6 ご迷惑な親子

6 ご迷惑な親子


私の足が治るまで、あゆみの送り迎えは美夏さんが引き受けてくれた。

広告をさばく仕事だけでもと頼んだが、無理はしない方がいいと断られる。

しかたなく毎日部屋に残り、ただ時間が過ぎていくのを待つ日々が続いた。


離婚を真剣に考えるようになってから、誠一さんからのお金は届かなくなった。

復縁を望んでいる彼からすると、経済面で締め付けるのが一番効果があると、

周りから言われているのだろう。

ほんの少しだけでもと貯めていたお金は、あっという間に消えて無くなり、

通帳は数万円にまで減ってしまう。

ゴミを捨てようと外へ出た時、ポストに小さな広告が入っているのが見えた。



『1時間、3000円しかいただきません』



それは、駅前に出来た新しい店のチラシだった。

このアパートが『配達員』の寮だと知っている人が配ったのだろう。

化粧をした女性のイラストが、大きく描かれ、

『フリータイム有り』などと、表示が踊っている。


美夏さんにお世話になっていることはありがたかったし、

ここでこのまま生活出来るのなら、していきたいとそう思うのだが、

現実を直視すると、あとどれくらい意地を張れるのかとため息が出る。



『やり直すことが出来るんじゃないですか?』



私さえ我慢すれば、あゆみには人並みの生活を送らせることが出来る。

離婚するのはあゆみが大きくなってからでもいいのではないかと、

また、弱気の虫が顔をのぞかせた。


それとも私は、このチラシに出ている女性のように、

もっと気持ちを強く持ち、前へ出て行けるようにならないと、いけないのだろうか。





私には……、穏やかな生活など、望めないのかもしれない。




「藍さん」

「はい」


声をかけてくれたのは美夏さんのお母さんだった。

足の様子を聞かれ頭を下げると、お茶でも飲もうと自宅に誘われる。

そこで、しばらく食事を一緒にしたらどうかと提案された。


「うちにおいでよ。あゆみちゃんと一緒に。
ふたりの食事くらい、たいしたことなんてないんだからさ」

「いえ……でも」

「美夏がね、藍さんと再会出来たことで、本当に前向きになったんだよ。
あの子、強気なことを言うけれど、本当は離婚したことを
すごく後悔したこともあったりして」


美夏さんの話は、初めて聞くことだった。

3ヶ月検診で語った時には、自分の方が相手を見限ったと強気だったのに、

本当は、家に戻るなり1週間も泣き続け、気持ちを入れ替えるまで、

大変だったそうだ。


「私なんて、お父ちゃんとお母ちゃんがいるんだもんねって言うのが、
あの子の口癖なの。藍さんとあゆみちゃんが、必死で頑張っているから、
自分も負けないで頑張るってそう……。だから、こんな時は、
あの子に甘えてやってよ。頼りにされると、何倍も張り切るんだから」


本当に偶然、同じ病院で子供を産んだ。

それからまた偶然に再会し、私が家を飛び出した時も、

1年以上会ってなかったのに、当たり前のように声をかけてくれた。

美夏さんが、いや、美夏さんのご家族がいなければ、

私はとっくに根をあげていただろう。

誠一さんの冷たさに泣きながら、空しい日々を送っていたはずだ。


「ありがとうございます」


嬉しい提案を、私は甘えて受けることにした。

せめて出来ることはと、洗濯物をたたみながら、あゆみと謙君や守君を待つ。


「ただいま!」

「ただいま!」

「お帰り……」


お店の方から声がしたため、足を引きずりながら扉を開けると、

嬉しそうにかけてくるあゆみと謙君がいた。

守君は近所のおうちにそのまま出掛けてしまって、戻ってこない。

その後ろから笑顔の美夏さんと、ナオ先生が見えた。


「あ、藍さん。ナオ先生に配達を頼んだの」

「配達?」

「これ、あゆみちゃんの作品です」


年末に向かって、保育園で作った物を各自が持ち帰ってくるらしく、

謙君と守君の分で手が足りないと、美夏さんはナオ先生を連れてきたのだ。

私は慌ててあゆみの作品を受け取ろうと手を伸ばす。


「いいですよ、部屋まで運びます」

「いえ、ここで」

「でも、階段がありますから」

「そうだよ藍さん。ここまで来てもらったんだもの、
遠慮したってしょうがないって、ね、ナオ先生!」


私はその言葉にうなずくナオ先生を連れ、アパートの2階へ向かった。

鍵で扉を開け、せめてお茶でも入れましょうかと声をかける。


「いえ……すぐに戻らないと」


ナオ先生の目が、狭くて小さな、何もない部屋をじっと見た。

あらためて視線を向けられると、私自身もどうしたらいいのかわからなくなる。


「ここに置きますので」

「はい……」


ナオ先生はそのまま何も言わずに頭を下げ、階段を黙って下りていった。

飾っても仕方がないことだと想いながら、この現実を見たナオ先生が、

どんなふうに感じたのかが気になってしまう。

それでも、自分自身に恥じる所など何もないと言いきかせながら、

部屋の鍵を閉めた。



私たち親子は、それからしばらく美夏さんの家で、

食事をさせてもらうことになった。

長男の守君はあゆみの食器を出したり、お世話をしてくれる。

保育園でも同じクラスの二人は、すっかり兄妹気分だった。





それから1ヶ月もすると私の足は戻り、また元の生活を始めることが出来た。

曲がり角などではより慎重に自転車を運転するようになり、

生活のリズムも整い始める。





そして、季節は3月になり、『つばめ』組の別れが近付いた。


「ありがとうの会?」

「うん。毎年、最後の週に先生と親と子供達とで集まって、
『ありがとうの会』を開くのよ。ただし、みなさん働いているから、
日曜日に開催するの。先生方が特別に来て下さって、
みんなでお菓子を食べたりするんだよ」

「へぇ……」


先生に感謝をする気持ちは、十分すぎるくらい持っていた。

ナオ先生には本当にあゆみがお世話になり、そして、怪我をした時には、

私も申し訳ないくらい世話になったからだ。

準備係を喜んで引き受け、仕事の合間に保育園のホールに顔を出し、

飾りを作り出す。


「あと30枚くらい折り紙が欲しいなぁ……」

「じゃあ、そこのコンビニで買ってくる」

「あ、ごめんね岸谷さん。領収書もらってきてね」

「はい」


私はホールから出ると、階段をかけ下りた。

踊り場の途中に開いている窓があり、冷たい風が入るため締めようと手を当てる。

すると、園の裏側に立っているナオ先生が見えた。

どうして裏にいるのだろうと思っていると、

ナオ先生の前に、もう一人立っているのが見える。



『あゆみちゃん、あれから泣かずに頑張りましたよ』



あゆみが初めて『たんぽぽ保育園』に来た日、

迎えに来た私に声をかけてくれた『トコ先生』、五十嵐智子(さとこ)先生だった。

少しスネたような顔をして、前に立つナオ先生に向かって首を振っている。



『好きな人がいるんです』



ナオ先生がトコ先生に見せている笑顔が眩しくて、私は窓にかけた手を外し、

そのまま階段をかけ下りた。



気持ちが離れているとはいえ、私はまだ、岸谷藍であり、

誠一さんの妻であることは間違いない。

あゆみを不憫に思い、声をかけてくれるナオ先生に対し、

どうしてこんな思いを抱くのだろう。





『好きな人がいるんです』





その言葉を聞いただけでは、わからなかった現実が、私の前に現れる。

年下で、そして娘の先生になってくれた彼のプライベートに気持ちが乱され、

そんな自分が情けなく、そして悲しくなった。





ナオ先生を囲んだ『ありがとうの会』は、子供達の笑い声と、みんなの歌声に、

涙と笑いが入り交じった楽しいものになった。





そして、春4月。



あゆみと謙君は年中の年齢になり、美夏さんの長男、守君は小学校1年生になった。

真新しいランドセルを背負い、黄色い帽子をかぶる。

私とあゆみは、普段お世話になっているお礼に、『鉛筆削り』をプレゼントし、

美夏さんも守君も、本当に喜んでくれた。


「いい守。道路を歩く時はふざけたらダメだよ。
車に轢かれたらペシャンコなんだからね」

「わかってる!」


守君の入学式はまだだったが、気分はすっかり1年生で、

大きな鏡の前でランドセルを背負いポーズを取り、

店に出て来た学生達に声をかけられる。


「子供なんてあっという間に大きくなるね」

「うん……」


保育園も今日から新しい学年がスタートする。

『つばめ』組だったあゆみは、どのクラスになるのだろうかと、

少し足早に園への道を進んだ。


「おはようございます」


入り口に立っていた新人の保育士さんから紙を受け取り、

私と美夏さんはそれぞれの子供のクラスを確かめた。


「あ……、また堀田さんと一緒だよ。今度は謙だ」

「あ……そうなんだ。じゃぁあゆみは別だね、『すみれ』組だもの」


用紙の一番上には、担任の名前が記してあり、謙君のクラス『つつじ』組は、

昨年あゆみと同じクラスだった堀田さん達3人が、そのまま持ち上がった。

『つばめ』組の同級生で別のクラスになったのは、あゆみだけになっていて、

どうしてなのだろうかと、気になっていく。


「おっと、担任はナオ先生じゃないの、いいぞ!」


『つつじ』組の担任は、ナオ先生だった。あゆみの担任は……。





あの……『トコ先生』。





「あら、岸谷さん残念ね、今年は別みたい」

「あ、おはようございます」


堀田さんと、その取り巻き2人が揃って姿を見せた。

クラスが別れたことを笑顔で言われると、

あゆみだけ外れたことがどこか嬉しいかのようにさえ、聞こえてくる。


「岡本さんとはまた一緒なのね」

「あら、いけません?」

「いえいえ、そうじゃないけど。
ナオ先生、今年はちょっと楽をさせて欲しいって、園長先生に頼んだようよ。
昨年は大変だったんじゃないの? 色々と煩わせる人がいて……」

「あゆみちゃん、ベッタリだったもんね。ナオ先生を独り占めして」


堀田さんはそう言うと、私の方にチラリと視線を向けた。

確かに、入る時も迷惑をかけ、『たんぽぽスポーツ祭り』や、私の怪我、

そして迎えに行くのも遅くなることがあって、

ナオ先生には迷惑をかけたことは間違いない。


「何なのよ、その言い方。別に無理矢理じゃないし、
ちゃんと園の規則の中で預けてるんだから、あれこれ文句なんて言わないでよ」

「うわ……、怖い」


堀田さん達はそう言って逃げるように園を出て行った。

美夏さんは気にすることはないと声をかけてくれる。





『今年はちょっと楽をさせて欲しいって、園長先生に頼んだようよ』





春になり、気持ちが明るく弾むはずなのに、

その言葉は、私の心にずっしりと重いものを残した。





7 ママからの叫び

『ももんたの発芽室』も、2年を迎えます。
これからも、変わらぬお付き合い、お願いします (^O^)/

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コメント

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こんばんは。

毎日の連載お疲れ様です。

ちょっと、悲しい展開になって来ましたね・・・。

ナオ先生、藍の部屋を見て何を感じて考えたのかなぁー。

ナオ先生の思い人はやはりトコ先生なの?

色々 知りたい事が出て来ます。

続きを楽しみにお待ちしてます。

見えない未来

藍の心はナオ先生に傾いてます。
自分でもそれに気がついて、辛いですね。

美夏さん家族に支えられていることが救いです。

まだ見えぬ未来にちょっとやきもきしてます。

でも、毎日読めるって素晴らしいことです~♪
ありがとうございます。

春なのに・・・

新学期を向かえて
誰もが心弾む明るい春だというのに

又わざわざ人を落ち込ませるような事を言ってくれるわねぇ堀田さん!!!
『今年はちょっと楽をさせて欲しい』って、本当に園長に言ったとしても
そういう意味じゃないでしょうに!

あぁ~それにしてもなかなか見えてこないナオ先生の本当の気持ち・・・
トコ先生との関係も気にかかりながら

ナオ先生の好きな人って本当は誰~~~?と今日も悩みつつ
続き楽しみに待ってるね^^v

遅ればせながら・・・

 

   こんにちは!!

 2周年おめでとうございます。m(__)m

記念創作、ここまで一気読み!

読みながら、この旦那は・・・なんて自己中とか

美夏さんと出会ったのは天の助け!

ナオ先生と藍さんいい感じ♡♡♡

出ました憎まれ役堀田さん^m^

美夏さんのお母さんの言葉に・・・(T_T)ウルウル

頑張ってる藍さん、あゆみちゃん、美夏さん。

なのに頑張れって言っちゃいそうになる。
頑張ってる人にガンバレは、キツイよね。(-_-;)

・・・なんて思いながら読みました。

ももんたさんも頑張りすぎないようにね(^o^)/

そう言いながらも、兵糧攻めに出た誠一やナオ先生とトコ先生ってホントに♡?
藍さんじゃないの?・・・って気になるとこです。あぁ・・矛盾!^m^

お体に気を付けて下さいね。

   では、また・・・(^.^)/~~~

新学期早々

藍さんは親しくなっていくうちにだんだん、自分の気持ちに気づき始めましたね。

自分の気持ちははっきりしているのに、離婚を承諾してくれない。
まして弱い立場の人を追い詰めて根をあげるのを待っているのは、藍さんのことを甘く見ているようですね。

新学期になり、新しいクラスのスタートだというのに・・・
意地悪や僻み、そんな文句を面と向かって言える人って本当に根性が曲がってます。

気持ちのおもい春になったけど、藍さんがんばれ。

殴ってやりたい(グーで)

ここにきて送金を絶つって、誠一こんにゃろう!!!
こんな嫌がらせしたら、心がもっと離れるって分んないのかな?
心より身体があればいいってか?エッ?エッ??

優しい人達に囲まれて、藍もあゆみも本当に良かった。
しかし!いるよね~~どこにでもこういう人達
言ってもわかんない人達なんだろうね・・・

春なのに~春なのに~♪

知っていくこと

yasai52enさん、こんばんは!

>ちょっと、悲しい展開になって来ましたね・・・。

うーん、色々と動き始めて、(心も状況も)
知れば知るほど、悩みも多くなります。
それでも、前に向かって行く!

はずなので、なんとか最後まで着いてきてください。

>色々 知りたい事が出て来ます。

そうです、興味を持ち続けて!(笑)
では、では、7話へ!

藍の未来

れいもんさん、こんばんは!

>藍の心はナオ先生に傾いてます。
 自分でもそれに気がついて、辛いですね。

藍は、視線だけは外を向いているけれど、
鎖でつながれている状態のままです。
周りの人達が動くことがわかるだけに、
辛いはず。

そう、まだ未来は見えてませんけど、
だんだん見えてくるはず! ですので、
そうか最後までおつきあいください。

>でも、毎日読めるって素晴らしいことです~♪

こちらこそ、毎日来てもらえるってことは
とても嬉しいです。
ありがとうございます!
では、では、7話へ!

那央の心

パウワウちゃん、こんばんは!

>又わざわざ人を落ち込ませるような事を
 言ってくれるわねぇ堀田さん!!!

はい、言ってくれます。
人の言葉でも、何でもかんでも、
自分に都合良く取れる人って、
いるような気がするんですよ。

>あぁ~それにしてもなかなか見えてこない
 ナオ先生の本当の気持ち・・・

はい……少しずつ、少しずつです。
(それしか言えない・笑)

それでは、7話へ!

そういう人もいるような

yokanさん、こんばんは!

>堀田さんが言った言葉、本当かどうか・・・
 怪しいもんだけどね(一_一)

yokanさん、この顔文字本当に疑いの目だわ(笑)
そうそう、堀田さんは、
全て自分に都合がいいように、考えられる人です。
そういう人も、広い世の中にはいるはず。

トコ先生については、これからも出てきますよ。
では、では7話へ!

ありがとう!

mamanさん、こんばんは!

ここまでの一気読み、お疲れ様でした。
私にしては、1話が長いので、
大変だったんじゃないですか?

色々と考えながら読んでもらえて、
書いた方としては、嬉しいです。

>ももんたさんも頑張りすぎないようにね(^o^)/

はい! ありがとうございます。
私の楽しみなので、マイペースに頑張ります。
お祝いの言葉を、ありがとうございました。
mamanさんも、無理なく遊びに来てね。

ということで、7話へ!

春になりましたが

tyatyaさん、こんばんは!

>藍さんは親しくなっていくうちにだんだん、
 自分の気持ちに気づき始めましたね。

誠一にない部分をナオ先生に見つけ、
気持ちを動かした藍です。

色々な人がいるなというのは、
普段の生活の中でも、感じますね。
堀田さんたちは、口に出す前に、
ちょっと待ってみよう……とは、ならないみたいです。

藍とあゆみの新しい春、
さて、どんなふうになるのか

は、次の7話へ!

自分を愛する男

yonyonさん、こんばんは!

>こんな嫌がらせしたら、
 心がもっと離れるって分んないのかな?

こうなると、誠一には意地なんでしょうね。
ただ、自分が負けたくない……
こんなところでしょうか。
藍を好きだとか、あゆみをかわいいと思うとかではなく、
とことん『自分がかわいい』男だと。

春なのに、嫌味の中で幕を開けました。
さて、藍の心は晴れていくのか、
さらに曇るのか……

7話へ、続きます。

なるほど・・・

長引けば長引くほどこじれる離婚協議

気持ちは離れても、籍がそのままだと、こんなにも縛られるんだね。

結婚で守られるものと、結婚に縛られるものを、ひしひしと感じた回でした。

春はまだまだ遠いのね・・・

結婚だね

なでしこちゃん、こんばんは

>結婚で守られるものと、結婚に縛られるものを、
 ひしひしと感じた回でした。

あぁ、そうかもね。
女性は、どちらでも縛られるのかもしれない。
うん、うん、次へ行ってね!