本当にこんなこと書いてしまって、怒られないんだろうかって、
そっちが強いんだと思います」

「そうか……やっぱりそっちなんだね」


長い間、トップがワンマンに経営し、

下からの意見など聞くことさえなかったツケが、今まわっているのだと、

航は両手で顔を覆った。弱気な言葉が口から出そうになったが、

土手で友海に言われたことを思い出し、首を軽く振る。



『自分のことになると、簡単に落ち込むんですね』



こんな嘆く姿を見られたら、また嫌味の一つでも言われるだろうと、

航は両手で軽く頬を叩き、気持ちを入れ替えようとする。


「飯田さんは、スタンド内?」

「友海なら、商店街へ行きました。ホチキスの針が無くなってたのと、
書類を止めるクリップもないからって」

「そう……」


美鈴は自分のポケットから携帯を取り出すと、何やらいじり始めた。

航は何をしているのかと、視線を向ける。


「成島さん、パワーが出るもの、見せてあげましょうか」

「パワー?」

「はい、私、これを見てから試験を受けたら、とっても点数がよかったんです。
それにこの間、ボンボンが来る前に見ていたら、あの『白の軽トラック』、
エンジンが壊れたらしくて、1週間くらい来てないんですよ。すごいでしょ」


なんともおもしろい美鈴の解釈だったが、

航はその広げられた写真をとりあえず見てみることにした。

白い紙の上に、何やら文字が書いてあるように見えるのだが、

美鈴の写真の取り方が悪いのか、ぼやけていて、ハッキリと読むことが出来ない。


「ごめん、ハッキリ見えないんだけど、なんて書いてあるの?」

「あれ? 読めませんか? 私にはちゃんと読めるんですけど、
『最愛なる君へ』の文字が」


その言葉を聞いた瞬間、航は自分の心臓が音をさせて動いたような、

そんな気持ちになった。

『最愛なる君へ』の文字が何に書いてあったのかと、美鈴に問いかける。


「何って、絵の裏です」

「絵の裏? キャンバスの裏ってこと?」

「はい」

「どんな絵だった? ねぇ、どこでそれを見たんだ」


航の驚く様子に、美鈴は戸惑い一歩下がってしまった。

それでも、真剣な顔に向かって、自分の知っていること全てを語っていく。


「絵は……海の絵でした。海の上にヨットがあって……で……」

「うん……」

「友海が買った絵なんです」

「飯田さんが? 飯田さんがその絵を持っているの?」

「はい」


航はその返事を聞き終える前に立ち上がり、事務所を飛び出すと、

スタンドの中を必死に見ながら、友海を探した。

横断歩道の信号が変わり、音楽ともに歩行者たちが動き出し、

自転車を押した友海が、その波の中に見える。

航はそのまま走り出し、友海の自転車を止めた。

いきなり飛び出してきた航に、友海は驚き自転車を急に止めたため、

後ろを歩いてきた男性とぶつかってしまう。


「すみません……。成島さん、何しているんですか、あぶな……」

「ごめん、後ろに乗って!」

「どういうことですか。意味がわかりません」


友海はハンドルを握ろうとする、航の動きを止めようとした。

航は友海が買った絵を見せて欲しいんだといい、強引にハンドルを取ると腰掛ける。


「早く!」


何がなんだかわからないまま友海は後ろに乗り、そのまま自転車は走り出した。

今出てきた商店街の脇の道を、スピードを上げて走っていく。

カーブになると体が振られそうになり、友海は慌てて航の腰をつかんだ。

腕から伝わる確かなぬくもりと、彼の荒くなる息づかいが耳に届く。


「今、田上さんから聞いたんだ。君が持っている海の絵、それを見せて欲しい」

「どうしてですか」

「父の……探していた父の絵じゃないかと」


自分勝手なことをするなと、口から飛び出そうになった言葉は、

振るえるような航のセリフに、風と一緒に流されてしまった。

友海はそのまま黙ってしまう。


「碧い海の絵なんだ。ヨットが浮かんでいて、
それで、キャンバスの裏には、『最愛なる君へ』の文字が残されている」


航に絵を見せたことはなかった。

それでもそんなふうに絵の特徴を言い当てられ、

友海はこの話がウソではないのだと思う。

それと同時にまた別の感覚が、心の中を覆い始めた。

あっという間に天野家の前へ到着し、二人は玄関に自転車を止めた。


「あ……カギ。カギはロッカーに入っているのに」

「あ……そうか」


航はそういうと、がっくり肩を落とした。

友海は大家さんなら持っているのではと、天野家の扉を叩く。

二人が揃って立っていたことに驚いた澄佳だったが、

事情を聞くと非常用の鍵を取り出し、

友海と航はその鍵を受け取り階段を登ると、玄関の鍵を開けた。

航は廊下で待っていることになり、

友海は部屋へ入ると、壁にかかっている絵をあらためて見る。



『探していた父の絵じゃないかと』



画廊で見つけた瞬間から、これは絶対に手に入れたいとそう思った。

美しい色と、『最愛なる君へ』のメッセージが、

どこか自分に力をくれるような、そんな気持ちになったからだ。

しかし、友海がこの絵を欲しいと思った理由は、もう一つあった。

それでも、これが本当に航の父親が書いたものならば、

その理由をぶつけるわけにはいかない。


「これです」


航は友海から額縁を受け取ると、その絵をいとしそうに見つめた。

傷つけないように裏へ回し、留め金を外していく。

蓋を開けて見た裏には、啓太郎が言っていたように『最愛なる君へ』の文字と、

『K&K』と並べられた両親の頭文字が残っていた。

見てみたいと思っていたものの、内心はほとんど無理だろうと考えていた、

時を越えた父の想いが、今手の中にある。


「これ、ちょっと借りてもいいかな。隣町に『コッピア』っていう
喫茶店があるんだけど、そこのオーナーが、父の絵の教え子なんだ。
この絵を描いていた時の父を知っているから、
これが本当に探していたものなのか、確認してもらいたくて」


断る理由のなかった友海は、それを航に預けると、そのままスタンドへ戻り、

航は大事そうにカゴへ乗せ、自分の自転車でその店へ向かった。





「あの絵?」

「うん、どうも成島さんのお父さんが描いた絵みたいよ」

「じゃぁ、『最愛なる君へ』っていうのは、お母さんのこと?」

「そうみたい」


美鈴はなんて素敵な話なんだと、携帯に残していた写真を見ながら、

これは永久保存にするなどと言い始めた。友海は買ってきたホチキスを使って、

まとめておかないとならない書類を止めていく。


「でもそうなると、あの絵、成島さんに買ってもらわないといけないよね」


両親の想いが入っている絵を、息子が持ちたいと想うのは当然のことだった。

買ってもらえばいいと笑っている美鈴だったが、友海の心は複雑になる。

友海があの絵を気に入ったもう一つの理由は、

描かれた海が、自分の育った場所の景色に、見えたからだった。

父がいて母がいて、当たり前のように過ごした海との日々が、

あの絵を見ると思い出せたからだ。


小さなペンションを経営し、笑顔で接客をしていた両親の明るかった日々が、

航の親のものだったとわかった瞬間、また友海から光を奪っていくような、

そんな気持ちになる。


「ねぇ、『コッピア』に行ってみようよ。あと10分で仕事も終わるし、
本当にあの絵が成島さんのお父さんが書いたものなら、
どうしてこんなふうになったのか、その理由も知りたいじゃない」

「でも……」

「自転車で行けばすぐだもの、友海には聞く権利もあるってば、ね!」


興味深々の美鈴に引っ張られるように、

友海はバイト終了後、『コッピア』へ向かった。





16 君の気持ち
<photo:tricot>

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コメント

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『幸運』を呼ぶ絵?


おはようございます!!

航、意外と早くお父さんの絵に辿りつきましたね。

航の興奮とは裏腹に
友海の沈む気持ちが対照的ですね。

美鈴の言うとおり、友海は絵を航に売ることになるのかしら?

友海がそこにいる限り絵はいつでも見れるけど
やっぱり航は手元に置いておきたいかなあ…

美鈴が信じるようにこの絵と巡りあったことでいいことがあるかしら?(≧∀≦)


では、また…(^.^)/~~~

エエッ!美鈴ちゃん?

いつか分る事と思っていたけど、美鈴ちゃんからとは。

慌てぶりから航がどんなにその絵を探していたかがわかってしまう。
友海はどうする?友海の絵に対する思いを航は聞いてくれる?

幸せだったころ・・・友海に何が?

二人と1枚の絵

mamanさん、こんばんは!

>航の興奮とは裏腹に
 友海の沈む気持ちが対照的ですね。

はい、友海はただ気に入った! だけで、
この絵を買ったわけではないのです。
それについては、後々……。

さて、手放すのか、譲らないのか。

そして、mamanさんの言うとおり、
いいことが起きるのか、起きないのか……

は、再開後に!(笑)

秘密は『コッピア』で

yokanさん、こんばんは!

>あの絵が、本当に航さんのお父さんが描いたものなのか・・・

どういった絵なのか、それは『コッピア』でわかります。
友海の幸せだった日々、これを知ると、
友海の拘りなどが、見えてくるんですよね。

それも、あれも、これも、再開後に!

美鈴、やりました!

yonyonさん、こんばんは!

>いつか分る事と思っていたけど、美鈴ちゃんからとは。

意外でしょ? その意外さが楽しいのです。

『碧い海』の絵、さて、持つのはどちらか……
そして、友海の過去とは……は、
また、再開後に!